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2005.09.30

せこくて無知な警視殿

 朝食後にネットをチェックすると、こんなマヌケな記事に行き当たった。

 新幹線に無賃乗車の皇宮警察警視を処分(asahi.com)

 よりにもよって、皇宮警察の、それも警視なんて身分の警察官が新幹線の無賃乗車をしたというのだから、呆れた話である。

 鉄道規則にあまり詳しくない人からすると、「入場券を買っているのになぜ無賃乗車になるのか」と思われるかも知れない。しかし、入場券という切符は改札からホームに“入場”するためのものであって、列車に乗るための切符ではない。本屋などで売られている時刻表の営業案内(いわゆるピンク色のページ)で入場券の項目を見ると、こう書いてある。

入場券では列車などに乗車できません。お乗りになった場合は別に運賃をお支払いいただきます。(JR時刻表より)

 つまり、列車に乗るための料金を支払っていないから、扱いは無賃乗車なのだ。

 当人の言い訳がまたいかにも付け焼き刃で笑わせてくれる。

「窓口が込んでいたので券売機で入場券だけ買ったが、車内で寝込んでしまい、精算しなかった」

 この警視が無賃乗車した区間は名古屋-東京間で、皇族も乗車したとなればおそらくは「のぞみ」であろう(ただでさえ現在の東海道新幹線は「のぞみ」主体のダイヤ編成であるが)。所要時間はおよそ1時間半程度である。その間に車内検札がなかったとは考えられないし、寝込んでいたとしても検札に回ってきた車掌が起こすはずである。そして新幹線の車内検札というものは名古屋発車後であればすぐに回ってくる。当人に最初から出張旅費をちょろまかす意図があったのは明白だ。

 名古屋駅は利用したことがないので詳しいことは分からないが、東京駅や新大阪駅は自由席特急券どころか指定席特急券も自動券売機で買える。おれなら窓口が込んでいようがいまいが、最初から自動券売機で切符を買う。

 警察官たるもの、規律遵守の模範であってほしい。きっぷは出発地から目的地まで、きちんと買いましょう。

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2005.09.29

約217000件

 タイトルにある数字は、このトピックを書くに当たってGoogleで「杉村太蔵」をキーワードにして検索したときに出てきたものである。ちょうど1週間前に杉村氏について触れたトピックを書いたときには「約25700件」だったことを考えると、良くも悪くも、いかに世間が杉村氏に関心を抱いているかうかがい知れる(約217000件の中には1週間前に書いたトピックも含まれているはずので人のことはとやかく言えないのであるが)。

 このブログに「杉村蔵」のキーワードでたどり着く人が散見されるのだが、正しくは先に挙げたとおり「杉村蔵」である。こき下ろすにしても擁護するにしても、人の名前は間違えないように気をつけよう。試しにGoogleで「杉村大蔵」をキーワードにして検索してみると、約11900件がヒットした。いずれはこのトピックもその中に含まれるのだろうな、やれやれ。

 閑話休題。その杉村氏が27日に一連のバカ発言(新聞などは気を遣ってか「奔放発言」と表記している)について謝罪会見を開いた。曰く「国会議員としての自覚が足りないまま、幼稚で無責任な発言を繰り返してしまいました。反省しています」(asahi.com)。……「幼稚で無責任な発言を繰り返」すのは、国会議員として以前に一社会人としてどうかと思うんだが。小泉首相はこの会見を受けて「若いんだから、ある程度、規格外れの意見を発言をするのもいいんですよ」などとコメントしているが、杉村氏の場合は許容できる「規格外れ」の程度を著しく逸脱していたと思うのはおれだけではないと思う。

 週刊誌の取り上げ方はさらに辛辣であった。今日発売の週刊新潮でも先述の会見について触れ、「本を読んだりして当選後の自分の言動について考えた」との発言に対して「本は何冊くらい読んだんですか?」と質問したところ、「1冊です」と答えたそうだ(このあたりのやりとりについては新聞各紙は報じていない)。やはり自覚がたらんのではなかろうか。もしその1冊がマンガだったりしたら、日本中の有権者が怒り出すこと必至である。

 杉村氏のブログも、当選後のお礼が書かれた後は更新がない。更新する気がないのなら、そんなブログはとっとと閉めてしまいなさい、カネのムダだから。「元ヒラリーマン・26歳」の視点で書かれた国会議員の日常というのは結構面白い素材になるのではないかと思うのだが、もったいない。

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2005.09.27

声を「荒らげる」

 まず、このトピックをお読みの方に問題。タイトルの「荒らげる」は何と読むでしょう? 正解は後ほど。

 大相撲中継が終わり、平日の夕方にまた「気になることば」が見られるようになった。これで11月の大相撲九州場所が始まるまでは、自然災害や台風情報でも入らない限りは梅津正樹アナウンサーの解説による「日本語の現代事情」の講釈が聞けるわけで、これが無聊をかこつ身の知的好奇心を刺激してくれる。

 その「気になることば」で今日取り上げたのが、タイトルに挙げた「荒らげる」であった。NHKが平成3年(1991年)に調査したところによると、この言葉を「あらげる」と読んだ人の割合は77%だったという。この答えは間違いで、正解は「あららげる」だ。おれが日頃使っている旺文社の国語辞典にも、ATOK2005とセットで購入した明鏡国語辞典にも「あらげる」という読みはない(ATOK2005は「あらげる」を「荒げる」と変換したが)。

 しかし、誤った用法が定着してしまった例は少なからず存在する。「独壇場(どくだんじょう)」は元々「独擅場(どくせんじょう)」の誤記が一般化してしまった端的な例だし、地名の「秋葉原」の本来の読みは「あきばはら」だったし、「新しい」の読みは元をたどれば「あらたしい」だった。……そういった日本語の変遷を踏まえると、いずれは多くの辞書に「あらげる」が「荒らげる」の一般的な読みとして記載される日が来るのかも知れない(それでも注釈が付くであろうが)。

 なんてことを考えつつブログのチェックをしていたら、ぱやんさんのトピックに行き当たった。ぱやんさんは「こじゃれた」という言葉の辞書的解釈と一般的解釈の相違から、こんな意見を述べている。

言葉が意思疎通の手段である以上、語り手と受け手が共通の認識を持てば、それは「正しい」のではないか?

