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2008.04.27

自殺報道の害悪

 このところ「硫化水素を発生させて自殺」という報道が目に付く。自室なり車なりを内側から目張りして、簡単に手に入るアレとアレ(ここに具体的な品名を記すのはやめておく。調べる気になればいくらでも情報は入手できるのだから)を混ぜれば有毒ガスが発生して、ホトケさんができあがる。

 タチが悪いのは、この方法で自殺した場合、死ぬ気のなかった周囲の人間に二次被害が出る危険性があるということ。企図した人間が気を使ったつもりで「有毒ガス発生中」と張り紙をしてみても、それが気づかれなければなんの意味もない。

 連日のようにこんな気の滅入るニュースが流れてくると、さも自殺者が増えているように思えてしまうが、それはおそらく気のせいである。「硫化水素を使わなければ別の手段で自殺に及んだであろう」ということくらいはメディアの側でも察してもらいたい。報道すること自体が自殺方法を声高に喧伝してしまっていることに、マスコミは気づくべきだ。

「自殺の連鎖」を止めるには、家族など周囲の人たち、自殺に使われた商品を製造する企業など総合的な取り組みが必要だ。

 ……などという寝ぼけているかのような記事を書いている場合ではない。この論法を突き詰めると「首つりに使われるからロープは売るな」とか「リストカットに使われるから包丁を売るな」とか「飛び降り自殺に使われるからビルを建てるな」といった無茶苦茶な理屈がまかり通ることになってしまう。

 手元にある『145人の自殺者』という本では、「自殺を食い止める報道方法」として以下のようなものを挙げている。

  • 全身麻痺や脳障害など自殺未遂者の悲劇を強調する。
  • 人間が如何にあっけなく死に、その逆になかなか死ねないということを強調する。
  • いじめ、ストレス=自殺という単純な連想を慎む。
  • プライバシーの問題が絡むが自殺者と精神疾患の関連を明確にさせる。
  • 「また自殺、ふたたび自殺」など自殺を日常化させるフレーズを使わない。

 文章の結びにはこうある。

 極論だが、最も有効な自殺防止策は自殺に関する報道はしないということになる。

 『完全自殺マニュアル』の類の情報を批判する前に、報道に携わる者として「何を報じ、何を報じるべきでないか」を考えるべきではあるまいか。

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2008.04.26

ふたたび脳外科の日々と荒療治

 体調の異常を自覚したのは14日のことだった。カウンセリング前にラーメン屋でお昼をずぞぞぞと食していたときのこと。後頭部に凝ったような痛みがおき始めた。「あれ、これは手術直後に出ていた症状なのでは…?」とか思っているうちに時間の経過とともに痛みは強くなり、夜には我慢できないものになった。

 こりゃかなわん、と翌日には脳外科に直行(幸いにも主治医の先生が外来に出ていた)。体を起こしているのがしんどい中、こういうときに限って何時間も待たされたりするのはたまったものではない。それまで170に設定されていたバルブの圧を190に上げてもらって当日は帰ったのだが症状は治まらず、2日後には再度外来を受診した。

 主治医のI先生は「こうなったら最後の手段」と前置きして、バルブの圧設定を最大の200に上げた。「あのー、これで症状が改善しなかったらどうするんでしょう?」と訊いてみると、シャントを抜くことも選択肢のひとつとのこと。

 幸いこれである程度症状は軽くなったので、首が痛いのを我慢しながら21日には新しいデジカメを物色してみたり、22日には「内容がないよー」な映画(当初の予定通りVシネでよかったんじゃないのか?)を見に行ったりしてみた。不思議なことに、これが荒療治として効果があったのか、その後で一眠りしたところ、さらに症状が軽くなった。

 それでも頭痛と耳鳴りが治まらないので、24日に3度目の受診をした。体を起こしていなければ首の痛みは起きないので、シャントのどこかが目詰まりしているということではないとのこと。I先生の診断によれば頭痛は首の筋肉の凝りが原因らしく、服薬と貼り薬で症状を抑えることができるという。

 これで2年ぶりに苦しめられた症状からはようやく解放されたのであった。はぁぁぁ。くそー、なんで今ごろになってあの症状が出てくるんだよぉ。

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