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2008.08.26

歯医者に行く

 なぜか「歯医者」という単語を聞くと思い出すやりとりがある。あれは何回目のウルトラクイズであっただろうか、第2次予選名物のジャンケンで交わされた会話。

福留「ご職業は?」
挑戦者「歯科医をやってます」
福留「ハイシャ(敗者)と言いなさい!」

 お互い承知の上で交わされた会話であろう。この後のジャンケンで、歯科医の人は敗退したと記憶している。

 ……などと、現実逃避でもしなければ行く気になれない歯医者に、何年かぶりに、足取りも重く行ってきた。行かなければならないということは重々分かっていたつもりなのだが、いざ行こうと思うと気が重くなるのも事実である。まあ歯医者に嬉々として通う人もあまりいないだろうが。

 今日は初診ということもあって、歯のX線写真を撮り、おおまかな治療方針が決められた程度であった。正直なところ「どっちみちもう口ん中ボロボロだし、治すだけ無駄なんじゃないの」という気もするのだが、それでも「残っている歯と歯周病の治療を行う」旨を歯医者の先生は語った。終わってみたら、いつの間にか肩に力が入ってしまい、すっかり凝っていた。

 これから本格的に歯医者に通う日々が始まるのかと思うと、本気で気が滅入ってくる。ううう。

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2008.08.18

ライトノベルが想定する読者層とは?

 このタイトルに関して、出版各社は読者の漢字読解能力(ボキャブラリーと言い換えてもいい)をどの程度と見積もっているのだろうか?

 先日買ってきたものはシリーズ物の1冊でアニメ化もされている作品(そんなものはライトノベル業界には別段珍しくもないない)であるが、「こんな言葉にまでルビが必要か?」というくらいふりがなが振ってある。初出の固有名詞やら当て字と思われるフレーズであれば納得もできるが、「警察」だの「消防署」だのといった、義務教育の教科書にもごく普通に出てくるであろう言葉にまでふりがなが振られている文面というのはあまり見てくれのいいものとは言えない。

 また、シリーズを通して読んでいると1箇所ないし2箇所は校正の修正漏れが目に付いたりする。見つけたときは「おれがこんな言い回しを知らないだけなのかも…」と一歩下がった見方をするのだが、辞書を引いてみると単に校正作業で漏れただけであることがはっきりするのである。そうと分かると、作者と担当編集者にバカにされているような、なんとも言えぬ妙な気分になってくるのであった。しかも、そんなチョンボが初版から16版までの4年強にわたってほったらかしになっている状況もコワいと言えばコワい。

 ふりがなのある箇所を多くして読者の敷居を下げるのもひとつの販売方法なのかもしれない。ならばなおのこと、そこに書かれている日本語は正確を期するべきではないのか? いかにライトノベルといえどもそれは小説であって、間違い探しのクイズ本ではないのだから。

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2008.08.10

昭和と平成の高校野球事情

 北京オリンピックが開幕して影が薄くなった感があるが、夏の全国高校野球も若干控えめに開催されている。見ていて思うのは、自分が高校生だった1980年代半ばと比べると「高校野球も変わったもんだなあ」ということである。

 おれの高校時代の野球の応援というと、「カットバセー、○○(打者の名前)、××(対戦校の名前)たっおーっせー、おー!」とコールするのが定番だったが、もうずいぶん前に「××倒せ」は御法度になってしまった。教育上好ましくない表現だったのだろうか?

 また、タイムリーヒットが出たときやサヨナラ勝ちしたときなどにおおっぴらに喜びを表現する選手も、昭和の時代にはいなかったはずだ。手元にある、いしひさいちの『嗚呼!栄冠は君には輝かない』には、優勝してキャプテンを胴上げする選手たちを主審が注意するネタの漫画がある(作中に「昭和63年」との記述がある)が、今では優勝して監督やキャプテンを胴上げするのは当然のように行われているし、それを咎める審判もいない。かつて「喜怒哀楽の感情のうち、高校球児が試合中に表現していいのは『哀』だけ」とビートたけし(だったと思う)が皮肉った現実など、憶えている方が少数派ではないのか。

 ……と、当世の高校野球事情は確実に変化しているが、朝日放送系列で放映されている『熱闘甲子園』のお涙頂戴路線は年号が平成に変わって20年が経過しても相変わらずである。そしておれは、そんな『熱闘甲子園』が昔も今も嫌いなのであった。

