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2006.01.29

虚礼廃止論

 約半月後にやってくるチョコレート業界の陰謀の話ではない(あれもいらんとは思うが)。

 最近問題視されるものの言い方として、ファミレスなどで使われる「こちらハンバーグになります」とか「2000円からお預かりします」というやつがある。これらもたしかに気にはなるのだが、おれが気になって仕方ないのは店員の口から発せられる「誠意のまったくこもってないあいさつ」である。

 「いらっしゃいませこんにちはー」とか「ありがとうございましたまたご利用くださーい」というあれ。口調が平板で間に読点が入らないのも特徴だが、どうにも気に食わないのは「それを口にしている店員が客の方を見ていない」ということだ。コンビニで陳列棚の整理をしながら「いらっしゃいませこんにちはー」。ビデオレンタルもやってる複合型書店で奥のレジの伝票整理をしている店員が「ありがとうございましたまたご利用くださーい」。どちらも客の方なんて見ていない。

 「客に向かって声をかける」からこそ、こうした言葉はあいさつになる。あさっての方向を向いている店員から「ありがとうございました」なんて言われても、客であるこちらには感謝の気持ちなんて伝わってこない。この種のあいさつは客と店員がアイコンタクトできる場合だけで十分ではなかろうか。もし店側が「とりあえず声だけ出しておけばいい」と考えているのだとしたら再考していただきたい。ああいうのはあいさつなんかじゃない。虚礼というのである。それをサービスだというのなら、そんなサービスはいらない。

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2006.01.27

恐竜のようで恐竜でない?

 物心ついたのが変身ブームと第2次怪獣ブームの真っ直中だったおれにとって、恐竜図鑑というやつは大伴昌司編集の怪獣図鑑とほぼ近似の存在であった。そのころの図鑑に載っていたティラノサウルスはゴジラのように尻尾を引きずるような形で描かれていたし、アパトサウルスの名前はブロントサウルスと表記されていた。以前ニューヨークのアメリカ自然史博物館に展示されていたティラノサウルス(標本番号AMNH-5027)は、ゴジラのようなスタイルにするには尻尾が短いとの理由から尻尾の骨の数を水増しした上で直立姿勢で展示されたと聞く(現在でも骨の数は同じだが、前傾姿勢に修正されている)。怪獣映画の影響、侮りがたし。

 恐竜という生物についての認識は詳しくない人にとっては意外なくらい甘く、あの広辞苑ですら間違った定義(サイズを大型と限定した上に爬虫類のみならず両生類まで含めていた)を掲載して恐竜ファンの失笑を買ったこともある。

 厳密な定義上「恐竜」とされる生物はかなり限定され、その中にはプテラノドンなどの翼竜、プレシオサウルスなどの首長竜、イクチオサウルスなどの魚竜、モササウルスなどの海トカゲ竜といった「その手の図鑑」であれば一緒くたにされるであろう生物は含まれない。そういえば昔、プテラノドンどころかマンモスやサーベルタイガー(こいつら哺乳類だっつうの。生きてた年代も違うっつうの)までモチーフにぶち込んで「恐竜戦隊」なんて名乗ってた恥ずかしい連中がいたっけなあ。

 前置きがすっかり長くなったが、そんな「恐竜のようで恐竜でない」、ワニに近く、それでいて二足歩行する生物が確認された(asahi.com)というから驚いた。記事には全身の骨格図もあるが、この「エフィジア・オキーファエ」と名付けられた生物は全体のどの程度の骨が発見されているかの記述がない。それにこの骨格図を見る限りでは竜盤類のように見えるのだが(竜盤類ならそれは「恐竜」だ)。発表したのが骨の数を水増しした前科のあるアメリカ自然史博物館というのも怪しい。あとになって「あれは研究者の売名行為でした」なんて頭を下げるようなことにならなければいいのだが。

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2006.01.24

男はワンダバ

 伊福部昭の音楽をあらかたネタにしつくした感じの不気味社が次に手がけたのは、円谷テレビ特撮音楽の巨匠・冬木透であった。伊福部昭は「ゴジラのテーマ」くらいしか知らない人でも、冬木透が音楽を担当した作品は、古くは「ウルトラセブン」から近作では「ウルトラマンコスモス」まであるから、どこかの世代で引っかかるはずである。

 そんなこんなで、昨年夏の「全日本おたくの祭典」で販売された「豪快なワンダバ」は、「ワンダバ」の知名度ゆえかあっという間に完売したそうである。そりゃあ、ある程度ファン層が限定される映画特撮の音楽と、広範囲な認知度のあるテレビ特撮の音楽では売れ行きも変わってくるだろう。

 その「豪快なワンダバ」が昨年末に再販された(ご丁寧にジャケットには小さく『帰ってきた』の文字が入っている)。今回は頒布元からメールで再販のお知らせを頂戴したので(ありがとうございます)、早速通販の申し込みをした次第である。

