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2006.08.31

500系が東海道から消えるまで、あと1年

 最高時速300kmが売り物だった新幹線500系車輌が、来年夏には東海道路線から撤退するというニュースをYOMIURI ONLINEで読んだ。「世界一速い車輌」として1997年のギネスブックに掲載され、1998年には鉄道友の会のブルーリボン賞も受賞している車輌ではあるが、記事中にもあるように「高速性を追求するあまりに居住性が犠牲に」なった感はいかんともしがたい。

 現時点まででおれは2度しか乗る機会に恵まれていないが、天井が低いので圧迫感があるし、棚に荷物を載せてから着席しようとしたら思いっきり頭をぶつけたことがあるし、東海道新幹線の区間では売りのはずの時速300kmも出せないし、と、いいところなしなのが現状であり、より快適な車輌が開発されれば撤退もやむなしか。

 500系がデビューした1997年には東北新幹線でE4系が、1999年には現在の主力車輌である700系が運用を開始している。どちらも居住性に重きを置いている車輌であるが、外見的には「これはちょっと…」と言いたくなるものがある。高速度と居住性と外見といった要素のすべてを満足する車輌を作るのはやはり困難であるようだ。

 あくまでも撤退するのは東京-新大阪間であり、山陽新幹線区間では継続して運用されるので、それほど大した騒ぎにはならないだろうが、それでも東京駅に乗り入れる最終日にはちょっとした人だかりができそうだ。

500系新幹線
2000年9月18日・新大阪駅で撮影

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2006.08.30

アニメ業界は大丈夫か?

 本屋の店内を徘徊していると「アニメ化決定!」とか「テレビアニメ好評放送中!」という文句を頻繁に目にする。コミック誌やライトノベルの帯に顕著である。2006年4月からの放映本数は尋常ではなく、東京地区では週あたりに103本が放映されているというから異常だ。

 ただ、実状としては深夜枠もしくは独立UHF局で放映されるケースがほとんどである。かつて子供がチャンネル権を握っていた時代のようにゴールデンタイムに放映されるものはごくわずかで、この時間枠は報道番組やバラエティーに押さえられてしまっている。結果的にアニメ業界は、それまで目が向けられることのなかった深夜枠や独立UHF局に活路を見出さざるを得なくなった。オリジナルのアニメはほとんどなく、そこそこ人気があると判断された漫画なり小説なりが片っ端からアニメ化され、現状のような事態になった。

 近年は以前なら関連商品であったはずのDVDの売り上げを見込んだ上で企画が立てられると聞く。しかし、むやみやたらと本数ばかり増やして、業界は本当に大丈夫なのだろうか。

 エンディングクレジットを見ていると、動画や背景や仕上げのスタッフとして日本人でない名前を頻繁に見かける。今に始まったことではないが、かなりの作業が中国や韓国のスタジオに発注されている(名前の表記から、作画レベルが著しく低い場合には「三文字作画」と揶揄されることになる)。もちろん人件費が安いという財政的な理由が大きいのであろうが、将来原画を任せられる日本人アニメーターがどの程度育成されているのか疑問が残る。いくら脚本のレベルが高くても、それを表現する作画パートがガタガタでは高い評価は得られない。市場が売れっ子のスタッフや声優の争奪戦になっているであろうことは想像に難くない。

 アニメDVDの市場はすでに過当競争になっており、日経ビジネス オンラインの記事で取材を受けた日本動画協会の事務局長は「DVDの販売を主眼に置き、深夜放送向けに番組を作るケースが増えている。だが、DVDの値下がりが激しく、有名な作品以外はほとんど赤字」と語っている。有力なコンテンツを持たない制作会社は、自分の足を食べるタコと同じということか。おそらくは現在の過当競争の次の段階には、淘汰という過酷な現実がやってくるのだろう。

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2006.08.29

胡散臭いチャリティーマラソン

 あらかじめ明言しておくと、おれは「24時間テレビ」が嫌いである。「サライ」以前に使われていた、大野雄二作曲のテーマ曲は好きなのだが。1992年から始まった、胡散臭さ漂うチャリティーマラソンというやつがどうにも気に入らない。

 第1の理由。「視聴者を感動させよう」という製作者側の安易な意図が露骨に透けて見えること。

 第2の理由。近年の傾向として、「長距離走の経験があったとは思えない人物がランナーを務める」こと。Wikipediaやこちらのブログに過去のランナーが列挙されているが、1回目から4回目まで走った間寛平はともかく、2001年以降の人選は理解に苦しむ。今年はアンガールズが走ることが発表されたのが8月7日。STVのサイトによるとトレーニングはその1ヶ月前から始めたとのことだが、それを含めても本番まで2ヶ月弱で「夜通しで100キロを走る」ことが可能になるほど、長距離走というのは簡単なものなのだろうか?

