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2005.03.31

年度末のユウウツ

 明日から新年度ということで、あちこちで「新しい」という言葉を耳にする。世間はどんどん動いていることを感じる。桜前線ももうすぐ関東地方にやってくるだろう。明日からはプロ野球のセ・リーグも開幕し、冬眠状態だったスポーツ関連のマスコミも活況を取り戻す。

 だというのに、おれの中にあるむなしさはなんなのだろう。地元では今日をもって日立電鉄線が廃止されることが話題になっているが、ほとんど利用しなかったおれにとってはなんの感慨もない。

 もう少し元気があれば、明日のエイプリルフールに大ウソをぶちかましてみることもできるのだろうが、そんなことも考えられない。このままだと、明日どこかの新聞がウソ記事を載せても楽しめる余裕はないだろう。

 このまま消えてしまえたらどれほど楽だろう。

 本を読んでいても、ネットで人の文章を読んでいても、頭の片隅にそんな考えがあって文章の内容を楽しめない。今日もまた昨日と変わらぬユウウツな気分のまま過ぎようとしている。

 そしておそらくは明日も。

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2005.03.29

万博に群がるダフ屋

 ダフ屋という連中は、カネになりそうなものの匂いを嗅ぎつけては群がる習性があるらしい。閣下さんの記事を読んで「こんなところにもダフ屋って出没するのか」と思ったものである。リンク先にあった、ヤフーオークションを「サツキとメイの家」で絞り込んだ検索結果を見て呆れかえった。記事を読んでコメントを付けた時点では144件だった出品件数が、今見たら153件に増えている。おそらくは時間の経過に連れてさらに増えるだろう。

 そもそも1日に何万人も来場する万博会場に、1日あたり800人しか入れない施設を作ってしまう博覧会協会の神経もどうかと思うが、それを逆手にとって金儲けの材料にする側の神経もまともではない。中には「運悪く予約した日に行けなくなってしまったので、希望者に譲りたい」という気持ちで出品している人もいるかも知れないが、ふっかけられている金額や1人で何件も出品している向きがいるのを考えると、これは事実上のダフ屋行為である。

 これを一括りに取り締まれないのは、先述したような「希望者に譲りたい」つもりで出品した人との線引きが難しいからであろう。また、そのダフ屋から予約券を買って感謝している人がいるから困ったもんである。しかし、このオークションで複数出品している連中が心底から「希望者に譲りたい」と考えているとは思えない。むしろ「ボクはダフ屋でーす。ボクのフトコロを暖めるためにも、みんな買ってねえ」という醜い魂胆の方が透けて見えるだけに不快感が増大する。

 ……と、ここまで書いてきたところで「ダフ屋行為はいかなる規定によって処罰されるのか?」そして「ネットオークションによるチケット転売はダフ屋行為に当たるのか?」という根源的な疑問に突き当たったのでネットであちこち検索してみたところ、「法、納得!どっとこむ」に専門家の見解が述べられているのを見つけた。曰く――

 ダフ屋行為は、一般に都道府県の条例によって取り締まられています。
 しかし、例えば、東京都迷惑防止条例では、「転売する目的で得た乗車券等を、公共の場所又は公共の乗物において、不特定の者に、売」ってはならないと規定されているため、ネットオークション等には適用できないのです。

 ふーむ、条例がネット社会に追いついてきていないのが現状か。

 もっとも、はじめから転売する目的で、大量のチケットを入手した場合には、その入手行為自体が処罰されます。

 〔中略〕

 以上より、転売目的で大量に購入するような悪質なものでない限り、現時点では、ネットオークションによるチケットの売買は法的規制には触れないといえるでしょう。

 この「転売目的で大量に」がどの程度なのかが問題か。オークションにいた「GW8枚組」なんてのはこれに該当するような気がするのだが、どうだろう?

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2005.03.28

不快きわまるスパム

 このところ、どうにも不快なスパムメールがやってくる頻度が増えた。まあスパムメールを受け取って喜ぶ奇特な御仁もあまりいないとは思うが。メールソフトを立ち上げて、2つのアカウントを巡回させたあとに、スパムメールを受信して「Gクラッシャーの発射音」という分かる人以外にはさっぱりピンとこない音だけが響いたときには思わずため息が出る。

 スパムの多くは全文英語のHTMLメールだから、だいたいはメーラーのスパム除去プラグインでゴミ箱直行の運命をたどるのだが、時折その網をすり抜けて受信箱に入ってくるものもある。それがよりにもよって、差出人のメールアドレスが自分のものだったときの不快さたるや、筆舌に尽くしがたい。それもどこで集めたのか、おれが今使っていないアドレスを使ってくる。それでメールのタイトルが「毎日一人で寂しい方や、恋人や奥さんとマンネリ気味の方に朗報です!」なあんて大きなお世話のものだったりするから余計に腹が立つ。要するに出会い系サイトの宣伝をするために差出人のアドレスを偽装しているのだ。今日などはまったく同じ文面のものが30分間隔で2通来た。

 「そんなの無視しちゃえばいいじゃん」と言ってしまえばそこまでなのだが、「毎月、10代向けの某有名女性雑誌に広告を載せているので女性の人数・質には自身があります☆」という一文(誤字は原文ママである。バカだねえ)にはカチンとくる。今日日の女性雑誌は、こんな腐れサイトの広告を載せてカネを稼ぐところまで落ちぶれておるのか。腐れサイトの宣伝で使われる「10台向けの某有名女性雑誌」が本当に有名なのか、こちらの知ったことではないが。もし腐れサイト側の言うような本当に有名な女性雑誌が存在しているのであれば、「恥を知れ、お前らも同罪だ」と声を大にして言いたい。そもそも「有名女性雑誌」とやらに広告を載せるカネも自信もあるのなら、差出人を偽装したメールを出すような姑息なマネなどしないで、もっと堂々と広告展開すればではないか。

 そういった次第なので、おれの古いメールアドレスを知っている一部の方にご忠告。今後はそのアドレスでおれ宛のメールを送るとゴミ箱に直行させるので、メールを送る際にはこのブログのプロフィールのページにあるアドレスをご利用いただきたく。

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Not even justice, I want to get truth.

 記事のタイトルを見て、ある往年のアニメの次回予告を連想する人もいるだろうが、そちらの話ではないので念のため。

 先日、愛知万博をさんざんこき下ろす記事を書いたが、その記事に対して中島ひなさんからトラックバックを頂戴した(先日の記事でリンクさせていただいたひなさんとは別の方)。その記事を読みに行って驚いた。「500mlのジュースが600円する情報が流れていますが、実際は150円で買えます!!」という。実際に会場に行った人の書いた記事であるから、これは確かな情報であろう。文中では、例の「コーラ1本600円」という情報は一部の2ちゃんねらーの「釣り」行為であるとも言及している。

 こうなってくると、どの情報を信用したらいいのか分からなくなってくる。このブログのように個人レベルで情報を発信できる今のご時世である。もちろんウソの情報を発信して世間を混乱させることも可能である。マスコミを筆頭とする大メディア(特に主催者である万博協会)は、個人レベルのネガティブキャンペーンに対して、正確な情報を発信しなければならないのではないだろうか。

 中島さんの記事には、会場内にはコンビニがあること、ジュース等の自動販売機が約200台設置されていることなどが書かれている。よほど「万博ならでは!」というものを食べようと考えなければ、日常レベルの食事は可能であろうと思われる。

 ただ、万博の会期はまだ始まったばかりである。これから本格的な観光シーズンが到来し、パックツアーなどで会場を訪れる観光客も増えてくるだろう。そのときに場内にあるコンビニと自販機で客の胃袋の需要を満たせるかどうかは、現時点では分からない。まあ暑い時季になって「自販機のジュースがぬるい」の類の苦情が上がることは避けられないだろうが。

 まあ個人的には人混みというやつが苦手(というか嫌い)なので、このような記事を書いてはいるものの、やはり愛知万博に足を運ぶ気にはなれないでいる。半年後に万博が終了して日常が戻った名古屋になら行ってみたいのだけれど。

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2005.03.26

野次馬を締め出せ!

