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2006.03.31

ファミコン診断テストを試す

 Teririさんのブログ経由で、「ファミコン診断テスト」を試してみた。

<診断結果>
役割を与えられるのが好きで、ロボットに憧れを持っています。何も考えず、マイペースでやる方が力を発揮しやすいようです。基本的に短気で、恥ずかしがり屋さん。自分の中身に自信を持てず、馬鹿正直すぎなところが弱点。同じ価値観を相手に求める傾向があるようです。

そんなあなたを「ファミコンゲーム」にたとえると・・・

 『 ドラゴンクエストIII そして伝説へ… 』。
「おきのどくですがぼうけんのしょ1はきえてしまいました」
 同じ結果の人は12235名います。

 やっぱりドラクエはIIIだよねえ。ファミコン版とスーファミ版で何回通しでやっただろう? ファミコン版はバッテリーバックアップ機能が今ひとつ不安定で、「おきのどくですが~」のメッセージも何度か見た。

 相手が泥棒だというから「どれ、軽ーくぶちのめしてくるか」と乗り込んだら逆に思いっきりぶちのめされたり、戦士に「らいじんのけん」を装備させたくて「トロルキングがよく出没する呪文が使えない洞窟」をずーっとうろうろしてみたり、はぐれメタルを初めて倒したら同行していた盗賊が「しあわせのくつ」をかっぱらっていて「ようやったガロード!(そのときの盗賊の名前)」と思わずわめいたこともあったっけなあ。……つらつら書いているうちに、またやりたくなってきてしまったぞ。

 ちなみに診断結果はことごとく図星であった。珍しいこともあるものだ。

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2006.03.26

クイズと記憶とアニソンと

 このところ、狩人さんのブログでのアニソンクイズが週末の楽しみになっている。狩人さんがアカペラで歌った曲を当てるという至極簡単なコンセプトのクイズであるが、出題者の守備範囲が解答者よりずーっと広いので、個人的な戦績は目下のところ五分である。おれが分からない曲でも、見知らぬ誰かさんが疾風のように現れて、回答をコメント欄に書き込んでくる。そりゃ誰も知らなかったらクイズなんて成立しないんだが。

 本からの受け売りであるが、記憶というものは大脳新皮質の記憶中枢に格納されるそうだ。で、新しい記憶が次々と蓄えられてくると、古い記憶が取り出しにくくなる。これがいわゆる「老化現象」というやつなのだが、最近着た服ばかり着ていると古い服が引き出しの奥に押し込まれて取り出しにくくなるようなものと想像すると分かりやすいかもしれない。

 ドラえもんの道具で「わすれとんかち」というものがあったが、この道具の説明では記憶を引き出しに喩えている。「思い出せないというのは記憶をなくしてしまったのではなく、記憶をしまった引き出しが開きにくくなっているだけ。そこでとんかちでひっぱたいて開きやすくする」という説明だったと思う。なんだか昔の壊れた電化製品を叩いて直したみたいな話であるが、記憶の説明についてはかなり的を射たものであったようだ。

 話がだんだん理屈っぽくなってきたが、クイズに強くなろうと思ったら、引き出しの中身を充実させておくだけでなく、どこにしまったかをしっかり把握しておくことが肝要であろう。引き出しを開きやすくしておく必要があるのは言うまでもない。

 ことアニソン関連では曲が自分の引き出しに入っているかどうかは把握しているつもりである。が、やはり入っていないものを取り出すことはできない。第8回はかなりの難問であるらしく、この記事を書いている時点では正解にたどり着いた者はいない。誰か答えが分かる勇者はいないか? おれも狩人さんからは一応「勇者」に認定されているんだけどなあ。

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2006.03.24

安息の場所は

 このところ、どうにも家族と一緒にいるのが息苦しい。こうして一人でPCに向かって文章を連ねているのはなんでもない。一人でテレビを見るのも、番組によるがなんでもない。ところが、これが朝夕の食事時に家族と顔をつきあわせるとなると、どうにも精神的に息苦しい。今夜はとうとう食事の途中で食べる気がしなくなってしまい、残して席を立ってしまった。