 第3の理由。第2の理由と関連するが、「本当に公表されている距離を自分の足で完走しているのか疑わしい」こと。もっと身も蓋もない言い方をするなら「コースを公表していないことをいいことにズルしてるんじゃないの?」と。今年は沿道で応援していた女性をスタッフが怒鳴りつけたことからネット上で騒ぎになり、他のマスコミも騒いでいる。8月29日付のZAKZAKの記事の中にはこうある。

 “恫喝”現場近くに住む無職女性(79)は「普段は午後5時すぎに通過するが、今年は4時すぎ。すごくペースが速かった。去年の丸山弁護士は疲れて歩いていたのに2人は元気だった」と、武道館まで18.55キロという終盤で例年を1時間も上回るハイペースだったと証言する。一方、2人は8時43分と、いつもの“お決まり”の時間に武道館でゴールした。

 記者の書きように悪意がないとは言わないが、ズルが行われていることの状況証拠くらいにはなるのではなかろうか。

 ま、おれのように見てもいない外野がいくら騒いだところで、けったくそ悪いチャリティーマラソンは来年も行われるのだろう。どうせ見る気はないし、番組にびた一文募金してやる気もないので、「やるならどうぞご勝手に」という程度の感想しかないのだが。

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2006.08.25

トランペット吹きの訃報

 メイナード・ファーガソンというトランペッターの名前を知らない人も、「ウルトラクイズ」のテーマ曲として使用された「Theme From Star Trek」ならピンとくるのではないだろうか(曲の終わりには同じくファーガソンの曲である「チシャ猫のウォーク」が編集でつながれているが)。また、「高校生クイズ」のテーマ曲として「Hollywood」が使われているし、映画「ロッキー」のテーマ曲「Gonna Fly Now」はさらに有名なところである。

 そのファーガソンの訃報を知ることになったのは、今日当ブログを訪れた人の検索キーワード「メイナード・ファーガソン 訃報」からであった。驚いてWikipedia経由で公式サイト(英語)を見てみると「LEGENDARY MUSICIAN MAYNARD FERGUSON DIES」の一文があった。享年78。来月には日本でツアーを行う予定であったという。

 おれは1988年に行われた日本ツアーの最終公演で、ファーガソンの演奏を生で聴いている。「予習」もなしに聞きに行ってしまったこともあって、どんな曲を演奏したかはほとんど憶えていないのだが、当時60歳とは思えないくらいパワフルなハイトーン(とにかく高い音が出せるのがファーガソンの特徴)は印象に残っている。バンドの編成の関係もあって、生で聞きたかった「Theme From Star Trek」が演奏されなかったのは正直残念だったが。

 これを書くに当たって、当時買ったアルバムをひさしぶりにBGMとして聞いている。演奏者がこの世を去っても、さまざまな媒体を介して演奏は後世に語り継がれる――そう信じたい。

8月26日追記Sankei Webに訃報が掲載されていたが、見出しがいけない。『映画「ロッキー」のテーマ作曲 メイナード・ファーガソン氏死去』。「Gonna Fly Now」を作曲したのはファーガソンではない。ちょっと調べれば分かることを、なぜしないのだ?

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2006.08.24

冥王星、仲間はずれになる

 結局そうなっちゃったか、という感のある国際天文学学会の結論。「冥王星は惑星と見なさない」。asahi.comは「冥王星は1930年の発見から76年で惑星の地位を失い、世界中の教科書が書き換えられることになる」と表現しているが、そう考えると今生きている人の大半(日本人の場合)は太陽系の惑星を「水金地火木土天海冥」で覚えているわけだから、これはこれで歴史的なことなのではなかろうか。

 今回決議された惑星の定義を、やはりasahi.comから引用すると、

 可決された「決議案5A」で太陽系の惑星を、「太陽の周りを回り、十分重いため球状で、軌道近くに他の天体(衛星を除く)がない天体」と定義。注で惑星は「水金地火木土天海」の8個とした。冥王星を念頭に「太陽の周りを回り、十分重いため球状だが、軌道近くに他の天体が残っている、衛星でない天体」を「矮(わい)惑星」と定義するが、惑星には含めない。