 なるほどなあ、と、いたく感じ入った。まあエンターテインメント的には辞書的解釈と一般的解釈の差違が大きいほど「おいしい」のであろうが。

 ぱやんさんが見ていた番組(おれはチャンネル権争奪戦で親父に敗れたために少ししか見られなかった)で言葉についての解説を担当していたのは杏林大学の金田一秀穂教授であったが、「こじゃれた」に関してこんな解説をしていたようだ(ぱやんさんのブログより引用)。

「小戯れる(こざれる)」の音便化であり、「小」というのは決していい意味に使わないのだそうだ。

 なるほど、「小うるさい」とか「小賢しい」とか、確かにいい意味には使わないよなあ…と、納得しかけて、頭の中で待ったをかけた。「小綺麗」という言葉が辞書に載ってるけど、これはいい意味で使われる言葉ではないのか? そこんところどうなんだ、言語学者家系の三代目! ……思わず声を荒らげたくなった。

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2005.09.26

大丈夫か、楽天?

 東北楽天ゴールデンイーグルス(この正式球団名はやはり長いな)の田尾監督が、就任わずか1年で解任されることになった。さすがに第一報を聞いたときには「なんで?」という印象がぬぐえなかった。

 いくら25日時点でのチームの成績が38勝95敗1分という惨憺たるものだったとはいえ、田尾監督は3年契約であり、今季が新規参入であったことも考えれば、今シーズンの成績だけで監督の首を切るのは酷というものではないか。ましてや選手の大半は昨シーズンの5位と6位の球団の、それも一軍半と言っていいようなメンバーだった。開幕前に「100敗するのではないか」とまで言われていた(実際に結果は限りなくそれに近かったわけだが)チームが、いきなりAクラスに食い込めるとでもフロント連中は考えていたのだろうか。だとしたら、こいつらは度の過ぎた楽天家としか言いようがない(親会社の名前に忠実と言えば忠実か)。

 このチームのフロント連中の考えがいささかおかしいのではないか、という疑念を持ったのは今回の件に始まったことではない。4月15日の日本ハム戦から27日のオリックス戦にかけて11連敗した後の30日にはキーナートGM(ゼネラル・マネージャー)をチームアドバイザーに、山下ヘッドコーチを二軍監督に、駒田バッティングコーチを二軍に、それぞれ降格させている。本来であれば戦力補強を図るところであり、指導者の人事に頭を悩ませる局面ではないのではないか。

 米田球団代表は今回の監督人事について「現場サイドとしてはよりよいチームをつくるため、チームの再構築が必要。避けて通れない道」と説明しているが、なぜそうも性急に結果を求めるのだろう。岩隈投手もデイリースポーツの取材に対して「何も言いようがないが、1年で解任というのはどうかと思う。このチームの戦力じゃ勝てないと思う。これから作っていかなきゃ」とコメントしている。

 確かに今シーズンの楽天は弱かった。しかしファンはそんなチームを見捨てるようなことをしなかった。負けが込むと球場に足を運ばなくなる、どこぞの在京球団のファンとはえらい違いだ。わずか1シーズンでの田尾監督の解任は、球団側がファンを裏切ることではないかと思うのだが、どうか。

 マスコミは監督の後任人事としてシダックスの野村監督の名前を「有力」として挙げているが、その野村監督が阪神の指揮を執った3年間、チームはずっと最下位だった(3年での退団は不本意な形であったが)。野村監督が1年で結果を出せなかったら、そのときはやはり首を切るのだろうか。もしそうなるのなら、誰がそんな球団の監督など引き受けるだろう?

 すげ替えるべき首は監督ではなく、むしろフロントの方ではなかろうか。本気でチームを強くする気があるのなら、もう少し長期的な視点が必要なのでは、と思わずにはいられない。

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2005.09.25

ローテンションの日々

 このところ、テンションの低い日が続いている。1日あたりの睡眠時間を合計すると、おそらく我が家の猫たちと大差ないくらいではなかろうか。ひょっとしたら猫たちより長いかも知れぬ。朝食の後に二度寝などしてしまうと、昼過ぎまで目が覚めない。昨日などは二度寝して起きてみたら午後2時を回っていて驚いてしまった。

 ブログを書くネタが他にないわけではない。むしろ「あれも書きたい」「これも書いておきたい」というものがあるのだが、今ひとつ気合いが入らない状態にある。景気づけに伊福部昭の「SF交響ファンタジー」などBGMに流してみるが、一過性で終わってしまう。今日までやっていた大相撲秋場所なども見てみたが、取り組みが終わると空気の抜けた風船のようになってしまう。

 それもこれも季節の変わり目のせいなのだろうか。とりあえず台風も通り過ぎたことだし、明日あたりはくたびれすぎない程度に歩いてみようか、などと考えている。

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2005.09.22

飛び込みたがる人たち

 お祭りというものは人の理性を失わせる。定期的に開催されるものですら相当数の人間の理性がすっ飛ぶのだから、「次はいつ騒げるか分からない」となると、すっ飛び方の度合いは計り知れない。

 1985年に阪神タイガースが21年ぶりのリーグ優勝をしたときには、阪神ファンが道頓堀川に飛び込んだばかりでなく、ケンタッキー・フライドチキンの店頭にあったカーネル・サンダース像までが、外見がこの年のMVPであったランディ・バースに似ていたことから道頓堀川に放り込まれた(以後設置された像がボルトで固定されたのは有名な話)。

 いわゆる「道頓堀ダイブ」は、このとき始まったものらしい。以降、近鉄が優勝しては飛び込み、サッカーワールドカップで日本が勝てば飛び込み、と、なにかと理由を付けてはこの川に飛び込む人たちが続出した。

