« 無知は個性じゃない | トップページ | 病院システムのオンライン化に関する一考察 »

2008.10.17

やっぱりふかしすぎの『タイタニア』

 とりあえず第2話まで放映された『タイタニア』を見てみたが……。やはり監督が同じせいか、どうしても「『銀英伝』で見た夢をもう一度」という印象しか残らない。ただでさえ誰が主人公なのかよく分からない原作を、さらに取っつきにくくしているというか、なんというか。

 キャスティングを見る限りでは、「銀英伝に出た人は原則として使わない」という方針が貫かれているようである。ただでさえ銀英伝のレストアみたいな作品なのだから、既存のキャラクターイメージがかち合う危険を避けるためにも当然の措置ではあろう。銀英伝ほど固有名詞付きのキャラクターがぞろぞろ出てくる作品世界もそうはないし、それに比べればタイタニアの登場人物は多すぎるとは言えないし、長さ自体も短いし。

 オープニングとエンディングを勢力ごとに色分けしてしまう手法も銀英伝譲りと言えるかもしれないが、どうせ踏襲するならキャストのクレジットを分けて表示する手法までまねてほしかった。敵も味方も一緒くたに表示されてしまっては、原作を読んでない視聴者が混乱するぞ。

 エンディングを見ていて気になった点がもうひとつ。反タイタニア陣営のキャラクターで、アニメ版には登場しないらしいキャラクターが2人いる。ミランダ公女とその旦那である。公女殿下の方はともかく、旦那の方はあまりアニメ向けのキャラクターではなさそうなので存在を抹消されたようにも見えるが、見方がひねくれすぎであろうか。石黒監督が文庫版の解説で「原作をいじらせてもらう」とコメントしている以上は、第3話から登場のリラ・フローレンツが「実は公女殿下です」というくらいの設定変更はやらかしているかもしれない。

 なんだかんだいいながら、「様子見」といいながら半年間しっかり視聴してしまう可能性は大いにあるが、序盤の2話を見た時点での印象は「やっぱりふかしすぎだよ、あの帯のコピーは…」ということであった。これから半年、どうなるんだか。

10月31日追記:なんだ、ちゃんと豪快な公女殿下も口のきけない旦那も出てきたじゃないか(エンディングにもちゃんといるし)。それにしてもスケールが今ひとつ狭苦しいように見えるのは気のせいだろうか。

|

« 無知は個性じゃない | トップページ | 病院システムのオンライン化に関する一考察 »

アニメ・コミック」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/75931/42812202

この記事へのトラックバック一覧です: やっぱりふかしすぎの『タイタニア』:

« 無知は個性じゃない | トップページ | 病院システムのオンライン化に関する一考察 »