 とりあえず放送第1週目を終了した「列島縦断 鉄道乗りつくしの旅~JR20000km全線走破~春編」であるが、見ていてどうにも許せないのが駅で関口氏(というか生放送)を待ち受けている野次馬連中である。特に今日放送された博多駅にいたオバハンは許し難い。いかにも気付かないふりをしてカメラの前に割り込んできて、マイクが拾うのを狙っているとしか思えない大きな声を出して車内販売のワゴンの商品を買おうとしていたのである。それだけだったら「天然ボケのおばさん」で済まされたかもしれない。が、その後カメラが博多駅長に向くと、オバハンは駅長の後ろに回ってフレームインを狙っていたのである。一緒に見ていた母と「なんだアレは!」と毒づかずにはいられなかった。おれが現場にいたらライダーキックをお見舞いしているところである。

 昔からテレビカメラが行くところ、野次馬が絶えた試しはない。凶悪な殺人事件があった現場でレポートしているその後ろでVサインなどかましているバカ、野球中継でバックネットが映し出されると携帯電話片手に階段を駆け下りてきて知人に「おれ今写ってるぞー」なんていちいち手なんか振って報告してる奴。

 一視聴者として言わせてもらう。お前ら目障りだ。

 現場中継の場合、その手の野次馬を押さえ込むにはスタッフの人員的な限界があるだろう。スポーツ中継の場合には一介の目立ちたがりなど相手にしている場合ではないだろう。つまるところ、各個人の心がけ次第というレベルの問題になってしまうのだが、現場スタッフには出来うる限り野次馬を排除してもらいたいと思う。視聴者が見たいのは「現場にどれほどの人が集まっているか」などではない。本来カメラに映し出されるべき出演者である(番組によっては人間以外の場合もあるだろうが)。

 冒頭の番組の話に戻るが、今後も関口氏の旅は続き、朝の駅にテレビスタッフがお邪魔する。せめて番組の進行を妨げるような行為や「自分が写ればいいや」的行為は慎んでもらいたい。これから中継が予定されている駅の近隣住民と利用客に対して強く要望する。

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拝啓、ココログさま

 ココログさまにおかれましては、平素よりお世話になっております。さて、今回は貴殿にいくつか要望がありまして、こうして駄文を連ねている次第です。

 ひとつめの要望はカテゴリーについてです。複数選択できるのはいいのですが、その複数選択したカテゴリーの中でどれがココフラッシュに反映されるのか、実際に記事を投稿してみないと分からないという現在の仕様はどうにかならないものでしょうか。先日「鉄道」と「映画・テレビ」のふたつのカテゴリーを指定して投稿したところ、ココフラッシュに掲載されたのは「映画・テレビ」のカテゴリーでした。当方といたしましては、あくまでも「鉄道」が主で「映画・テレビ」はついでに指定したに過ぎなかったのですが、どのカテゴリーを選択してココフラッシュに掲載するのに序列でもあるのでしょうか。やはり「鉄道」がユーザーカテゴリーなのがいけなかったのでしょうか。

 現在のシステムの都合上、ひとつのカテゴリーしかココフラッシュに掲載できないのであれば、複数のカテゴリーを選択した場合、せめてユーザーに「どのカテゴリーでココフラッシュに掲載するか」を選択させてほしいと思います。現行の、まるで「サイコロを振って掲載カテゴリーを決めている」ようにも受け取れる方法しか採れないのであれば、「ユーザーが複数のカテゴリーを選択できる」という現行の方法を再考していただきたく思います。

 ふたつめの要望はサポートについてです。現在ココログには専用のサポート窓口がなく、質問等があった場合は@niftyの問い合わせ窓口にメールする以外にありません。先日も当方のブログの表示がおかしかったので問い合わせたのですが、1度目の問い合わせでは問題は解決せず、2度目の問い合わせではあまりにも不誠実な回答をされ、正直言って腹が立ちました。この場でその不誠実な回答者の名前を挙げることも考えないではありませんでしたが、やめておきます。ですが、サービスを提供している以上はユーザーサポートにはウェブ上のインターフェイスについても知悉した方を当てていただきたいと思います。

 以上2点、一ユーザーのぼやきではありますが、なにとぞお酌みとりいただきますようお願い申し上げます。

 なお、今回の記事の文体がいつもと違うのは、この記事の内容がいわゆる「慇懃無礼」に類するものであることを末筆ながら申し添えておきます。

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2005.03.24

おバカさんはだあれ?

 先の記事をアップしてから、もらった薬を飲んで、頭痛の引かぬまま伯父の通夜に出席したのだが、その合間にココログのアクセス解析を見てみたら、妙なものを見つけてしまった。それは今日付の「リンク元ランキング」にあったURLである。

 http://www.cocolog-nifty.com/cocoflash/shun/ai.chikyuuhiroshi.htm

 ……このURLのファイル名になっている「アイ.チキュウヒロシ」ってなんだ? 明日から始まるとかいう「愛・地球博」ならこの記事でさんざんくさしたが(トラックバックをもらったこちらのブログではもっと痛烈に批判している。読むと万博に行く気がなくなること請け合いである)。

 おそらくは漢字の文字列をアルファベットに置き換える過程でなんらかのミスがあったのだろう。「shun」とURLにあるところからして、一時的なものだからという理由で見過ごされたのかもしれない。それにしても、一般的な読み方ではないからといって「地球博」を「チキュウヒロシ」と解釈してしまうとは何ともはや。おバカさんなのは漢字からURLを生成するプログラム(こういうものを使っている可能性は高い)のロジックなのか、それともそれをみすみす見過ごした人間なのか。その双方なのかもしれないが。

 いずれにせよ、うつうつとした気分を一瞬とはいえ忘れさせてくれたことを、そのおバカさんには礼を言っておこうと思う。

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当てはずれ

 今日は朝から食欲不振に加えて頭痛に悩まされ、午前中は身動きが取れない状態だった。昼前になって、ようやくだるい体をベッドから引きはがした。これからたくさんしゃべるであろうことを考えて、2回分の抗うつ剤と抗不安薬を飲み下して、かかりつけの病院へ。バッグの中から診察券を取り出そうとしたとき、受付に無情なお知らせが張り出されているのに気付いた――