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2008.08.09

一方その頃…

 世間的には北京オリンピックの開幕でちょっとした躁状態にあるようだが、その一方で実弾で勝負を始めた国がある。それはロシアとグルジア。

タス通信などによると、グルジア軍が7日夜から8日にかけて、同国からの分離独立を求める南オセチヤ自治州の州都ツヒンバリに進攻し、同自治州で平和維持活動を行うロシア軍司令部や兵舎などを空爆、戦車による砲撃も行った。

YOMIURI ONLINE

 オリンピックの開幕に際してはテロが懸念されていたけれど、そんなレベルじゃない国家間のケンカが始まろうとしている。やれ空爆だの戦車が砲撃だのとなると穏やかではない。「なにも開会式当日を狙ったみたいにドンパチ始めなくたって…」とも思うのだが、首相という「影の実力者」がモスクワにいないタイミングを見計らったとも解釈できるわけで、ケンカをふっかけた側の思惑は計り知れない。

 正直なところ、おれ個人は北京オリンピック自体に興味はないのだが、母国が殴り合いのケンカを始めてしまったロシアとグルジアの選手団の心中はいかほどのものなのだろう。「平和の祭典オリンピック」なんて言葉が陳腐で無意味なものに聞こえて仕方がない。

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2008.08.08

鉄の地巡礼・Scene4「大宮発祥の地と世田谷文学館」

埼玉新都市交通の車両(鉄道博物館駅にて)  明けて7月17日、朝食後にはやばやとチェックアウトして大宮駅へ引き返す。来るときは徒歩であったが、復路には埼玉新都市交通を利用した。スタイルといいカラーリングといい、どことなくおもちゃのような列車に揺られること3分で、もう大宮である。

 大宮を訪れた以上は、駅から徒歩20分のところにある地名発祥の地を訪れておきたい。というわけで、武蔵一宮氷川神社へ向かう。地名が意味する「大いなる宮居」が指す神社はここである。平日の午前中であるから人通りもまばらな参道を抜けて、さらにまばらな境内へ。ひとけのない拝殿で控えめに柏手を打って、とりあえずの目標は達成。駅へ引き返す。

参道に設置された石碑 二の鳥居 屋根を修繕中の楼門 拝殿

 大宮からは埼京線で一気に新宿まで出る。埼京線には幾度か乗る機会があったが、大宮から赤羽・池袋を経由して新宿に至るルートは初めての乗車。これでようやく路線本来の区間(池袋-赤羽間)にも乗ることができた。

京王線新宿駅ホームにて  新宿からは京王線に乗車。これも今まで乗る機会のなかった路線である。頭端式の地下ホームにはターミナル駅の風格がどことなく漂う。普通列車に揺られること20分弱で芦花公園駅に到着。

 駅から出ると、そこかしこに世田谷文学館のポスターが見られる。前日に攣った脚に幾ばくかの不安を感じながら歩くこと5分ほどで、目的の世田谷文学館に到着。会場内での写真撮影は御法度なので、チケット購入前にカメラを鞄に押し込んだ。

芦花公園駅前にて 世田谷文学館入口

「展覧会きっぷ」  いきなり入館チケットで面食らう。さながら駅のマルス端末で発券したかのようなデザイン。高さもほぼ同じという徹底ぶりには恐れ入る。入館券でなく「展覧会きっぷ」としてあるのもいい。パンフレットの内側には国鉄の乗りつぶしに使用した白地図の縮小コピーが使用されていて、これまたファンを唸らせる。

 展示は『阿房列車』に始まる鉄道紀行文学の歴史から、「中公に宮脇あり」と謳われた編集者時代、『時刻表2万キロ』以降の作家としての顔、また、二児の父としての顔なども紹介する展示がこれでもかと並べられている。『最長片道切符の旅』で切符購入に使用した手書きのメモまで展示されていたのには「こんなものも保存されていたのか!」と感心せずにはいられない。

 展示を見ているうちに時間の経過を忘れた。それでも会期中にもう一度出向いて、目に焼き付けたい気持ちになった。

この項終わり

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2008.08.02

鉄の地巡礼・Scene3「大宮大成鉄道村」

 16日の宿は、鉄道博物館の開館に併せてオープンした「大宮大成鉄道村」。もともとはスーパー銭湯だったそうで、「博物館のコンセプトに歩調を揃えて鉄道風にしてみました」という雰囲気がありありと伝わってくる。

