頭がくらくら・術後編
考えようによっては「改造手術」と呼べなくもない手術を受けたおれは、5月7日の朝をICUのベッドで迎えた。
5月7日(入院3日目、術後1日目)
力を入れると痛むために、腹に力が入らない。聞くところによると、右の腹の筋肉が切られているので2、3日は痛むとのこと。「自分はかなりの手術をしたのだ」と改めて実感させられる。
朝食におかゆ(と、その他もろもろ)が出る。時計がないので何時に出たのかすら分からない。食欲がなく、わずかに手を付けた程度。
前後して尿管に入っていた管を抜いたが、看護師の人が言うように「ちょっと変な感じ」がした。膀胱から直接尿を出していたのではなく、尿が出るところに管を通していたのである。そりゃ変な感じのひとつやふたつするだろう。
午前中にICUから一般病棟(もといた病室)に戻る。あやうく朝食べたものを戻しそうになるのを必至にこらえる羽目になる。昼食が出たものの食欲皆無。椀のフタも開けずに下げてもらう。
よせばいいのに、夕食前のお茶を口にしたら再度吐き気。胃薬が処方される。
5月8日(入院4日目、術後2日目)
午後にバルブ圧の調整。レントゲン室に連れて行かれ、胸の部分に体の外から機械を当ててちょっといじって調整そのものはおしまい。これは磁気を使って行うもので、調整のためにいちいち体を切開しないで済むという利点があるが、反面で強い磁気を帯びたものに近づくと設定が変わってしまう危険性があるから恐ろしい。「リニアモーターカーに乗れないじゃん、おれ……」と妙な悲観をしたことを、この場で正直に白状してしまおう。
このときの調整で「120から140にしました」とI先生は言うのだが、何のことなのか今もって分からない。
手術前から左腕に刺しっぱなしになっていた点滴の針がようやくはずれる。「点滴が終わったので、積極的に水分を取るようにしてください」とも。
5月9日(入院5日目、術後3日目)
右の腹に負担をかけないで寝起きする要領を体得する。人間、必要に迫られるといろいろと思いつくものである。しかし、上半身を起こしていると首の後ろあたりが猛烈に痛くなり、起きていられなくなる。これは食事の時間が一番しんどいかもしれない。
5月10日(入院6日目、術後4日目)
おそらくは生まれて初めて、病院のベッドの上で誕生日を迎えた。
回診で回ってきた先生(I先生ではない)に「できるだけ体を起こしているように」と言われる。術後の体に慣れろ、という意味だろう。
昼食にそばが出る。事前に「今日のお昼は天ぷらそばなんですけど」と聞かされていたので、てっきりエビ天が載っているものを想像してしまったが、実際にはかき揚げだった。「天ぷらは要らないからそばを5割増しにしてくれ」と言おうかとも考えたが、実行は差し控えた。
消灯前の時間になって猛烈に腹が下る。今まで溜まりに溜まっていたものが一気に出てきたのだろうか?
5月11日(入院7日目、術後5日目)
やはり5分も上体を起こしているとしんどい。繰り返し「体を慣らすように」とか「上体は起こしているように」と言われるのだが、言うのと実際にやるのは大違いである。
午後になって一眠りしようとしたら、シーツ交換でベッドを追い出される。近場で本を読んでいるうちに首の痛みがなくなっていることに気付く。
5月12日(入院8日目、術後6日目)
朝起きてすぐに血液検査のために採血。この病院の人たちは一様に注射が上手だ。点滴やら何やらであちこちに針を刺されたが、検査入院の時から数えても、注射で痛い思いをしたのは数える程度しかない。
なんと昼食に刺身が出る。それはいいのだが、いくら栄養的なバランスを考慮した結果であろうとはいえ、刺身と一緒にパックの牛乳を付けるのは無粋だと思う。
夕方に抜糸。まさかナースセンターの一角をカーテンで仕切ってやるとは思わなかった。頭の傷は当然見えないが、胸や腹の抜糸風景はおっかなくて見られなかった。
5月13日(入院9日目、術後7日目)
経過が順調であれば退院、の日である。昨日の抜糸前に「特に問題なければ退院許可ということになると思います」と言われていたのであった。
ところが、その問題が勃発した。おれは退院する気満々で、ナースセンター前にある精算機でテレビカードを清算しにやってきたのだが、その場でI先生と鉢合わせした。「ちょっと傷見せてもらっていいですか?」と言われると、断る理由はこちらにはない。すると……頭に開けた2箇所の傷のうち、1箇所が完全に塞がっていないという。先生は「感染のおそれがあるので、もう2、3日入院してもらって様子を見たいんですが」と言いだした。こっちは荷物もまとめて、すっかり退院モードに入っているというのに。
押し問答の果てに、無理を言って一時帰宅ということになった。しかし、やはり本調子からはほど遠く、自宅までの車中でもひさしぶりの自宅でも気分が優れず、「すみません、わたくしが悪うございました」と、あっさり病院へUターンした。病院に向かう車の中でもうんうん唸っていたのは言うまでもない。
夜の血圧測定時に、担当の看護婦さんから「I先生は慎重な人だから」という評を聞く。さもありなん。
5月14日(入院10日目、術後8日目)