 飛び込む場所は道頓堀川に限った話ではない。2003年に、やはり阪神がリーグ制覇したときにパリにいたファンがセーヌ川に飛び込む映像がニュースで流れた(記憶が曖昧なのだが、ロンドンでテムズ川だったか?)。また、かつて新宿歌舞伎町にあるミラノ座前の噴水広場では、大学野球の早慶戦があると早稲田の学生が噴水に飛び込んで大騒ぎしたという(それがひんしゅくを買ったのか、現在では噴水は撤去されてただの広場になっている)。

 道頓堀ダイブに話を戻す。このトピックを書いている時点で阪神のリーグ制覇までのマジックナンバーは6であり、優勝は時間の問題と言っていいだろう。2003年には道頓堀ダイブで死者が出ていることもあってか、当局は戎橋に約3メートルの高さの壁を作ることでダイブを阻止しようとしている(asahi.com)。しかしそのくらいの高さでは「何が何でも飛び込んでやる」などと思っているやつは止められないのではないだろうか。どうせ壁を作るなら「忍び返し」を付けるくらいのことはしないと。

 以前、近鉄優勝時に道頓堀ダイブを敢行した人にインタビューした記事を読んだことがある。実際あの川はかなり汚染度が高い上に川底には汚泥も堆積しており、飛び込もうものなら雑菌入りの泥にまみれることになる。家に帰ろうとしてもタクシーには乗車拒否をくらい(当たり前だ)、泥を洗い流そうと銭湯に入ろうとすれば入場を断られ、やむなく汚いまま何キロもある家まで歩いて帰ったという。また、体に付いた異臭が数日は取れず、下痢にも悩まされたそうだ。水深もそれほどないので、飛び込むという行為そのものが危険なのは言うまでもない。

 本人が危険であるだけなら「勝手にしろ」と言い切れるのだが、周囲に迷惑がかかるとなれば話は別だ。喜びを体現したい気持ちは分からないでもないが、どうせ飛び込むなら安全なところでやってほしいものである。

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約25700件

 タイトルにある数字は、このトピックを書くに当たってGoogleで「杉村太蔵」をキーワードにして検索したときに出てきたものである。「頭の中には脳の代わりに豆腐が入っているのではないか」と思ってしまうようなバカ丸出しの言動をマスコミが取り上げないわけはなく、全国の真っ当な有権者たちは怒ったり呆れたりしている。少数ながら期待している人たちもいるようではあるが。

 杉村氏自身がブログを持っているので、そこが検索結果の筆頭に表示されたのは言うまでもないが、当選後の本人のブログにはこう書いてあった。

 私、杉村太蔵は、衆議院議員選挙比例区南関東ブロックで当選を果たしました。これもひとえに、皆様からのご声援の賜物と考えております。

 まあ当選した政治家にしてみれば定型文のようなものである。しかし杉村氏は比例区のみの立候補だった。該当するブロックに住んでいる有権者たちが上記の文章を読んだらこう言うだろう、「お前に入れたんじゃねえよ」と。

 今更結果を云々しても詮なきことだが、杉村氏が当選できたのは(あるいは「当選してしまったのは」)、小選挙区と比例区に重複立候補していた候補者たちが小選挙区で26人も当選して当選順位が繰り上がったからに過ぎない。でなければ名簿の35位に名前が記載されていた杉村氏が当選できるわけがない。まさに「棚からぼた餅」である(ちなみにGoogleで「杉村太蔵 棚ボタ」のキーワードで検索してみたら約98件が、「杉村太蔵 棚ぼた」では約44件がヒットした)。

 今朝の日刊スポーツ社会面では、そんな杉村氏のおバカ語録が初登院の記事の周りを囲んでいた。

  • 棚からぼたもちということわざはボクのためにあるのか
  • ヒラリーマンだったじゃないですか。どんなものかと思います、料亭というものが。早く行ってみたい
  • (武部幹事長から)うそはつくな、悪いことはするな、ナンパはするな、女には気をつけろ、と注意を受けました
  • (佐藤)ゆかりタンとボクでは同じ外資系でも天と地の差
  • 新幹線も飛行機もグリーンですよ、グリーン
  • 当選して最初に議員報酬を調べました。年収2500万です

 さらに記事のリードには「お父さん、お母さんに『お前らしくやれ』と言われた。感じたことはどんどん言いたい」とのコメントが載っていた。この人は国政についてどうこう言う前に、一般常識を身につけるべきであろう。飛行機に「グリーン席」なんて物はないし、年上の女性を「ゆかりタン」と呼ぶのはあまりにも品格がなさすぎるし、公の場で自分の両親を「お父さんお母さん」呼ばわりするのは小学生くらいでやめておいた方がいい。親は自分たちの子供にどんな教育をしてきたのだろう。

 一連のバカ発言が腹に据えかねたのか、自民党本部に抗議のメールを送った人もいる。リンク先にはメールの全文が掲載されているが、その文章には大いに共感させられた。おれは自民党を支持しないが、できることなら杉村氏の代わりに国会に送り出したいくらいである。

 いずれにせよ、次回の総選挙が終わったときに杉村氏が座る椅子は衆議院にはないだろう。それ以前に自民党が候補として擁立するかどうかすら怪しいものだが。

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2005.09.21

なぜ今限定版なのか?

