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2005.03.09

食べられない日々

 土曜の夜、とあるBBSの書き込みを読んだおれは、激しい自己嫌悪にとりつかれた。自己嫌悪というものは、どうしても自分を悪人の立場にしか置けないから、際限なく自分を責め続ける。そして行き着く先は往々にして「死」だ。何度となく「死んでしまった方がいいんじゃないだろうか」なんて考え(「希死念慮」というやつだ)が頭の中を駆け回った。

 一夜明けた日曜の朝、食欲は湧いてこなかった。とりあえず牛乳を温めて飲み、食後に飲む薬を服用して、あとは終日布団をひっかぶっていた。昼も夜も食べる気は起きなかった。「食後服用」と指示されている薬でも空腹時の方が薬の効き目はいいそうだが、その話は本当らしい。まともな食事を取らないまま、就寝前の眠剤を飲んで寝た。

 月曜日の朝。相変わらず空腹感はあるが食欲はなし。「拒食症」という言葉も頭に浮かぶ。なぜか枕元に積まれていた「自殺」(著・柳美里)をわざわざ山の下から引っぱりだして読み返してしまう。この本の中で著者は「自分の中に自殺をプログラムしていて、書きたいことを書いたら、自殺するつもりでいます」と語っている(この本の大部分は、1993年に高校生に対して実際に語られたことが占めている)。そんな本を読む一方で「人はどうして死にたがるのか」(著・下園壮太)も斜めに読む。この本では「自殺は、人が原始からもっている《「生きる」プログラム》の誤作動なのです」という。どちらの言い分ももっともなように思えて、頭は加熱する一方である。結局この日も、心配する家族の声を尻目に一食もしないまま寝た。

 火曜日。この日は午後から病院に行く予定だった。どうしようもなかったら主治医の先生に相談してみようと思いつつも、朝食は食べられなかった。ところが午前9時半を回った頃になって、今までの揺り返しのような猛烈な空腹感がやってきた。「このままでは病院に着くまでに倒れるかも」という危機感でもあったのだろうか。あるいは人間が持っている「自らを死から守る本能」みたいなものが働いたのか。やっと昼前になってパンやら栄養ドリンクやらをコンビニで調達して、口にした。やれやれである。

 通院のために駅に向かう道すがら、久しぶりに長電話をした。しゃべっているうちに口の中が乾いてきて、うまくしゃべれなかった。

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コメント

イロイロと思うところはあるだろうけども、それを聞くことならできるから、吐き出す先に選んでくれてもいいよ?
メッセでもチャットでも。
一人で考えているのとはまた違ってくると思うからさ。

投稿: hellen_lizard | 2005.03.09 18:10

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