 元が男声コーラスのものが中心であるから、原曲に忠実にアカペラで再現しても一向に違和感がない。知らん顔してそのままBGMで流しても気付かれないのではないかと思うほどの再現度である。そこが「不気味社的には物足りない」と思う向きもおられるだろうが、これはこれでありだろう。もちろん笑うところがないわけではない。これから聞く人もいるであろうから具体的には触れないが「繰り返しはギャグの基本」とだけ言及しておく。

 それにしても「朝日に向ってジャンボフェニックス」はやっぱりかっこいいなあ。再認識。

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2006.01.23

株式投資というもの

 ライブドアの堀江貴文社長の手がとうとう後ろに回った。結局ホリエモンはホリエモンでしかなく、ドラえもんではなかったということか。おれはライブドアのお世話にもなっていないしお世話もしていないので、社長が逮捕されようが首をくくろうが知ったことではないのだが、たかだか企業一社の粉飾決算で株式相場が大騒ぎになったのには驚いた。

 21日にNHKの番組で、ライブドアを優良企業と信じて次々と株を購入し、行政書士になるための学費に充てるつもりだったという人が紹介されていたが、非礼を承知で申し上げると、この人は考えが甘すぎたと思う。株は上がるときもあれば下がるときもあるものだ。株式投資は一種の博打である。そして博打で生計を立てている人などいないものだ。そもそも「絶対に儲かる」話自体がありえない。そんなものがあるなら、誰にも紹介しないで1人で儲けを貪る方がいいに決まっている。他人に紹介したら自分の分け前が減ってしまうではないか。

 少なくとも公開されている株に投資するということにはリスクが伴っていることを忘れてはならない。「株でも買って儲けよう」なんて考えている人は、こんな詐欺の手口があるので注意した方がいい。

 ある日電話がかかってくる。ある会社の「株が上がるか下がるか毎日当ててみせます」と宣言した上で「明日は上がりますよ」と予言する。そして「明日は下がります」「明日は上がります」といった予想が10日間ほど続き、これがことごとく的中する。で、「こいつの予想は本当に当たるらしい」と思い始めたところで電話の主は告げるのだ、「私に1億円賭けてみませんか?」と。そして指定された口座に振り込むと、金は丸々持ち逃げされてしまうのである。

 この手口は「相手が電話をかけているのは自分1人」と思いこんでしまうところに罠がある。10日間予想が当たり続ける確率は1024分の1だが、1日目に1024人に電話をかけて、半分には「上がる」、もう半分には「下がる」と予想を告げる。後は予想が当たった方にだけ電話をかける。これを10日間続けていけば、不幸な犠牲者が確実に1人出るのである。この手口は中小企業の社長がカモにされるらしい。ご注意ありたし。

 つまるところ「楽して儲ける方法」なんてないのだ。少なくとも合法的には。

 偶然の一致というやつであろうが、サイコロ賭博のチンチロリンでは、3個振ったサイコロの目が1・2・3だった場合は「ヒフミ」といい、子は賭けた額の倍を親に支払わなければならない。そして今日は1月23日である。

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文章はナマモノ

 人が書く以上、以前書いたものとまったく同じ文章を書くことはできない。そのときの精神状態とか、読んでいる本とか、BGMとか、世情とか、そういったものが作用して、同じ話題を書こうとしても微妙にニュアンスを変えていく。

 それがブログのコメントのような短い文章でも、回線等の不具合で投稿しようとした文章が一度消えてしまうと、書き直した文章の中身が変わっていることがままある。これが気合を入れて書いていた長い文章だったりするとなおのこと、精神的ダメージも加わって、大筋は同じではあるものの、枝葉末節の部分になると表現が変わってきたりする。最新のバージョンではどうだか分からないが、かつてWordは「よく落ちるソフト」として悪名を轟かせていたものである。

 で、昨晩のことである。おれは夕食前にブログ投稿用のツールで記事を書いていた。書いているうちに次第に力が入ってきて、文章がどんどん長くなっていった。もうちょっと書けば終わり、という頃合いで階下から夕食の声がかかった。当然ここでセーブしておけば後の悲劇は回避できたはずなのだが、「どうせ食べ終わったらすぐ戻ってくるのだから」という油断があった。

 おれは知らなかったのだが、そのとき階下では暖房のためにエアコンが使われていた。そしてエアコンというやつは大量の電気を消費する代物である。ちょうど茶碗から二口ほど口に運んだところで「バチン!」という音と共に家中が真っ暗になった。ブレーカーが落ちたのである。さっきまで書いていた文章が吹っ飛んだことに気付くまで、数秒の間があった。気付いたおれが、大きいがまったく用をなさない悲鳴を上げたのは改めて記すまでもない。

