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2005.08.05

明徳義塾の出場辞退に思うこと・その2

 明徳義塾の甲子園大会出場辞退について、その後の報道を見る限りでは、監督の「教育者としての資質」を疑わざるを得ない。asahi.comの記事にある、選手たちに出場辞退を告げたときの監督の発言からして問題だ。

 明徳義塾は4日、午前8時半からの兵庫県西宮市の津門中央公園での練習を1時間ほどで切り上げ、市内の宿舎に戻った。午前9時50分から、馬淵史郎監督が食堂に約30人の部員を集めて約10分のミーティングを開き、事情を説明した。馬淵監督は「お前らを守ろうとしたが残念だ。私は学校を辞めざるを得ない」などと伝えた。食堂からは選手らのすすり泣きが聞こえた。

 監督の言うところの「お前らを守」るとはどういうことを指すのか。要するに「なんとか揉み消そうとしました」ということではないのか。結果的には学校関係者の知らないところから事態が公のものになってしまい、余計にみっともない様を晒すことになったわけだが。

 4日に行われた記者会見での事態の経緯の説明を読んでいると、さらに頭が痛くなってくる。

 「本人らが自主的に申告したので情状酌量の余地がある。集団喫煙でもないし、好奇心で吸っただけだった」。学校では1回目の喫煙は1週間の謹慎。「それなら部内で預かろうと思った。その時報告しておけば、こんな問題にならなかった」。報告の遅れが最悪の結果を招いたことを認めた。

 集団喫煙でなかろうが、好奇心で吸っただけだろうが、これは未成年者喫煙禁止法第一条(「満二十年ニ至ラサル者ハ煙草ヲ喫スルコトヲ得ス」。1900年4月1日施行)に抵触するれっきとした違法行為である。ただでさえ未成年者の喫煙と飲酒が軽視される傾向があるというのに、ここで毅然とした対応を取らなかった(あるいは取れなかった)監督の姿勢は問題だ。

 さらに暴行事件の事実を知った監督は、地方大会の開会式終了後に被害に遭った生徒の実家を訪れて謝罪しているのだが――

 「土下座で謝った。何とか丸く収めて3年生を試合に出させてやりたかった」。保護者から「頑張ってください」と声をかけられ、許されたと思い、試合出場を決めたと明かした。

 「丸く収める」といえば聞こえはいいが、「暴行事件そのものを闇に葬る」と言い換えると印象は随分変わる。保護者からかけられた言葉を自分たちに都合のいいように解釈するあたりもいかがなものか。

 記者会見の部分の結びに、監督のこんなコメントがある。

 「注目されている学校と言ってはおこがましいが、選手には日本一を目指しているんだと言っている。精神的に強くなければいけない。でもそれが徹底できなかった」

 精神的に強くなければいけなかったのは選手だけではなく、あなたもではありませんか、監督。

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