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2008.02.26

Magic play is dancing?

 asahi.comにこんな見出しの記事が載っていた。「「キャッツ・アイ」逮捕 20代の女怪盗3人 大阪」。リードの部分を引用する。

 大阪府高石市の民家に空き巣に入ろうとしたなどとして、高石署は25日、いずれも大阪市西淀川区に住む20代の無職の女3人を住居侵入の疑いで逮捕したと発表した。〔中略〕捜査員らは3人の女怪盗が登場する人気漫画にちなみ、容疑者らを「キャッツ・アイ」と呼んで取り調べにあたっていた。

 しかし記事を読んでみると、この3人は姉妹ではないし、狙った獲物が絵画専門だったわけでもなく、現場にカードを遺していたとか、盗みに入るときにレオタードを着用していたという記述もない。漫画の『キャッツ・アイ』とは「女3人組の窃盗団」という以上の共通項はない。大阪府警高石署の捜査員たちの安直きわまりない発想には猛省を促したい。まあ、通報があったときには誰かがお約束で「キャッツだぁ~!」と叫んでいたかもしれんが。

 「女3人の窃盗団」が「キャッツ・アイ」呼ばわりされるのであれば、「男3人+女1人のドロボー一味」を「ルパンファミリー」と呼ぶのも許されることにならんか? ……それは許されざる一線という気もするぞ。

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2008.02.20

アニメ業界の音楽事情というやつ

 BSで放映された『アニメギガ』を見た。ゲストは“燃える作曲家”・田中公平。番組の最後で「田中さんにとって、アニメとはなんですか?」という問いに対する答えが印象的だった。曰く――、

「子どもが子守唄の次に耳にするのがアニメ音楽。だからこそ本物を聞かせてあげたい」

 至言である。アニメの音楽に対して真摯に取り組む人でなければ、こんな言葉は出てこないだろう。

 逆にそんな人たちを取り巻く環境はどうなっているのか。四半世紀も前に山本正之が「アニメがなんだ」の歌詞で皮肉った「歌とドラマと ぜんぜん合ってない」状況は輪をかけてひどくなり、露骨なタイアップは大手を振ってまかり通っている。本編の音楽を担当する作曲家が知らないところで主題歌(とはもはや呼べない曲)作りが進行し、曲を提供する側も作品のことなどちっとも考えない曲をぬけぬけと提出し、そんな曲に制作サイドがOKを出す。……こんな環境下で「本物」が作れるのか?

 そんな状況で作られる楽曲であるからして、歌詞にしても「子どもが歌う」ことなんざ考えちゃいない。日本人には「英語=カッコいい」という傾向が顕著であるから、作詞者が「どーだい、カッコいいだろう!」という感覚で付けられた歌詞にはかなりの割合で英語が入っている。誰とは言わないが、「アニメのための曲作り」を大義名分に掲げている人でさえ、この呪縛から逃げられないでいる。……そこに「子どもも聞く曲」はあるのか?

 21世紀に入ってから作られたアニメソングの中で、どれほどの曲がいわゆるスタンダードナンバーにまで昇華されるのか、はなはだ疑問だ。「そんなのできっこねえ」というのが個人的見解である。

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2008.02.04

妙案求む!

 我が家に通っている2匹のちび猫たち(昨年10月17日付の記事を参照)に元気がない。食事も水も取ろうとせず、ただ衰弱していく一方である。ケンカが原因なのか、何らかの病気に罹患したのかは不明であるが、寒い今の時季、このままでは死んでしまうことは確実であろう。

 至近にある動物病院に連絡したら「ネットに入れて連れてきてください」とのこと。2度にわたる捕獲作戦(ゆの単独で1回、2匹まとめてで1回の計2回)が実施されたのであるが、やはり人間が野良猫を捕獲するのは容易ならぬことなのであった。病身だというのに、こちらが捕まえようとすると文字通りの死力を振り絞って逃げ回るのだ。

 かくして人間たちは頭を抱えてしまった。「魚を捕まえるタモ網があれば楽に捕まえられるのではないか?」、「ひだまり荘(猫たちが入っている箱の名前)で寝ているところにフタをして、箱ごと病院に移送してしまえばいいのではないか?」といった案が出はしたものの、決定打には至らず今日は日が暮れた。