 「仮面ライダーSPIRITS」の第8巻が発売になった。いわゆる「変身ブーム」直撃世代のおれにとってはたまらないマンガである(個人的には東映のアクション路線より円谷系列の巨大特撮の方が好みではあるのだが)。連載第1話でいきなり1号ライダーが決め技に「電光ライダーキック」を使っていた時点で、「この作者、ただ者ではない…」と思ったものだ。

 その「SPIRITS」が第8巻にして「特別限定版」なんてものを出してきた。日本人には「限定」の二文字に弱い人が多いので販売戦術としてはアリなのだろうが、連載も長く続き、固定ファンもかなりいるはずのマンガになぜ今更そんなものを出すのだろうか。価格は通常版の580円に比べて特別限定版は1680円と、かなりふっかけた価格設定になっている。しかも、その1100円分の価格差はショッカー戦闘員のフィギュアである。

 「いくら限定版とはいえ、そんな置き場所に困るだけのようなものを買う人がいるのだろうか」と思っていたら、Amazonではすでに在庫切れとなっていて驚かされた。おれが行った本屋の新刊置き場にもこの特別限定版は置かれていなかった。単に別の場所にあるのを見落としただけなのか、入荷しなかったのかは分からない。元から通常版にしか用のなかったおれにしてみれば痛くも痒くもなかったが。

 それにしても、買ってちゃんと開封した人はどの程度いるのだろう。未開封のままネットオークションに流れるのが関の山なのではないかと勘繰ってしまう。これで出版社側が変な味を占めて、第9巻でゲルショッカー戦闘員フィギュア付きの特別限定版など出しはすまいか、今から心配である。

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2005.09.18

「月は出ているか?」

 勢い余ってこんなタイトルを付けてみたが、「ガンダムX」の話をするわけではないので、念のため。

 旧暦の8月15日は「中秋の名月」である。ススキだのダンゴだのを供えて月見などするわけだが、必ずしも満月というわけではないそうだ(プラスマイナス2日程度の誤差がある)。こちらのサイトによると、2006年以降はしばらく中秋の名月として満月を見ることはかなわないようである。しかも、この時季には秋雨前線が停滞することが多く、月見そのものができない確率の方が高いという。

 そこへ行くと、今年(2005年)は実に運がいい。おれの住んでいる関東地方では雲ひとつない天候で、しかも満月が拝める。いつもはかけない眼鏡などかけて、くっきりした月など眺めてみたりする。ついでに月見酒としゃれ込んでみたり(やはり月見酒ならビールじゃなくて日本酒だ)。

 これだけ身近な天体でありながら、月には謎が多い。地球からの見かけの大きさが太陽のそれとほとんど同じであること、衛星でありながら地球に比べて大きすぎること(本来であれば、地球サイズの惑星で月のような大きさの衛星を持つことはあり得ないらしい)、常に一方向のみを地球に向けた状態で公転していること、エトセトラ、エトセトラ。

 そんな月は、徐々にではあるが地球から遠ざかりつつあるという(昔、月が地球からの軌道を外れて漂流してしまう「スペース1999」ってSFドラマがあったっけ)。もっとも、遠くへいってしまう前に太陽の寿命の方が先に尽きるそうだが。少なくとも人類が地球上に存在している間は「月はいつもそこにある」。

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2005.09.17

意外な場所からの意外なアクセス

 アクセス解析のログを眺めていると「やっぱりインターネットっつうのはいろんなところとつながっているのだなあ」と実感させられることがしばしばある。殊に国内のプロバイダ以外からのアクセスや、妙なキーワードでこのブログにたどり着いた記録(これが結構目立つのだ、ホントに)を見つけると、その思いは一層強いものになる。

 以前からアンテナ経由で新着記事を見に来ている「go.jp」ドメインの方には気付いていたのだが、今日は殊更変わったところから変わったキーワードでここにアクセスしてきた記録が残っていた。

 某国立大学からブルトレ絡みの記事を読みに来たケースはまだ普通の部類で、遠くサウジアラビアから「hentai」のキーワードでアクセスしてきた人は本文が日本語だったのを見てどう思ったやら。またおそらくは国外から「porn『ポルノ』と同義)」を検索して来た人、「=-O」という意味不明のキーワードでたどり着いた人、ノルウェーから「nude」を探しに来た人――。ブルトレ関連のトピックを除けば、どのキーワードも本文にもコメントにも含めた覚えがないだけに余計に不思議だ。ま、今後はこのトピックがこれらの検索に引っかかるのであろうが。

 ふと、「七都市物語」(作・田中芳樹)の中にこんな一文があったのを思い出す。

世界は驚異と不条理にみちている。(P.125)

 まったく、そのとおぉりでございます。(「スネークマンショー」の『正義と真実』風に)

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2005.09.16

続・「お前はもう死んでいる」

 俳優を生業としている人がアニメの声優を担当しても、必ずしも名優たり得るわけではない。「もののけ姫」あたりからのスタジオジブリ作品では専業の声優をほとんど起用せずに普通の俳優(こういう言い方は声優諸氏に失礼かも知れないが)をキャストに据えているし、NHKの「名探偵ポワロとマープル」では主要なゲストに“声優初挑戦”という人をキャスティングして一部アニメファンの失笑を買っていた。

 前置きが長くなった。2006年春公開予定で「北斗の拳」が映画化されるという話は以前ネタにした。このときにおれはラオウの配役について危惧していたのだが、どうやらその心配は現実のものとなったようだ。今朝方親父が買ってきたデイリースポーツの芸能欄に写真付きの記事が載っていた。ラオウ役は宇梶剛士とのこと。いよいよ「この映画はコケるのではないか」という感が強くなってきた。

 デイリースポーツのWeb版では記事になっていないが、今回の映画化にあたり、信託型映画商品ファンド「北斗ファンド―英雄伝説」が販売されるという。この商品説明のサイトを見て、おれは更に不安になった。今回の映画版のデザインであろうケンシロウの変な二の腕の筋肉は一体なんなんだ。およそ人間の二の腕には見えないのだが。これで一口10万円もの大枚をはたいて投資する物好きがどれほどいるのやら。

 予定では2006年から2008年にかけて、春に映画が3本、冬にOVAが2本発表されることになっているが、この予定が最後まで全うできるのか他人事ながら不安である。多分おれは見ないけど。

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「ブログの女王」の本

 巷ではすっかり「ブログの女王」と呼ばれ、一躍時代の寵児となっている眞鍋かをりさんの「眞鍋かをりのココだけの話」を買ってきた。本当は別の本を買いに行ったのであるが、お目当ての本は見つからず、言ってみれば「補欠合格」のようなものだったのではあるが。