 ……この定義もなにやら曖昧のような気がするんだが。また何十年か後になって「もう一回見直さない?」なんてことになりかねないのではないか。さしあたって困るのは占星術業界と松本零士くらいであろうが。

 しかし、いざ「冥王星は惑星ではありません」と言われてしまうと、「ガミラスの前線基地は?」とか、「シャドウが墓守している氷の墓場は?」とか、どうでもいいようなことを考えてしまうのは古いアニメファンの業と言うべきか。「冥王星」という言葉からイメージするものは、どうしてもこのあたりに落着してしまうんだよなあ。

8月25日追記:記述や図版の修正に追われる教科書業界も困っているそうだ。逆にプラネタリウムは「天文学への興味を持つ人が増える」とにんまりしているという。

8月26日追記:冥王星は「アメリカ人が発見した唯一の惑星」だったことを受けて、当事国の反応をasahi.comが報じている。

 ワシントン・ポスト紙は25日付朝刊の1面トップ級の扱いで「惑星・冥王星は死んだ」「ある人々にとっては合理性が感傷に勝利した結果だが、他の人々に大きな失望をもたらした」と書いた。

 ……まあなんというか、思わず笑っちゃうくらいアメリカ人的な反応だなあ。

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直木賞作家の「子猫殺し」

 今回は敢えて当事者についての敬称を省かせていただく。

 おれが直木賞作家の坂東眞砂子が日本経済新聞夕刊に書いた「子猫殺し」の件を知ったのは、人気ブログである「きっこのブログ」(8月21日分)であった。同日付の記事に坂東の書いたエッセイの全文が引用掲載されているので、気分が悪くなってもいい覚悟がある人、このごろ血圧が下がり気味なので立腹して血圧を上げたい人などは読んでみるといい。

 坂東自身、そのエッセイで「こんなことを書いたら、どんなに糾弾されるか分かっている」と書き出しているので、遠慮なく糾弾させていただく。あんたみたいな飼い主に飼われている猫たちがかわいそうだ。あんたは自分の都合で生まれてきたいのちを奪っているんだぞ。それを自己正当化するために駄文を連ねるんじゃない。あんたは自分が崖から投げ落とした猫が絶命する瞬間を一度でも見たことがあるのか?

 やはり坂東を糾弾したきっこさんは、8月23日の記事で飼っていた猫を病気で亡くしたときの体験を書いている。おれも昨年の12月に、目の前で猫が息を引き取る瞬間を目の当たりにしたことを書いた

 この世に生を受けた以上は猫だって生きていたいはずである。それでも母胎感染によって、生まれたときから猫エイズなり猫白血病なりのウイルスを背負ってきてしまい、長く生きられないことを運命づけられてしまう不幸な猫もいる。そんな猫を出さないために、雄猫の去勢手術や雌猫の避妊手術は飼い主の義務であるとおれは考える。そしてその生を全うするまで飼うのも飼い主の義務だと思う。しかし坂東の見解はずいぶんと異なり、こう書いて問題のエッセイを結んでいる。

 人は他の生き物に対して、避妊手術を行う権利などない。生まれた子を殺す権利もない。それでも、愛玩のために生き物を飼いたいならば、飼い主としては、自分のより納得できる道を選択するしかない。
 私は自分の育ててきた猫の「生」の充実を選び、社会に対する責任として子殺しを選択した。もちろん、それに伴う殺しの痛み、悲しみも引き受けてのことである。

 本当に「殺しの痛み、悲しみも引き受けて」いるというのであれば、かくも厚顔無恥な文章を全国紙に発表できるわけがないと思うが。

 今回の騒ぎを取り上げたZAKZAKに坂東のコメントが載っている。

 坂東さんは日経を通じて「タヒチ島に住んで8年。人も動物も含めた意味で『生』、ひいては『死』を深く考えるようになった。『子猫殺し』はその線上にある。動物にとって生きるとはなにか、という姿勢から、私の考えを表明した。人間の生、豊穣性にも通じることであり、生きる意味が不明になりつつある現代社会にとって、大きな問題だと考えているからだ」とコメントしている。

 ……あんたの書いたエッセイの方がよっぽど意味不明だ。

 坂東が住んでいるタヒチはフランス領であり、フランスの法律では子犬や子猫を殺す行為は最高2年の拘禁刑になるという。一度刑務所にぶちこんで、死んだ子猫たちに対して詫びさせた方がいいのではなかろうか。

