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2006.01.05

ガンダムで戦争は語れるか

 今日の読売朝刊の文化面に「ガンダムの描く戦争」と題して、 キャラクターデザインの安彦良和氏と作家の福井晴敏氏の対談が載っていた。実際の作り手であった安彦氏と、 ある意味ファン代表である福井氏という組み合わせは何か象徴的である。以前、ジャニーズ系の某アイドルタレントが「(ガンダムから)正義とは何かを学びましたね」というバカ丸出しの発言をしたのを聞いたことがあり、「こいつはガンダムのどこを見ていたのだ?」 と思ったことがある。

 安彦氏は語る。

今、勝ち組・負け組とか、下流社会とか、いろいろ言われるけれど、知性や表現力、また人格や身体能力を含めて、両極化しているんですね。大人になれない奴がたくさんいる。そのことに、サブカルはかなり責任があるんじゃないか。アニメや漫画は、かなりヤバイものも含めての文化だから、今の若者の精神形成に影響を与えないわけがない。作り手は心しなければならないのに、「ジャパニメーションはすごい」なんて持ち上げられると、その怖さ、責任がどんどんあいまいになっちゃう。

 このあたり、現在アニメーションを世間に送り出している人々は自覚しているのだろうか? 自分たちの懐を肥やすことしか頭にない連中が作っているとしたら、これは不幸なことだ。安彦氏はこうも言う。

オタク世代にとって、戦争とは「面白い対象」でしかないわけで、ガンダムなんかで戦争を語らないでくれと思う。実際の戦争というのは、自分の彼女がレイプされたり、家族が死んだり、家を焼かれたりするもの。アニメで戦争なんか見たって、そういった感性は摩耗するだけ。反戦がテーマだなんて合理化しちゃいけない。

 おもちゃ会社がスポンサーに付いている都合などもあるだろうが、どうしてもロボットアニメで表現できる「戦争」には限界があるだろう。ガンダムと名の付くロボットアニメは雨後の竹の子のようにぼこぼこ作られているが、安彦氏の語るような、戦争の持つ汚い面まで踏み込んで描写した作品はほとんどないだろう。

 両者の発言は現在の「SEED」シリーズ批判にも足を踏み入れている。

福井 最近放映されているガンダムの新シリーズを見ていて気になるのは、「大人」が描かれていないな、ということです。でもそれは、現実社会に大人がいないということかもしれません。
安彦 大人を描くってことは、カッコ悪い部分も描くということなんだね。生活に疲れたり、仕事で破滅してたり、君たち今は分からないだろうけれど、そのうち分かるよっていう。〔後略〕 

 そういえば、以前ファーストとSEED双方のファンである人が「SEEDには渋い台詞を言うおっさんキャラがいない」とこぼしていたのを聞いたことがある。指摘のあったとおり、SEEDに出てくるキャラクターはどちらかというと中性的なものが多い。おっさんに相当するであろうキャラクターはほとんど出番がない。視聴者のレギュラーキャラクターへの共感は得られるかもしれないが、 「かっこいい大人」や「自分が目標にする大人」はそこにはいない。「気がついたらランバ・ラルの歳を追い越していた」という感覚はSEEDのファンには分からないだろう。

 さて、そんなガンダムとアニメ業界の現状に、生みの親である富野由悠季監督はいたくご立腹のようで、 週刊文春の取材に対してこんなコメントをしている(2006年1月5日・12日新年特大号)。

なんでこうもバカに作らせるのか。ガンダムに憧れてこの業界に入るスタッフに未来はない。政府も、アニメを産業だと勘違いしているようだけど、宮崎さんレベルの人が二、三十人いて、はじめて産業と呼べるんですよ

 生みの親にこうまで言われる現在のアニメスタッフは、この発言をどう受け止めるのだろう。

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