 本日、午後
 カウンセリングは都合により中止になります

 ……おれはそのカウンセリングを受けに来たのに。

 腰が砕けそうになるに耐えながら、受付に「M先生に話を聞いてもらいたい」と申し出る。食欲がないことと頭痛がひどいことを訴えると、ひとまず食欲不振に効く胃の薬と、頭痛の痛みを緩和する薬を処方してもらった。また、懸案になっていた伯父の葬儀に関しては「お通夜と告別式で時間の短い方だけ出席したら」というアドバイスを頂戴した。これについては親からも「どちらか一方には顔を出せ」と言われていたので、その意向にも合致する。不調を押してでもお通夜には出なければならないようだ。

 結局いつもの倍くらい疲れて帰宅。もらったばかりの頭痛の薬を飲んで、時間まで寝ていよう。

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2005.03.23

また食べられなくなった

 また食欲が減退している。前回と違うのは、完全に食欲が失せたわけではないことと、なぜこうなったのか理由が分からないことだ。おまけにここ数日というもの、気分的にも沈みがちで、物事に無感動になっている。そう言えば今朝は新聞も読んでない。テレビもさっき「鉄道乗りつくしの旅」を惰性のように見ただけのような気がする。

 医者から出された薬は処方通りに飲んでいた。「薬が効いてないんじゃないのか?」という疑念に駆られたおれは、昨日の通院日に主治医のM先生にそのことを話してみた。するとM先生は「じゃあ薬やめてみたら?」と言う。こちとら患者だぞ、医者が安請け合いでそんなこと言っちゃってもいいのか? そういったわけで今朝から毎食後に飲む薬(抗うつ剤と抗不安薬)を断っているのだが、これと言った変化は感じられない。気持ちを楽にするはずの薬を断っているのだから、当然と言えば当然のことなのだが。

 21日に母方の伯父が亡くなったのが原因なのか? いや、気分が優れないのはそれ以前からだ。これからその伯父の通夜と葬儀があるのだが、出るだけの気力がない。母に「出ないで済ますわけにはいかんか」とおそるおそる訊いてみると、案の定「そんなことできるわけないでしょ」と取り付く島もない。

 いったいおれはどうすればいいのか分からなくなってしまった。誰を信じたらいいのかも分からない。とりあえず明日、藁にもすがる思いでカウンセラーに相談してみるつもりではいる。気休めにもならないかもしれないが。

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何か足りない「乗りつくし」

 昨年の「最長片道切符の旅」の好評を受けて、21日から「列島縦断 鉄道乗りつくしの旅~JR20000km全線走破~春編」が始まった。とりあえず枕崎、宮崎空港と見た限りでは「何かが足りない」という感じである。ネットなどでの評判も、今のところあまり芳しくないようだ。怪物ランドの赤星昇一郎と郷田ほづみが出てきて「しかしよぉ、なぁんか物足りねえな」と言った後で金属バットとハンマーで何か壊しそう、というか(←例えが古い)。

 そもそも20日に放送されたスペシャル番組からして、焦点の絞り込めていないものだった。過剰に盛り上がる枕崎駅現地と、妙にしらけたコメントしかできないゲストコメンテーター連中との温度差がありありと窺えたし、なによりも「時間持て余してまぁす」というスタッフの嘆きが聞こえてきそうな、前回の旅とも今回の旅とも関係のない映像の詰め込みが気になった。関口氏の旅とあさかぜ廃止にはなんの接点もないだろ。また、しおかぜさんがこちらの記事で言及しているが、「これからこんな列車に乗ります」と紹介された新型特急の映像に「乗ったことない」とコメントした安部譲二氏はともかく、「私は普通列車しか乗らないもので」とコメントしたワタナベ・コウと「新型列車には興味がありません」とコメントした谷崎竜の両氏には「お前ら空気読め」と言いたい。このゲスト連中に関しては完全に人選ミスと言わざるを得ない。

 今回はテーマ曲も不評のようである。昨年の「風の街」がいかにもレールの響く音を連想させる曲だったのに対して、今年の「空のコトバ」にはそれがない。今回のテーマのひとつである「終着駅の郷愁」からの着想なのであろうか。番組を見ているうちに耳になじんでくるのかもしれないが、今のところオープニングを見るたびに違和感のようなものを感じている。

 どうしても「二匹目のドジョウを狙っている」と取られる今回の旅であるが、最終到達点の根室に着くまで無事で、そして充実した旅になることを願いたい。

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2005.03.22

なんかしらける万博

 愛知万博が週末の3月25日から開催されるということで、マスコミ各社はこぞって万博万博と騒いでいる。21日付けの新聞のテレビ欄ではあちこちに「愛知万博」とか「愛・地球博」といった文字が見られた。1970年に大阪で開かれたもの以来の国際万国博覧会なのだが、どうにも個人的には興味が湧いてこない。なんというか「マスコミが勝手に騒いでいるだけではないのか?」という印象がぬぐえないでいるのだ。

 18日から20日にかけて実施された内覧会では3日間で約11万4000人が来場したそうだが、さまざまな問題が噴出したという(Sankei Web)。特にこの程度の動員数をさばききれないお粗末な交通アクセスは大きな問題ではなかろうか。リンク先の記事では協会側が、「内覧会は地元関係者が多く、リニモの利用率が高い。本番は客足が分散し、今のままで対応できる」などと呑気としか言いようのないコメントをしているが、リニモは今回の万博の目玉のひとつではないのだろうか。乗りたがる人は内覧会とは比べものにならないくらいいると考えるのがむしろ自然なのではないだろうか。イベント会場までの交通機関で「90分待ち」なんてお話にならない。アミューズメントパークのアトラクションとは次元が違うのだ。青島都知事(当時)の鶴の一声でイベントそのものがおシャカになった世界都市博がもし開催されていたら、ゆりかもめにさぞや非難の矛先が向けられていただろう。

 また、テロ・食中毒対策という大義名分を振りかざして、弁当やペットボトルの持ち込みを原則禁止してしまうというのもどうだろうか。ペットボトルの持ち込み禁止は昨年8月の段階で決定していた(YOMIURI ON-LINE)。協会側は「事前PRを徹底し、混乱が生じないようにしたい」としていたが、先日の内覧会の様子を見る限りでは、その事前PRとやらが徹底されていたとは思えない。ひなさんのこちらの記事を読むと、協会がやろうとしていることは大義名分を笠に着たぼったくりではないかという疑念が強くなる。変なところだけ浦安にある「ネズミの国」のマネをして来場者の反感を買うこともないだろうに。「会場内ではコーラが1本600円」なんて価格設定は、どうひいき目に見てもクレージーだ。

 ここまで書いてきて、マスコミが必死こいて万博の宣伝をしているのは「マイナスイメージを少しでも減らそう」という、涙ぐましい努力なのかもしれん、などと思えてきた。かく言うおれは、20年前に地元茨城で開催された科学万博でさんざんな目にあったせいで、ある種の「博覧会アレルギー」とでも言うべき体質になってしまったので、わざわざ愛知くんだりまで行って不愉快な目に遭う気は毛頭ない。