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2006.08.23

暇人たちのハンカチ探し

 夏の高校野球で優勝投手となった早稲田実業の斎藤投手は、普通ならアンダーシャツの袖で拭う顔の汗を、タオル地のハンカチで丁寧に拭くことで実績以上に話題になった。誰が名付けたのか「ハンカチ王子」などという気色の悪いニックネームまでいつの間にか付いていた。本人はこう呼ばれることをどう思っているのだろう。

 そんな斎藤投手の功績にあやかろうというのか、同じものを持ちたがる人が少なからずいるらしい。nikkansports.comより。

 佑ちゃんの「青いハンカチ」を探せ-。早実斎藤佑樹投手が使ったタオル風ハンカチが話題を集めているが、全国のデパートなどには「どこのブランドか教えて」と問い合わせが相次いでいる。デパート側もメーカーなどに聞いているが、いまだに斎藤のハンカチは特定されていない。テレビ局のワイドショーもチームを結成して探している。デパートでは、似た模様の青いハンカチをまとめ買いする人も現れているとか。

 これが「芸能」扱いの記事というあたりにどうしようもない救いのなさが垣間見える(記事の書き出しが『佑ちゃんの「青いハンカチ」』という段階で正直げんなりだ)。どこのブランドのものか知ってどうしようというのだろう。本人が汗を拭いたものならそれこそいい験担ぎになるだろうが、いくら同じものを手に入れたところで、所詮は何枚生産されているかすら分からないただのハンカチの1枚に過ぎない。わざわざ「チームを結成して探している」というワイドショーのスタッフには「よくやるよ」と言ってやりたい。ワイドショーの作り手ってヒマなんだねえ。

 記事には西武百貨店池袋本店の談話も載っている。

 22日は、開店と同時に青いハンカチをまとめ買いする客や、1人で複数枚買う女性客がいたという。同店では「まだ、あのハンカチのブランドなどは特定できていないのですが、縁起がいい『幸せの青いハンカチ』ということで、同じ青色のハンカチを買う人が増えたようです」と話した。斎藤が使うタオル地のハンカチはもともと、実用性が高いことから今年は売れていたが、ここ数日はさらに売り上げが伸びたという。

 なぁにが「幸せの青いハンカチ」だ、ケッ、と関心のない人間の立場からすると思ってしまう。どうせ年末の今年を回顧する番組で取り上げられて、その後は斎藤投手が再びプロ野球選手としてマスコミに登場したときに「あー、夏の甲子園で優勝したときに買ったんだっけ」という思い出のアイテムになるのが関の山だろう。

 流行り物は必ず廃れるもの。どうせ数年も経てば「幸せの青いハンカチ」とやらでそこいらのホコリを拭くんだろう?

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2006.08.20

引き分け再試合、その裏で…

 今年の全国高校野球決勝、大会3連覇を狙う駒大苫小牧と悲願の初優勝を狙う早稲田実業の対戦は白熱した投手戦となり、7回まではスコアボードにゼロが並び、延長戦でもお互いチャンスをものにできぬまま、大会規定の15回終了を持って引き分け再試合となった。

 3回途中から登板した駒大苫小牧の田中投手も、15回を完投した早稲田実業の斎藤投手も、160球以上の力投を見せた。特に斎藤投手は延長戦に入っても3連投しているとは思えない気迫のピッチング。試合経過を追っているうちに「どっちが勝ってもいいや」という心境になった人もいたのではないだろうか。

 それだけに、再試合が翌日の13時開始という日程はどうにかならなかったのだろうか? FREE TIMEさんが指摘しているが、インターバルを置くなり試合開始時刻を遅らせるなりの処置がなぜ取れないんだ、高野連。今大会では雨による順延もなかったから日程には十分余裕があるはずなのに。「過酷な大会日程が将来有望な芽を摘んでしまう」とは以前から言われているが、田中・斎藤両投手が無茶な日程のせいで潰れてしまわないことを祈る。

 そんな「引き分け再試合」のとばっちりを食らってしまったのが両校応援団のみなさん。asahi.comより。

 試合終了、引き分け再試合。選手たちに、総立ちで拍手を送った応援団だが、「今夜の宿はどうしよう」。翌21日も甲子園で応援するため、ホテルに延泊を頼んだり、帰りの飛行機の切符を変更したりと、大忙しだった。

