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2005.04.21

食べ物の話・二題

 案の定というべきなのだろう、今朝の読売新聞朝刊の「放送塔」欄に、11日に放送された例の大食い番組に批判の投書が寄せられた。字数の都合もあるだろうが、投書では、

こんな番組を放送すること自体首をかしげます。腹八分目という言葉があります。健康によくないし、見苦しさを感じます。 優勝しても自慢できることではありません。企画しないで。

 ……と一刀両断にしている。投書の主にまっぷたつにされた番組側では「制作の指針」 として次の3点を掲げていたからちゃんちゃらお笑いである(ソースは4月8日付のYOMIURI ON-LINE)。

  1. 大食いは健康である
  2. 早食いは禁止
  3. 食べ物を作ってくれる人に感謝しよう

 なにが「大食いは健康である」だ。寄せられるであろう批判の矛先をかわそうという意図が見え見えである。第一、食べる以上は避けては通れぬはずの「食材にされた動植物への感謝」が抜けているではないか(調理人への感謝より、こちらの方が重要だろう)。先の投書の主がこの「制作の指針」を見たなら、目をつり上げて怒ったことだろう。でも投書してきたということは、不快な思いをすることを承知の上で見たんだろうなあ。

 前出の記事の結びには、局内でも批判的な声が上がっていることが紹介されている。 テレ東の人間も馬鹿ばかりではないことが唯一の救いだろうか。

 偶然の一致だろうが、読者投稿欄である「気流」にも、食べ物にまつわる投書が掲載されている。こちらの投書の主は飲食店でアルバイトをしている学生である。引用すると長いので内容をかいつまむと、「店にやってきた客がたくさんの食べ物を注文したが、それらにはほとんど手をつけずに酒ばかり飲んで帰った。残飯を廃棄するときに心苦しかった。初めから食べきれないと分かっているなら、少なめに注文すべきではないか」とのことであった。おれも会社の宴席ではあまり食べずに飲んでばかりいたので、「この用意された料理、もったいないなあ」と思っていた。

 お隣の国、といってはかの国から怒られるかもしれないが、韓国は「食卓の足が壊れるほどの料理で客をもてなせ」という食文化の国である。韓国人がみんな大食い番組に出るような大食漢ならともかく、そうではないので当然大量の残飯が出る。飲食店から出るこれらの残飯は「飼料」として養豚業者に卸すルートが確立されているという。こうしたシステムは日本でも採用すべきだと強く思う。

 先の投書をしてきた学生は、自らの意見を次のように結んでいる。

食べ物があり余って捨てられている今の日本が、どうしても本当の意味で豊かな国だとは私には思えない。

 そういえば「新鮮であること」を大義名分にして分単位でハンバーガーを捨てている、Mで始まるファストフードの店では、まだそんな「残飯の大量生産」を実施しているのだろうか。

追記:上記で紹介した投書に反論が寄せられたので、こちらの記事で言及した。

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