やっぱりふかしすぎの『タイタニア』

 とりあえず第2話まで放映された『タイタニア』を見てみたが……。やはり監督が同じせいか、どうしても「『銀英伝』で見た夢をもう一度」という印象しか残らない。ただでさえ誰が主人公なのかよく分からない原作を、さらに取っつきにくくしているというか、なんというか。

 キャスティングを見る限りでは、「銀英伝に出た人は原則として使わない」という方針が貫かれているようである。ただでさえ銀英伝のレストアみたいな作品なのだから、既存のキャラクターイメージがかち合う危険を避けるためにも当然の措置ではあろう。銀英伝ほど固有名詞付きのキャラクターがぞろぞろ出てくる作品世界もそうはないし、それに比べればタイタニアの登場人物は多すぎるとは言えないし、長さ自体も短いし。

 オープニングとエンディングを勢力ごとに色分けしてしまう手法も銀英伝譲りと言えるかもしれないが、どうせ踏襲するならキャストのクレジットを分けて表示する手法までまねてほしかった。敵も味方も一緒くたに表示されてしまっては、原作を読んでない視聴者が混乱するぞ。

 エンディングを見ていて気になった点がもうひとつ。反タイタニア陣営のキャラクターで、アニメ版には登場しないらしいキャラクターが2人いる。ミランダ公女とその旦那である。公女殿下の方はともかく、旦那の方はあまりアニメ向けのキャラクターではなさそうなので存在を抹消されたようにも見えるが、見方がひねくれすぎであろうか。石黒監督が文庫版の解説で「原作をいじらせてもらう」とコメントしている以上は、第3話から登場のリラ・フローレンツが「実は公女殿下です」というくらいの設定変更はやらかしているかもしれない。

 なんだかんだいいながら、「様子見」といいながら半年間しっかり視聴してしまう可能性は大いにあるが、序盤の2話を見た時点での印象は「やっぱりふかしすぎだよ、あの帯のコピーは…」ということであった。これから半年、どうなるんだか。

10月31日追記:なんだ、ちゃんと豪快な公女殿下も口のきけない旦那も出てきたじゃないか(エンディングにもちゃんといるし)。それにしてもスケールが今ひとつ狭苦しいように見えるのは気のせいだろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ふかしすぎの『タイタニア』

 第1巻の発売がかれこれ20年も前、その1年後に第2巻、そのまた2年後に第3巻が発売になったものの、いっこうに続編が書かれることないまま版元が移り、それでも続編が書かれることなく4年が経過したところでなぜかアニメ化が決定した田中芳樹の『タイタニア』。アニメの放映に併せて、今度は講談社に版元が移って文庫化された。

 それにしても、なんでこの時期になってのアニメ化なのだろう? 小説の方は、どうしても比較対象にされるであろう『銀河英雄伝説』より小物の印象はぬぐえないし、なによりも半端な状態で20年近くほったらかしにされてる(口の悪いファンは「実は『タイタニア』は全3巻で完結なのだ」とも言ったものだ)し、アニメにしたところでニーズがあるとは考えにくいのだが。

 ああそれなのにそれなのに。文庫版の帯にはそんな境遇の作品とは思えないような大げさなコピーが付けられていた。

 日本最高の 叙事詩 ついに 発動!!

 ……だって。いやはや、ずいぶんとふかしたものである。このコピーから、原作者に20年近く目をかけられていない作品のアニメ化とは想像もできない。正直なところ、アニメ化の報を聞いたときにまず思ったことは「やっぱりネタづまりなんだなあ、日本のアニメ業界は」であった。ひとまずは期待しないで見てみるつもりである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

Magic play is dancing?

 asahi.comにこんな見出しの記事が載っていた。「「キャッツ・アイ」逮捕 20代の女怪盗3人 大阪」。リードの部分を引用する。

 大阪府高石市の民家に空き巣に入ろうとしたなどとして、高石署は25日、いずれも大阪市西淀川区に住む20代の無職の女3人を住居侵入の疑いで逮捕したと発表した。〔中略〕捜査員らは3人の女怪盗が登場する人気漫画にちなみ、容疑者らを「キャッツ・アイ」と呼んで取り調べにあたっていた。

 しかし記事を読んでみると、この3人は姉妹ではないし、狙った獲物が絵画専門だったわけでもなく、現場にカードを遺していたとか、盗みに入るときにレオタードを着用していたという記述もない。漫画の『キャッツ・アイ』とは「女3人組の窃盗団」という以上の共通項はない。大阪府警高石署の捜査員たちの安直きわまりない発想には猛省を促したい。まあ、通報があったときには誰かがお約束で「キャッツだぁ~!」と叫んでいたかもしれんが。

 「女3人の窃盗団」が「キャッツ・アイ」呼ばわりされるのであれば、「男3人+女1人のドロボー一味」を「ルパンファミリー」と呼ぶのも許されることにならんか? ……それは許されざる一線という気もするぞ。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

アニメ業界の音楽事情というやつ

 BSで放映された『アニメギガ』を見た。ゲストは“燃える作曲家”・田中公平。番組の最後で「田中さんにとって、アニメとはなんですか?」という問いに対する答えが印象的だった。曰く――、

「子どもが子守唄の次に耳にするのがアニメ音楽。だからこそ本物を聞かせてあげたい」

 至言である。アニメの音楽に対して真摯に取り組む人でなければ、こんな言葉は出てこないだろう。

 逆にそんな人たちを取り巻く環境はどうなっているのか。四半世紀も前に山本正之が「アニメがなんだ」の歌詞で皮肉った「歌とドラマと ぜんぜん合ってない」状況は輪をかけてひどくなり、露骨なタイアップは大手を振ってまかり通っている。本編の音楽を担当する作曲家が知らないところで主題歌(とはもはや呼べない曲)作りが進行し、曲を提供する側も作品のことなどちっとも考えない曲をぬけぬけと提出し、そんな曲に制作サイドがOKを出す。……こんな環境下で「本物」が作れるのか?