 こういう報道を目にしてしまうと、安易に「再試合するなら1日開けろ」とは言えなくなってしまう。選手はともかく、応援団の交通費と宿泊代は自腹なのだから。

 明日の甲子園球場方面の天気は今日と同じように晴れとのこと。選手も応援団も「熱闘甲子園」の時間まで起きてないで、たっぷり休養を取って再試合に臨んでほしいと思う。

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2006.08.18

周回遅れでルパンを見た

 テレビでの放映から1年以上経ち、来月上旬に今年のTVスペシャル放映を控えて、遅まきながら昨年放映された「ルパン三世・天使の策略 ~夢のカケラは殺しの香り~」(「タイトル中の「策略」には「タクティクス」とルビが振られている)を見た。そういや2004年のTVスペシャルを見たのは、これが放映される前日だったっけ。

 アバンタイトルの時点から「これは風評通りハズレの臭いがプンプンするぞ」とは感じたが、やはり大ハズレであった。

 ルパンの敵として出てくる女だけの反米テロ集団「ブラッディエンジェルス」(このネーミングもなんとかならんかったのか?)の殺し屋連中に若手の声優陣を起用したのがちょっとした話題になったが、これは見事に裏目に出てしまったように思う。ベテラン揃いのレギュラー陣を前にしては、いくら人気があると言っても演技力の差はいかんともしがたい。加えて、ブラッディエンジェルスの声優が若手ばかりなのに、ICPOの新米捜査官を演じるのがベテランでは「この捜査官にはなにかウラがある」と直感した視聴者が多数いたのではなかろうか。さらにその裏をかけばかなりの策士であろうが、そうでないから困ってしまう。配役もいささかミスキャストの感があり、ポイズン・ソフィは「人気があるからって理由だけでキャスティングしただろう?」と突っ込まざるを得ないほど違和感があった。

 後半はそこそこテンポ良く展開するものの、前半は相当にグダグダ、クライマックスであろうパートでも、次元が倉庫の中に小麦粉の袋があることに気付くあたりで粉塵爆発での決着を容易に推測できるお粗末さ。組織のボスは個性を発揮する間もなくルパンに射殺されてしまうので、盛り上がりもなにもありゃしない。

 また、大野雄二作曲によるBGMも過去の作品のアレンジバージョンが多用されており、引き出しの中身が少なくなってきた印象が残る。

 毎年視聴率が稼げるシリーズであるだけに、よほどのことがない限りルパンのTVスペシャルは作られ続けるだろう。しかし、製作サイドの事情はともかく見る側からすると、「年に一度の作品がコレか?」というものが少なくない。DVDとサントラを売ってるバップはちゃんとペイできているのか、他人事ながら不安になる。内容的にも30分物で事足りそうなものを無理矢理引き延ばして映画枠の尺にしたようなものが目立つ。いっそのこと30分物3本のオムニバスにした方が密度の濃いものができるように思うがどうだろう。

 今年のTVスペシャルも、ストーリー紹介を読む限りでは期待できそうにないんだが……。

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2006.08.17

列車からロケット花火

 今朝の読売新聞の地方版にこんな記事が載っていた。

 16日午前5時半ごろ、JR常磐線東海駅を発車した水戸発いわき行きの下り普通列車の車内で、乗客の少年5人が窓から外に向けてロケット花火を発射した。車掌が気付き、仲間を含め9人を日立駅で日立署に引き渡した。同署が軽犯罪法違反の疑いで調べている。

 このバカな連中が抵触するのは、軽犯罪法第1条第10項「相当の注意をしないで、銃砲又は火薬類、ボイラーその他の爆発する物を使用し、又はもてあそんだ者」もしくは第11項「相当の注意をしないで、他人の身体又は物件に害を及ぼす虞のある場所に物を投げ、注ぎ、又は発射した者」と思われ、適用されれば拘留か過料に処されることになる。やったれやったれ、いい歳こいてしていいことといけないことの区別の付かん輩には相応のペナルティを課すべきだ。

 連中の救いがたい点が記事の続きに書かれている。

 同署によると、9人はいずれも東京都内の15歳の高校生や無職少年。福島県内へ海水浴に向かう途中で、「退屈だったので持っていた花火をした」「おもしろ半分、興味本位でやった」などと話しているという。

 時刻表を見るとこいつらが乗ったのは始発列車であるから、水戸駅近辺で一泊してこの列車に乗ったのだろう。水戸発は5時10分で事件を起こすまで20分前後だから、「退屈した」という動機であればいくらなんでも気が短すぎる。そんなに退屈なら寝てろ。退屈するのがイヤなら福島まで足を伸ばそうなど考えないで、千葉なり神奈川の海で妥協しろ。おそらくは後者の「興味本位」が本音なのだろう。まったく、バカが群れるとろくな事がない。

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2006.08.16

太陽系の惑星が12個になる?