NHKのニュースなどではまず流れない、いわゆる「B級ニュース」が読みたくなって、自宅から古新聞をまとめて持ってきてもらう。幸か不幸か、ブログのネタになりそうなものもいくつか見つかった。
さすがにこれだけの期間病院にいると書くネタもなくなってくる。
5月15日(入院11日目、術後9日目)
入院するときに持ち込んだ文庫本の中の1冊、「ターミナル・マン」(マイクル・クライトン著)を何年かぶりに読む。買ったのは10年以上前だが、「そういや脳外科病院が舞台の話だったっけ」という理由で選んだものだ。まさかその脳神経外科の病床で読むことになるとは買った当時には思ってもみなかった。てんかんの発作を脳に電極とコンピュータを埋め込んで制御しようとする話であるが、1972年に発表されたものとは思えない妙なリアリティを感じる。
退院の可否は明日のI先生の回診の時には分かるそうだ。
5月16日(入院12日目、術後10日目)
朝方救急車がやってくる音を聞いて「また急患か」と思いつつ、その一方で「緊急手術が入ったりするんだろうな」などとも考える。予想は的中して、I先生はその緊急手術に回ってしまい、回診には現れなかった。やってきた別の先生に「頭にある傷口近くの腫れは引かないんですか?」と訊いたところ、「少しは引くと思うが、チューブを埋め込んでいるので完全に元通りにはならない」との回答。
午後になって、手術から解放されたI先生に傷口を診てもらう。先日塞がっていなかった箇所も問題なく、今度こそ大手を振って退院できることとなった。
退院に当たって、「患者カード」なるものを渡された。つまり「こいつに強い磁気を当てる必要があるときには気をつけろ」という証明書のようなものである。心臓のペースメーカーを連想してもらうと分かりやすいかもしれない。折り紙付きの改造人間になったような妙な気分である。とは言うものの、先日の一時帰宅の際にあったような不快感はすでにない。
夕食時、おれは約2週間ぶりのアルコールを口にした。そば焼酎をロックで。美味であった。
これで病院通いから解放されたわけではなく、週末には再度診察を受けなければならない。今後も定期的に検査を受けることになるだろう。ともあれ、今はI先生を始め治療に尽力してくれたすべての人たちに感謝したい。
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コメント
退院おめでとうございます&お誕生日おめでとうございます。
貴重なレポートありがとうございました。
興味深く拝読しました。
これから通常生活に戻る為にいろいろ大変かもしれませんが、ゆっくりと直していってください。前よりもうんと元気になられますように。
それにしても、一連の記事を読んで思うのが、やっぱりセカンド・オピニオンは大切だなということ。
脳外科でみてもらって正解でしたね。
患者がその辺もしっかり聞いていかないといけないな~と痛感したわけで。
>「緊張をやわらげる」ために肩に筋肉注射をするとも書いてある。往々にしてこういう一文が余計に人を緊張させるものである。
激しく同意です・・・(笑)
思ったより痛くなくてよかったですね。
磁気・・・。
携帯電話とかの電磁波は大丈夫なんですか?(素朴な疑問・・・)
投稿: るー | 2006.05.17 10:45
るーさん、いろいろとお祝いのお言葉、ありがとうございます。
こういう手術と入院のレポートなんてものはそうそう書かれるものではないでしょうから、まあ貴重と言えば貴重ですかねえ。
今のところ日常生活ではさほど不自由は感じていませんが、手術跡が隠れる程度に髪が伸びてくれるまで外出時に帽子をかぶらなければならないのがちょっと面倒かも知れません(なんせ丸坊主にされてしまったので)。「この際だから『ボトムズ』のキリコみたいな髪型にしちゃおうかな」とか思ったりもしますけど。
元看護婦の方が書いたエッセイによれば、注射の痛みというものは注射する人の技量よりも注射の種類によるそうで、一番痛いのが筋肉注射なのだそうです(必要以上に注射にビビっていたのは手術前夜にそのエッセイを読んでしまったため)。
携帯電話の電磁波はバルブの動作をおかしくするものではないようです。ただ、本文にも書いた患者カードには「スピーカー(テレビやラジオなどを含む)を埋め込んだ部分に接触させないように」と書かれています。バルブを埋め込んだのは胸の部分なので、胸ポケットに携帯を入れて歩くのは危険そうです。
狩人さんから退院祝いと誕生日祝いを兼ねたグリーティングカードを頂戴しました。この場を借りて御礼申し上げます。ありがとうございました。
投稿: ぶるない | 2006.05.17 17:06
退院おめでとうございます!
腕のいいお医者さんに見てもらったみたいで安心しました。
またいろいろと教えて下さい。ほんとよかったです。
投稿: teriri | 2006.05.18 02:26
teririさん、ありがとうございます。
今回は診察を受けるに当たって、日頃通っている病院の紹介状も効果があったのかもしれません。
入院と手術という経験から得たものは多々ありますので、もうちょっとこのネタは引っぱるかもです。
投稿: ぶるない | 2006.05.18 12:20