普通は間違わんだろう
最近すっかり更新頻度が下がっているので、ふと目に付いたこんな妙な検索語をご紹介。
レジ 始末書 五千円 千円 間違う
……シチュエーションがよく分からないのだが、レジに野口さんと樋口さんを間違えて入れて始末書を書かされた人のブログをお探しなのであろうか。でも普通は間違えない……よね?
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先週末から精神的に参ってしまっている。引き金になったのは、旦那さんがうつ病になってしまうというドラマをナナメに見たことであるのは間違いない。ドラマの中の妙なところに共感してしまい、すっかり自分がきらいになってしまった。
「どうしてもダメなら(本来の通院日は一週間先であるが)月曜に病院行くか?」というところまで追い詰められたが、処方されている薬を飲んで一晩寝たら、なんとかニュートラルに近い状態まで戻った。それでも夜にはまた低調の波が襲ってきて、布団の中で悶々とする日々が続いている。
こんな有様であるから、開催が予定されているオフ会についても、状況いかんによっては参加を遠慮させてもらうかもしれない。こんなテンションの参加者がいても他の人たちを不快にするだけであろうし。
6月3日追記:どうやらどん底をやり過ごした感じ。ゆるやかでも回復に向かうといいのだが。
先月の29日に常総線に出かけたもうひとつの理由は、騰波ノ江の隣にある大宝駅とその近くにある大宝八幡宮であった。
騰波ノ江駅をひとしきり堪能した後、列車に揺られること3分で大宝駅に着く。こぢんまりとしてはいるが、無人駅にしては仰々しいくらい立派な駅舎が建っている。「大宝駅」の木彫りの銘板も立派だ。
駅を後にして八幡宮へ向かう。短いが少し急な坂の上り口に「茨城百景 大寳八幡宮」の石碑が建っていた。南北朝時代には城もあったらしい。
坂を上って左を向くと、そこには鳥居が構えられていた。お休み処のお店が2店舗あり、参拝客のささやかな争奪戦を展開している。後で聞いたところによると、多くの参拝客が訪れるのは正月くらいで、ゴールデンウィークといえどもそれほど客足はないという。
拝殿で参拝を済ませて、奥に建つ本殿を拝見する。「国指定重要文化財」という、さながら護符のような一文が添えられている。へんぴと言っては失礼だが、こんなところにも重文指定を受けるような建物があることにはある種の感銘すら覚える。説明文によると、1575年に焼失し、その2年後に再建されたものであるという。
参道の途中にあった「重軽石」。ソフトボールくらいの大きさの石がぽんと置いてある。「御神前にて祈願の後」とあるので、参拝してから石を持ってみた。見た目ほど重いものではないな、というのが正直な感想である。
駅に戻る。次の列車まで時間があったので、騰波ノ江方向にカメラを向けてみた。「ニッポンのローカル線ここにあり」という風景が、そこにはあった。
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昨年10月に改築された騰波ノ江駅をそういやまだ見に行ってないなあ、と思い至り、「ときわ路パス」が通用するうちに出かけることにした。常総線というやつは茨城県北・県央エリアからは感覚的にちょっと遠いうえに運賃も少々高めなので、この手の安上がりな切符が通用する期間でもないと今ひとつ足が向かない路線である。…というわけで、昨年の訪問記も併せてお読みいただきたい。
いわきから水戸線直通の列車で下館駅に降り立つと、たまたま真岡鉄道のSL列車が出だす頃合いに出くわした。やはりSLの汽笛は小さいながらも情感に訴えるものがある。
下館駅6番線ホームに待っていたのは旧国鉄形のキハ102。思わず終点の守谷まで乗っていきたい気持ちにも駆られたが、ここは我慢。
下館からわずか3駅で、今日の最初の目的地、騰波ノ江に到着。どんな駅舎になったのか、期待と不安が入り交じる中降りてみると、そこには昨年見たものと印象のほとんど変わらない駅舎が建っていた。とりあえず下館方面行きホーム側から1枚。
入口上部に据えられた表札(っていうのか?)もリニューアル。これはこれで、威厳があって好印象。
旧駅舎のガラスを流用したという間仕切りの向こう側に、「関東の名駅百選」の認定書とプレートが。奥のスペースはイベントなどで使用されるようで…。
駅を出たところでもう1枚。旧駅舎のイメージが見事に踏襲されている。バリアフリー化の一環か、車椅子用のスロープが新設されたが、かつてはあった電話ボックスはやはり撤去されてしまったようだ。
待合室に戻ってみる。入ったときからなにやら気にはなっていたが、古風な作りの待合室にはいささか不釣り合いなPASMOの改札機がどどーんとそびえる。導入した手前、ないと困るのは分かるのだが、ミスマッチ感はどうにもぬぐえない。
隣の大宝駅に向かう前に、こちらはリニューアルされなかった駅名票を入れて新駅舎を撮ってみた。バックの駅舎が新しいせいか、駅名票もこぎれいになったような錯覚をおぼえる。
そういや以前の駅舎の待合室にあった駅ノートはどこにいったのだろう? あれを読み書きするのも楽しみのうちだったのだが。
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創元SF文庫でひさしぶりに『銀河英雄伝説』を通読した。
ちょっと前に徳間デュアル文庫で刊行されたときには、あまりの挿絵の多さに閉口して「いつから『銀英伝』はライトノベルになったんだ」とぼやいたものだが、今回は今回でしょうもない誤植に閉口させられている。
現時点で刊行されている「千億の星、千億の光」までを読んだ限りでは、本伝の後半から目に付くようになったように思う。たとえばこんな――
「おれは卿らに戦闘のやりかたを教えた。だが、掠奪や暴行や放火のやりかたを教えた憶えはないそ」(外伝1 P.116)