 冥王星の公転軌道の外側に惑星が発見されたのは1年ちょっと前のことであった。以前このブログでネタにしたときに惑星の定義が曖昧であることに驚いたが、その定義が国際天文学連合(IAU)でなされ、その結果如何によっては太陽系の惑星が12個に増える可能性があるという。

 新たに設けられる定義をasahi.comより引用すると、

 IAU総会に提案された惑星の新定義は(1)天体が自ら球状の形を維持できる重力をもつ(2)太陽のような恒星を周回している天体で、恒星や、惑星の衛星ではない――の2条件を満たす天体。これには、質量が月の約150分の1、直径では月の約4分の1にあたる800キロの天体まで含まれる可能性がある。

 この定義が採用された場合、昨年発見された「2003 UB313」、冥王星の衛星とされているカロン(冥王星との二重惑星になるそうだ)、火星と木星の間にあるケレス(セレスと読む場合もある)の3個が「惑星」となる。さらに詳細な観測によっては、やはり冥王星以遠の公転軌道にあるセドナとクワオアーも小惑星から惑星に昇格するかもしれないという。「惑星候補」はセドナとクワオアー以外にも12天体あり、増える可能性がある。よもや木星を爆破する以外に惑星が増えるとは思ってもみなかった。IAUの結論は24日に出される。

8月24日追記:すったもんだの末、冥王星は太陽系惑星の定義からはずされることとなった。個人的な雑感を含めたIAUの出した結論はこちらに。

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2006.08.14

花火と散弾銃

 夏は花火のシーズンである。花火大会の打ち上げ花火もあるが、市販されている「ファミリーセット」みたいな商品名の家庭用の花火を家族で楽しむのもまた一興。しかしこんなトラブルも起こりうるので注意すべきかもしれない。

あぜ道の花火「うるさい」と散弾銃発射、67歳逮捕」(YOMIURI ONLINE)。

 たしかに普通の人なら寝ている時間に花火をして騒ぐはた迷惑な連中もいるが、この件で散弾銃をぶっ放されたのは夜7時30分頃。人によっては夕食どきかもしれないが、散弾銃を持ち出してまで怒るほどの時間帯ではない。

 ただ、このじいさんにもちょっと同情してしまう点がある。じいさんが散弾銃をぶっ放したのとほぼ同じ時間、家の前の空き地でやはり花火に興じる家族に「うるせえなあ」と思ってしまったからである。たまにここまで気短で実力行使に訴えるヒトもいたりするので、花火を楽しむ時間帯は考えよう。

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2006.08.12

モラルはどこへ消えた?

 先日「クローズアップ現代」で「日本人のモラルが低下している」という内容の番組を放送していた。図書館の本にペンで書き込みをするやつ、コンビニや道の駅に設置されたゴミ箱に家庭ゴミを捨てるやつ…そんな輩が増えているという。

 過日映画を見に行ったときに「なるほど、日本人のモラルというものはたしかに低下しているらしい」と思わされる出来事に遭遇した。

 映画館は指定席制だったので、カウンターで席を確保してマクドで昼食を取ることにした。入口付近に陣取って食べていると、その近くのテーブルで食事していたスーツ姿のおっさん2人組が後片付けをしないで席を立ってしまった。「おいおっさん、ちゃんとかたしてから出ろよ」と言えなかった自分がどうにも不甲斐ない。まさか「食べ終わったら自分で後始末する」というファストフード店のシステムを理解しないで入ったわけではないだろう。いいトシこいたおっさんがマクドで食事しているというのは絵的に滑稽なものがあるが、そんなことは言い訳にならない。この場を借りて告発する。10日に水戸駅南口のマクドナルドで昼食を取ったおっさんども、食った物は片付けろ。