3月28日追記:トラックバックを受けて、この件に関して新たに記事を書いたのでそちらも参照いただきたい。

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2005.03.20

ルパンとガメラと地下鉄サリン事件

 落語の「三題噺」のようであるが、おれはこのタイトルに挙げた3つがどうしてもワンセットで思い出される。

 1995年3月20日、月曜日。カレンダーでは平日だったが、当時勤めていた会社は休日だった。そこでおれは以前からこの日に「ガメラ 大怪獣空中決戦」を水戸まで観に行く予定でいた。新聞の社会面には、長年に渡ってルパン三世の声を務めてきた山田康雄氏の訃報(前日に死去)が載っていた。

 世間的に平日なのに自分は休日という立場は気楽なもので、おれは頃合いまでNHKの朝のニュースに長々と付き合っていた。すると、ニュースは「地下鉄日比谷線で異臭騒ぎ」という速報を流し始めた。その時のおれは知る由もなかったが、これが日本中を震撼させた地下鉄サリン事件の第一報だった。

 「異臭程度なら大したことはなかろう」と高をくくって、おれは水戸に出かけた。そして「ガメラ」をたっぷり堪能して、昼過ぎに帰宅した。

 テレビをつけたおれは驚いた。けっこう見慣れた景色である地下鉄日比谷線の築地駅付近が空撮で映し出されていた。救急車が何台も道端に停まり、数え切れないほどの人が歩道に横たわっていた。そしてこの騒ぎの元が前年の6月に松本で撒かれたのと同じ化学物質であるサリンであることを知った。

 あれから10年が経過した。昨年の3月20日にはザ・ドリフターズのリーダーであるいかりや長介氏が他界した。そして今年は北九州を地震が襲った。地震の被害が少なかったのは不幸中の幸いと言うべきなのだろうか。ともあれ、3月20日という日付が多くの人たちの暗い記憶として語り継がれるであろうことは想像に難くない。

 地下鉄サリン事件から10年。しかし主犯の裁判はいまだに継続中である。死刑と分かっている人間を裁判にかけるという行為は時間と経費の無駄遣いのように思うのだが、どうか。

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2005.03.19

眠る男

 同名の映画があったような気がするが、関係ない。いしいひさいちの「バイトくんブックス」にもあったような気もするが、これも関係ない。いつもなら検索エンジンを駆使してリンクするところだが、調べる気力からして、ない。この記事のタイトルが意味するものは、現在のおれをもっとも端的に表現したものである、と思う。

 のそのそと起き出して食事を取る。毎食後服用と指示されている薬を飲む。またベッドに戻る。これが1日に3回繰り返される。それだけだ。食事はほとんど「餌」に近いような気がしてならない。

 こんな実態を露悪的に紹介すると、「そんな生活は『生きている』うちに入らない」と言う人もいるだろう。まったくその通りなので返す言葉がない。じゃあどんな生活をすれば「生きている」ことになるんだろう。

 たまにテレビを付けて笑ったりもする。音楽も聴く。ネットもしたりする。しかしすべてが一過性だ。楽しいのはそのときだけ。

 こういう人間が息をしていてもいいものだろうか。

 「自殺はいけない」と人は言う。本当にそうなんだろうか。恐怖も苦痛もないのなら、今のおれはそれを選択するのではないだろうか。

 そんな精神状況下に、おれはいる。

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2005.03.17

豪快な……

 注文しておいたCDが届いた。以前着メロの件でちょっと触れた、不気味社の「豪快な地球防衛軍」である。どんなCDであるかは、説明するよりリンク先を見に行ってサンプルを聴いてもらう方がよーく分かっていただけると思う。基本的には伊福部昭が作曲した東宝特撮映画(例外が1本だけあるが)に登場するメカの活躍シーンに付けられた音楽をアカペラの男声合唱で、昔一時期流行した「人間カラオケ」のノリで歌っているものである。はっきり言って「『いふくべあきら』って誰?」という人はもちろん、伊福部メロディに思い入れがない人が聴いてもちーっとも面白くない。リンク先のあおり文句を引用させてもらうと――

●怪獣大戦争マーチをくちラッパで歌うのが大好きな人、●
状態のときに宇宙大戦争マーチを聴くと状態になる貴方、●
●飛行機雲を見るとついラドンを連想してしまうお友達、●
●地球防衛軍マーチには絶対に歌詞などいらん!!と頑なな同士、●
●ヘリコプターに乗るとメーサー光線車マーチが脳を支配する皆様、●

 ……という人たち向けである。おれは上記の5つの条件の過半数は満たしてしまうので、おそらくは大丈夫なのだろう。

 かつて不気味社というと「豪快な歌声」というテープを同人誌即売会で売っていたはずである(一連の「豪快な歌声」シリーズはこのサイトで聴ける。「『豪快な歌声』ってどんなの?」という問いに対しては「聴けば分かる」とだけ答えておく)。いつの間にこういう路線に転向したのだろう? なんでも今度は「豪快な交響ファンタジー」なるものを出すそうである(「SF交響ファンタジー第2番」、「同第3番」、「交響ファンタジー『ゴジラVSキングギドラ』」を収録予定とか)。「SF交響ファンタジー第1番」は「豪快な大戸島」に収録されているが、それだけに3000円を拠出する余裕は残念ながら目下のところ、ない。

 それにしても、ウルトラシリーズで有名な「ワンダバ」が伊福部メロディにも似合うとは、このCDを聴くまで気付かなんだ。

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楽しいけれど淋しい本

 今寝床で読んでいるのは「かわいい子には旅をさせるな」(著・鷺沢萠)というタイトルのエッセイである。著者の名前を初見で正確に読める人は十中八九いないであろうから、読み方を付しておくと「さぎさわ・めぐむ」である。さらに付け加えておくと、すでに故人である。生年月日もおれと40日くらいしか違わないので、妙な親近感のある作家であった。

 このエッセイは著者の死後最初に出版された本であったと記憶している。出版社のウェブサイトに連載されていたものをまとめたもので、公式サイトであるOffice Meimeiにあった日記と同じようなテンションと、身を削るようなネタで読み手を楽しませてくれる。しかし、読んでいて複雑な心境になるのもまた事実なのである。出版社のサイトでの連載であるからそんなに重いネタの文章はないのだが、「書き手がすでにこの世の人ではない」ことを意識してしまうとやり場のないむなしさがこみ上げてくる。なんか読んでいても心の底から楽しめないときがあるのだ。

 この人の本分は純文学だったので、おれの読書の守備範囲からははずれてしまうのだが、文庫化された公式サイトの日記(「サギサワ@オフィスめめ」のタイトルで3冊が発売中。4月には最後になる4冊目が発売されるそうだ)や他のエッセイではずいぶんと楽しませてもらった。

 そんな彼女も、この本の中では不眠を筆頭に数多くのこころの病に悩まされていたことをカミングアウトしている。過呼吸や強迫観念性やうつといった厄介ものを抱えた状態で読者を楽しませる文章をつづることは、物書きでないおれなどには想像もつかない重労働だったことだろう。そんな状態であることなど文章の行間にすら感じないのだが、やはり精神的な疲れは彼女を自死の道へといざなったようである。それを思うと、やはり素直には楽しめない。エッセイは何度も読み返すおれではあるが、読んでいて複雑な気分になるものは、後にも先にもこの本くらいであろう。