 たかだかブログ用の文章じゃないか、と言ってしまえばそこまでだが、せっかくお世辞にもあるとは言えない文章力と時間を費やして紡いでいた文章がパァになってしまった精神的ダメージは小さくなかった。自戒の意味を込めてここに書き留めておこうと思う。

 大事な文章はこまめにセーブしましょう。冬場は無用の暖房を切りましょう。

 そのときに書いていた文章は時節ネタではないので、いずれ書き直すつもりである。いつになるかは分からないが。

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2006.01.20

人を食ったトピックを書いてみる

 ワダツミさんのサイト「放蕩オペラハウス」からおいでのみなさん、こんにちは。こちらはぶるないが書いているブログ「しんけいすいじゃく」です(このフレーズの元ネタが分かる人はどのくらいいるのだろう)。

 もしサイト上のコメントを読んで「よみがえる空」あるいは能登麻美子さん関連のサイトであることを期待してリンクをクリックしてしまった方、いらっしゃったらごめんなさい(それらのキーワードで漂着してしまった方にもごめんなさい)。当ブログでは目下のところ、それらのネタは扱っておりません。時折きまぐれを起こしたかのようにアニメ・特撮ネタで書くことはあるんですけどね。

 ……いやはや、何気なくメールフォームにこのブログのアドレスを記入したら、ワダツミさんのところから来られる方の多いこと多いこと。19日にあったアクセスのリンク元の実に49%がそうだったのだから凄い。人気サイトの人気サイトたるところを実感している。ワダツミさんの軽妙な文体を読むと「あんな風に書けたらいいよなあ」とも思うのだが、似合う服が人によって違うように、文体も相応の文体というものがあるのだろう。

 このトピックは最初の一文が書きたくて書いたようなトピックである。ちょっと遊んでみたかっただけなので、なにとぞご容赦の程を。

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2006.01.15

悪魔が来たりて相撲を語る

 本日、大相撲初場所は8日目中日。そんな日にNHKはテレビ中継のゲストにデーモン小暮閣下を招いた。土曜日のスポーツ番組で相撲関係のコメンテーターを務めている関係からのオファーと思われるが、画面左側から実況の吉田賢アナウンサー、閣下、解説の音羽山親方(元大関貴ノ浪)という絵はかなり笑える代物であった。しかも紹介テロップはちゃんと「デーモン小暮閣下」である。

 放送中、吉田アナはほとんど「デーモンさん」と呼びかけていたが、ちゃんと「閣下」とも呼びかけていたのはご立派。NHKのアナウンサーが「世を忍ぶ仮の○○」というフレーズを口にするのには、本来そうそう耳にできないだけに妙におかしい。

 新聞のテレビ欄では「ゲスト・デーモン小暮」とあったので、てっきり向正面に座るのかと思っていたが、先述の通り閣下がいたのは正面放送席。そりゃまあ「世を忍ぶ仮の姿」で来られても視聴者の大半は閣下と気付かないだろうし、だからといって公の方の顔で向正面に座られては目立ちすぎるから(あの顔で琴欧州の稽古風景を見ている映像はやはり異様であった)、今回の措置は妥当であっただろう。

 実際の放送でも、閣下は差し出口を挟むことなく、制限時間いっぱいになると吉田アナと音羽山親方にマイクを預けていたのは、「自分は一介の相撲ファンである」というスタンスを崩さなかったゆえか。年輩の相撲ファンで閣下を「イロモノ芸能人」と思っていた人たちは多少なりとも見識を改めたのではなかろうか。

 それにしても驚かされるのはデーモン閣下を含めた相撲ファンの記憶力である。「印象に残る取組」と言われたときに「何年の何月場所の何日目、誰と誰の取組」と挙げられるのだ。日頃ぼえーっと見ているだけの人間には到底真似できない。強いて喩えるなら、ゴジラのファンが着ぐるみを見て「この着ぐるみは○○で使われたもの」と答えられるのと似たようなものなのだろうか。それにしても熱烈なファンというのは凄い。

追記:この件については、滑稽本さんの記事がとにかく詳しい。「熱心な人の視点から見ると、相撲はこうも面白いものなのか」と唸らされる。

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日本語テストを試す

 日本語変換ソフトATOKの発売元であるジャストシステムが期間限定(2006年2月28日まで)で実施している「ATOK presents 全国一斉!日本語テスト」を試してみた。以前に民放で乱立する日本語クイズ番組をネタにしたことがあったが、それも「そこいらのタレント連中よりはマシだろう」という自負がそれなりにあったからである。

 結果はこうだ。ズルはもちろん画像のレタッチもしていない。
テスト結果
 30問中、正解は26問。わっはっは。……と、ガラにもなく胸を張って自慢してしまうおれである(事前に行われたテストでの平均点は59.6点だそうだ)。欲を言えば、第1問をつまらないケアレスミスで落としたのがちょっと痛かった。