 その約2時間後、映画の内容に釈然としないものを感じつつ、排泄のためにトイレに寄った。そのトイレの手洗い場でまた信じがたいものを見てしまった。空になったペットボトルの入ったコンビニの袋。見る前にはこんなものはなかった。道の駅のゴミ箱に家庭ゴミを捨てる連中と同レベルのメンタリティしか持ち合わせないやつの仕業であろう。まさか映画館のトイレにゴミを置いていくバカ野郎がいるとは思ってもみなかった。トイレはゴミ捨て場じゃないぞ。ちゃんと然るべき場所に捨てろ。

 いろいろな意味で釈然としない夏の1日であった。

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2006.08.10

万丈、暁に消ゆ

 去る8月6日に声優の鈴置洋孝氏が亡くなったとの報道があった。享年56。多くのファンにとってはガンダムシリーズのブライト・ノアが印象深いであろう。ただ、個人的にはファースト以外の宇宙世紀ガンダムにあまり思い入れがないこともあって、むしろ鈴置氏の演じたキャラクターで好きなのは、ガンダムの前に放映されていた「ダイターン3」の破嵐万丈であった(富野監督も万丈には愛着があったようで、オリジナルの小説シリーズも存在する)。

 万丈には18歳という年齢設定に不相応なダンディズムに溢れていた(ちなみにブライトは一年戦争当時19歳)。おれはその倍以上の年月生きてきたはずなのだが、彼の方がずっと大人に見えて仕方がない。洒落者であり、かつしたたか。そんなキャラクターが画面の中で(活字媒体でも)生きていた影には鈴置氏の声の魅力もあったはずである。

 ゲームの効果もあって、鈴置氏が演じたブライト以外の魅力的なキャラクターに出会った人もいたことだろう。そんな愛着のあるキャラクターを演じた役者が鬼籍に入るというのは寂しいことだ。その役者が夭折したとなればなおのことである。今夜はひさしぶりに万丈に会いに行こうと思っている。

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行き当たりばったりにも程がある

 ボウケンジャーとカブトの映画を見に行ってきた。尺的にも上映順的にも「ライダーが主で戦隊が従なんだろうな」という感があったが、その「主」の方がグダグダだったのには閉口した。

―以下、ネタを割りまくっているので見ていない人は注意されたし―

 いきなり「巨大隕石の落下で海が干上がった世界」というシチュエーションも相当にトンデモだが(海がないことによる昼夜の寒暖差の描写とかなかったぞ)、その後の映画独自の展開であるZECT対ネオゼクトという構図はほとんど「仮面ライダーという用心棒が戦う暴力団抗争」にしか見えなかった。そこに首を突っ込んでくる天道総司は、テレビシリーズに輪をかけて何を考えて行動しているのか分からんキャラクターと化していた。意図的に差別化を図ったのかもしれないが。

 ストーリーも相当に行き当たりばったりで、軌道エレベーターで衛星軌道に上がってケタロスとウソくさい戦い(宇宙空間でバーニアもなしにどつきあいするのは無理ありすぎだろう)をしたかと思ったら、平然とバイクで地上に舞い戻り、かと思えばまたまたバイクでエレベーターを駆け上がるという忙しい展開。そこに待ち受けるのは、ごついご面相に不相応なキザ台詞を口にするコーカサス。「戦いの舞台は宇宙」と言えば聞こえはいいが、実際に戦っているのはどう見ても窮屈なセットの中なので、「映画ならではの豪華さ」という雰囲気はあまり感じられなかった。

 そしてご都合主義としか形容のしようのない、ハイパークロックアップによる時間巻き戻し。加速装置は演出手法としてアリかもしれないが、仮面ライダーがアイテムで時間を逆行操作するのはやりすぎではないのか? いつから仮面ライダーは藤子プロの著作物になったんだ? それで冒頭の隕石落下をなかったことにしてしまうというのは、まっとうな作劇を放り出しているとしか思えない(茶色かった地球が青くなるのはヤマトへのオマージュか?)。それともテレビシリーズへつながる流れを作ったつもりなのだろうか。

 この分だと来年もライダーの映画が作られるのであろうが、もっとちゃんとしたストーリーが書ける人に脚本はお願いしたい。見ていた子供はかなり退屈していたようだったぞ。

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2006.08.08

退院後の経過報告・その6

 前回のCT撮影で「もや」のようなものが写ったために、ステロイド剤を投与して2週間様子を見た。前回の診察時によく聞いていなかった(それって当事者としてどうなんだ?)「もや」のようなものは脳内の出血で、今回の検査では白っぽく写っていた箇所が影のようになっていた。所見によれば出血は収まったらしく、影のように写った部分もそのうち吸収されるとのことで、ひとまず投薬による治療もストップということになった。ただ、まだどのくらいの期間をおいて経過を診る必要があるのかI先生も測りかねているらしく、月末にはまたまたCT撮影という。