 そんな状況で作られる楽曲であるからして、歌詞にしても「子どもが歌う」ことなんざ考えちゃいない。日本人には「英語=カッコいい」という傾向が顕著であるから、作詞者が「どーだい、カッコいいだろう!」という感覚で付けられた歌詞にはかなりの割合で英語が入っている。誰とは言わないが、「アニメのための曲作り」を大義名分に掲げている人でさえ、この呪縛から逃げられないでいる。……そこに「子どもも聞く曲」はあるのか?

 21世紀に入ってから作られたアニメソングの中で、どれほどの曲がいわゆるスタンダードナンバーにまで昇華されるのか、はなはだ疑問だ。「そんなのできっこねえ」というのが個人的見解である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

儲けは出ているか?

 今に始まった話ではないが、アニメ製作者の賃金のレベルはどう考えても手間に見合うだけのものではない。一説によれば、アニメ草創期に手塚治虫が制作費を低く抑えてしまったせいであるという。そんな低賃金にあえぐ末端の製作者たちがとうとう声を上げた。asahi.comより

 世界に誇る日本のアニメ。市場規模は2000億円以上といわれるが、原画を描く制作現場では月収10万円に満たない人も少なくない。こうした状況を改善しようと、アニメーターや演出家らが13日、「日本アニメーター・演出協会」(JAniCA)を設立した。

 約70人が参加。代表は「北斗の拳」監督で、協会設立を呼びかけた芦田豊雄スタジオライブ社長が務める。東京・荻窪で開かれた設立会見で芦田さんは、「業界は『低賃金でもアニメが好きだから』という働き手の気持ちを利用してきたが、このままでは優秀な人材が入ってこなくなる」と訴えた。

 正直なところ、声を上げるのが20年くらい遅かったのではないかという気もするが、芦田代表のコメントは文字通りの「血の叫び」であろう。甘い汁を吸っているのは本当に一握りの連中だけで、それ以外の人々は安い賃金でこき使われている。「牛馬の如く」という喩えがあるが、牛や馬は働いた分餌がもらえるだけでも末端のアニメ製作者諸氏よりマシな待遇かもしれない。

 「待遇に見合った給料をよこせ」と言うのは至極真っ当な労働者の権利である。ただ、こうして団体設立に至ったことが裏目に出はしないかが心配だ。作品制作の全権を握っている人間が「あっそう。じゃあこれからは安く仕事してくれる中国や韓国の人らに頼むから、キミらはクビね」などと言いだしたらそれこそヤブヘビになってしまう。ただでさえ動画や背景、仕上げといったセクションが海外へ丸投げされるケースが少なくないのだから。

 日本には大小400社を超すアニメ制作会社があり、そこで働くアニメーター・演出家は正確な統計はないものの4500人程度とみられている。協会によれば、アニメーターは1日平均10時間以上働いても、全体の2~3割は年収100万円前後。新人は半年で半数が、1年後には7割が辞めていくという。

 市場規模の数字にだまされてはいけない。景気がいいのはうわべだけの話で、今日もアニメーターたちは命をすり減らしながら働いている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

二十世紀はバイバイ 何だかんだにサンキュー

 作詞家の阿久悠氏が亡くなった。享年71。

 つい先日NHKを見ていたら、半田健人がますだおかだに歌謡曲のうんちくを語る番組に「解説者」として出演していたのを見たばかりだったので、この訃報には驚いた。その番組での阿久氏は顔色も悪く、ずいぶんやつれた印象を受けたので「どこか悪いのでは?」とも思ってはいたのだが。

 阿久氏というと、1970年代の歌謡曲(このころはJ-POPなどというスカしたフレーズは存在しなかった)の作詞家を代表する人物であった。Wikipediaを見てみても綺羅星の如くヒット曲のタイトルが並んでいる。守備範囲は歌謡曲にとどまらず、およそ歌詞の付いている曲であれば、それこそ「適当に石を投げれば当たる」くらい数多くのジャンルの曲に詞を提供している(アニメソングや校歌なども)。その数は5000を越えるというから恐れ入る。

 で、訃報に触れるにあたってタイトルにはどの曲から歌詞を拝借するか悩んだ結果、大多数のアニメファンが挙げるであろう『ヤマト』は敢えてはずし、氏が手がけたアニメソングとしてはリストの終わりの方に記載されるであろう『はれときどきぶた』3代目のオープニング「BOO ~おなかが空くほど笑ってみたい~」から感謝の意を込めて引っ張ってみた。

 阿久さん、何だかんだにありがとうございました。ゆっくりお休みください。

8月2日追記:冒頭で触れた番組は5月に収録されたという記事(デイリースポーツ)を読んだ。体調の悪化はそのすぐ後であったようだ。

| | コメント (2) | トラックバック (1)