 建屋の南側にある入口はそれほど奇をてらった作りではないのだが、北側にはD51を模した建物が建っている。夜にはここに灯りが点って、かなりいかがわしい雰囲気になるようだ(HACHAPPさんのブログに夜の写真あり)。

建物南側 建物北側

 中で下足を靴箱に入れてからチェックイン。宿泊料(朝食付き)を先払いする。以後の支払いはルームキーで集計されてチェックアウト時に精算する仕組みになっている。これはこれで便利なような、かえって使いすぎがコワいような、妙なシステムである。

 部屋は寝台車をイメージしたという作り。個室のイメージらしく、ホテルの部屋としてはいささか窮屈な感じ。部屋ごとの風呂はなく(風呂は大浴場で済ませろということなのだろう)、奥にトイレだけがぽつんとある。窓にはカーテンの代わりにブラインドが付けられていた。ちょっと窓の外を見てみよう(すぐ外には川越線の線路がある)と思ったときなどにはいささか不便である。通常のホテルなら聖書が置かれているところであろうが、ここではJR時刻表が置かれていて妙に納得してしまったり。

シングル室内(通路側) シングル室内(窓側)

 さて、この部屋についておれがしたことはというと、ベッドの上でのたうち回ることであった。鉄道博物館からここにくるまで攣ったふくらはぎをかばうような格好で歩いてきたところ、今度はすねの方が攣ってしまったのである。それも両脚。部屋の壁はけして厚くないので大きな声を出すわけにもいかず、痛みが引くまでただただのたうち回っていた。

 「そろそろ歩いても大丈夫だろう」というところまで回復した頃を見計らって、大浴場へ向かう。……ここにはそれなりに期待もしていたのだが、正直なところ塩素臭がきつく(頭を洗ったら目にしみた)、浴場内にいるのが嗅覚的にもしんどかった。スーパー銭湯というところはどこもこうなのか?

 食事は1階にある「お食事処 展望車」で取る。夕食は各自に注文、朝食は指定時間内に取る方式。カウンター席の真ん中には回転寿司さながらのNゲージのレイアウトが設置されている。食事処のすぐ脇には子どもが遊べるスペースもあり(このへんはホテルというよりも宿泊施設付きの銭湯という色合いが強い)、親子連れが来ると相当にけたたましいことになる。

カウンター席の内側には鉄道模型のレイアウト 線路側の壁面にはSLの写真が飾られている 夕食は温玉たぬきそば(630円)と生ビール(480円) 宿泊料金に含まれている朝食。パン・コーヒー・ジュース・スープはおかわり自由

 両脚の状況が惨憺たるものであったこともあって、夜には施設内のマッサージサービスを受けることにした。時間ごとにコースが設定されており、今回は40分で3600円のコースを選択。担当してくれたおねえさんに「大宮駅から博物館まで歩いてきた」と話したら、やっぱり驚かれた。

この項もう一編つづく

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鬼ごっこもTPOは選びましょう

 学校が夏休みになると、はた迷惑な学生が変な事件をやらかしたりする。それにしたって、起こした事件の程度が幼稚すぎるとニュースを読んでいて頭痛がしてくる。YOMIURI ONLINEより。

 1日午後9時50分ごろ、茨城県高萩市高萩のJR常磐線高萩駅構内で、留置線に停車していた特急の屋根に上がった同県日立市内に住む県立高校2年の男子生徒(16)が架線で感電し、重いやけどを負った。

 友人2人と鬼ごっこをしているうちに駅構内に入ってしまったというのだから始末に負えない。「鬼ごっこ? 高校2年にもなって? それも夜中の10時前に?」いい歳こいて何をしているのだろう。他に遊ぶネタはないのか、茨城県北部の高校生は。鬼ごっこをするにしてもTPOっつうもんがあるだろうに。

 このトラブルで、常磐線は上下線が約50分にわたって運休した。おそらくはやけどした高校生も、彼を追いかけていた友人もたっぷりと油を絞られることになるのだろう。

8月3日追記地方版に詳報が載っていた。

 付近の住民らによると、少年たちは1年ほど前から深夜にバイクで大きな音を立てて現れ、大音量の音楽を鳴らして踊るなどし、住民から苦情が上がっていたという。

 なるほど、珍走団方面の人だったわけか。「少年たちは上半身裸で奇声を上げていた」の記述もあるところからして、おそらくは酒も飲んでいたのだろう。やけどだけなら「自業自得」の一言で済むが、電車が止まったとなるとたっぷりお灸を据えてやる必要があるだろうな。

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