« 2006年1月 | トップページ | 2006年3月 »

2006.02.27

永遠の傍観者

 脚本家の佐々木守氏が亡くなった(asahi.com)。享年69。

 佐々木氏というと、実相寺昭雄監督と組んだ、シリーズの中では異質な作品群が印象に残る。本来子供たちのあこがれの対象であるウルトラマンが罵声を浴びせられたり、太陽の下では生きられない地底人がハヤタが変身するときの強烈な発光で勝手に全滅してしまったり、出てきた怪獣が重すぎてウルトラマンが持ち上げられずに押しつぶされたり。かの「セブン第12話」の脚本も佐々木氏の手によるものだ。

 もちろんこうした変化球が有効であるためには、直球勝負もできなくてはならない。「ウルトラマン」の場合、直球勝負はメインライターであった金城哲夫氏が受け持っていた。そんな構図を、ライターの切通理作氏は著書の「怪獣使いと少年―ウルトラマンの作家たち」の中でこう形容している―

金城哲夫を一生懸命クラス全員を団結させようと頑張る学級委員にたとえるなら、佐々木守はそれを遠くから冷ややかな目で観察する優等生といった感じだろうか。

 切通氏は上記の本の中で、佐々木氏の章に「永遠の傍観者」というタイトルを付けている。そして傍観者というスタンスを貫いてこの世を去ったように思う。

 七夕の夜に雨が降らなかったらあなたに会えますか、佐々木さん。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2006.02.25

ネコ・ねこ・猫

 28日までしもだて美術館で開催されている「岩合光昭写真展 ネコ・ねこ・猫」を、珍しく家族総出で見に行った。事の発端は20日におれが東海駅で目にしたチラシを持ち帰ったことである。このチラシで大きく載っている猫が、我が家の猫によく似ていたのであった。

美術館前の開催告知
しもだて美術館前の開催告知

 我が家に棲息する人間は例外なく猫好きなので、きわめて突発的に筑西市にある美術館へと出かけることと相成った。クルマに揺られること90分強、名前だけはご立派な国道50号線の窮屈さに辟易しつつたどり着いたしもだて美術館は、ガラス張りの、街並みにはいささか不釣り合いな(失敬)モダンな建物の3階にあった。

 会場に入ったおれたち一行は目尻が下がりっぱなしであった。その一方で、昨年12月半ばに他界したトンスケそっくりの猫の写真があまりにも多いので「やっぱりトンスケ柄の猫ってありふれてるんだな」と再確認もしてしまった。

 同じフロアでは一般から募集した「どうぶつ写真コンテスト」も開催されていたのであるが、ノートパソコンのキーボードの上に前足を置いた格好で写っている猫の写真はかなりツボに入った。

 プロとアマチュアの愛らしい猫たちの写真を堪能しつつも、帰宅して我が家で一番大きな顔をしている愛猫ナコを見ると、「やっぱりナコが一番いい」などと言っている(ペットを飼っている人なら、自分のところのが一番かわいいに決まっているのである)のだから、勝手なもんである。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006.02.24

メダル狂騒曲 in トリノ

 今日は朝からイライラしていた。それというのも朝食時に見るハメになったフィギュアスケートのせいである。最後に演技したスルツカヤ選手が尻もちをついた瞬間に「やった!」と喜んだ不届き者は日本中いたるところにいたものと思う。NHKなどは正午のニュース枠を拡大してまで大はしゃぎしていた(ラジオの話。テレビはどうだったか知らない)。イライラのあまり、診察のために出かけた病院で主治医のN先生にまでグチってしまった。先生はカルテになにやら書き付けていたが、何を書いていたのやら。

 持ち上げて持ち上げて、さらに持ち上げて、もういっちょ持ち上げて、と、さんざん持ち上げておいてどん底まで突き落とすのは日本のマスコミのお家芸である。オリンピックでも毎度毎度過剰な期待を勝手にしておいて、実際にメダルが取れないとこき下ろす。「プレッシャー」だの「重圧」だのと他人事のように口にしているが、その先棒をかついでいるのが自分たちであることの自覚がまったくないから困ったもんだ。

 今にして思えば、一昨年のアテネオリンピックで日本人選手がメダルを取りすぎたのかもしれない。「メダルは取って当たり前」なんて勘違いでもするようになったのか、関連番組では枕詞のように「日本にはまだメダルがありませんが」などと冒頭に口にしていたものである。これがまたうっとうしい。クーベルタン男爵の「参加することに意義がある」というオリンピック精神はどこに行ってしまったのだろう?