「だが、今は去っていく」

 声優でありナレーターでもあった中江真司氏が28日に亡くなった。享年72。

 近年ではすっかり「『トリビアの泉』のナレーター」という肩書が板に付いていたように思うが、「冒険王ビィト」や「金色のコルダ」などアニメ声優としても活動していたことを知ったのはWikipediaで中江氏の記事を検索してである。

 それでも、おれの世代からすればやはり仮面ライダーシリーズでのナレーションの印象が強烈に残る。カラオケで「レッツゴー!! ライダーキック」を歌ったときに、後奏にぴったり収まるように「仮面ライダー・本郷猛は改造人間である。…」のナレーションを入れて悦に入った特撮ファンは少なくないだろう。そういえば21世紀の初日に出かけたカラオケで、V3のオープニングでこれやったっけ。

 独特の語り口には、いつどこで聞いても中江氏と分かる個性が光っていた。ウルトラセブンのパチンコ台のCMではメトロン星人の声を往時と変わらない名調子で当てていたし、DSのソフトのCMでも「トリビア」ばりのシュールな雰囲気を醸し出していた。

 つい3ヶ月前に小林恭治氏の訃報を聞かされたばかりだというのに、中江氏の訃報まで聞かされるとは思ってもいなかった。名ナレーターの魂の安らかならんことを。

「平和と正義の7人の戦士、仮面ライダー。彼らは、地上に悪のある限り、その勇姿を現すに違いない。だが、今は去っていく。さようなら、仮面ライダーよ。さようなら」(「仮面ライダーストロンガー」最終話より)

| | トラックバック (2)

BSアニメ夜話・ボトムズの巻

 いつの日かと恐れていた、「BSアニメ夜話」でまさかの『ボトムズ』。端的に言って、ガンダムと比べてしまうと微妙な知名度であるだけにどんな取り上げられ方をされるのか心配して見た。

 昨年『ヤッターマン』を取り上げたときには相当にくさしたものだったが、今回はくさす気にもなれなかった。当時見ていなかったと抜かす「自称オタキング」にしたり顔で『ボトムズ』を語ってもらいたくないものだ。こちとらリアルタイムで見てたんだ。司会の里匠アナの方がよっぽど思い入れを語っていたのではないか?

 録画したものを編集したためか、番組の進行は「福井晴敏の発言をサンライズの井上幸一氏が受け、オタキングが茶々を入れる」というスタイルに終始してしまい、コスパ製のTシャツまで着て収録に臨んだはりけ~んず前田は見事に空気化していた。お気の毒に。それでも『ヤッターマン』のときの松村邦洋のように滑ったギャグを連発されるよりはマシだが。

 アニメマエストロのコーナーも「釈迦に説法」な内容で「あー、やっぱりねえ」の域を出るものではなかった。なにより加藤夏希の「こういうのには興味ありませーん」なオーラが出まくりの姿勢がよろしくない。

 教訓。「アニメ夜話」を見るなら「ちょっと興味がある」程度の作品が取り上げられるときだけ見ること。思い入れの強すぎる作品のときに見てはいかん。……この程度のことに気付くまで何回見たんだ、おれ。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

遙か彼方の光にむけて

 作曲家でピアニストの羽田健太郎さんが2日に亡くなった。享年58。

 行年が早すぎることもさることながら、癌などというものと縁のなさそうな方だっただけに受けた衝撃は大きい(Wikipediaの記事によればだいぶ前から体調を崩しておられたようだが)。

 ハネケンさんといえば、すぎやまこういち氏御用達のピアニストでもあり、世界で初めて「ウィザードリィ」に音楽をつけた人でもある(アルバム「We Love Wizardry」収録の『地下迷宮』のアレンジは怖すぎ)。個人的には1992年9月に聞きに行った「オーケストラによるゲーム音楽コンサート2」ですぎやま氏と漫才さながらのMCを担当していた姿も忘れがたい。

 劇伴を担当されると、いささか大仰に(悪く言えばクサく)聞こえる曲を書く作曲家であった印象を受ける。アニメでは代表作と言えるであろう「マクロス」がそうであったし、中盤から参加した「ドラグナー」でもシリーズの最初から参加していた渡辺俊幸氏とは作風が異なるので、作中で流れると「ああ、これはハネケンさんの曲だな」と分かったものだった。だからといって不当に低く評価する気はないのだが。

 タイトルに引用した「マクロス」のエンディング曲『ランナー』は、ボーカルを担当した藤原誠氏の声とも相まって、しっとりとした名曲になった。作品としてはあまり好きではない「マクロス」だが、この曲は大好きだった。

 天国では晩年やめていたというお酒を楽しんでくださいね。謹んで哀悼の意を表します。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ガンダムは何処へ行く

 はあ、またやるんですか、新作のガンダム。「SEED」の劇場公開もあることだし、制作サイドはとにかく少しでも宣伝媒体を増やしたいわけですな。すでに公式サイトも立ち上がっているようで。タイトルロゴがカッコ悪いなあ。

 それにしても、だ。「OO」と書いて「ダブルオー」と読ませるタイトル(今度のガンダムはボディの真ん中が透明なのか?)とか、「戦争行為に武力介入する」(どこの獣装機攻ですか?)とか、どこかで聞いたようなコンセプトが目立つのは気のせいじゃないと思うんだが……。「戦争行為に武力介入する」ってのも、字面だけ見ると相当にヘンだ。さながら「自殺なんかする不届き者は片端から捕まえて死刑にしてしまえ」と言っているのと同義に思えてしまう。

