アナタハ神ヲ信ジマスカ?
「外国人≒キリスト教の宣教師」という思い込みがあった時代には、タイトルにあるフレーズを聞いた人も少なからずいるだろう。そしてよっぽど敬虔な人でもない限りは、このフレーズを半笑いで受けとめていたはずだ。現在のおれが聞いても、おそらく諸手を挙げて「信じる、信じますッ!」とは言わないだろう。それでも「片手くらいは挙げてもいいかなあ、遠慮がちに」と思うようになったのは不思議なものだ。
こんな気持ちになったのは、自分が精神的にかなりのところまで追い詰められているせいだと自己分析している。
人間というのは「こりゃ今の自分の手に余るなあ」という状況に陥ると、人知を越えた“なにか”にすがりつきたくなるらしい。それが「唯一絶対の存在」に向けられるか、「八百万(やおよろず)の存在」に向けられるかは、人によって異なるだろうが。
従姉の旦那さんは、肺癌で従姉が亡くなる直前まで治療の方法がないか加持祈祷の類にまですがったと聞いたし、半年前に自らの命を絶ったおれの弟は「信仰」なんて言葉とはおよそ縁がないと思っていたが、部屋からは『神との対話』やら『神へ帰る』といった本が見つかった。
こうして「まいった、困った、どうしよう」と言っている人たちを救済するために、宗教というものが生まれたんだろうなあ。……カウンセリングで話しているうちにこんな展開になってしまい、さぞやK先生も驚いたことだろう。話していた本人が一番驚いているんだが。
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