 中身を読んでみて軽い驚きを覚えた。今まであった「サイトの内容を書籍化したもの」とは一線を画していたからである。これまでのものはあくまでも文章が主であり、文字サイズを頻繁に変えてみたり、はたまた顔文字を頻出させたりするものはなかった(少なくともおれが読んだ限りではあるが)。以前からあったものがエッセイに近いものであったのと比べると、この本の内容はむしろ2ちゃんねるの書き込みに近いものを感じる(実際2ちゃんねらーではなかろうか?)。おれと眞鍋さんでは年が一回り以上離れているのもそう感じさせた一因かも知れない。

 また、すべてのトピックにその時思っていたことなどを「追記」として書き足しているのにも驚いた。おれがブログを書き始めて8ヶ月ちょっとであるが、その時の状況やら心境やらはいちいち憶えていない(そりゃお前のトシのせいだろ、とか突っ込まないように)。トピックの文面を改めて読み返すと思い返すものもあるのだろうが。

 そうしていろいろと刺激を受けた一冊であったのだが、今後このブログの文体やらスタイルやらが変わるかと言ったら、そんなことはおそらくないだろう。カッコつけるわけではないが、人によって似合う服が異なるように、ブログの流儀というやつも書き手によって違ってくるはずだ。むしろ違ってくれないと面白味に欠けるではないか。

 巻末に「読まれるブログにするための眞鍋かをり流〈10カ条〉」として、その中に、

要はブログ始めるならまずウチに来い!!ってことですかね(笑)。

 ……という一文があったが、本当だろうか。ものの試しにこの記事でトラックバックを送ってみることにしよう。

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2005.09.15

検索ワードで困惑

 平仮名の「しんけいすいじゃく」をキーワードにしてGoogleで検索すると、このブログがトップに来る。どうやら他にこんなタイトルを使っているブログは他にないらしい。このブログ以外のサイトは、おおむねカードゲームの「神経衰弱」を紹介しているようなところであるから、余計ここが目立つ。

 そのせいなのか、「しんけいすいじゃく」のキーワードでこのブログを訪れる人も少なからずいる。そんな人たちは「しんけいすいじゃく」というタイトルのブログに何を求めてここのURLをクリックしているのだろう。自分でこんなタイトルを付けておいて言うのもアレではあるが。「ヘタレ者の日々」なんて妙なサブタイトルは付いてるし、「プロフィール」とか「最近の記事」といった記述が続いていれば、少なくともカードゲームの「神経衰弱」を扱っているところでないことは分かるはず。かといって、1日あたりのアクセス数が55~56件程度の僻地のブログの名前をわざわざ決め打ちで検索するというのも考えにくい。検索ワードランキングに「しんけいすいじゃく」の文字を見つけるたびに、おれは妙な気分に捕らわれるのである。

 もし「しんけいすいじゃく」をキーワードにしてこのブログに行き当たり、このトピックに気付いた人がいたら、なぜこのブログのURLをクリックしたか、コメント欄で教えてもらえるとありがたいです。いや、つまらない好奇心なんですけどね。

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2005.09.14

オタクの顔も三度

 思えば放映が開始されて以降、「仮面ライダー響鬼」の評価というものは両極端に割れていたように思う。放映開始前の記者会見で東映のプロデューサーは「平成のアマゾン」という言い方で「今までやってきたライダーとは違いますよ」と暗にほのめかしていた。

 個人的にその作風は十分好意的に受け入れられるものだった。「クウガ」以後のいわゆる「平成ライダー」は登場人物同士が必要以上にいがみあったりしていて、どうもギスギスした空気に今ひとつ乗れないところがあったのだが(去年の「剣」はそれ以前の問題で見るのをやめてしまったが)、「響鬼」にはそんな要素がなく、安心して見ていられた。

 ところが「大人の事情」という厄介きわまりないやつがしゃしゃり出てきて、9月4日の放映分(第30話)から東映のプロデューサーとメインライターが更迭されるという事態になった。後任に座ったのはどちらも「ギスギスしたライダー」を作っていた人たちである(この2人は劇場版も担当)。その影響は少なからぬものがあり、第29話までの作風を好む人には受け入れがたいものを感じた向きもいたようである。実際劇場版のブログ(敢えてリンクしない)のコメント欄は路線変更肯定派と否定派のケンカ場と化している。そんな場所をわざわざ提供した製作サイドは度量が広いのか、それとも神経が太いのか、どちらなのだろう。

 前段では努めて客観的に書いたつもりだったが、おれはこの路線変更に第30話で早々に付いていけなくなった。理由はひとつ、その回から登場した桐矢京介というキャラクターの描き方にある。井上敏樹という脚本家は新しいキャラクターの尖りっぷりを強調したがるのか、「登場初回で他の登場人物と勝負させてことごとく勝つ」シチュエーションがお好きなようである。おれが知る限りでは「鳥人戦隊ジェットマン」(1991年)のトランザ、「仮面ライダー555」(2003年)の草加雅人、と2度もやっている。他にもやっている可能性は大いにあるが。そして今回も桐矢京介にそれをやらせてしまった。正直「またか」であった。しかも同様のネタをたった2年前に使っているにも関わらず、である。

 結局おれは翌週の11日放送分から「響鬼」を録画予約からはずした。極端に今回の路線変更が気に入らず、かつ口の悪い人は第30話以降の「響鬼」を「仮面ライダー響鬼ごっこ」と呼称している(これは「秘密戦隊ゴレンジャー」がすっかりおちゃらけた頃に原作者の石森章太郎(当時)が漫画のタイトルを「秘密戦隊ゴレンジャーごっこ」に改題したことに由来する)。気持ちは痛いほど分かる。

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2005.09.12

投票所で渋滞

 昨日は衆院選の投票日であったが、おれの住んでいる地域では以前ネタにしたように県知事選と村長選が同日に行われたために、投票所はえらいことになっていた。もともと大きな場所ではないところに加えて、衆院選小選挙区、衆院選比例代表区、県知事、村長、さらに衆院選にもれなく付いてくる最高裁判事の国民審査まであったので、おれは選挙権を持って以来初めて投票所入場券を持った状態で並ぶという経験をした。投票に行った時間はテレビで大沢親分が「喝だあッ!」とか言い始める頃で、人の数はいつもの選挙の時と大差なかったはずなのだが。