 どうやら親父も家族の間に流れる気まずい雰囲気を察しているらしく「出かけないか?」と誘いをかけてくるのだが、その行き先がサーカスというのはどうにかならんかったのか? なにが悲しくて30代も半ばを過ぎた男が親に連れられてサーカスを見に行かなきゃならんのだ。逆ならともかく。

 原因がおれと弟の間の不協和音にあるのは承知しているつもりである。さらにその元を作っているのが自分であるという自覚もある。だが原因が分かっても対処方法が思いつかない。こちらから弟の方に雑談のネタを振ってみても白い目で見られるし、向こうからは話を振ってもこない。向こうも一人になりたがっているのかも知れないが、こうなると同極の磁石が反発し合うように、お互いの磁気が弱まるまで折り合いが付くことはありそうにない。

 そんな状況下でうつらうつらしていたら、弟と談笑している夢を見た。どうやら今のおれの安息の場所は、夢の中にしかないようだ。

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2006.03.21

さらば地球よ

 日本中がワールド・ベースボール・クラシック優勝に沸き立つニュースに隠れて、作曲家の宮川泰氏の訃報をテレビで知った。享年75。

 宮川氏と言うと、おれたちの世代にとっては「宇宙戦艦ヤマト」の音楽が思い浮かぶ(今RSSリーダーのチェックをかけたらgmaxさんがほとんど同じタイトルで記事を書いてた…。きっと他にもいるんだろうな)が、個人的には「スーパージョッキー」の映画コーナーでビートたけし相手に軽妙なトーンでおしゃべりをしていた姿も印象的だった。実際仕事場でもお茶目な人であったようで、「じゃ、ピアノ頭からいきまーす(曲の最初から演奏する、の意)」と言って鍵盤に頭を突っ込んだというエピソードをご子息の彬良氏がしていた。

 また、宮川氏はザ・ピーナッツとの縁が深いことでも知られる。「恋のバカンス」の作曲が有名であるが、「恋のフーガ」では作曲したすぎやまこういち氏が「え、そんなイントロになったの?」と思わず唸ってしまうようなイントロを付けている。一般的にはあまり知られていないと思うが、1964年公開の「三大怪獣地球最大の決戦」でザ・ピーナッツ(小美人)が歌った「幸せを呼ぼう」は宮川氏の作曲である。

 西暦2006年、宮川泰は永遠の航海に旅立っていった。

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2006.03.20

私物とウイルスと流出のワルツ

 このところニュースサイトの見出しを眺めていて、「流出」の2文字を見ない日がない。海上自衛隊の機密データに始まって、陸自で流出、空自でも流出、さらに警察でも流出。あまりにも杜撰なデータ管理状況にキレた官房長官が「みんなWinny使わんといてえな」という要請(asahi.com)まで出す始末。こまめに情報を集めているネットワーカーは「今ごろになって何を言っとるんだ」と思っているのではあるまいか。

 それにしても官房長官の要請は「Winnyさえ使わなければ情報は漏れない」という勘違いをしていると思われるから始末に負えない。問題はファイル交換ソフト使用の有無ではなく、むしろ「秘扱いデータを私物のパソコンで扱っている」ということではあるまいか。往々にして、こういうことをしている輩に限って「オレは他のやつらと違ってパソコンのセキュリティは万全だぜ」と思いこんでいたりする(そのくせ、ウイルス対策ソフトを入れていてもウイルス定義データを更新していなかったり、肝心のセキュリティソフトをオフにして使っていたりとマヌケな使い方をしている)。

 メールマガジンを発行しているWeekly Mag2ではこう呼びかけている。

1)個人情報や機密情報の入っているパソコンに、Winnyを導入しない。
2)W32/Antinny 等への感染を防止するため、不審なファイルは開かない。
3)ウイルス対策ソフトで、W32/Antinny 等のウイルスへの感染を防ぐ。
4)職場のパソコンを、外部に持ち出さない(持ち出しを禁止する)。
5)職場のネットワークに私有のパソコンを接続しない(接続を禁止する)。
                           ・・・・・など