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2005.03.15

ツール乗り換え検討中

 このブログで、おれは何度かまるで宣伝でもするかのようにubicast Bloggerというツールを使っていることを書いてきたが、現在乗り換えを検討中である。そもそもubicast Bloggerを使うようになったのは、昨年末に配信されたベクターのソフト情報のメールで紹介されていた記事に触発されたからである。「年明けにでもブログ始めてみるかなあ」と考えていたおれにとっては、まさに渡りに船の記事だった。

 ところが実際に使い始めてみると、いろいろと粗が出てきた。HTMLソースが外部エディタを登録しないと編集できないこと、その外部エディタで編集して保存すると、トラックバック先を複数指定していたときにそれらが1箇所を除いて消えてしまうこと、などなど。あまり欠点をあげつらうのも申し訳ないので、このくらいにしておく。

 かれこれ1ヶ月使ってきて、だいぶソフトに対する不満も山積してきたところで、おなじみの「窓の杜」でアップデート情報を見たのが、現在試用中のBlogWriteである。ubicast Bloggerと違ってシェアウェアではあるが、使い勝手はいいようだ。難を言えば、インターネットに接続している状態でないと起動できない点くらいであろうか。さきほど記事を作成してアップしてみたが、トラックバックもきちんと送れることが確認できた。ひとまずは2週間の試用期間中に使い倒してみて、問題なければシェアフィーを支払って乗り換えてしまうつもりである。

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名前にご注意

 親が人前でわが子の名前を大声で呼ぶというのは、子供が1人で勝手に歩き出すようになる頃にもなれば、ありがちなシチュエーションである。そのありがちなシチュエーションというやつも、子供の名前によっては抜き差しならない事態を引き起こしかねないようだ。hellen_lizardさんのこの記事に登場する親父さんは、あと一歩のところで警察に通報されかねない状況にあったと言える。

 この記事を読んで連想してしまったのが、「いろはに困惑倶楽部」(著・原田宗典)にあった、こんな読者投稿――

 うちの犬の名前は「みかん」。そしてうちのまわりはみかん畑が広がっている。あるのどかな日曜日、ヒモから放して散歩させていた父が、「みかんー、みかんー」と犬の名を呼んでいると、練馬ナンバーの観光客が、「1籠下さい」と寄ってきた。以来父は絶対愛犬の名を口にしない。(P.182より)

 そういえば弟も高校時代に似たような経験をしている。同級生にオバラ君という苗字の友達がいて、彼は「オバちゃん」と呼ばれていた。ある雨の日、学校に向かうバスの中でオバラ君を見つけた弟は当然のように「オバちゃん、オバちゃん」と呼びかけた。すると、バスに乗っていたおばさんたちが一斉に弟のほうを振り返ったそうだ。

 まあ冒頭の例ほど罪がない話ではあるが、人を呼ぶとき(ペットもそうか)は気をつけた方がいい場合もあるということで。

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2005.03.13

素晴らしきサポートの実例

 あらかじめお断りしておくが、この記事のタイトルは「嫌み」とか「あてこすり」とか、とにかくそういったニュアンスで付けていることをお含み置きいただきたい。

 ココログでブログを書き始めてから、実際に書いたものをブラウザで見てみると妙に行間が空いている記事が見受けられることがあった。さらに2月に入ってアクセス解析用のソースを記事の末尾に付けるようになると、記事とフッターの間がこれまた妙に空いているケースが出てきた。

 おれはこのブログをubicast Bloggerというツールを使って書いているが、それ以外には別段変わったことをしてはいないつもりである。困ったおれは@niftyのサポートにメールを出した。最初のメールは今月9日に送り、返事は2日後に来た。「意外に早かったなあ」と感心しつつ読んでみると、メールにはこうあった。

 記事とフッター間のスペースにつきましては、再構築を行うことで改善される場合がございます。お手数とは存じますが、以下の手順をご参照いただき、ココログの再構築をお試しいただきますようお願いいたします。(改行位置の変更は引用者による。以降の引用についても同じ)

 この文章の後に再構築の手順が記されていたのだが、いざ実行という段になって「あれ?」となった。手順にはこうあった。

 5.小ウィンドウが表示されますので、反映したいファイルで「カテゴリバックナンバーのみ」を選択し、[ 反映 ]ボタンをクリックします。

 ……あのう、その「カテゴリバックナンバーのみ」って、プルダウンメニューに出てこないんですけど。

 仕方ないので、そのプルダウンメニューで試せるものはすべて試してみたのだが、現象は改善されなかった。「なんとかしちくり」という思いで再度サポートにメールした。返事はその2日後である今日来た。「日曜日だというのに大変だなあ」と内心でねぎらいつつ読んでみると、メールにはこうあった。

 ココログの再構築を行っていただいても改善されないとのことから、当窓口よりぶるない様のココログのHTMLソースについてお調べしたところ、フッターに空白のある下記記事につきまして、<p>タグが二重に使用されているご様子でございました。(引用者註:当然のことだが、サポート宛のメールは本名で出した)

〔中略。ここには具体的に記事のタイトルが上げられていた〕

 ⇒「<p><p>~</p></p>」と、タグが入力されておりました。「<p>~</p>」と修正していただくようお願いいたします。

 なるほど、そうだったのか。おれはココログにログインして、メールで挙げられていた記事のソースを調べてみた。

 ……あのう、指摘されているような箇所がどこにもないんですけど。本当にHTMLソース見たんですか?

 こりゃサポートは当てにならん。自力で解決するしかないな、と思いつつ「記事の作成」画面をあちこち見ているうちにふと気が付いた。「テキストフォーマット」の項目が「改行を反映させる」になっている。この設定だと改行タグを挿入しなくても、テキストが改行されていれば表示時に改行して表示する。アクセス解析用のソースは6行あるから、その分が空いているのかも。そう考えて「テキストフォーマット」の項目を「なし」にして、表示を確認してみた。

 直った。

 さらに「ウェブログ」-「設定」-「表示設定」にある「テキストフォーマットの初期設定」を「なし」に変更して、全体に反映した。すると、かねてからの懸案だった「妙に空いてしまう行間」の現象まで解決した。

 今回の件で対応してくださったサポートスタッフのお二方には感謝している。これは嫌みでなしに。でも、こういう対応というのは拙速よりも巧遅を重んじるべきではありますまいか。場当たり的な対応ばかりしていると、ユーザーの信頼なくしちゃいますよ。

4月2日追記:最初のメールにあった「カテゴリバックナンバーのみ」の表示がなかった件については、こちらの設定漏れと判明した。サポート担当様、すみませんです。

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2005.03.12

続・統計に惑わされる事なかれ

 以前書いた「統計に惑わされる事なかれ」は、ネタにしたasahi.comの記事をあざ笑ってやるつもりだったのだが、何件か付いたトラックバックは先を読みに行ってみると、ネタにされていたのはこちらの記事ではなく、asahi.comの記事の方だった。こちらの記事については1字たりとも触れていない。そういった次第で、失礼とも思ったがトラックバックは削除させていただいた。あしからず。

 かつてイギリスの政治家で小説家だったベンジャミン・ディズレイリという人物はこう言った。「嘘には3つの種類がある。嘘、真っ赤な嘘、そして統計だThere are three kinds of lies: lies, damned lies, and statistics. )」。それくらい統計を見るときには眉にツバを塗りたくって当たるべきなのだ。

