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2005.08.12

慰霊の日

 1985年8月12日は月曜日だった。当時のおれは高校2年生で、翌日甲子園の第2試合に出場する野球部の応援に行くことで少なからず浮かれていた。学校から甲子園に向かって出発したのは夜の9時過ぎだったように記憶している。家を出る前に、「羽田を発った日航機が行方不明になっている」とニュースは報じていた。そしてバスの車中で「どうやら日航機は墜落したらしい」との続報を聞いた。車中で「中島みゆきのオールナイトニッポン」を聞こうとラジオを持ち込んだクラスメートもいたが、当然のことながらその時間帯にも事故の臨時ニュースが流れており、彼のもくろみは完全にはずれた。バスにはTVがあったが、これも流れてくる映像は事故に関する物ばかりだった。

 明けて13日の昼近く、おれたちは甲子園球場の一塁側アルプススタンドに陣取って声援を送っていた。そんな中、球場のバックスクリーンに「生存者発見」の一報が表示された。応援団の中には「バンザイ会」と称するOB連中がいて(揃いのTシャツの背中には不敵にも「打倒PL!な~んちゃって」とプリントされていた)、彼らはその一報にバンザイを繰り返したものである。

 野球部の勝ち戦を見届けて帰りのバスに向かう道すがら、おれは途中にあった新聞販売店で地元の新聞を買い求めた。「地元でどんな番組が放送されているのか見てみたい」という、きわめて興味本位だったのだが、一面に大きな活字で「日航機墜落」との見出しを見るとやりきれない気持ちになった。この新聞は帰りの車中で回し読みされ、手元に戻ってきたときには新聞紙がすっかりくたびれていた。

 あれから20年が経つ。520人もの犠牲者を出した大事故と甲子園での応援の思い出は、ワンセットで脳裏に焼き付いている。最近は航空業界で小さな事故が多発しているが、これらがあの日のような大きな事故につながらないことを願わずにはいられない。

 亡くなった人々の魂の安らかならんことを祈る。

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