 Weekly Mag2では「Winny を利用していないか、W32/Antinny に感染していないなら、パソコン内の情報が漏えいするという最悪の事態は起こりません。」としているが、これもまた大間違いで、Winnyを介さなくても内部データをリークするウイルスが存在する(asahi.com)。

 前出の記事で情報処理推進機構の研究員がしているコメントを思いっきり要約すると、「君子危うきに近寄らず」ということになるのではないだろうか。明日は我が身、つるかめつるかめ。

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2006.03.19

国際大会なのに

 この記事を書いている時点で、現在進行形でワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の準決勝・日本-韓国戦が行われている。マスコミはしきりに騒ぎ立てているが、おれ個人はかなりしらけた目でそれらの報道を見ている。なんなんだ、このお粗末きわまりない「なんちゃって国際大会」は。

 そもそも開催に至るまでの道のりからして不純である。「ステイツのベースボールは世界一なのだ」というアメリカの驕りがむきだしだ。WBCをネタとして取り上げるに当たってWikipediaの記事を読んでみたのだが、課題だらけであることに気付かされる。

  • 曲がりなりも「世界一」を決める大会なのに、なんでピッチャーに投球制限が課せられるのか?
  • なぜ1次予選リーグの組み合わせは抽選ではなく主催者側の一存で勝手に決められたのか?
  • 国際大会を標榜しておきながら、審判32人のうち22人がアメリカ人なのはなぜなのか?
  • あまつさえアメリカ戦のジャッジにまでそのアメリカ人の審判が参加しているのなぜなのか? ボクシングでもサッカーでも第三国の審判がジャッジするのが当然なのに。

 案の定、アメリカ戦で同じ審判が2度もあからさまなアメリカ寄りの判定をして問題視されている。スポーツマンシップにもとるとしか言いようがない。「マイナーリーグの審判を使っているから」という声もあるようだが、メジャー所属だろうがマイナー所属だろうが、公正なジャッジの下せない審判に試合を仕切る資格はない。

 審判を抱き込んで(?)まで行われたメキシコ戦でアメリカは敗退し、日本が準決勝に駒を進めたのだが、「よくやってくれたメキシコ! がんばれニッポン!」という論調の影で、おれは「ざまあみやがれアメリカ」と思っている。

 第2回大会は2009年の開催予定だそうだが、言い出しっぺのアメリカがどんなわがままを言い出すのか、いささか意地の悪い楽しみがある。「アメリカが決勝に進めないような国際大会ならもうやらない」とか、「もっとアメリカが決勝に進みやすいシステムに改悪する」とか、「1次予選はアイスホッケー、2次予選はサッカーで行う」というワケの分からないことを言い出すのではあるまいか。

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2006.03.15

時刻表4月号を買って

 週末に控えたJRダイヤ改正に備えて、新しい時刻表を買ってきた。おれは以前はJTB派だったのだが、世紀の変わり目の頃を境にJR時刻表に乗り換えた。こちらの方が情報量が多いし、なによりJTBの「グッたいむ」掲載ページ減が痛い。

 さしあたって最初のページから眺めていく。まず「主な改正概要」ということで「今回のダイヤ改正でこんなに便利になるんですよ」といった項目が紹介されている。客車出雲や急行かすがの廃止は主なものじゃないんですかそうですか。

 ちょっとページをめくったあたりで「アンパンマン列車」の紹介ページに行き当たる。今ではこんなに多くの種類が走ってるのか、アンパンマン列車。予讃線だけで11種類。なんだか頭が痛い。

 カラーの広告ページを読み飛ばして、索引地図など眺めてみる。越美北線や高山本線にはまだ不通区間があるんだなあ(前者は2004年7月の福井豪雨、後者は同年10月の台風23号のため)、と天災の爪痕を感じながらもうちょっと先に進むと「北海道ちほく高原鉄道は4月20日までの営業です」の一文。また鉄路が路線図から消えるのかと思うとまた寂しくなる。