 再来年の放映開始30周年を間近に控えて、ガンダムは何処へ行こうとしているのだろう。なんかもう、どうでもいいような気分になってきてるんだけど。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

日活、敢えて火中の栗を拾うか。

 テレビも映画も独自のコンテンツに力がなく、素材を人気の漫画作品に求める傾向が顕著であるが、追い詰められた企業というものは何をしでかすか分かったものではない。nikkansports.comより

 日活は10日、人気アニメ「ヤッターマン」の実写版をはじめ、16作品の製作や配給を発表した。〔中略〕「ヤッターマン」のほかに「科学忍者隊ガッチャマン」の実写映画化も発表した。

 血迷ったか、日活。「ガッチャマン」はともかく(以前NTTがCMでやってたし)、「ヤッターマン」を実写でやってどうしようというのだろう。あれの持ち味はアニメだからこそ出たものではないのか? わざわざ手間ヒマかけて実写にしてもろくなものにならないんじゃないのか? 実写版映画の「鉄人28号」は実際に大コケしたわけだし。まして「ヤッターマン」はギャグものである。人を笑わせるのは泣かせるよりもずっと難しい。別の意味で笑いものになる可能性の方が高いような気がするぞ。

 なんかもう、安直にお色気タレントをドロンジョさまにキャスティングして、安直にドクロベェをアニメと同じ滝口順平氏に演じさせて得意げに宣伝しているさまが目に浮かぶなあ……。手遅れになる前に誰か止めてやれよ。

4月11日追記:この話題は日刊スポーツの芸能面にでかでかと報じられた。ゾロメカやおだてブタはCGでオリジナルに忠実に再現するのだと。いよいよ実写でやる意味がないんじゃないのか? 製作費は13億円、目標とする興行収入は30億円だって。……正気の沙汰とは思えません。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

ウルトラセブンとラフマニノフ

 「ウルトラセブン」の最終話『史上最大の侵略(後編)』で、ダンが自分の正体をアンヌに告げるシーンに使われているのがロベルト・シューマン作曲の「ピアノ協奏曲イ短調 作品54」の第1楽章であるのは、ファンの間では有名である(その後戦闘シーンでも使用)。しかし、この選曲は次善策として採用されたものだった。

 1983年刊行の「ファンタスティックコレクション No.29 ウルトラセブン SFヒーローのすばらしき世界」に寄稿した満田監督はこう語っている(明らかな誤字は引用者が訂正した)。

私の頭の中には、ダンがアンヌに「僕はウルトラセブンなんだ」と告白するシーンに絶対使いたいピアノのメロディがあった。ラフマニノフのピアノコンチェルトだ。ダビング(セリフや効果音、音楽等をミックする作業)の時に、音楽担当の冬木透にラフマニノフのピアノコンチェルトのレコードを持って来てもらって聞いた。違う! 私の頭の中にあるメロディとは全然違う。楽曲名を誤って憶えていたのだ。冬木透が別に持って来てくれたレコードから何かを選曲することにした。結局、シューマンのピアノコンチェルトになった。

 ……かくのような経緯をたどり、あのシーンに流れる曲にはシューマンのピアノ協奏曲が採用された。個人的な話になるが、この稿ではラフマニノフの名前が「ラフマニーフ」と誤記されていたため(この本は縦書きだった)、おれは長いことこの作曲家の名前を間違って記憶していた。朝日ソノラマも罪なことをしたものである。多感な時期にこの本に触れたおかげで、セブンとシューマンとラフマニノフは三点セットで頭の中に刻印されてしまった。日頃クラシックを聴く機会はほとんどないが、ラフマニノフの名前を聞くと「本当はあのシーンに流れるはずだったのはこの曲だったのかな?」と思うようになった。

 昨夜放映された「のだめカンタービレ」で流れた「ピアノ協奏曲第2番ハ短調 作品18」を聞いて、またも「ひょっとしてこれだったのか?」との思いに囚われた。ラフマニノフが作ったピアノ協奏曲は全部で5曲だから、満田監督が作曲者の名前を間違えて憶えていない限りはこの中のどれかということになる。冬木氏がその時に持参したレコードはそのすべてを網羅していなかったのだろうか? あの最終回の放映から40年弱、真相は闇の中である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「サヨウナラ、サブロウクン」

 声優でありナレーターでもあった小林恭治氏が8日に亡くなった。享年75。

 訃報を伝えるasahi.comの記事では「おそ松くん」のイヤミと「ひょっこりひょうたん島」のマシンガン・ダンディが代表作としてあげられているが、このあたりを見ていた世代よりも少し下のおれなどからすると「声優:小林恭治」よりも「ナレーター:小林恭治」のイメージが強い。特に1978年から1986年にかけて放映されたNHKの「ウルトラアイ」が印象深い。知的でかつどんな年代にも親しみやすい語り口に、科学への興味をそそられた視聴者は少なくなかったと思う。おれとほぼ同年代の谷口悟朗監督が「プラネテス」で小林氏をナレーターに起用したのにも、少なからず「ウルトラアイ」の影響があったのではなかろうか(NHKでの放映だったこともあるし)。