 脳内での出血となると、ふらつきや握力の低下などの自覚症状が出るらしいのだが、当のおれにその手の症状が出ていないので先生も当惑気味のようである。なにぶんにも「異常な状態」の方がそうでない期間よりも長いのだから致し方ないのかもしれない。

 ……というわけで、この「経過報告」はまだ終わらせてもらえないようだ。

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2006.08.07

迷走思考の日々

 どうも頭がまともに働いていない気がしてしかたがない。「あれもしたい」「これもしたい」ということはそれなりにあるはずなのだが、そのへんの優先順位が付けられないでいる。以前であれば「あ、これはブログのネタになる」と思ったであろう出来事にもかなり鈍感になった気がする。いきおい更新の頻度は落ちるし、ネタの切れ味もどうにも鈍る(以前あったらの話だが)。つい半月前にも同じようなことをヘタレゴトを書いているあたり、どうにも救いようがない。

 今日はカウンセラーのK先生がいる日だったので、気晴らしの雑談を兼ねて出かけてみた。先日の脳外科での検査の話をしてみたところ、「手術の後という特別な心理状態もあるのでは?」との見解も出た。思えば1年前にはこのブログでグダグダと記事を書いていたが、けっこう貪欲なくらいネタ出しができていたように思う。それができていないということは、やはり特殊な状態にあるのかもしれない。

 ま、そのうちなるようになるだろう。ケ・セラ・セラ。

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2006.08.04

深夜に目が冴えるとき

 東日本では梅雨明け宣言後も過ごしやすい日が続いていたが、ここ数日は昼夜問わずに暑さがきつい。そんな夜に目が覚めてしまったらどうするか。たまたま午前3時半くらいにつけたラジオから「TRUTH」(F1グランプリのテーマに使われているアレだ)が流れてきてしまったら、眠れるものも眠れなくなってしまう(昨夜の実話)。

 本にでも没頭できればいいのだが、暑苦しいせいでそんなこともできやしない。開き直ってネットにつないだりしたりしてみるのだが、そこで妙にはまりこんでしまったりすると眠るどころではなくなってしまうからタチが悪い。ネットにつなぐのもよりけりである。そんなときにWikipediaの編集など始めてしまうと、これは眠ることを放棄するに他ならない(よい子はマネしないように)。気が付いたら夜が明けていたし。

 おれは寝る前に眠剤を服用しているのだが、それでも変な時間に目が覚めてしまうのは困ってしまう。きつい薬でも処方してもらうのがいいのだろうか? それ以前に体を適度に動かさないとしっかりした睡眠が取れない気がするが。

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2006.08.01

砕け散るまで餃子と戦う

 我が家の近所に小さな餃子専門店がある。存在に気付いたのはつい最近のことだ。「猫の額」どころか「ネズミの額」くらいの小さな店構えであるが、なにやら「ここの餃子を食べてみたい」という欲求に駆られるものがあった。客が数人入ると満席になってしまうくらいであるが、それ以上に通常の1.5倍から1.7倍はあると思われる餃子のボリュームには圧倒された。しかも安くて旨い。

 店舗が小さいせいか、客はほとんどテイクアウト組とみられ、店のすぐそばにあるビジネスホテルからおにぎりの注文を受けることもあると店主のおばちゃんは語っていた。折しも週末にはROCK IN JAPAN FESTIVAL 2006が開催されるため、スタッフが大人数で泊まり込み(その後は観客がすれ違いにお客に入る)かなりの盛況となるらしい。店の規模からしてもそれほど多くのメニューはなく、あまり高望みをしてはいけないのかもしれないが、この味と価格でこぢんまりとやるのにはちょうどいいのかもしれない。

 別の先客と話しているところを聞いた限りでは、ほぼ毎日手作りしては貯めておく形のようだ(手作りであるがゆえに小さく作れないという事情もあるのかもしれない)。具は肉より野菜が多いようなので、案外女性客にもいいかもしれない。もっとも、食べるのに熱中していたのでどんな中身だったのかじっくり吟味はできなかったが。

 今後も月に1度くらいの割でここの味を楽しみに来るのもいいかも、というのが手放しの賛辞である。でも、ビールがあってもいいかもしれない、とちょっと思ったりもする。また来ますよ、おばちゃん。

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