 特急運転系統図から「サンライズでない出雲」が消えているのを再確認して、さらにページをたぐる。主要駅の案内図で多色刷りのページが終わって、二色刷りの広告……ここでページをめくる手が止まった。最初のページが東横インじゃない。「ない、助けてくれ――!」(一部特撮ファンしか分からんネタで申し訳ない)

 偽装工事と、それに関する社長のコメントで世間からの不評を買いまくったのが1月の終り頃のことだった。自社のサイトに噴飯ものの謝罪文を掲載したのを見て、かりんとさんのブログでこうなることを予測したコメントをしたのだが、とうとう現実のものになったか、という感がある。単に契約期間が切れただけなのかもしれないが、あれだけバッシングを浴びたら、いつまでも広告ページの一等席を独占してはいられないだろう。

 そんな悲喜こもごもをかかえた新しい時刻表の出番ももうすぐである。

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2006.03.13

スーパーでワイドビューな特急列車

 今日の読売新聞朝刊の「編集手帳」が鉄道に関するものだったので、思わず見入った。文章の方向は消滅へ向かう「急行列車」への郷愁なのか、現在の列車名に対する苦言なのかよく分からないが(人の文章をとやかく言えるようなブログを書いてはいないのだが)、思わずうなずいてしまう箇所は多い。

今や、JRの急行は風前のともしびだ。18日のダイヤ改正では、名古屋―奈良を結ぶ急行「かすが」が姿を消す。臨時急行を除くと、残るのは東京―大阪間の寝台急行「銀河」など6種類に過ぎない

 18日のダイヤ改正以降に生き残るJRの急行列車のうち、昼間に運行されるのは「つやま」(岡山-津山間)と「みよし」(三次-広島間)の2種類だけで、あとの4種類は夜行列車である。逆に特急列車は数こそ100種以上あるものの、夜行の数がどんどん減っており、絶滅危惧種と化している。

 今朝の「編集手帳」の結びはこうなっている――

最近は「スーパー」「ワイドビュー」などのカタカナを冠した特急が、やたら目につく。せめて名称ぐらいは、旅情を楽しめるものにできないものだろうか。

 その種の名称に先鞭を付けたのは、常磐線を走る「スーパーひたち」である。もちろんおれが命名したわけではないが、なんだか申し訳ないような、肩身の狭いような思いがする。JRが新型特急の愛称を公募したとき、「スーパーひたち」は5位だったと記憶している(ちなみに1位は「つくば」だった)。それまでにないデザインの列車だったので、当時は至極当然のように受け入れていたのだが、後発で「スーパー○○」がぼこぼこ出てくると正直げんなりする。

 旅情を楽しめない列車名で、個人的に最悪だと思うのは北陸本線を走る「サンダーバード」。もともと大阪から金沢方面へ向かう「雷鳥」があるだけに、デビューしたときには「直訳しただろ! なんでも英語にすればカッコいいと勘違いしてるだろ、おまえら!」という怒りが湧いたものである(特別天然記念物のライチョウとThunderbirdはまったくの別物)。

 東北新幹線が八戸まで延伸されたときに運転を開始した「はやて」もどうかと思う。この名前ではどこに連れて行かれる列車なのか分かりゃしない。最有力だと思っていた「みちのく」は、新青森開業まで温存するつもりなのかもしれないが。

 かといって「九州横断特急」という、あまりにもストレートすぎて無味乾燥きわまりない名称も「もうちょっと気の利いた名前は思いつかなかったの?」という気はする。

 JR各社の皆様、列車の名前には気を配ってください。一鉄道ファンからのお願いです。

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2006.03.12

Be quiet!