 個人的なイメージが「小林恭治=ナレーター」で固まっているせいか、「銀河英雄伝説」で声優としての演技を耳にしたときには少なからず面食らってしまったものだ。

 特撮物でも何本かのナレーションを担当した小林氏であるが、変わったところでは「ウルトラセブン」のゴドラ星人や「大鉄人17」中盤以降のワンセブンの声も演じている。

 ワンセブンがしゃべるようになったことに不満を持つ向きもおられるだろうが(当初ワンセブンは「イエス」と「ノー」のシグナルでしか意志を表示できなかった)、放映当時のおれはむしろワンセブンが小林氏の声でしゃべることで、それまでより近しい存在になったように感じた記憶がある。それだけに最終話でワンセブンが敵の親玉もろとも自爆してしまったのは寂しかった(「そのラストは『ジャイアントロボ』と同じじゃないのか」などとつっこまないように)。今回タイトルに使ったのは、最終話で主人公の三郎に向けたワンセブンの別れの言葉である。短くありふれたこの言葉に込められたワンセブンの思いを今になって想像すると、思わず泣けてきてしまう。

 稀代の名ナレーターよ、永遠に。あなたの声はけして忘れません。

| | コメント (6) | トラックバック (2)

アニメ版スパロボを読み解くキーワード

 巷では「スーパーロボット大戦W」がおおむね好評のようである(ソフトはともかく、ハードの方がいつになっても品薄なのはなんとかならんか?)。その一方で、現在放映中のアニメ「スーパーロボット大戦OG ティバイン・ウォーズ」の方はあまりいい評価を聞かない。たまたま目にしないだけかもしれないが。

 以前OVAとしてアニメ化されたときもえらく不評を買った(Wikipediaでの記述はほとんど不評の羅列である)が、このときの反省点があまり顧みられていないのではないだろうか。このトピックを書いている時点で22本をかなりだらだらと見てきたが、問題点を一言で表現すると「アンバランス」ということになるように思う。

 オープニングでぞろぞろと出てくるロボットやキャラクターを見ていると、かなりの数が横並びになっていて、どれをキャラクターとして立てたいのか読み取れない。これは本編でも同様で、エンディングクレジットでこそリュウセイが筆頭に来ているのに、ストーリー上では誰が主人公なのやら分からない展開になってしまっている。それでいて「その他大勢」に分類されるキャラクターの数も無闇に多いので、ゲームの方を知らないでアニメから入った視聴者の中には「顔と名前が一致する前にキャラクターがお亡くなりになってしまった」という人もいるはずだ。

 そんなストーリー展開にもかなり問題があるのだが、見ていてどうにもイライラしてくるのは音響面のバランスの悪さ。

 第一に戦闘中に通信機越しに交わされる会話が、ノイズだらけであまりにも伝わりにくい。作り手側は「こうするとホンモノっぽいでしょ」というつもりでやっているのかもしれないが、そういう変なところにこだわらなくていいから。重要な台詞を通信機越しに言われてしまい、キャラクターが何に驚いているのか分からなかったことが何度かあった。これはこだわりという言葉で片付けられるものではない。どちらかというと余計なお世話である。

 もうひとつ音響面でバランスが取れていないのは、台詞とそれ以外の音。効果音はともかく、BGMの音量が異常に大きくて台詞が聞き取れないアニメって何なんだ? そんなに音楽を聴かせたいのであれば、キャラクターの台詞は全部字幕にしちゃえばいいんじゃないか? それこそゲーム画面みたいに。

 今回のテレビアニメ化は、現在発売日未定になっている「スーパーロボット大戦OG ORIGINAL GENERATIONS」のプロモーションも兼ねていると聞く。しかしアニメ版の現状を見る限りでは、新規ユーザーを取り込むことはできていないように思える。販売促進どころか、これでは逆風である。それとも視聴者に「アニメの出来はアレだけど、その分ゲームにの方に力入れてるのかな」と思わせる回りくどい販売戦略なのだろうか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「チョイオタ」なる不思議な分類

 経験的に言えば、話題になるアンケートや統計は往々にして胡散臭い。そんなアンケートがまた一件。「意識調査『30代-40代の約7割が「チョイオタ」!?』」なのだとさ。いかにも「先に結論があって、それをもっともらしく見せるためにアンケートを実施した」という印象を受ける見出しである。

 まず調査方法から検証してみる。

メール転送サービスCLUB BBQなどを運営する株式会社アイシェアは、30代、40代の携帯会員を対象としたオタク(ヲタク)に関する意識調査を行った。

有効回答数:811名 [ 30代 64.5% 40代 35.5% (男女比 7:3) ]
調査期間:2007年2月5日~7日(48時間)]

 わざわざ括弧書きで「オタク(ヲタク)」という表記を使っているところに悪意めいたものを感じてしまうのは気にしすぎであろうか。このアンケートの取り方は会員登録してある対象者に「こんなアンケートをやるので、この期間にこのアドレスにアクセスしてください」といった主旨のメールを送って答えてもらうものだ。回答するかしないかは会員の任意であるから、回答する側がお題に興味を示さなければ協力してもらえない。つまり、アンケートに答えた人は理由はどうあれこの話題に興味があるということになる。回答者に「俺そうだよ」という自覚があった可能性は少なくないだろう。

 また、対象にした年齢層が多感な時期を過ごした時代背景も考慮すべきではないか。1970年代にはいわゆる第2次怪獣ブームがあり、「仮面ライダー」放映による変身ブームがあり、「マジンガーZ」や「宇宙戦艦ヤマト」といった爆発的ヒットとなったアニメ作品も放映された(ファーストガンダムもテレビの本放送は1979年だが、一大ブームを巻き起こすのは1980年代になる)。同時期には「8時だョ!全員集合」が最高視聴率50.5%(1973年4月)という驚異的な数字を叩きだしている。