 例を挙げてみよう。
 最近ちょっとした話題に上った統計で、長崎県の小中学生3600人に県教育委員会が「死んだ人は生き返ると思うか」というアンケートを採ったところ、15.4%が「生き返ると思う」と回答した(実施されたのは佐世保市で小学生が同級生を殺害する事件が起きた年の終わり頃)。
 この数字を多いと思うか少ないと感じるかは人それぞれだろう。とりあえず統計としてのサンプル数は十分のように思えるが、回答者の対象である年齢層が微妙なところである。小学1年生と中学3年生では、自ずとものの考え方が変わってくるはずだ。また、回答者が真摯にアンケートに答えたかどうかも問題である。アンケートのタイミングからして、結果によってはニュースになる可能性が高い。「おれはそんなもの信じないけど『生き返ると思う』って答えたらニュースになるかも」と考えたやつは皆無だったと言い切れるだろうか? 中学生にもなればそのくらいの悪知恵が付いていても不思議ではない。自動車の運転免許を取るときに実施される適性検査で「世の中が嫌になり、時々死にたくなる」の類の質問にシャレで「はい」と答える連中がいるが、それと同様の心理である。
 こんな統計でも、疑う余地はあるのだ。

 そして今回カナダの大学で行われた調査で取られたサンプルは長崎の例の10分の1以下である。嘘の入り込みにくいデータではあるが、統計として発表するには少なすぎる数字と言わざるを得ない。まあカナダの学会はこんな調査結果を鵜呑みにするほど愚かではないと思うが。

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2005.03.11

この頃のアクセス記録から思うこと

 以前にも書いたことがあるが、おれはココログのアカウントを「プラス」で契約している。最近になっていきなり使用できる容量が倍の100MBになって驚いたりしたが、契約に当たって重要視したのはアクセス解析の機能がついてくることだった。「今日はどのくらいのアクセスがあったのか?」とか「どんなキーワードでこのブログにたどり着いたのか?」なんてことが分かるのは結構面白い。で、そのキーワードにこの頃ある傾向が見られるのである。

 3月7日(月)~3月11日(金)の5日間でとにかく多いのは、ノートンシリーズのアクティブ化に関するキーワードである。「あー、おれと同じトラブルに出くわしてる人って多いんだねえ」とも思うのだが、その反面「こんな一個人のブログなんか見てないで、メーカーのサポートサイトを見に行った方が早いんじゃ……」と思ってしまうのだ。というわけで、このブログには具体的な解決方法は書いてありません。あしからずご了承下さい。何の因果か解決方法を求めてこのブログに漂着してしまった方は、こちらのページを見に行った方が解決への早道かと思われますので、そちらへどうぞ。

 次いで多いのは、今月いっぱいで廃線になる日立電鉄線に関するもの。不思議なことに「営団地下鉄のマーク」というキーワードで来訪される方がそこそこいる(現在の日立電鉄線の車両が営団銀座線の車両のお下がりであるため、天井の扇風機にマークが残っている)。つたない乗車記録ではありますが、あんなのでよろしいんでしょうか? ああいう紀行文は書き慣れていないんで、ちょっと不安だったりします。それでも読みたい方は、画面左下あたりにある「鉄道」カテゴリのリンクからどうぞ。一応車両や駅舎の写真もありますんで。

 その次に多いのが、なぜかキングギドラの鳴き声に関するもの。以前2ちゃんねるの特撮板に「三大怪獣 地球最大の決戦」のスレッドがあった頃、あるスレ住人氏が作成してアップローダに上げてくれたものを落としてきて、携帯メールの着信音に使わせてもらっている。連続して鳴ると、さながら科学特捜隊日本支部の電話みたいで笑える。おそらくはアップローダにあったデータが消えてしまったので、探し回っているのだろう。こちらでどこかのアップローダに上げてもいいのかもしれないが、いかんせん本来の作成者が誰なのか分からないので、転載するわけにもいかない(データもi-mode用のものしかないし)。というわけで、ここにはキングギドラの鳴き声の着メロは置いてません。あしからずご了承下さい。

 いずれはこの記事も検索エンジンに拾われるのだろう。そのときにショートカットとして機能してくれると、ありがたいかもしれんなあ。

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2005.03.10

新型新幹線の試験車発表

 おれが小学校低学年くらいの頃、新幹線と言えば「ひかりごう」であり、「じそく250きろ」で走るものと思っていた(そんな歌があった)。そのころ読んでいた「できる・できないのひみつ」(著・内山安二)によれば、「レールと車輪とのまさつで走るには、最高時速300から400キロメートルぐらいがげんど」とのことだった(今手元にある「新訂版」は1993年に出版されたもの)。ところが技術力というものはそれから10年もしないうちに「げんど」を越えてしまった。

 新幹線の最高速度記録は1996年7月26日に300X新幹線試験車両が時速443キロを記録したもの(リンク先はPDF形式)である。世界最高はそれよりさらに上で、フランスのTGV-Atrantiqueが515.3キロというとんでもない数字を叩きだしている。では「現実的に新幹線はどこまでスピードアップできるのか?」という疑問が出てくるが、こちらのページによると、時速400キロあたりが限度らしい。

 その限度に挑む試験車両の製作をJR東日本が発表した(Sankei Web)。現在の営業運転における最高速度はJR西日本の500系のぞみが時速300キロという数字を出している(これは世界最高。フランスやドイツにも同じスピードで走る高速鉄道がある)が、今回発表された試験車両E954形式(愛称は「FASTECH 360 S」)では最高360キロによる営業運転を目標としているという。さらには試験運転では時速405キロでの走行試験も行うという。いったいどこまで速くするつもりなのだろう。

 ただ、どうにも気になるのは車両のデザインである。1997年12月にデビューしたE4系(これのデザインにはかなり脱力させられたものだ)以降、新幹線のデザインは空気抵抗と戦うためにのっぺりしたものになりつつある。今回のE954形式では1号車と8号車のデザインを異なる形状にして比較検討するそうだ(JR東日本によると、1号車のデザインはStream-line形、8号車のデザインはArrow-line形というらしい)。前出のSankei Webの記事の写真で言うと、上が8号車、下が1号車である。8号車はE4系の流れを汲むデザイン、1号車は500系のそれをそのままいただいたようなデザインである。1号車のデザインではオリジナリティがないような気がするし、さりとて8号車は正直「それだけは勘弁してくれ」と言いたくなりそうなデザイン。どちらが採用されるかは走らせてみないと分からないのだろうが、なんとも悩ましい。

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2005.03.09

踊る阿呆に見る阿呆

 昨年来ヒットを飛ばしている「マツケンサンバ」であるが、なんであそこまで支持される、というかウケているのか理由がさっぱり分からない。正直言って、あの曲は嫌いである。肌に合わないというか、生理的に受け付けない。ラジオでイントロが流れてこようものなら反射的にスイッチを切ってしまうくらいダメである。

 初めてこれを聞いたのはラジオの深夜放送だった。第一印象は「松平健も年甲斐もなくバカなことやってるなあ」だった。その翌週くらいには「マツケンサンバII」なるモノ(一般的に認知されているのはこの曲である)まで聞かされてしまい、声を殺して笑った(なにせ聞いたのが深夜だったので)ものである。それがどういう経過をたどったのやら、いつの間にか「紅白歌合戦」に出るほどのメジャータイトルにのし上がっていたのだから、世の中分からない。