 夕食時に妙なニュースが流れた。いびき助教授、受験生が「うるさい」…東北大入試(YOMIURI ONLINE)。報道されている範囲で想像すると、どうしてもドリフのコントか、いしいひさいちの漫画になってしまう。菊池君(あるいは久保君)が他の監督官に「この人、いびきがうるさいんですけど」と言っている光景が目に浮かぶ。苦情の内容が監督官が寝ていたことではなく、「いびきがうるさい」というあたりがなんとも漫画的だ。

 リンク先の記事によれば、問題の助教授は開始後たったの15分で居眠りを始めたというから呆れてしまう。監督する立場の人間が監督される側から注意されてどうするのだ。試験会場であるから暖房はほどよく効いているだろうし、場内は静かだし、退屈するのは仕方ないかもしれない。しかし、自分が何をするためにそこにいるのか忘れてもらっては困る。これは当人のみならず、大学の信用も落とす行為だ。ほっぺたをつねってでも眠気をこらえてもらいたい。監督官は仕方なしにやっているかもしれないが、受験生は真剣なのだから。

 東北大では別の会場でも監督官がポカをやっている(nikkansports.com)。携帯電話はマナーモードにしても、静かな場所であれば聞こえる程度の音はする。受験生には持ち込み不可か電源を切るよう指示していると思うが、監督者がこのありさまでは示しが付かない。

 どちらの記事でも監督官の年齢は報道されていないが、給料分の仕事はちゃんとしてほしい。その給料は国民の懐から出ているのであるぞ。

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2006.03.08

おえんわ、こりゃ…

 「おえん」は岡山弁で「いけない」とか「だめ」という意味だそうだ。岡山の方、用法が間違ってたらごめんなさい。なんで茨城県人のおれが岡山弁をタイトルに持ってきたのかと言えば、それはひとえに「よみがえる空」の影響を受けてしまったせいである。これの第1話冒頭で主人公の内田一宏が読んでいた本、サン=テグジュペリの「人間の土地」(訳:堀口大學)を実際に読んでみたのだが…。

 その感想が一言、「おえん」である。時代背景の違いのせいなのか、日頃縁のない飛行機乗りのエピソードというのはどうにもピンとこない。正直なところ、「読んだ」とは言い難い。活字を目で追っていただけで、内容がちーっとも頭に入ってこなかった。寝る前に眠剤を飲んでいるせいもあるとは思うが、気が付いたら朝になっていて、枕元にしおりの挟まれていない本が置かれているという状況が何度あったことか。内田はこの本(文庫本ではなく単行本である)を高校卒業時にプレゼントされているのだが、本当に読んでいたのか疑問にすら思った。なにせ贈り主は相当の読書家であるし。

 おれが読んだのは新潮文庫版で、表紙のイラストと解説を宮崎駿が書いている。宮崎アニメはどうも肌に合わないので見ていないが、「紅の豚」なんぞはサン=テグジュペリの影響が大きいのだろうな。

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ネッシーの珍説

 イギリスはスコットランド地方にあるネス湖に棲むと言われるネッシーは、数あるUMA目撃事例のトップスターである。1994年に俗に「外科医の写真」と呼ばれる、湖から首を突き出したように見える写真がでっち上げと判明したときにはちょっとした騒ぎになったくらいなので、今なおそのネームバリューは健在と言っていいだろう。

 そのネッシーの正体は「サーカス団の象が水浴びをしていたものを誤認したのだ」という、なんとも奇天烈な説を唱える自称研究者が現れた(nikkansports.com)。この研究者は2年がかりで調査したと記事にはあるが、一体なにを調査していたのやら。象がわざわざ湖の真ん中まで泳いでいって鼻を突き出していたとでも主張する気なのだろうか? 寝言なら寝床で言ってもらいたい。他の人に迷惑だ。

 ネッシーの目撃例は、古いものでは690年(1690年ではないので念のため)まで遡るという。この程度の伝承などは日本人でもネットを使えば10分もかからずに集められる。「外科医の写真」以外にも、ネッシーを撮影したとされる写真は多数存在する(この中には水中のネッシーを撮影したものもある)。これらすべてが誤認やでっち上げと断言できない以上、今回の自称研究者の説は単なる売名行為以上のもの(というより体のいい恥さらしのような気もするが)にはなりえないであろう。

 日本でも巨大水棲獣と思われるものの目撃事例がいくつかあるが、それらの名前がどいつもこいつもネッシーにあやかった「(湖の名前の最初の一文字)+ッシー」というのには心底閉口させられる(屈斜路湖のクッシーや池田湖のイッシーなど)。つくづく日本人ってこの種のネーミングのセンスが悪いなあ。