 今のようにテレビが「1人に1台」でなく「一家に1台」だった時代である。アニメや特撮、当時の流行歌が同世代の「共通言語」となっていてもおかしくない。そんな世代が30代・40代になって昔話で盛り上がっている、それだけの話ではないのだろうか? わざわざ「チョイオタ」という妙な分類をするほどのことなのか、どうにも不思議である。

 それもこれも「オタク」という言葉が持っているマイナスイメージが大きいせいなのだろう。だから「チョイ」なんて接頭語をつけて「俺はあんな連中とは違うよ」と暗に主張したいのかもしれない。しかし「オタク」の一語がカバーする範囲は、そこいらの調査会社が考えているものよりもはるかに広いことを忘れてもらっては困る。どんなジャンルにもいるんですよ、オタクってやつは。

| | コメント (2) | トラックバック (1)

レッドショルダーのマーチ、発掘さる

 つい一週間前にはメイド喫茶との妙なコラボレーションが発表されて一騒ぎあったボトムズファンの間に、更なる激震が走った。本放送以来の謎だった、ファンの間で「レッドショルダーのマーチ」と呼ばれる曲を収録したアルバムが発見されたのである。

 騒ぎの発端はサントラ盤に肝心の曲はいってねえスレの次のレスがボトムズのスレッドにも投下されたことによる。

145 :名無しのテーマ:2007/02/07(水) 03:54:09 ID:ANb9u4n2
レッドショルダーマーチと似ている曲を発見
イタリア映画のDue Marines e un GeneraleのサントラにArrivano I Marinesという曲があるので
チェック!
ItuneStoreで買えます。

 「Due Marines e un Generale」は邦題を「二人の水兵と一人の将軍」といい、くだんの曲はこのサイト(2曲目が『Arrivano I Marines』)でちょこっと試聴できるのだが、これがズバリそのまま「レッドショルダーのマーチ」だったことから騒ぎは一気に沸点まで加熱することとなった。収録されているアルバムのAmazonでの売れ行きは鰻登り(それにしても最初にレビューを書いた奴のコメントはあまりにも痛い)、iTMSでもこの曲だけが大人気というから、いかにボトムズファンがこの曲を聴きたがっていたのかうかがい知れる。

 それにしても、どういう経過からこの曲が発見されるに至ったのか、そこが気になって仕方がない。一大捜査網が展開された結果、とは到底思えないのだが。大方「道端の石ころを蹴飛ばしたらたまたま当たっちゃった」みたいな感じなのだろう。

 このサントラの発見に伴って発掘された曲がもう一曲。

150 :名無しのテーマ:2007/02/09(金) 00:38:25 ID:2TRKsvpg
おいおい、6曲目のL'offensiva Di Primaveraって
ガンダムのギレンの演説のときにかかる曲じゃん!すげえ!!


151 :名無しのテーマ:2007/02/09(金) 01:37:55 ID:xSR2UlQB
>>145
まずはGJ!
なるほど、こりゃ収録されないわけだ
しかしこの曲、昔バンダイが特撮ソフビのCMで使ってなかったかな・・・?

>>150
ほ、ほんとだ
劇場版と同じような曲が使われていたように記憶してたんだが、
総音楽集に収録されてなくて何故なんだろうと思ってたら・・・

 どうやらグラス片手に聞きながら「坊やだからさ」とつぶやくのも一興らしい。

3月7日追記:このトピックを投稿した夜に注文して1ヶ月弱、ようやくCDが手元に到着。ケースの下部をかなりガッチリしたシールが封緘していて、フタを開けるのに難儀した。これは向こうの仕様なのだろうか?

3月11日追記:記事を投稿してひと月あまりが経過して騒ぎも沈静化したら、Amazonでの価格はおれが購入したときの半値近くまで下がっていた。何があったのだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

水と油、メイド喫茶とボトムズ

 例によってブログの更新をチェックしたら引っかかってきた妙な記事(敢えてトラックバックしない)。一ボトムズファンとして、声を大にして言いたい。

なにを考えているのだ、サンライズ。

 今やすっかり「オタクの街」と化した秋葉原でイベントが行われること自体には何の違和感も感じない。しかし、なんでその場所がメイド喫茶なのだ? しかも萌えアニメと抱き合わせだと? 場所を提供する側の店はそりゃあ大いに乗り気だったろう。しかし、こうした企画にOKを出すサンライズはなにを考えているんだ? そんなに古参のファンを敵に回したいか?

続きを読む "水と油、メイド喫茶とボトムズ"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

砂上の「アニメ大国」

 10月2日から6日にかけて、読売新聞朝刊に「アニメ、見てますか」という記事が掲載された。アニメ業界の現状をレポートしたものであるが、読んでいるうちに「この業界、本当に大丈夫なんだろうか」という思いを強くした。

 第4回ではアニメーターの現状について取り上げられていた。今さら言及するまでもないが、アニメーターは過酷な仕事である。そのくせ低賃金ときているから、割が合わないこと甚だしい。テレビアニメの場合、動画1枚あたり200円前後で、「1日に10枚描ければいい方」(キャリア5年目のアニメーター氏の場合)だそうだ。さらに昨年実施されたという生活実態調査によれば、1日の平均作業時間が10.2時間、月間では約250時間に及ぶ。それだけ働いても3人に2人は平均年収が300万円未満というのだから、好きでないとやってられない世界だ。

