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2006.11.10

自殺予告の連鎖

 文部科学省に自殺を予告する手紙が相次いで寄せられている。6日に匿名の自殺予告が届けられて以来、続々と文部科学大臣に「直訴」するケースが連日報じられている。

 しかし、一部の例外を除いて、なぜ彼らは匿名で自殺をほのめかすのだろう。6日に自殺予告を送りつけた生徒の場合、消印以外に身元を突きとめる手段がないから困ったものだ。それでいて文面はこうだ―

 大臣あての手紙では、「8日までになにもかわらなかったら、自殺します。場所は学校でします」とし、「11日土曜日に自殺することを証明します」と書いていた。「クラスのみんなへ」と原稿用紙に書かれた手紙の中では、「なぜ僕をいじめるのですか。『キモイ』からですか『クサイ』からですか」「なぜ僕をさけるのですか。なぜ僕のズボンをおろすのですか」などと訴えていた。(YOMIURI ONLINEより)

 自分がきわめて不本意な状況下にあるのなら、そしてそれを改善してもらいたいのなら、どうして自分を特定してもらえるデータを提供しないのだろう。これでは対処する側も困ってしまうではないか。彼は周りにいる大人たちを信用できないのだろうか。それでも自分からSOSを発信できるだけ、彼はまだ助かる見込みがあるだろう。

 いじめを苦にした自殺が報じられると、「自分以外の人たちのことも考えろ」とか「生きていたくても生きられない人たちがいるんだぞ」とか「死ぬ気になればなんでもできるだろう」といった論調で死者を鞭打つ手厳しい意見に行き当たることがある。そうした意見も分からないではないが、自殺を考えるほど追い込まれている人間は、人の迷惑など考える精神的余裕などありはしないことを理解してほしいと思う。

 おれ個人は、苦痛から逃避手段としての自殺を否定しない。今でも頭の片隅に「自殺」の二文字がちらつくことがある。「命あっての物種」だの「生きていればいいことだってある」だのといった決まり文句も、安っぽいコピーにしか聞こえないこともままある。「生まれ方が選べないなら、死に方くらいは自分で選ばせてくれ」とも思うのだ。今のところその気はあまりないが、何らかのはずみでトリガーが引かれる可能性がないとは言えないのが正直なところである。

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