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2006.03.07

需要はあるか、鈍行のグリーン車

 グリーン車。甘美な響きである。その反面で「ここはボクらが座るの。キミら一般庶民はあっち行ってなさいね」というイメージも、個人的にはある。これひとえにビンボー人のひがみである。

 現在常磐線でグリーン車を利用しようと思ったら「スーパーひたち」に乗る以外ない。これは特急列車であるから、当然グリーン料金の他に特急料金がかかる。乗車券に加えて、それ以上の料金を支払わなければ、グリーン車の恩恵に浴することはできない。そんなわけで、おれもグリーン車を利用したことは数えるくらいしかない。

 そんなお高くとまった感じのグリーン車が、ぐっと腰を低くして常磐線にもやってくるという。JR東日本の発表(PDF形式)によれば、2007年春に上野-高萩間の中距離普通列車、しかも全列車で営業を開始するというから驚いた。宇都宮線や高崎線と料金形態が同じであると仮定すると、全区間をグリーン車で乗り通しても追加料金は1200円(平日に車内で支払った場合)で済む。

 それに加えて、

「グリーンアテンダント」が乗務し、お飲み物などの車内販売サービスも開始します。

 ……という。どこまで本気なのだろう。そのグリーンアテンダントって、全部の列車に乗務するのか? 水戸とか勝田あたりで降りちゃったりするんじゃないのか? 特急列車の利用状況などからすると、勝田以北でグリーン車を利用する乗客はあまりいないのではないかとも思うのだが。昔スーパーひたちでやっていて、気が付いたら終わっていたドリンクサービスの二の舞になりそうな気がしてしかたがない。

 それにしても、全列車にグリーン車が連結されるということは……と思ってWikipediaの「国鉄415系電車」の項目を見てみると、やはり「2006年度までに廃車の予定」とのこと。かれこれ四半世紀慣れ親しんだ、白地に青帯の車両ももうすぐ見られなくなると思うと、やはり寂しい。

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2006.03.06

消えゆく国鉄の残照

 ふと気が付いたら、JRのダイヤ改正まで2週間を切っていた。今回の改正でなにかと話題になっているのは「客車出雲」の廃止であろうか。これには一度だけだが乗ったことがある。出張で兵庫県の和田山に行った帰りに無理をして乗ったのであるが、このとき乗っておいてよかったとつくづく思っている。DD51機関車の先頭に誇らしげに掲げられたヘッドマークが印象的だった。近年列車はどんどん個性的になっているが、トレインマークがない新造列車が少なくないのはいささか寂しい。この種の列車の廃止となると、鉄道ファンの皮をかぶった盗っ人が出没しかねない。ヘッドマークの管理はくれぐれも厳重に願いたい。

 さらに首都圏から103系電車と113系電車が首都圏から姿を消す(YOMIURI ONLINE)。幼少期に東京方面に出かけたときに、日暮里の手前から並行して走るウグイス色やスカイブルー一色で塗られた見慣れない電車は新鮮に映ったものである(それ以前に取手から並行する路線があるけど)。一言で表現すると、「都会の電車だなあ」。当時の常磐線普通電車はローズピンクにアイボリーの帯が入った車両が使われていたから、余計にそう感じた。

 緑とオレンジの、いわゆる湘南色の113系電車には乗った記憶がない。同じようなカラーリングの115系電車は上野駅でいくらでも見られたので色に対する愛着みたいなものはあるが、車両自体に対する愛着は、正直なところない。SUPER BELL''Zの『MOTOR MAN 京浜急行 VVVF』の中で「只今 隣りを走ります緑とオレンジの電車をかわして この電車が先頭に躍り出ております」というフレーズも通用するのは17日まで。そういう意味では妙な寂しさはある。

 そうして新しい車両が出てくると、決まって車内放送が自動放送に切り替わっていくのがまた寂しい。「次は○○、○○でございます」は車掌の口から発せられてほしいと思うのは、利用者のわがままだろうか。