 それでいてローリスク・ハイリターンということから、製作本数ばかりが雨後のタケノコのようにボコボコ増えている。こんな状況で質の向上を望むのは相当の無茶であろう。

 そしてアニメの放映枠は深夜に集中し、今や「視聴率は関係ない、アニメの放映はDVDのコマーシャル」のような状態だ。第5回で取材を受けた日テレのプロデューサー氏は「売れることを優先した企画に流れ、じっくり時間をかけて本当に作りたいものを作るという姿勢に欠ける傾向もあるのでは」と、自己批判とも取れるコメントをしている。

 一方で過酷な現場を見ているシリーズ監督の1人、大地丙太郎監督は「ビジネスもいいが、大事なのはハート。プロデューサーなど上の立場の人間が、もっと現場のことを考えないと。現場を見ずに“世界に誇れる日本のアニメ”なんてちゃんちゃらおかしい」と語る。

 今のアニメ業界は砂の上の城のようなものではなかろうか。調子に乗って高くしようとすると、いずれ自壊することになる。そうならないうちに業界自体が危険性に気付かないと、雁首揃えて討ち死にすることになるぞ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

ロング・グッナイ

 ファンや関係者から「ガベさん」の愛称で親しまれた、元声優の曽我部和恭さんの訃報を知った。享年58。

 人によってガベさんの代表作は異なると思うが、おれはJ9シリーズのリーダー格のキャラクターが真っ先に思い浮かぶ。アイザックもブルースも頭の切れるキャラクターでありながら、一面ではちゃんとユーモアを解する人間味あふれる描写がなされていた(間に挟まるシュテッケンにはちょっとそういった面がなかったが)。ブルースは別方面にも切れていたような気がしないでもないけど。

 2001年春に発売された「スーパーロボット大戦α外伝」をプレイして、「ブライガーが出てきたのに、キッドはともかくなんでアイザックの声まで違うんだ?」と思った人は少なくなからずいたのではないだろうか。声の衰えを理由に2000年いっぱいで声優業から引退したとのことだから、ゲームの仕事のオファーがあったときも、当時のような声が出せないことからお断りになったのであろう。

 ガベさんに限らず、今年はなじみの深い名前の人たちの訃報がやけに多い。そんな報に接するたびに、ガベさんがファーストガンダムで演じたワッケインの有名な台詞(TV版第4話)を想起せずにはいられない。

「我々は学ぶべき人々を次々と失っていく……寒い時代だと思わんか」

| | コメント (4) | トラックバック (1)

縁は異なもの味なもの

 タイトルの成句を辞書で引くと、こう書いてある。

男女、特に夫婦の縁というものはどこでどう結びつくか、不思議でおもしろいものである。

 これを地でいくような話が、2ちゃんねるの懐かしアニメ板「機動武闘伝Gガンダム 参」にあった(強調部は引用者による)。

48:名無しか・・・何もかも皆懐かしい[sage] 2006/09/13(水) 22:18:17 ???
 フハハハハ!

 遂にDVD全巻大人買いしちまったぜ!!
 孫の代まで伝えてみせるぜフハハハハハ!!

 


 …その前に嫁探しですかそうですか…orz


54:名無しか・・・何もかも皆懐かしい[sage] 2006/09/14(木) 15:09:43 ???
 >>48
 GガンDVDボックスを貸してあげたことがきっかけで嫁を得た俺が通りますよw


 55:名無しか・・・何もかも皆懐かしい[sage] 2006/09/14(木) 15:25:41 ???
 >>54
 やっぱりプロポーズは「お前が好きだッ!お前が欲しいィィィッ!!」って絶叫したの?


 56:名無しか・・・何もかも皆懐かしい[sage] 2006/09/14(木) 15:32:46 ???
 >>55
 それが、引くだろうと思ってしなかったら後でしてほしかった事が発覚したorz
 オレは相手の気持も察してやれない不器用な男だ…


 57:名無しか・・・何もかも皆懐かしい[sage] 2006/09/14(木) 16:02:34 ???
 >>56
 拳で語りあえばよかったんだよ


 58:名無しか・・・何もかも皆懐かしい[sage] 2006/09/14(木) 16:12:52 ???
 >>56
 だあああからお前は、馬鹿なのだああああ!!!


 59:名無しか・・・何もかも皆懐かしい[sage] 2006/09/14(木) 16:50:04 ???
 甘い! 甘いぞ>>56!!


 60:名無しか・・・何もかも皆懐かしい[sage] 2006/09/14(木) 16:56:57 ???
 >>56
 ヘイ、ジャパニーズ!なーにやってやがる!!!