 まず県知事選と村長選の投票用紙を渡されて、記入場所に行って、投票(この2つの投票箱は一緒)。続いて衆院選の投票用紙2種類と国民審査の用紙を渡されて、記入場所に行って、投票(これら3つの投票箱は一緒)。投票用紙を渡されるたびに「こちらが小選挙区、こちらは比例区です」といちいち選管の方が説明していた。それでも間違えるうっかりさんはおそらくいただろう。

 午後8時に投票が締め切られると、当然次に来るのは開票作業であるが、やはりこれは規模の大きなものから順に行われるらしい。今回の場合は衆院選→知事選→村長選の順になる。おかげで村長選の結果が出たのは日付が変わってからになった。結局現職村長が再選されたが、午前1時近くにもなって選挙事務所(我が家の近くにあった)が騒いでいたのには閉口した。近所にはあまり人家はないものの、多くの人が寝ている時間に騒ぐのはいかがなものか。

 いずれにせよ選管の方々の苦労は相当なものだったであろう。お疲れ様でした。

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2005.09.10

いわゆるひとつの新聞辞令

 今シーズン不振にあえぐジャイアンツの次期監督に現在阪神のオーナー付シニアディレクターの星野仙一氏が就任するらしい、なんて話はどこから湧いて出たのだろうか。この話を聞いたときのおれの第一印象は「ありえない。新聞辞令ってやつじゃないのか?」だった。

 それでもこの話は一人歩きを始め、プロ野球の試合があろうとなかろうと、スポーツ紙の一面には連日星野氏の名前がでかでかと載るようになった。やれ年俸は10億円だの、原前監督をヘッドコーチに据えるだの、さも既成事実のように報じられているのを当の本人はどんな気持ちで見ていたのだろう。

 そうしてさんざん本人以外の外野連中が大騒ぎした挙げ句の果てに、今日の記者会見で星野氏本人が来季も阪神のシニアディレクターに留任することを表明した(asahi.com)。会見ではこうも言っている。

巨人の次期監督候補として取りざたされている現状について、星野SDは「報道が勝手な方向に進んでいる」と話し、これまで巨人から正式な就任要請はないことを改めて強調した。

 結局、今回の騒ぎは巨人フロントあたりの個人的願望に、マスコミの興味本位な思い込みが便乗して暴走した結果ではないだろうか。ZAKZAKなんぞはほとんど決定事項と思いこんでいたらしく、記事の結びはこうだ。

 一方、堀内監督に代わる次期監督の最有力候補としてリストアップしていた巨人。ただ、星野SDが留任の意向を示したことで、後任人事はより難航しそうだ。

 勝手にリストに名前を追加してたのはあんたらマスコミじゃないのか? 今朝の朝刊に載っていた週刊現代の広告には、「独走スクープ」と銘打ってこんな大マヌケな見出しが躍っていた。

星野仙一「母の命日に誓うG軍入り」

 記者会見のニュースを見た後で見たらマヌケさ倍増であった。堀内現監督の今季限りでの更迭はほぼ間違いないだろうが、さて後任には誰が据えられるのやら。

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発車時刻は確認を

 列車の発車前にホームに出なければならない場合がある。その列車に車内販売がなく、酒やつまみを買おうと思ったらホームの売店に行くしかない(最近の特急列車の自販機には未成年者の飲酒防止のため、ほとんどのものに酒がない)。それにしたところで時間にはある程度の余裕があるに越したことはない。その一手間を惜しんだためにJRの特急列車で絶叫マシン並みの恐怖を味わった人のニュース(asahi.com)。

 人間焦ると突拍子もない行動に出てしまうものだが、思わず列車の連結部に飛びついてしまったところからすると、この大学院生は旅行日程に余裕がなかったのだろうか。余裕があれば、駅員から列車乗務員に連絡を取って荷物を保管してもらい、後続の列車で荷物に追いつけばいい話である。

 ふと気になって北陸本線の路線図を見てみると、発車してから緊急停車するまで、この列車は3つの駅を通過している。当事者が無事だったからよかったものの、連結部に飛びつくのを見落としたドア扱い担当の車掌は責任を問われる可能性があるだろう。

 「連結部へのしがみつき」と聞いて思い出したのが、2002年7月に起きた時速100キロの新快速から強引に途中下車した男のニュース(神戸新聞)。この男、「勢いで鉄製フェンスに激しくぶつかったが、そのまま改札口の方に歩いていった」というから尋常ではない。その後どうなったか聞いた記憶がないのだが、該当者は見つかったのだろうか。

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2005.09.09

24時間テレビのテーマが聴きたい!

 先月の終わり頃、狩人さんのブログに24時間テレビ絡みのコメントをしていたら、書いているうちに猛烈に大野雄二作曲の24時間テレビのテーマが聴きたくなってしまった。この曲のタイトルは「LOVE SAVES THE EARTH」といい、1978年の第1回から1991年放送の第14回までエンディングに使われていた。おれは不届きにも、番組の根本であるはずの「チャリティー」の要素の部分はほとんど見ないくせに、エンディングだけはテレビにかぶりつくように見ていたものである。1992年の第15回以降は弾厚作という二流作曲家が作った「サライ」が最後に合唱されるのが通例となってしまい、非常に寂しい思いをしていた(ちなみにすっかり恒例化したマラソンが始まったのも1992年から)。

 「あーもう、どこかに24時間テレビのテーマが入ったアルバムはないのか! ないのかないのか!」と思っていたら、狩人さんが探してくださった。ありがたやありがたや。そのアルバムは今年の7月に発売された「Yuji Ohno, You&Explosion Band -Made in Y.O.-」で、1970~1980年代の曲のニューアレンジに新曲2曲を含めたものである。