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2006.03.05

事典作りにハマる

 このところブログの投稿件数が減っている。他人様のブログにコメントを付けるのは結構まめにやっているのであるが。理由は簡単で、他のことに時間を割いてしまっているためだ。貴賤を問わず、人間に与えられているのは1日あたり24時間。ひとつのことに没頭してしまったら、当然他のことには手が回らない(飲み食いしながらテレビを見る、なんてことはできるだろうが)。で、おれがハマってしまったのはWikipediaの項目いじりである。

 検索エンジンで探し物をしたときに検索結果として上位に表示されることが多いので、Wikipediaの存在自体を知ってはいた。ところが、いざ内容を見てみると、事実誤認があったり、存在していてほしい記事がなかったりする(逆に「なんでこんなのがあるんだ?」という記事もある)。Wikipediaは誰でも編集したり項目が追加できるのが特徴であるから、ついつい手を入れたくなってしまう。匿名でではあるが、いくつか新規に作った記事もある。

 ことのほか記事を作る作業は大変だ。いくら後から修正できるとはいえ、記憶に頼った曖昧な記述はしたくないので、手元に資料があれば引っ張り出すし、ネットで検索もする(個人的に重きを置いているのは前者)。アウトラインプロセッサを使って作業していると、あっという間に1時間や2時間は経過してしまう。ブログの方に手が回らなくなるのも道理と言うべきか。

 ただ、熱が入るのはむしろ資料集めや他の人が編集した項目の修正であったりする。そしてふと我に返ってみると、あまり頭を使っていないことに気付く。こうして人間はサルへと退行していくのかも知れないなあ、などと思ったりもする。くわばらくわばら。

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2006.03.01

勇気と無謀

 日韓共催のサッカーワールドカップを翌年に控えた2001年1月26日、山手線の新大久保駅でその事故は起きた。線路上に落ちた1人の酔っぱらいを助けようと2人の男性がホームから飛び降り、折悪しく進入してきた電車にはねられて死亡したのである。

 助けようと飛び降りたのが2人とも日本人であったなら、この事故に関する報道は「ホームの安全対策がなっていない」のレベルで終わっていただろう。ところが、片方の男性が韓国からの留学生であったことから、マスコミは彼らの行為を過剰に美化し始めた。現在その留学生にスポットを当てた映画(ご丁寧なことに日韓合作だ)まで製作されているのだから呆れてしまう。タイトルが「あなたを忘れない」だというから、作り手側は完全にこの件を美談として描こうとしているようだ。

 彼らの「ホームから落ちた人を助けたい」と思った気持ちは尊ぶべきである。しかし、そのために取った行動がいただけない。結果的には犠牲者の数を増やしただけである。事故当時、留学生の親がテレビカメラの前で「列車から見えていたはずなのになんで止まれなかったんだ」と嘆いていたのを憶えているが、思わず「あんたらは列車の駅への進入速度を知らないからそんなことが言えるんだ」と画面に向かって突っ込んだものである。

 昔からある交通安全標語に「飛び出すな車は急に止まれない」というのがあるが、電車とて同じである。いくら停車前で減速していると言っても、非常ブレーキをかけたところでその場に止まれるわけがない。死者にむち打つことになるが、彼らのしたことは「勇気ある行動」ではなく「無謀な行動」であったと言わざるを得ない。本当に取るべき手段は線路に飛び降りることではなく、進入してくる電車に線路上に人がいるのを知らせることだったのだ。もっとも、当事者からすればとっさのことであり、そんな冷静な判断などしてはいられなかったのだろうが。

 こちらのサイトに当時の鉄道関係者のコメントと対処法が載っている。鉄道を利用する人は肝に銘じておいた方がいいだろう。

 事故のもう一方の当事者であるカメラマンの母親は語ったという、「相手も救えず、これでは無駄死にだよ」と。無謀な行為を美談として取り上げるのは辞めてもらいたいものだ。もちろん日韓の関係改善のプロパガンダに利用するような真似も。

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