1月19日追記:その後あちこちのブログで、より高得点の方の成績を拝見した。やはり上には上がいるものだ。慢心はいかんなあ。

1月20日追記ぱやんさんのブログで満点を取った人を初めて見た。いやはや、恐れ入りました。

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2006.01.14

ネズミの国の成人式

 いくらアミューズメントパークだのテーマパークだのと言葉を飾ってみても、どんなに広大な敷地に巨額な投資をして施設を建設しても、「子供は大人になる。大人は子供に戻る」なんて宣伝文句を付けてみても、東京ディズニーランドは「遊園地」である。浦安市がその遊園地で成人式の式典を開くと発表したときには「これはあからさまに新成人におもねってるな」と思ったものだ。

 そんな浦安市にクギを刺すようなコラムが朝日新聞夕刊に書かれ、市が新聞社に抗議した(ZAKZAK)。「式典はほかの自治体と同様、市長や議長のあいさつなど粛々と進められた。式典前後に行われた計5分のショーの部分のみをとらえており、正確で公正な記事とは言い難い」との市側の言い分はもっとものように見える。

 が、浦安市の成人式は開催される場所の特殊性ゆえに毎年テレビのニュースネタにされている。晴れ着姿でジェットコースターに興じる姿は2001年以降必ずと言っていいくらい目にする光景だ。成人式式典そのものを取り上げたニュース映像なんぞ見たこともない。挙げ句に当事者の新成人はインタビューで「浦安で成人式を迎えられてよかったです」などと抜かしているのである。そこまで言われれば朝日の記者でなくても冷やかしのひとつも言いたくなるだろう。朝日新聞のコラムが「正確で公正な記事」ではないと言うのなら、テレビの報道は「正確で公正な」報道なのか。体のいいスケープゴートにされた朝日新聞もお気の毒である。

 こんな記事を書かれたくなかったら、式典の会場を遊園地でない場所に移せばよろしい。出席率はガタ落ちするであろうが。所詮「現代のハタチ」の感覚などその程度のものかもしれない。

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2006.01.11

開設1周年

 年頭の記事でも書いたが、今日でこのブログを開設してちょうど1年になる。この記事が226件目の投稿であるから、我ながら割とマメに投稿しているし、よく続いているものだと思う。付いたコメントは104件(そのうち約半分はこちらからのお返しのコメントである)、トラックバックは59件だから、これはあまり多いとは言えないとも思うが、ほとんど独り言の垂れ流しなので致し方ないか。アクセス数は9日の12時台に2万件を超えた。

 この1年に投稿した記事のタイトルをざっと眺めてみたが、いやはやいろいろなことがあったものだと思う。特に4月の福知山線の脱線事故を扱ったときには自分でも驚くほどのアクセスがあった。最近では皆様ご存知の匿名掲示板に記事のアドレスが載ったために4月に投稿した記事に頻繁にアクセスがあり、理由が分かるまでは「なんで今ごろ?」と首をひねったこともあった。また、いまだにぽつぽつとアクセスがあるのがノートン製品のアクティブ化に関する記事。やはり同じ現象に悩まされている人が多いようだ。

 ちなみに検索キーワードのトップは、ぶっちぎりでブログタイトルの「しんけいすいじゃく」である。トランプゲームの神経衰弱じゃないことは検索結果を見れば分かることだと思うんだけどなあ。それを見てもなおこのブログをのぞきに来る人たちの心理は計り知れないものがある。

 定期的にこのブログをチェックしてくれている人たちには、とにかく「毎度のお越し、まことにありがとうございます」と言うほかない。2年目に入るからと言って特にどこか変わるということもないのだが、今後も巡回先にしていただければ幸いである。

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2006.01.10

冬季五輪とクロスワード

 ひと月後の2月10日にはトリノで冬季オリンピックが開幕する。冬季オリンピック、特にフィギュアスケートと聞くとクロスワードパズルを作ったことを思い出す。

 何ヶ月か後に1992年のアルベールビルオリンピックを控えたある夜、電話が鳴った。かけてきたのは翌春にゲームの同人誌即売会を主催する友人であった。あいさつなどした後で、その友人は切り出した。

「クロスワード、作れる?」

 何の因果か、おれはこの電話を受けるほんの少し前に長戸勇人さん(第13回ウルトラクイズのクイズ王)の「クイズは創造力〈応用編〉」を読んでおり、クロスワードの基本的な作り方は知っていた。なので、友人の問いにはこう答えた。

「作り方は知ってるけど……」

 クロスワードにはいくつかの制約がある。長戸さんの本にはなぜか「クロスワード・パズルができるまで」というおまけがあって、そこにその制約が載っていた。うろ覚えではあるが、いくつか列挙する。

  • 黒マス(文字が入らないマス)が縦あるいは横に連続してはならない。
  • 黒マスによって、他の白マスの領域と分断される箇所ができてはならない(上のルールを守っていればこれは起こらないはず)。
  • マスに入る言葉は一般的に認知されている名詞であること(あまり知られていない固有名詞にすると、パズルではなく回答者の知識を問うものになってしまう)。