 昨日は昨日で、「サンバの日」と称して東京ドームに1万人を集めて踊り狂ったらしい。もちろん、ここでいう「サンバ」とは「マツケンサンバ」以外の何物でもない。「3月8日」と「サンバの日」をキーワードにしてググってみたら、このイベントに絡む記事ばかりがヒットして頭が痛くなった。

 顔を白く塗りたくって派手な殿様の格好でバカなことをしている、という点においては「志村けんのバカ殿様」と変わらないのではないかとも思うのだが、どうか。それが片や歌番組、片やバラエティ番組である。この扱いの差はなんなんだろう。名前の読みまで同じなのに。

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食べられない日々

 土曜の夜、とあるBBSの書き込みを読んだおれは、激しい自己嫌悪にとりつかれた。自己嫌悪というものは、どうしても自分を悪人の立場にしか置けないから、際限なく自分を責め続ける。そして行き着く先は往々にして「死」だ。何度となく「死んでしまった方がいいんじゃないだろうか」なんて考え(「希死念慮」というやつだ)が頭の中を駆け回った。

 一夜明けた日曜の朝、食欲は湧いてこなかった。とりあえず牛乳を温めて飲み、食後に飲む薬を服用して、あとは終日布団をひっかぶっていた。昼も夜も食べる気は起きなかった。「食後服用」と指示されている薬でも空腹時の方が薬の効き目はいいそうだが、その話は本当らしい。まともな食事を取らないまま、就寝前の眠剤を飲んで寝た。

 月曜日の朝。相変わらず空腹感はあるが食欲はなし。「拒食症」という言葉も頭に浮かぶ。なぜか枕元に積まれていた「自殺」(著・柳美里)をわざわざ山の下から引っぱりだして読み返してしまう。この本の中で著者は「自分の中に自殺をプログラムしていて、書きたいことを書いたら、自殺するつもりでいます」と語っている(この本の大部分は、1993年に高校生に対して実際に語られたことが占めている)。そんな本を読む一方で「人はどうして死にたがるのか」(著・下園壮太)も斜めに読む。この本では「自殺は、人が原始からもっている《「生きる」プログラム》の誤作動なのです」という。どちらの言い分ももっともなように思えて、頭は加熱する一方である。結局この日も、心配する家族の声を尻目に一食もしないまま寝た。

 火曜日。この日は午後から病院に行く予定だった。どうしようもなかったら主治医の先生に相談してみようと思いつつも、朝食は食べられなかった。ところが午前9時半を回った頃になって、今までの揺り返しのような猛烈な空腹感がやってきた。「このままでは病院に着くまでに倒れるかも」という危機感でもあったのだろうか。あるいは人間が持っている「自らを死から守る本能」みたいなものが働いたのか。やっと昼前になってパンやら栄養ドリンクやらをコンビニで調達して、口にした。やれやれである。

 通院のために駅に向かう道すがら、久しぶりに長電話をした。しゃべっているうちに口の中が乾いてきて、うまくしゃべれなかった。

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2005.03.08

統計に惑わされる事なかれ

 そういえば「血液型性格診断」というやつを信じている人はどのくらいいるのだろう、などと連想してしまったasahi.comの記事。記事を読んで自分の手の指を見てしまった人もいるのではないだろうか。

 しかし、統計の母数が約300人(男女含む)というのは統計として信用に値する数値なのだろうか? そのただでさえ少数の母数のうちの「人差し指が薬指より短い男性」といったら、かなりの少人数になると思うのだが。そんなインチキ臭い統計(これを統計と呼べるならの話だが)で検証したデータを、よくもまあ専門誌なんぞに発表できるもんだ。こんな胡散臭いデータを鵜呑みにして記事にする(しかも記事の扱いは「サイエンス」だからお笑いだ)朝日も朝日だが。こういうネタはタブロイド紙にでも任せておけばいいものを。真に受ける読者が続出したらどうする気だ?

 記事は研究結果を発表した博士の言葉で結ばれているが、

 ただし、ハード博士は「指の長さで推測できるのは性格のごく一部にすぎない。指の長さで人を選別しないように」と呼びかけている。

 当たり前だ馬鹿、と思わず記事に対してツッコミを入れてしまった。ちなみにおれは、冒頭に挙げた血液型性格診断もまったく信用していない。統計というものは往々にして、統計を取るものの何らかの意志が働いているものだ。「統計に出ているのだから」と盲目的に信用するのはやめておいた方が賢明であろう。

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2005.03.05

「お前はもう死んでいる」

 「北斗の拳」の連載が週刊少年ジャンプで始まったのは1983年のこと。翌年には早くもTVアニメ化 (1986年には劇場用アニメも公開)されて、一般的に認知されるに至った。ケンシロウの「あたたたた」、三下悪党連中が死ぬときに発する「ひでぶ」「あべし」「たわば」といった奇声が話題になったものである。また、それまでの格闘漫画になかった「経絡秘孔を突くことによって体が吹っ飛ぶ」という描写は「残酷だ」と一部のPTAに糾弾され、「『北斗の拳』視聴禁止令」が出た学校もあったと聞く。最近ではパチスロ機にまで登場しているから、息の長い作品である。

 その「北斗の拳」が、今ごろになってまた劇場用アニメになると言う。「北斗の拳、 アニメ映画に 06年3月上映」(アサヒ・コム)によると、制作は以前アニメ化を手がけた東映アニメーションではなくトムス・エンタテインメント(かつての東京ムービー新社)だそうである。こういう話題をアサヒ・コムが取り上げるのもなんだか変な気がするが。

 それにしても、まずケンシロウ役が阿部寛というのはいかがなものか。かつてのケンシロウを声優界の大御所である神谷明が演じている(神谷氏の声でイメージが定着している人も多いはず)だけに、不安要素が先行するのは仕方ないところか。映画独自のヒロイン (以前のアニメ版との差別化を図るためだろう)を立てるのも「なんだかなあ」という感は否めない。しかし、それ以上に不安なのはこの記事で触れられていないラオウのキャスティングである。聞くところによれば、今回の映画には「ラオウ外伝」というサブタイトルが付けられている。ある意味ケンシロウ以上に重要な役どころになるはずであり、ひいては映画の興行成績すら左右しかねないポイントである。スタッフには慎重な選択をお願いしたい。主人公の配役の時点で無理な注文のような気もするが、話題性を重視するあまり取り返しの付かない事態になってからでは遅いのだ。

 20年前のアニメのイメージが根強く残っている以上、何らかの新機軸を打ち出したとしても (むしろその新機軸が足を引っぱる危険性の方が高い)今回の新作アニメ化はかなりの冒険であろう。まあ会社を傾けない程度にがんばってほしいものである。多分おれは見に行かないけど。