 しかし、入っているのはいいのだが「全曲ニューアレンジ」のワンフレーズが魚の小骨のように引っかかった。Amazonのレビューにあった「オリジナルに勝るものなし」というコメントも、おれに二の足を踏ませた。それでも結局は「オリジナルの曲の編曲を生かしたバージョンアップといったアレンジが多い」のコメントに後押しされる形で「ポチッとな」してしまった。ラインナップに「大追跡のテーマ」が入っていたのも一因ではある。

 そうして物が届いたのが今日のことである。さっそく1枚目から聞いてみる。1曲目の「ルパン三世のテーマ '80 (2005 version)」は確かにオリジナルのアレンジから発展させた感じのもので、好感触であった(今年のTVスペシャルから使われているらしいが、そちらはまだ見ていないのでこのアルバムで初めて聴いた)。ところが2曲目の「戦士の休息(feat. 石井竜也)」で早くも首をひねることになった。んー、なんかボーカルの人選間違ってるような……。この思いが頂点に達してしまったのが2枚目に収録されている「夢の舟乗り(feat. タケカワユキヒデ)」。ライナーには「当時のボーカリスト、タケカワユキヒデが再登板し」なんて余計なことが書いてある。「この曲の本来のボーカリストはヒデ夕樹だ!」と声を大にして言いたくなってしまった(たしかに番組途中からボーカルだけタケカワユキヒデに代わっているのだが)。まあ故人を呼び出して歌わせるわけにもいかないから致し方ないのであろうが、ミスマッチという印象は否めないのが正直な感想だ。

 さて、肝心の「LOVE SAVES THE EARTH」はどうなっているのだろう? 期待半分不安半分で2枚目の最後の曲を聞いてみると――。

  • あれっ、こんなラテン系のノリのイントロだったっけ?
  • イントロからAメロへのつなぎのフレーズってこんなんだったっけ?
  • ここのメロディー担当してたのヴィブラフォンじゃなくてサックスだったんじゃ……っつうか、この曲にヴィブラフォンなんて入ってたっけ?
  • 途中のフルートの入り方がメイナード・ファーガソン演奏の「スタートレックのテーマ」(世間的には「アメリカ横断ウルトラクイズ」のテーマ曲として認知されているだろう)みたいだな……。

 なにやら記憶とズレのあるアレンジになっていた。こうしてブツブツ言いながらも、ストリングセクションとホーンセクションの絡み方はやはり聴いていて心地よいのだった。心地よかったからこそなのかも知れないが、かえってオリジナルを聴きたくなった。イントロからラテンパーカッションを抜いて、ヴィブラフォンのパートをアルトサックスに代えれば、よりオリジナルに忠実だったろうに、などと思ってしまうのである。

 結局このアルバムで一番ヘビーローテーションで聴いているのは「大追跡のテーマ」であったりする。記憶とのズレがほとんどなく、かつ聴いていて気持ちのいい疾走感は問答無用でかっこいい。

 不満も多々あるアルバムではあるが、悪い買い物ではなかったと思う。狩人さん、改めてありがとうございました。

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2005.09.06

日本を襲う巨大な「蝶」

 「蝶」と言っても、英語で言うところの「butterfly」のことではない。現在日本を縦断中の台風14号(正式名称は西暦の数字を付けて「台風200514号」になる)のアジア名「ナービー」(韓国語で蝶のこと)のことである。「アジア名って何だ?」という向きは気象庁のサイトに出ているのでご覧いただきたい。

 昼過ぎに台風情報のニュースを見たときには驚いた。九州の全島が暴風域にすっぽり入っていたからである。さらに強風域は名古屋のさらに東側まで達していた。これに秋雨前線の影響も加わって、日本の半分以上は何らかの形で台風の影響を受けていることになるから恐ろしい。5日には、東京でもピンポイントで1時間に100ミリ以上の猛烈な雨が降ったという。それでも台風の規模は「大型で強い」である。分類上はまだ上がある

 そうして被害のニュースばかりがもたらされる中で、つい半月前には貯水率0%までの渇水状態になっていた高知県の早明浦ダムの貯水率が100%まで回復したというから、台風も悪さばかりしているわけではないのだな、と認識を新たにした。

 ニュース映像で屋根まで水につかった家などを見ていて、ふと「こんなタイミングで巨大地震が来たりしたら、とんでもないことになるな」などと妙な不安に駆られた。天災は人間の都合など忖度してくれないだけに、現実のものにならないことを祈るしかない。

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2005.09.03

よみがえったガイキング

 以前から某サイトで「ガイキングがリメイクされるらしい」という話を見てはいたのだが、いよいよ本決まりになったようだ。東映アニメーションのサイトによると11月に放映が開始されるらしい。正直なところジャンルを問わずリメイクというやつが好きではないおれはこのサイトの画像を見て驚いた。

 カッコ悪い。

 オリジナルの「大空魔竜ガイキング」は1976年4月1日から翌年の1月27日にかけて全44話が放映された(ちなみに「ガイキング」の前に放映されていたのは「ゲッターロボG」)。およそ主人公側のメカとは思えないキョーアクな面構えの大空魔竜が子供心にかえって魅力的に見えたものである。そして御前崎灯台付近の海面を割って出撃する大空魔竜のシーンは威厳と重量感に溢れていた。実質的な主人公メカはガイキングではなく、この大空魔竜であったと言っていいだろう(事実大空魔竜の名前はサブタイトルに3回使われているが、ガイキングは1回もない)。

 よせばいいのに、ガイキングは第23話でフェイスオープンというとんでもないパワーアップをやらかす。ガイキングが登場する「スーパーロボット大戦」をプレイしたことのある人ならご存知であろうが、顔面の装甲がはじけ飛んで、これまたキョーアクなご面相の「第2の顔」が現れるのである。設計者曰く「敵の意表を突く」とのことであったが、一番意表を突かれたのはTVの前の子供たちであっただろう。当然のことながら、このパワーアップは不評であったと聞く。

 今回のリメイクではオリジナルとはまったく異なる世界観で製作されるようである。であれば「ガイキング」の名前とデザインラインを踏襲させる必要があるのだろうか。製作サイドは保険のつもりかも知れないが、かえって裏目に出るのではないか、とおれは思う。往年のファンたちはどう思っているのだろうか。