 さすがに専門誌では見ないが、時折クロスワードとは縁のなさそうな雑誌に思いつきで作ったかのようなものが載ると、このあたりいい加減なものを作ってきて立腹させられることがままある。

 話を電話の件に戻す。友人はおれの回答を聞くなり「じゃあ作って」と依頼してきた。即売会のカタログに載せるのだという。おれはその後に待っている苦労を知る由もなかったので、「あー、いいよ」と至って軽いノリでその依頼を引き受けてしまった。毎月専門誌がいくつも発行されているのだから、そんなに大変な思いもしないで済むだろうと高をくくっていたのである。その予想は大いなる勘違いであったのだが。

 あわて始めたのは締め切りが月末に迫ってきた頃である。形式としては白マスを埋めていって特定のマスの文字をつなげるたものが最終解答という、よくあるタイプのものにしたのだが、この文字数を12文字に設定したために全体的にマス目の多いものになってしまった。追いつめられた挙げ句にクロスワード辞典まで購入し、導入して間もないパソコンに向かって作業をしていた時期がアルベールビルオリンピックと重なるのである。締め切りの日の夜にテレビに映っていたのはフィギュアスケートのエキシビジョンだった(その時点で大会自体は終わっていたので、おれが見たのは総集編だったのだろう)。

 以来、冬季オリンピックの話を聞くたびにこのときのことを思い出し、クロスワードに向かうときには作り手に敬意を払うことを忘れないようにしている。しかし、友人はなんでおれにクロスワードの作成依頼なんてしてきたんだろう?

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ご当地の踏み絵

 toldo13さんのブログにあったので眺めてみた「ご当地の踏み絵」。一口に茨城県と言っても地域差があるので、関係のありそうなものだけピックアップしてみる。

  • 「いばらぎ」と読み間違えられるたびに「いばらき」だと訂正するのに疲れている。
     → 疲れるのを通り越して、そこに突っ込むのも飽きた。
  • 大阪の茨木と間違えられるのがとても不愉快である。
     → 非常に不愉快。なぜかPCの辞書なんかでも「いばらき」と入力すると、デフォルトでは大阪の茨木の方が第一候補で出るんだよなあ。
  • 国道6号線を「ろっこく」と言う。
     → もちろん。
  • 水戸の南口のことを「駅南(えきなん)」と呼ぶ。
     → 水戸駅南口を利用する人は軒並みそう呼ぶ。
  • 水戸駅前の水戸黄門の像はやりすぎたと思いつつも、どうせならうっかり八兵衛も加えてほしかったと思っている。
     → やりすぎどころか、あの像自体いらない。
  • 日本唯一のTV&FMなし都道府県の称号は、かなりの屈辱である。
     → 正直、とちぎテレビが開局したときには「負けた」と思った。
  • ひたちなかを漢字で書ける。
     → 「ひたちなか市」って、ひらがなの市名なんだが…。
  • マックスコーヒーが「ジョージア・マックス」に変わっていたときはショックを受けた。
     → 驚きはしたがショックではなかった。あんな甘ったるいコーヒーなんか飲んでられない。
  • 「かんぎん」と言えば、「第一勧銀」ではなく「関東銀行」のことである。
     → そうでもない。そもそも第一勧業銀行って名称自体もはや存在しないし。
  • 体育や体育祭の開会式で県民体操をやたらとやらされたので、普通のラジオ体操ができない。
     → 県民体操をやったのが大昔なので、むしろ県民体操を憶えていない。
  • 日立電鉄の赤いチンチン電車に愛着をもっている。
     → ほとんど乗っていないのでそれほどでも。むしろ古いアイボリーとオレンジの車体の方に愛着があるか。
  • 常陽銀行に口座を持っている。
     → もちろん。
  • 旅先の朝食で出てくる納豆がまずい。
     → 味にはそんなにうるさくないので、さほど気にならない。
  • 「そーらにはつくばー、しろいくもー♪」と、歌える。
     → 歌えません。ごめんなさい。
  • 家電製品は日立だ。
     → 「長持ちすることだけが取り柄」とひと頃言われたけど、今はどうなんだろう。製品に対するこだわりはない。
  • 1日1回以上、納豆を食べる。
     → 基本的に朝食はいつも納豆。
  • 栃木県よりは都会だと思っているが、目クソ鼻クソのような戦いだとも感じている。
     → 新幹線の駅がない時点で、茨城はちっとも都会じゃないと思う。東北新幹線の線路は古河のあたりをかすめているのだが。
  • スーパーといえば「カスミ」、コンビニといえば「スパー」だ。
     → カスミはともかく、我が家の近所にスパーはない。
  • 「ニッセイ」とは日本生命ではなく、日立製作所だ。
     → そだね。
  • 茨城県人気質を「怒りっぽい、理屈っぽい、忘れっぽい、飽きっぽい、単純、せっかち、口下手」なとど言われることに少し憤りを感じるが、3つ以上あてはまる。
     → 全部に当てはまるので反論の余地がない。
  • 「つくば」と「筑波」には、大きな隔たりがあると思う。
     → 県西の人間ではないけど、そう思う。
  • 語尾に「だっぺ」「べー」をつける。
     → つけないなあ。むしろ「もともと茨城の人じゃないよね?」と言われたことの方が多い。
  • 「土浦全国花火大会」に行ったことがある。
     → 電車の車窓から眺めたことなら。
  • 熱しやすく冷めやすい単純な性格だと思う。
     → はーい。
  • サッカーJ1の鹿島アントラーズが誇り。でも、J2に水戸ホーリーホックがある事は忘れている。;
     → ホーリーホックも忘れてない、強いチームじゃないことは。
  • 水海道市を「すいかいどう市」と読み間違えないでほしい。
     → 今年の正月に合併して常総市になってしまいました…。
  • 「水戸市」を中心とする県北地域は東北で、「土浦市」を中心とする県南地域が関東だと感じている。
     → 東北は福島県以北です、あくまでも。

