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2006.03.01

勇気と無謀

 日韓共催のサッカーワールドカップを翌年に控えた2001年1月26日、山手線の新大久保駅でその事故は起きた。線路上に落ちた1人の酔っぱらいを助けようと2人の男性がホームから飛び降り、折悪しく進入してきた電車にはねられて死亡したのである。

 助けようと飛び降りたのが2人とも日本人であったなら、この事故に関する報道は「ホームの安全対策がなっていない」のレベルで終わっていただろう。ところが、片方の男性が韓国からの留学生であったことから、マスコミは彼らの行為を過剰に美化し始めた。現在その留学生にスポットを当てた映画(ご丁寧なことに日韓合作だ)まで製作されているのだから呆れてしまう。タイトルが「あなたを忘れない」だというから、作り手側は完全にこの件を美談として描こうとしているようだ。

 彼らの「ホームから落ちた人を助けたい」と思った気持ちは尊ぶべきである。しかし、そのために取った行動がいただけない。結果的には犠牲者の数を増やしただけである。事故当時、留学生の親がテレビカメラの前で「列車から見えていたはずなのになんで止まれなかったんだ」と嘆いていたのを憶えているが、思わず「あんたらは列車の駅への進入速度を知らないからそんなことが言えるんだ」と画面に向かって突っ込んだものである。

 昔からある交通安全標語に「飛び出すな車は急に止まれない」というのがあるが、電車とて同じである。いくら停車前で減速していると言っても、非常ブレーキをかけたところでその場に止まれるわけがない。死者にむち打つことになるが、彼らのしたことは「勇気ある行動」ではなく「無謀な行動」であったと言わざるを得ない。本当に取るべき手段は線路に飛び降りることではなく、進入してくる電車に線路上に人がいるのを知らせることだったのだ。もっとも、当事者からすればとっさのことであり、そんな冷静な判断などしてはいられなかったのだろうが。

 こちらのサイトに当時の鉄道関係者のコメントと対処法が載っている。鉄道を利用する人は肝に銘じておいた方がいいだろう。

 事故のもう一方の当事者であるカメラマンの母親は語ったという、「相手も救えず、これでは無駄死にだよ」と。無謀な行為を美談として取り上げるのは辞めてもらいたいものだ。もちろん日韓の関係改善のプロパガンダに利用するような真似も。

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コメント

結果的には無駄死にですが、助けられる
かも知れない、助けたい、と思って線路に
降りたわけですので、クソミソに言う
のは失礼です。反射的に体が動いて
しまったのかもしれません。彼(ら?)の
ような心根は大切だし、賞賛すべきです。

マスコミが過剰に報道したという
指摘は正しいかもしれません。ま、
世相が世相ですから、...。

太平洋戦争で「八紘一宇」に騙されて
無駄死にさせられた方々と、新大久保駅
事故の(たまたま韓国籍だった)この若者は
同列に扱えません。

いずれにしても、周囲をよく見て行動
するようにいたします。

投稿: 茂木さんのファン | 2006.03.05 21:17

コメントありがとうございます。
本文中にも書きましたが、彼らの行為を頭から完全否定するつもりはありません。「目の前でホームから人が落ちた、なんとか助けたい」という気持ち、そのために実際に行動したということに対しては敬意を払いたいと思います。自分が同じ局面に遭遇して行動に移そうとしたら、やはり飛び降りてしまうかもしれません。

ただ、当時の総理大臣が留学生の葬儀にだけ参列して、カメラマンのそれには出向かなかったというのには、あからさまなプロパガンダ臭しか感じられません。まああの人の言動が周囲の反感を買うのは本件に限りませんけど。

投稿: ぶるない | 2006.03.06 08:53

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