 どうでもいいが、トリノオリンピックの金メダルは真ん中に大きな穴が空いているせいでDVDに見えて仕方がない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

カメラとVサイン

 人間というのは不思議な生き物である。TVというメディアがある地域であれば、世界中どこでも子供はカメラに向かってVサインをしてみせるという。あれはいったいなんなんだろう。

 ナイターシーズンになれば、バックネット裏で携帯電話片手にフレームインしてきてやっぱりVサイン。凄惨な殺人事件が起きた現場付近でレポーターが語っているその後ろでやっぱりVサイン(近年のレポートが警察の張った立入禁止のテープを背にして行われるのはこの種のバカを排除するためだろうか?)。

 これは素人さんに限った話ではないことを昨夜知った。TBSラジオがブログと連動して放送している「ブジオ!」という番組にゲストで“関取ブロガー”の普天王関が出るというので聞いてみた。スタジオにはWebカメラが設置され、リアルタイムで室内の模様が中継されていたのだが、曲が流れているときやCM中の「スタジオの音声が流れていないとき」、ゲストの普天王はもちろん、メインパーソナリティの眞鍋かをりもカメラに向かってVサインをして見せていた。お茶目と言えば聞こえはいいが、「お前ら素人か!」とツッコミを入れずにはいられなかった。

 それにしても、なぜVサインなのか? 「パー」で振るのではなく、「チョキ」にしなければならないのは何故なのか? 謎は深まる一方である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.02.20

ひさしぶりのカウンセリング

 どうにもこのところ、物事に熱心になれないでいる。それはこのブログのトピックを書くこととて例外ではない(前回の投稿が12日であるから、かなり間が空いてしまった)。他人様の書いたトピックにコメントする気にはなるのだが、自分のブログとなるとなんだか気が乗らないのである。過日主治医のN先生から「カウンセリングを受けてみたら」とのアドバイスを頂戴していたのだが、「今日は寒いから」とか「今日は雨が降りそうだから」とかれこれひと月ほど先延ばしにしていた。それを思い切って今日出向いてきた(とか言いながら、このトピックを書いているのは22日なのだが)。

 前回カウンセリングにかかったのはずいぶんと前のことで、おそらく2年以上は経過しているだろう。受けようとしたら休診だったという目にあったのは昨年の3月のことである。

 今回お世話になったのはK先生という女の先生である。初めての面談だったので実際にお目にかかるまで少々緊張したが、雰囲気が知人に似ていたこともあってか、意外にすらすらと話せた。以前カウンセリングを受けたM先生(男)はこちらが話したことを逐一カルテに書き付けている様子であったが、K先生はそんな素振りすら見せずに聴く側に徹していた。そのせいなのか、話しているうちにターボがかかったような状態になり、無用のことまで口走ってしまったのではないかと不安になるくらいしゃべりまくった。家人以外を相手に長々と話したのは本当にひさしぶりである。

 おっかなびっくりではあるものの、現状打開への第一歩は踏み出せたのではないかとの手応えは感じた。また話してみようと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.02.12

コカ・コーラVSペプシコーラ

 先日ブログを開設した高橋“ボウケンレッド”光臣さんのブログで話題になっていた「ペプシとコーラならどっち派」で思い出したのが、昔ペプシがうった「ペプシ目隠しチャレンジ」というCM。

 被験者(?)に分からないように置かれたふたつのコーラを飲み比べてもらい、「どちらがおいしいか」訊いたところ45%がペプシを選んだ、というあれだ。当時あのCMを見た連中は、口をそろえて「残りの55%はコカ・コーラを選んだんじゃねえか」とツッコミを入れたものである(シェアを考慮すれば立派な数字ではあるのだが)。被験者が、自分の選んだのがペプシと分かった瞬間に「信じられない」といった感じのコメントをしていたのもずいぶん失笑を買ったものだ。

 ご多分に漏れず、おれも友人連中と実際に飲み比べをやった口である。両方飲んでみるとペプシの方が甘かった記憶がある。「どっちがいい?」と訊かれたら、おれもブランドイメージ抜きでコカ・コーラの方を選ぶ。甘さがくどいのはどうも苦手なので(茨城県人には愛好者が多いと言われるマックスコーヒーも苦手)。

 単に「コーラ」と言えば、今の日本人にとってはコカ・コーラの代名詞なのであろうが、かつては他のメーカーからもコーラが出ていたものである(「カフェイン含有量が従来比2倍のコーラ」とか)。最近はコーラ自体あまり飲まなくなったのでよく知らないのだが、現在コカ・コーラとペプシコーラ以外にコーラを販売している飲料品メーカーはどのくらいあるのだろうか?