 なんかチェックしているうちに、自分は茨城県人なのかそうでないのか分からなくなってきてしまった。

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2006.01.07

下関駅焼失

 今朝起きてニュースを見たら驚いた。テレビの中で下関駅が燃えていたのである。下関と言えば、本州と九州をつなぐ要の駅である。そんな大事な駅が機能を停止してしまったらどういうことになるのか、放火した当人は認識して…いたらこんな馬鹿な真似しないよなあ。

 警察の取り調べに、犯人は「空腹でむしゃくしゃして、そのうっせきを晴らすためにやった」という供述をしている(asahi.com)が、そんな理屈がまかり通るなら、日本中の駅はどこもかしこも鬱憤の溜まったやつらのの餌食である。「空腹でむしゃくしゃして」いても、その境遇に負けずに生きている人たちはたくさんいる。こんな屁理屈で自分の小さな欲求だけを満たすようなことはやめてほしいものだ。逆に、この事件を理由にホームレスの人々を襲撃するような卑劣な真似もしないでほしいと思う。

 その下関は列車で一度、その後別件でもう一度訪れている。列車で通ったときは足かけ2世紀の旅の途中でホームに降りただけなのだが、2度目の訪問時には海峡ゆめタワーの展望フロアから下関駅を撮った。(mattohさんのブログにも下関駅の写真あり)

海峡ゆめタワーから撮った下関駅
2001年9月撮影

 ほとんど手前の黒いビルに隠れているが、三角形の屋根がわずかながらのぞいている。この隠れているあたりが今回の事件で焼失した一帯である。犯人には自分が起こした事態の重大さをうんざりするくらい認識してもらいたい。

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2006.01.05

ガンダムで戦争は語れるか

 今日の読売朝刊の文化面に「ガンダムの描く戦争」と題して、 キャラクターデザインの安彦良和氏と作家の福井晴敏氏の対談が載っていた。実際の作り手であった安彦氏と、 ある意味ファン代表である福井氏という組み合わせは何か象徴的である。以前、ジャニーズ系の某アイドルタレントが「(ガンダムから)正義とは何かを学びましたね」というバカ丸出しの発言をしたのを聞いたことがあり、「こいつはガンダムのどこを見ていたのだ?」 と思ったことがある。

 安彦氏は語る。

今、勝ち組・負け組とか、下流社会とか、いろいろ言われるけれど、知性や表現力、また人格や身体能力を含めて、両極化しているんですね。大人になれない奴がたくさんいる。そのことに、サブカルはかなり責任があるんじゃないか。アニメや漫画は、かなりヤバイものも含めての文化だから、今の若者の精神形成に影響を与えないわけがない。作り手は心しなければならないのに、「ジャパニメーションはすごい」なんて持ち上げられると、その怖さ、責任がどんどんあいまいになっちゃう。

 このあたり、現在アニメーションを世間に送り出している人々は自覚しているのだろうか? 自分たちの懐を肥やすことしか頭にない連中が作っているとしたら、これは不幸なことだ。安彦氏はこうも言う。

オタク世代にとって、戦争とは「面白い対象」でしかないわけで、ガンダムなんかで戦争を語らないでくれと思う。実際の戦争というのは、自分の彼女がレイプされたり、家族が死んだり、家を焼かれたりするもの。アニメで戦争なんか見たって、そういった感性は摩耗するだけ。反戦がテーマだなんて合理化しちゃいけない。

 おもちゃ会社がスポンサーに付いている都合などもあるだろうが、どうしてもロボットアニメで表現できる「戦争」には限界があるだろう。ガンダムと名の付くロボットアニメは雨後の竹の子のようにぼこぼこ作られているが、安彦氏の語るような、戦争の持つ汚い面まで踏み込んで描写した作品はほとんどないだろう。