最後に濁点を打ち忘れただけで、格好良く決まったはずの台詞も台無しである。本伝の終わりの方でも同じようなタイミングの箇所に同じような誤植があって、どっとしらけた。他にも『銀英伝』読者にはおなじみのフレーズである「金髪の孺子」が「金髪の揺子」になっているところもあったり、「拘泥」に「こうでん」とルビが振られている箇所もあったりで、思わずため息が出てしまう。
編集者はちゃんと校正作業をしているのだろうか? 巻末にはお約束のように「創元SF文庫版では徳間デュアル文庫版を底本とした。」との一文が挿入されているが、まさか誤植の責任をデュアル文庫の担当者に押し付けるつもりではあるまいな。
どうにも困ってしまうことには、この創元SF文庫版が「最終決定版」らしいということであろうか(外伝2解説文より)。こんな仰々しい看板を掲げるなら、ちゃんとやることをやってほしいものである。
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映画『おくりびと』の影響で納棺師になりたがる人が増えているとか。asahi.comより。
映画「おくりびと」の米国アカデミー賞外国語映画賞受賞で納棺業者が注目されている。遺体に触る仕事として敬遠されがちだったが、映画では永久(とわ)の別れの演出者として描かれ、イメージが一変。不況下の就職難も手伝って「やりがいのある仕事」と求人への応募が相次いでいる。
少々口の悪いことを言わせてもらうと、どんなに時代が変化しても死人が出ることだけは絶対に止められないわけで、食いっぱぐれない商売という見方もできる。そのあたりを考えに入れた上で志願する人もおそらくはいるに相違あるまい。
映画の方は見ていないが、元になったという『納棺夫日記』は読んだ。さまざまな遺体に接するくだりを読むに付け、どうしても昨年初頭の弟の死が思い出された。
あのときは葬儀社の人たちが納棺の儀式も取り仕切ってくれた。あのときは元から遺体に損傷などはなかったが、いつもそんな状況ばかりが回ってくるわけでもないだろうし、精神的に強くないと続けられない仕事だと思う。
記事後半にはこんな記述もある。
葬儀社の下請けで24時間対応。スタッフは社長を含む男性3人と女性8人だが、月に250件近く受注する中には厳しい現場もあり、「自分の心のコントロールが一番大事」と敏宏さん。仕事帰りの車内では努めて、明るく楽しいラジオ番組を聞くという。
なんというか、思わず頭が下がってしまう。
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駅弁については人様にうんちくを垂れるほど食べ歩いてはいないのだが、人が「おいしい」と言うものはけっこう食べている。
とりあえずイチオシのものというと、真っ先に思い出すのは宮島口で売られている「あなごめし」。ちょっと値は張るが、売店では作りたてを出してくれるので味は格別。場所が場所だけに、関東圏の人間にはそうそう食べに行けないのが難ではあるが、機会さえあれば是非また食したい駅弁。
東日本では、今年の元日に小淵沢で食べた「元気甲斐」がおいしかった。この駅弁が誕生するきっかけになったテレビ番組を放映当時見ていて、いつかは食べてみたいと思っていたものであった。品数は多いが全体的なボリュームは控えめなので、食の細い人でも安心して食べられる。人気のある駅弁であるだけに、売り切れにはご注意を。
コネタマ参加中: オススメの駅弁や“ご当地グルメ”を教えて!
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ひと月前に、パソコン通信時代から親交のあった友人が亡くなった。訃報はあまりにも突然だったため、友人諸氏の間では訃報そのものの真偽すらあやしまれるほどであった。結局は故人と特に親しかった共通の知人に真相を尋ねて、ようやく納得した。
3月最後の週末にはパソ通時代からの友人がひさしぶりに集まった。自分を含めて12人が集まったが、急な招集にもかかわらずこれだけの人数がそろうのは故人の人望であろうか。
会合では四十九日開けの時期を待って、不世出のアニソン唄いであった故人を偲ぶアニカラオフをやりましょう、ということになった。それにしても、亡くなった彼女がいないカラオケオフが催されること自体がなんだか信じられない。
ところが、いざオフの開催が決まると、「あの曲は歌いたい」「あの人には是非あの曲を歌って欲しい」という思考が暴走し始めてしまい、妙にテンションが跳ね上がってしまった。寝付きすら悪くなるあたりが我ながら恐ろしい。
さしあたり、アイアンリーガーの曲の中から1曲(OPか「With」のどちらか)、それと「星の1秒」は押さえさせてもらうぞっと。
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特定の映画音楽で気合が入るという人も多数いるだろう(『ロッキー』のテーマあたりはど真ん中のストレートだな)。これが年季の入った特撮ファンだと「怪獣大戦争マーチ」などが定番になるか(「地球防衛軍マーチ」の方が燃えるような気もするが)。
「そういうおまえはどうなのだ」と問われれば、しばし考えた上で『ガンヘッド』のサントラ収録曲「GUNHED #2」を挙げる。
映画の方はどちらかというと観る人を選ぶ作品で、おれにはさーっぱり刺さらなかったのだが、本多俊之が手がけた音楽は全体的に燃える曲が揃っており、「こんな曲がバックに流れる映画はとてつもなく面白いのではないだろうか」とたっぷり勘違いさせてくれる(ファンの人、もし読んでたらごめん)。長いことDVD化されなかったが、発売するに当たってサントラも復刻したのは賢明な判断であったと思う。
コネタマ参加中: 聴くと気合が入る曲を教えて!
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