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2006.02.09

ゴジラは死なず

 「寝る前にもう1回2ちゃんの巡回でも…」と思って更新チェックをしたら飛び込んできたのが伊福部昭御大の訃報(asahi.com)であった。享年91、大往生と言うべきであろう。

 ゴジラシリーズでは第1作(1954年)から『メカゴジラの逆襲』(1975年)まで断続的に担当し(それ以外にも特撮映画の音楽を多数担当)、『ゴジラVSキングギドラ』(1991年)で再登板した。『ゴジラVSデストロイア』(1995年)の音楽を担当したときに「体力的に映画音楽の仕事はもうできない」とコメントしておられたが、この映画の音楽録音で自らタクトを振っていた時点で81歳である。伊福部氏の映画音楽にかけていた情熱たるや計り知れない。

 伊福部氏を語る上で特撮映画の劇伴音楽は切っても切れないのだが、そのエッセンスが凝縮されているのが「SF交響ファンタジー」であろう。おれは1983年に日比谷公会堂でライブ録音されたものをCDで持っているが、「ゴジラの脅威」のモチーフで始まって、『ゴジラ』メインタイトル、「巨大なる魔神」モチーフへとつながる第1番の出だしと、『地球防衛軍』のテーマがテンポアップしながら盛り上がっていく第3番のクロージングはひたすら圧巻である。生演奏に立ち会えた人たちがうらやましい。

 トピックタイトルの「ゴジラは死なず」は『ゴジラVSキングギドラ』のローリングタイトルの曲に付けられたタイトルであるが、このタイトル同様、伊福部メロディーも不滅である。先生、今まで素晴らしい曲を聞かせてくださってありがとうございました。安らかにおやすみください。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.02.08

なんとかならんかこのCM

 民間放送局にとって、直接の「お客様」は視聴者やリスナーではない。お金を出してくれるスポンサー様である。お金を出してくれる見返りに、局側はコマーシャルを流して宣伝の場を提供する。しかし、いくらなんでも見る側聴く側の神経を逆なでするようなものを流すのはいかがなものだろうか。

 その昔、「バカが多くて疲れません?」というフレーズを使ったCMが一部のひんしゅくを買ったことがある(おれはあれを見て「よくぞ言ってくれた!」と喝采を送った口である)が、あれ以上におれを精神的に痛めつけるCMが公共の電波で流れている。

 ひとつは深夜のアニメ枠でしょっちゅう流れている業界の養成校のもの。映像としてはマジシャンがカードをとっかえひっかえ見せるだけなのだが、その中身をいちいち早口でまくし立てるナレーションが脳に突き刺さってイライラしてくる。内容が聞き取れるならまだマシなのだろうが、聞き取れないからただやかましいだけである。録画したものを見る分には早送りでスキップできるが、リアルタイムで見ている場合はかなりの精神的ダメージを被る。

 もうひとつ、ラジオで流れている自殺防止のCM。交通量の多い交差点とおぼしき効果音が流れるのをバックに、陰気な女の声のナレーションが流れる。「いのちは、大切だ。いのちを、大切に。(以下略)」。あれを聞くと、その気がないはずなのに、かえって死にたくなってしまいそうな気分になる。以前、5分もしないうちに2度も流れたのにはつくづく閉口した。

 いずれはこれらのCMも流れなくなるのだろうが、1日でも早く流れなくなってほしいと切に願う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.02.01

ニュース速報の重要度って?

 夜中に「XYZな人とつながりがあるようなないようなアニメ」を見ていたら、注意を喚起するような音と共に「ニュース速報」のテロップ。あれは一瞬ながら緊張感が走るものである。地震か? 事故か? 要人の訃報か? 誰もが脳裏をそんな連想がよぎると思う。

 そんな予想はすべてハズレであった。速報が伝えてきたのはこのニュース(asahi.com)。「そんなニュースでいちいち人心を惑わすんじゃねえよ!」とツッコミのひとつも入れたくなったのはおれだけではなかったと思う。特に保存を考えて録画していた人たちは。

 冬季オリンピックのボブスレーで日本の選手がメダルを取ったという話は寡聞にして知らない。メダル獲得が確実視されるような競技なら、マスコミはもっと事前に騒いでいたはずである。関係者に対して非礼であることを承知の上で言わせてもらうが、この程度のことを報じるのにニュース速報を使う必要性は本当にあったのだろうか? 朝のニュースで報じれば十分なレベルではないだろうか。まさか関係者の誰かが夜中に「XYZな人とつながりがあるようなないようなアニメ」を見ていることを期待していたわけでもないだろう。

 「ニュース速報を出すか出さないか」のレベルを誰が決めているかは知らないが、出すなら出すなりのニュースバリューはあってしかるべきであろう。事前にこんな騒ぎになったせいで、ボブスレーの選手たちが「お見送りは盛大、お出迎えは閑古鳥」なんてことにならなければいいのだが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2006年1月 | トップページ | 2006年3月 »