 両者の発言は現在の「SEED」シリーズ批判にも足を踏み入れている。

福井 最近放映されているガンダムの新シリーズを見ていて気になるのは、「大人」が描かれていないな、ということです。でもそれは、現実社会に大人がいないということかもしれません。
安彦 大人を描くってことは、カッコ悪い部分も描くということなんだね。生活に疲れたり、仕事で破滅してたり、君たち今は分からないだろうけれど、そのうち分かるよっていう。〔後略〕 

 そういえば、以前ファーストとSEED双方のファンである人が「SEEDには渋い台詞を言うおっさんキャラがいない」とこぼしていたのを聞いたことがある。指摘のあったとおり、SEEDに出てくるキャラクターはどちらかというと中性的なものが多い。おっさんに相当するであろうキャラクターはほとんど出番がない。視聴者のレギュラーキャラクターへの共感は得られるかもしれないが、 「かっこいい大人」や「自分が目標にする大人」はそこにはいない。「気がついたらランバ・ラルの歳を追い越していた」という感覚はSEEDのファンには分からないだろう。

 さて、そんなガンダムとアニメ業界の現状に、生みの親である富野由悠季監督はいたくご立腹のようで、 週刊文春の取材に対してこんなコメントをしている(2006年1月5日・12日新年特大号)。

なんでこうもバカに作らせるのか。ガンダムに憧れてこの業界に入るスタッフに未来はない。政府も、アニメを産業だと勘違いしているようだけど、宮崎さんレベルの人が二、三十人いて、はじめて産業と呼べるんですよ

 生みの親にこうまで言われる現在のアニメスタッフは、この発言をどう受け止めるのだろう。

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2006.01.04

紅白の視聴率を疑ってみる

 昨日の記事を書いていて、ふと考えた。「紅白の視聴率は本当に実情に即した値なのか?」と。なにかにつけて当ブログでは統計をやり玉に挙げているが、視聴率もまた統計の一種であることに変わりはない。そこで視聴率調査について、少々お勉強してみた。

 一口に視聴率と言うが、調査しているビデオリサーチ社は「世帯視聴率」と「個人視聴率」の2種類を調べており、メディアなどで取り上げられる「視聴率」とは世帯視聴率のことを指す。計算方法はこちらで紹介されているので、ここでは触れない。計算方法を見れば分かるが、仮に1世帯に5台のテレビがあって、そのすべてが同じ時間に同じチャンネルを見ていても、視聴率としては1台のテレビのみで見ている場合と変わらない(占拠率は上がるが)。当然のことながら、これらの計測は機器の接続されたテレビで見ないと有効にならない。ビデオに録画している場合や録画した番組を見ている場合、あるいはテレビチューナーが内蔵されたパソコンで見ている場合などは計測の対象外となる。

 もうひとつ、紅白の視聴率を変動させうる要素がある。この記事を書いている時点では衛星放送(BS2およびBSハイビジョン)で見た世帯の数値は視聴率には含まれていないということだ。NHKは地上波でもマスコットキャラクターのななみちゃんを登場させてBSの宣伝をしているが、紅白の視聴率に限って言うとこれは完全に逆効果である。裏を返せば、紅白の放送を衛星放送では一切せずに総合テレビジョンに限定してしまえば、なんら手間をかけずに視聴率を上げることが出来る。もちろん視聴者が番組を見限らなければの話であるが。

 表面をなでた程度ではあるが、どうも現行の放送体制と視聴率の調査方法が一致していないという印象が残る。NHKがハイビジョンの普及に躍起になればなるほど紅白の視聴率が削られていくというのは皮肉としか言いようがない。

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2006.01.03

「紅白」にまつわるいくつかの話

 昨年のNHKはやたらと「紅白歌合戦」に気合を入れていた。夏の暑い時季から「もう暮れの話をするのか?」という「スキウタ」なる人気投票を実施し、司会にみのもんたを起用して話題性を強調し、そして放映が間近に迫るとあちらこちらで紅白紅白紅白とうんざりするほど連発しまくった。

 放映前日の30日には「紅白歌合戦はこう変わる」と題した番組が放送されたが、出演者が座ったテーブルの前には放映開始までを秒刻みでカウントダウンする無意味きわまりない電光掲示板がセットされていて、おれの無用な反感を煽った。通して見たわけではないが、番組内容が「ボクたちこんなに苦労して番組作ってるんです、だから見て下さあい」というものだっただけに、「こんな番組に貴重な受信料を使うくらいなら( ここにはあなたの意見を適宜はめ込んでお読み下さい )」と思った視聴者もいたのではなかろうか。

