「最長片道切符の旅」取材ノート
鉄道紀行文学の大家である故・宮脇俊三が30年前にデビュー第2作『最長片道切符の旅』を書くに当たって書き留めた、いわば「ネタ帳」をおおっぴらにした本である。故人の意図しないところでこうした出版物を出してしまっていいものかは賛否が分かれるところであろう。
それでもその「ネタ帳」の時点で、文体がしっかりと「宮脇俊三の文章」になっているのはさすがとしか言いようがない。このメモを元に、実際に出版された形になるまで肉を付け、あるいは削っていったと考えるとき、その労苦は並大抵のものではなかったであろうことは容易に察しが付く。
この本を、出版と同時に単行本として復刊された『最長片道切符の旅』の副読本と位置づける読者は多いだろう。こう書いているおれ自身もそうであるから。ただ、帯に付された「甦る伝説の旅の臨場感!」というコピーはなんとかならなかったのだろうか。「するとなんですか、『最長片道切符の旅』自体には臨場感が欠けているとでも?」などといういちゃもんのひとつも付けたくなる。
もっと許せないのは、明治学院大学教授の原武史(敬称略)の付けた脚注である。「ここは分かりにくいだろうな」という箇所に解説を加えるだけならともかく、脚注にかこつけて一人称でものを語っている箇所があちこちにあり、読んでいてイライラさせられた。
一九八七年八月に私が訪れたとき、すでに北見トンネルはあった。北見の市街地を抜けるためにつくられたようだ。東京や大阪ならともかく、北海道で山もないのにトンネルがあるのを皮肉ってこう書いたに違いない。(P.27)
「あなたには聞いていません」(声:コウ・ウラキ)
おそらく、別保-上尾幌間を指すのだろう。小さな峠を越えるのだが、私が乗ったときも見事なエゾマツやトドマツの大木を車窓から何本も発見できた。(P.30)
「あなたには聞いていません」
いまなら海外旅行に行くような女性2人づれが、このころは北海道をよく旅行していた。私が慶応高校に通っていたとき、先輩から女性をナンパしたいなら北海道のユースホステルで2人づれをねらえ、学校名を明かせば必ず引っ掛かると言われたのを思い出す(実践はしなかったが)。(P.35)
「あなたには聞いていません」
……この調子で頼んでもいない自己主張を展開するのだから始末に負えない。どこの世界に名札をつけて舞台に上がる黒子がいるというのか(「欽どこ」か!)。こんな黒子が暴走する前に舞台袖で押さえつけとけよ、編集者。ただでさえ脚注が多すぎる本は読みづらくなる。その脚注で解説者が自分の昔話などを始めるのだからたまったものではない。文庫化するときにはこうした箇所を一切合切削ることを強く要望する。
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