 ……というわけで、弱っている野良猫を首尾良く捕まえる妙案を切実に求めます。食事を取ってくれないので「餌に睡眠薬を混ぜる」という手は使えないのでご注意を。

2月9日追記:今朝方、ひだまり荘の中でゆのが冷たくなっているのが発見された。奇しくも弟の月命日であった。助けてやれなくてごめんよ、ゆのっち。

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2008.02.03

漢検初挑戦

 そんなわけで行ってきましたよ、漢検を受けに。都内で降った雪の影響を水戸あたりでもちょこっと受けつつも(常磐線の上りは6分の遅延)、会場の最寄り駅である水戸にはかなりの余裕を持って到着。

 そこまでは順調だったが、番狂わせがひとつ。会場になっている学校の方面に行くバスが意外に少ない。休日だったせいも多分にはあるだろうが、元から便数の多い路線ではなかったなあ、と20年ほど前には会場と同じ敷地にある学校に通っていたおれは思い出したのであった。自分で書いていて年月の経過にビックリである。

 試験会場は建物の5階にある教室であった。ふうふう言いながら上がっていって、「試験前に用足しを…」と思ったら、1階まで戻らないとトイレがないことに軽く絶望したりした。こういうことがあったりするから、試験会場には十分な余裕を持って着いておきたいものである。

 室内を見渡してみると、なぜか女性の比率が高めであった。ざっと見た感じでの男女比は1対3くらいか。制服姿がとても目立つ。

 開始前に解答用紙と問題がセットになったものが各人に配られる。解答用紙には受検票に書かれた番号と名前がすでに印字済み。試験と名の付くものにはすっかりご無沙汰していたおれにはけっこう新鮮な驚きであった。

 受検番号と名前が合っていることを確認したら、ふりがなを手書きで記入。おれはここで自分の受検対策が不十分なものであったことを早くも痛感させられた。手書きの感覚が鈍っている! ここ半月ほど急な法事でバタバタしていたこともあるが、DSのソフトばかりで練習していたせいで、手が「鉛筆で字を書く感覚」を忘れていたのであった。おかげで書き取り問題では、同じ文字を書いては消し書いては消しを繰り返す羽目になった。今後漢検の受検を考えている各位には「練習は鉛筆で手書きすること」を強く推奨したい(解答用紙は縦書きなので、そのへんも考慮した方がいいかもしれない)。

 実際に試験を受けてみてとんだ伏兵だったのは、漢字の部首を書く問題と、熟語の構成を問う問題。部首の方の配点はそれほど重要視されていないようだが、熟語の構成は意外な失点につながりかねないので要注意かも。

 解答そのものは20分の余裕を持って終わった。もっとも、解答用紙の回収後に配られた模範解答を見て、内心で思わず「うぎゃあ」と喚いた箇所もいくつかあったが。おれの受けた準2級の合格の目安は正答率7割程度だという。このラインはクリアしていると思うのだが、さてどんなものやら。合否の発表は40日ほど後とのことである。

3月6日追記:合否結果が届いた。結果は200点満点中178点で合格。とりあえず、もうひとつ上くらいは目指してみようかねえ。

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2008.02.01

駆け抜ける嵐

 昔から「1月は行く、2月は逃げる、3月は去る」というが、我が家にとって2008年の1月は特殊な感覚の月となった。8日に弟がいなくなり、16日に遺体で発見されるまでの9日間はとてつもなく長く感じたものだが、それからの約半月は文字通り怒濤の勢いで駆け抜けていった。

 かくのような尋常ならざる事態が降りかかっていたこともあり(四十九日法要が済んでいないので、まだやらなければならないことは残っている)、mixiの方では弔問コメントも頂戴したりしたのであるが、とりあえず普段通りの生活は送れているのでご心配なく。まあmixiの日記やらコメントやらを読める人は「なんだ、元気そうじゃないの」と感じたであろうが。

 世間では「うつ病は心の風邪」というフレーズから、簡単に治るものと認知している人も少なくないだろう。実際にはこうした最悪の事態も招来しうるものであることを知ってほしい。おそらくは自殺者遺族の共通の思いであろう。

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