 放送当日の大晦日。スポーツ紙の芸能担当記者という人たちはよっぽどネタがないのかそれともヒマなのか、日刊スポーツサイトの芸能には紅白関連の見出しが18も並んだ。その18項目のうち二つは山本耕史の言い間違えネタである(見出しが異なるだけで内容は同じ)。こういう場所で迂闊な言い間違えをすると後々まで残るだけに、司会者にかかるプレッシャーたるや計り知れない。

 そうして悲喜こもごもあった2005年の紅白は視聴者にどう受け入れられたのか。nikkansports.comの記事を引用すると――

 昨年大みそかのNHK総合テレビ第56回紅白歌合戦の平均視聴率は、関東地区で第1部が35・4%、第2部が42・9%で、いずれも前年より上昇したことが2日、調査会社ビデオリサーチの集計で分かった。

 7時20分から9時25分が第1部、5分間のニュースによる中断を挟んで以降が第2部である。前年比では第1部が4.6ポイント、第2部が3.6ポイントの増加となった。しかし、事前の大騒ぎの割に「最低の視聴率を記録した前年よりはマシだった」という結果を見る限りでは「大山鳴動して鼠一匹」という形容がぴったりのような気がする。

 それから、以前さんざんくさした「スキウタ」についてもやはり触れておきたい。

 大々的なアンケートを実施する場合、どのような形態を取るにせよ組織票によって票が操作されることは避けられない。プロ野球オールスターゲームのファン投票しかり、アメリカTIME誌のパーソン・オブ・ザ・イヤーしかりである。スキウタの場合、投票方法によって1人が票を投じられる曲数が異なる上に期間も異なるという、はっきり言って滅茶苦茶な方法が採られている。そのへんの滅茶苦茶ぶりは当のNHKも認識していたようだ

今回は、一人でも多くのみなさんのご意見をうかがうため、四つの投票方法でアンケートを行いました。ただ、お一人でも複数投票が可能だった「投票ハガキ」と、一人一票を原則としてシステムを作った「電子系投票」とでは、もともと投票ルールが異なり、投票期間もまちまちで、その結果として、同じスキウタでも四つの投票方法ごとに大きく異なる結果が出ました。

 そんなことも事前に予測できなかったのか、とツッコミのひとつも入れたくなる文言である。で、それを受けてのNHKの集計方法はこうだった。

「投票ハガキ」の票数による順位と、パソコンの順位携帯の順位データ放送の順位の平均を求めます。この平均値の少ない方を上位として、改めて全曲を並べなおしたものが、紅・白 上位100曲です。

 得票数ではなく順位の平均を求めるというあたりには首をかしげてしまう。よくよく偏った結果(あるいはNHK側にとって不本意な結果)が出たのだろう。集計方法もかなりアレだが、全12482曲のリストを見ると、部分的に眺めているだけでも頭が痛くなってくる。あのねえ、好きな曲なのにそのタイトルやアーティスト名を間違えるのって、それってファンとしてどうなの?

 年が明けて早々に年末の話をするのも何だが、視聴率の低下傾向は2004年の紅白で底を打ったのか、たまたま2005年の放送だけが上向いたのかは、さらに何回かの放送結果を見てみないと判断はできない。ただ、スキウタはそう何度も使える手法ではないし、実施するならするで投票方法をきっちり整備する必要があるのは間違いないだろう。そのための授業料としてはかなり高く付いたとは思うが。

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2006.01.01

Augurio! Buonanno!

 こんなタイトルで、年頭最初の記事を書いているブロガーの方々はどのくらいいるのであろうか。今年は昨年より多いんだろうなあ。

 ……という意図の書き出しをしているブロガーの方々もどのくらいいるのであろうか。少なくともここに1人はいる(なにやらメタな書き出しだなあ)。それにしても、本当にイタリアでは新年を祝うのにこの言葉を使っているのだろうか? 年賀状Webでは「Felice Anno Nuovo!」と紹介されているし、「Augurio Buonanno」をキーワードにして検索すると、案の定「ARIA」関連のサイトか、言及したブログがヒットするし。

 11日で、このブログを始めてちょうど1年になる(ブログ開設の日を1並びの日にしたのは単に憶えやすくするためである)。ひとまずは気が済むか飽きるまで続けるつもりである。本年も毒やら愚痴やら弱音やら血やら吐瀉物やら放射熱線やら引力光線やら1兆度の火の玉やらいろいろ吐きまくる予定なので、ブックマークしてくださっている皆様(ありがとうございます)、もしくはアンテナ経由で来られている皆様(ありがとうございます)、あるいはなにかのはずみでこのブログに漂着してしまった皆様(よろしければ他の記事もご覧ください)、本年も当ブログ「しんけいすいじゃく」をよろしくお願いいたします。

追記:これの前の記事で触れていた「第3回新春怪獣映画豪華無節操3本立て」は、1本を見終わった時点で相方の体調が優れずに中止となった。一に健康、二に健康、三四がなくて五に健康、少々アホでも元気がなにより。

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