9月16日追記:結局ラオウ役は宇梶剛士に決まった。こちらのトピックで触れたが、本当に大丈夫なんだろうか、この映画。

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2005.03.03

アンチの不思議

 ある程度人気のあるものには、かなりの確率で「アンチ」という逆ベクトルの集団が付いてくる。「アンチ巨人ファン」なんてのがいい例で、我が家の父もそうである。おれも多分にその影響を受けており、正直言って巨人は毛嫌いしている。昨シーズンなどはカネに物を言わせて、誰が四番を打ってもおかしくないようなバッターばかりを集め、「終身名誉監督」というおかしな肩書きの人に「史上最強打線」とこれまたおかしなキャッチフレーズを頂戴していながら、終わってみればAクラスにとどまるのがやっとという体たらくであった。皮肉を込めて「『史上最強打線』じゃなくて『自称最強打線』の間違いだろ」と陰口を叩いていたものである。

 もちろん地上波で放送される巨人戦はほとんど見なかった。特に日テレ系の中継は見ていて不快になるのが分かり切っていたので、BSで他球団の試合ばかり見ていた。民放と違ってうっとうしいCMは入らないし、実況は落ち着いてるし、複数の解説者を持て余すこともない。いいことずくめである。おかげでストレスのないTV観戦が楽しめた。CMはともかく、他の点については民放各社も見習ってほしいくらいだ。

 さて、普通「アンチ」というと「声は大きいが少数派」というのがパターンであると思われるが、ファンとアンチの数を比較しようとしたときにどちらが多いのか判別できないケースが現れた。2002年10月に放送を開始した「機動戦士ガンダムSEED」のシリーズである。DVDやプラモデル、主題歌CD(もっともあれを主題歌と呼べるかどうか疑問であるのは近年のアニメのパターンである)といった関連商品はかなりのヒットを記録しているので、商業的には成功した作品であると言えるだろう。「SEED」のヒットを受けて、昨年10月からは早くも続編に当たる「機動戦士ガンダムSEED DESTINY」の放映が始まっている。

 しかし商業的成功が作品の人気を証明しているかというと、そうとは思えないところが「SEED」の不思議なところである。かつて、それまでの「ガンダム」の世界観を完全に破壊して登場した「機動武闘伝Gガンダム」でさえここまで叩かれなかっただろうと思うくらい、「SEED」は批判もたっぷり浴びている。無駄に長い回想シーン、執拗に繰り返されるバンク、行き当たりばったりで作っているとしか思えないストーリー、エトセトラ、エトセトラ。おれも「SEED」は一応全話見たのだが、さすがに終盤の展開のムチャクチャぶりには付いていけなかった。

 そして今度の「DESTINY」である。よせばいいのに、古いガンダムファンの神経を逆なでしているとしか思えないことを臆面もなくやっている。かつてシャアを演じた池田秀一氏のレギュラー入り、「ザク」の名を冠したモビルスーツの登場(そういや「グフ」も出たらしい)など。「そうまでしてファンのご機嫌を伺いたいか」と勘繰りたくもなる。まあそんなわけで、おれは「DESTINY」を、第3話が新潟県中部地震の速報で中断されたのを機に視聴をやめた。

 不思議なのはアンチSEEDの行動である。「そんなに嫌いなら見なきゃいいじゃないか」という論法が彼らには通用しない。彼らは「批判する(言いがかりを付ける、と言い換えてもいい)ために見ている」のだ。それはあまりにも不毛ではないか? そんなに嫌な思いをしながら見ていて楽しいか? 不思議というか不可解である。

 ……などと考えを巡らせているうちに、以前友人が口にした言葉を思い出した。「まあアンチ巨人は巨人ファンのうちだからな」。また、アニメ版「プラネテス」の最終回にはそれをさらにかみ砕いたような台詞があった。「愛の反対は憎しみじゃなくて無関心」。なるほど、そう考えると「気になるから見る。見て叩く」という図式がちょっとは納得できるような気がする。阪神ファンが試合で巨人に勝ったときだけに「勝った勝ったまた勝った、弱い巨人にまた勝った♪」とやるのも、巨人という存在が気になるからなのだ。

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2005.03.01

ノートン先生に困惑す

4月6日追記:ノートン関連製品のアクティブ化の不具合に困って、検索エンジン経由でこの記事にたどり着いた方へあらかじめご忠告。この記事には具体的な対処法は載ってませんこちらのページをご覧になった方が問題は早く解決すると思われます。

 昨年9月にメインとして使っていたデスクトップPCがハードディスクのクラッシュによりおシャカになったため、それ以降はモバイル用として買ったノートPCを使うことを余儀なくされている。いきおいネットへの接続時間も長くなるため、セキュリティ対策としてNorton Internet Security 2005(以後NIS2005と略す)を導入した。この種のソフトとしては定番と言っていいだろう。ところが、このNIS2005に導入されているアクティブ化機能がおれを悩ませている。

 ソフトはメーカーの直営サイトから買ったのだが、ものが届いた頃がちょうど精神的に低空飛行の状態だったので、インストールはそれから数日後に行った。そのインストール作業自体はなんの問題もなく終了した。当然の手順として、おれはアクティブ化の作業に取りかかった。これを怠ると15日後にはソフトが動かなくなる時限爆弾のような機能であるから、やらないとあとで痛い目に遭う。で、このときのアクティブ化の作業もなんら問題なく終了した。

 ところがである。しばらく使っているうちにソフトが挙動不審の動作をするようになった。確かにアクティブ化したはずなのに「アクティブ化が必要です」とのダイアログが出るのである。おかしいとは思ったが、アクティブ化しないとセキュリティが有効にならないのだから仕方ない。言われるがままに再度アクティブ化を実行した。これで終わりと思ったが、その考えは甘かった。まるで悪徳金融業者の取り立てのように「アクティブ化が必要です」のダイアログは何度アクティブ化しても出てくる。そもそも「PC1台に付き1ライセンス」という使用許諾契約ではなかったのか?

 そうして何度も何度もソフトのアクティブ化をしているうちに、とうとうこんなメッセージが表示された。「このプロダクトキーでインストールできる数を超えました。」。おれの頭の中は「?」で飽和状態になり、サポートサイトに泣きついた。すると、どうやら同じ症状があちこちから報告されていたらしく、解決方法は「よくある質問」の中にあった。対策ファイルも用意されていた。サービスセンターに連絡した上で、早速ダウンロードしてインストール。

 やれやれと思ったのもつかの間、症状は再発した。参照したサイトのドキュメントにはこうあったのに――

次に 2 回ほどコンピュータを再起動する場合、製品をもう一度アクティブ化するよう確認される場合があります。お使いのシステムによっては、これは正常な動作です。製品のアクティブ化の画面が表示されたら、製品をもう一度アクティブ化してコンピュータを再起動してください。この手順をもう一度繰り返すと、Norton AntiVirus がアクティブ化されるはずです。

 ……あのう、「正常な動作です」と言われても、まるっきり対策ファイル導入前と変わんないんですけど。

 今度はオンラインサポート宛にメールで問い合わせた。回答が来たのは昨日のことである。メールの文面を読んでみると、どうやら知らないうちに対策ファイルはバージョンアップされていたらしい。「今度こそ」とファイルをインストールしてPCを再起動したところ、またしてもあの忌々しい「このプロダクトキーでインストールできる数を超えました。」がお出ましになった。おれは再度メールで問い合わせている。これに対する回答で正常な動作になってくれるといいのだが。

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