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2005.09.02

巨人戦中継、都落ち

 とかく今シーズンはプロ野球中継の視聴率低迷が話題になる。セ・パ交流戦の頃には瞬間最大風速的に盛り返しはしたものの、巨人が弱いせいなのか総じて視聴率は低空飛行である。

 そして今朝、朝刊のテレビ欄を見たおれは驚いた。フジテレビで中継される広島×巨人戦の放送開始時間が午前1時35分。リーグの6位と5位の試合、スポーツニュースで試合結果は分かっているはずの時間、当然放送内容は録画。明日は休みの人が多いであろうことを差し引いても、いったい誰がこんなものを見るというのだろう。編成局側が「もうやる気ありましぇ~ん」と言わんばかりの処置と言うべきか。「とうとう巨人戦中継もここまで落ちぶれたか」と切実に思う。フジテレビは先月31日に「試合が予定時間より伸びても放送延長をしない」と発表した(YOMIURI ONLINE)ばかりなのに、いきなりこれである。

 ゴールデンタイムから深夜枠への格下げという今回の処置を見ると、落ち目になってきた頃のプロレス中継を思い出す。週に何本かあったゴールデンタイムのプロレス中継は人気の低下に伴って他のジャンルの番組に乗っ取られて深夜枠に移り、大した注目を浴びることもなくひっそりと終わっていったものだ。

 もっとも、プロ野球人気そのものが落ちてきているとはおれは思わない。どの局も「巨人戦なら視聴率が稼げる」という安易な思考のツケが回ってきただけなのではなかろうか。どういうシステムで放送スケジュールが割り振られているのかは知らないのだが、いい加減「うちの局はヤクルト戦中心に中継します」みたいな在京キー局があってもいいのではないかと思う(フジ系列がこの例に近いのだが。親会社だった時期もあったし)。

 今季はいかなるテコ入れをしても視聴率を挽回することはできないだろうが、来季どうなるかでプロ野球人気が本当に落ちてきているかどうかが分かってくるのではなかろうか。巨人が強いか弱いかは抜きにして。

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2005.09.01

噂の恐怖

 噂というものは厄介な代物だ。誰が発信したか分からない不確かな情報が、水面に投げた小石が作る波紋のように人から人へと伝播していく。1970年代の終わり頃に世間を騒がせた口裂け女、なぜかほぼ同時期に流れた「サザエさん」と「ドラえもん」の最終回の噂など、それこそ枚挙にいとまがない。

 そんな噂と群集心理を利用したような事件がバグダッドで起きた。

 巡礼パニック、川に転落して816人死亡…バグダッド(YOMIURI ONLINE)

イラクの首都バグダッドで31日午前(日本時間同日夕)、市北部のイスラム教シーア派聖地カジミヤ地区にあるモスクに向け数千人の信徒が移動中、自爆テロ犯が紛れ込んだとのうわさが流れたことからパニックが発生、信徒は押し合いとなって通りかかっていた橋から次々とチグリス川に転落した。

 これを書いている時点で死者は1000人を超す可能性もあるというから恐ろしい。イラク移行政府の見解としては、この惨事の元になる引き起こした噂を流したのはテロリストの仕業とのこと。あちらのテロリストは目的のためには己の命すらいとわない連中であるから、死者数の中に入っている可能性が高いだろう。

 これはある意味自爆テロの変種と言えるかもしれない。しかも本来の自爆テロと違って元手はほとんどかからない。人が密集しているところで、周りの何人かに聞こえる程度の声量で「この人混みの中で自爆テロとかが起きたら大変なことになるな」くらいのことを口にするだけのことだ(もっと直接的なことを口にしたかも知れないが)。あとは勝手に話に尾ひれが付いて、可能性と確信がいつの間にかすり替わる。「ひょっとしたら隣にいる奴が自爆テロ犯かも知れない」と疑心暗鬼に駆られた何人かがその場から逃げだそうとすれば、雪崩を打つかのようにパニックになり、それこそあっという間に収拾がつかなくなる。

 このニュースを聞いて真っ先に連想したのは、1923年(大正12年)9月1日に起きた関東大震災にまつわる流言飛語の数々である。現代と違って電話もネットもない時代の話である。Wikipediaの「関東大震災」の項目によると、

通信・交通手段の途絶により、関東以外の地域では伝聞情報による情報収集に頼らざるを得なくなり、新聞紙上では「東京(関東)全域が壊滅・水没」・「政府首脳の全滅」・「伊豆諸島の大噴火による消滅」などと言った事実と異なる話(デマ)がまことしやかに取り上げられた。このような中で、一部の日本人や朝鮮人(当時は日本人)が「混乱・暴徒化」した。

 とある。当時「朝鮮人が井戸に毒を入れた」という根拠のないデマが流れ、まったく無実の朝鮮人が多数虐殺されたのは有名な話であるが、ここまでスケールの大きなデマまで流れていたとは知らなかった(新聞がそんなデマを真に受けて人心を惑わせてどうするんだ)。

 これを「昔の話であり、現代ではありえない」と言い切れないところがまた恐ろしい。現に1994年6月27日に発生した松本サリン事件では危うく第一通報者が犯人に断定されそうになった。この件については警察側の思い込み捜査が根にあるが、マスコミも清廉潔白であるとは言えない。むしろ片棒をかついでいたと言っていいだろう。

 現代は「高度情報化社会」などと言われているが、むしろ非常時に外部からの情報が遮断されてしまったときにどうなるかが気になる。電話線が切れてネットは使えなくなり、携帯電話は回線が輻輳を起こしてつながらなくなる――そんな状況下に置かれたときにどうなるのか。近年の災害の状況を見る限りでは、関東大震災当時の人々のことを現代人は笑えないのではないか(新潟県中越地震の時にはネット上でデマが飛び交ったのだから始末に負えない)。そんなことを考える、82年目の「防災の日」である。

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