 61:56[sage] 2006/09/14(木) 17:33:50 ???
 うはwwwすげー責められてるwwwごめんな皆…

 う、うそだーーーー!!!おれはまだ戦える!結婚してからでもプロポーズできるんだぁぁぁぁ!!!



 orz


 62:名無しか・・・何もかも皆懐かしい[sage] 2006/09/14(木) 18:38:23 ???
 普段からの言動がそっちよりならたぶん大丈夫だろうが
 プロポーズで引かれるとよぎったらさすがに恐れて出来ないだろw

 いやはや、54氏(56氏)の嫁さんも相当に業の深い御仁のようである。「アニメのDVDの貸し借りが縁で結婚」ってのも凄い話だ。

 共通のアニメが趣味の恋人を持っているそこのあなた(って、そういう人がこのブログ読むのか?)、相手がアニメと同じ台詞でプロポーズしてきたら応じますか? それとも引きますか? 62氏が指摘するように、普段の言動と作品のノリにもよるんだろうけど。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

「みちゃったらバトン~オタク編」を試す

 なにか書きたい、しかし今ひとつ手頃なネタがない。そんなときにブロガーが飛びつくもの、それは道端に放りだれている「バトン」。

 以前に狩人さんのところで見かけて「あ、やろうかな」と思っていながらも、そういうときに限ってなぜかネタに困らなかったりしてほったらかしにしていた、「みちゃったらバトン~オタク編」。おや、気が付いたらFear ウルフさんがネタにしているではないか。自分でも忘れていた宿題を発掘してしまったような感覚になって、手を付けてみることにする。一度履いたら死ぬまで踊り続ける呪いのかかったダンスシューズというか、血を吐きながら続ける悲しいマラソンというか。引用元に曰く、

ルール:見た人はやる絶対!そこの貴方達全員やりなさぁい!!

 ……とのことだが、まあ拾いたい人、ネタに困ってる人は随意お持ち帰りを。拾い食いで腹をこわしても責任は取らないが。

続きを読む "「みちゃったらバトン~オタク編」を試す"

| | コメント (9) | トラックバック (0)

水で薄めたルパン三世

 例年通りであれば7月末頃には放映される「ルパン三世」のTVスペシャルが放映になった。今年も例によってリアルタイムでは見ないで、録画して視聴した。理由はふたつ。ひとつはNHKの衛星放送で濃ゆい鉄っちゃんがぞろぞろ出てくる番組と放送時間がかぶっていたこと。もうひとつはただでさえダラダラと長く感じる本編を余計に長くするCMをすっ飛ばして見るためである。ウェイトは後者の方が重い。

 一事が万事で、「今年もハズレなんだろうなあ」という姿勢で見始めた。

 クリカンが本編中で本職の物真似を披露するのと、バーで大野雄二似のピアニストが出てくるのはいつの間にお約束になったんだろう。作ってる側は「これ面白いでしょ?」というつもりでやっているのかもしれないが、毎年見ているこちらからするとワンパターンの芸をずーっと見せられているようで、ある種不快でさえある。それと「ゲストで出てくる次元の昔の仕事仲間」って設定も濫用されてないか?

 また、今回脚本を担当した柏原寛司は毎度毎度五ェ門をウケ狙いのポジションに置く悪い癖がある。元々時代の流れから置いていかれたようなキャラクターだから、ちょっといじれば安易に笑いが取れる。「またつまらぬものを斬ってしまった」って言わせりゃキャラが立つってもんでもあるまいに。

 ストーリーも行き当たりばったりで、冒頭から意味ありげに出てきたチンピラ風の敵側キャラは終わりの方でギャグマンガみたな退場の仕方をするわ、本筋のオチは取って付けたみたいだわと、誉めるところはほとんどなかった。「去年のよりはマシだった」というのがせいぜいか。比較対象のレベルが低すぎるけど。かつてのTVシリーズではこの程度の内容を30分枠(もしくは前後編)でやっていた。やはり原液を水で薄めたような印象はぬぐえない。

 細かいところにツッコミを入れると、去年の作品同様にデジタル彩色がどうも目に優しくない(見ているうちに慣れてはきたが)。今のご時世、セル画を手作業で塗っているのは「サザエさん」だけと聞くが、「ルパン」の製作現場では技法が定着していないのだろうか。

 それから、「金曜ロードショー」の枠では毎週やっているのであろうが、耳障りなだけで意味のない坂上みきの下手な前説みたいな内容紹介、あれは無用。聞きたくなければ3分遅れで見始めればいいのだが。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

アニメ業界は大丈夫か?

 本屋の店内を徘徊していると「アニメ化決定!」とか「テレビアニメ好評放送中!」という文句を頻繁に目にする。コミック誌やライトノベルの帯に顕著である。2006年4月からの放映本数は尋常ではなく、東京地区では週あたりに103本が放映されているというから異常だ。

 ただ、実状としては深夜枠もしくは独立UHF局で放映されるケースがほとんどである。かつて子供がチャンネル権を握っていた時代のようにゴールデンタイムに放映されるものはごくわずかで、この時間枠は報道番組やバラエティーに押さえられてしまっている。結果的にアニメ業界は、それまで目が向けられることのなかった深夜枠や独立UHF局に活路を見出さざるを得なくなった。オリジナルのアニメはほとんどなく、そこそこ人気があると判断された漫画なり小説なりが片っ端からアニメ化され、現状のような事態になった。

 近年は以前なら関連商品であったはずのDVDの売り上げを見込んだ上で企画が立てられると聞く。しかし、むやみやたらと本数ばかり増やして、業界は本当に大丈夫なのだろうか。

 エンディングクレジットを見ていると、動画や背景や仕上げのスタッフとして日本人でない名前を頻繁に見かける。今に始まったことではないが、かなりの作業が中国や韓国のスタジオに発注されている(名前の表記から、作画レベルが著しく低い場合には「三文字作画」と揶揄されることになる)。もちろん人件費が安いという財政的な理由が大きいのであろうが、将来原画を任せられる日本人アニメーターがどの程度育成されているのか疑問が残る。いくら脚本のレベルが高くても、それを表現する作画パートがガタガタでは高い評価は得られない。市場が売れっ子のスタッフや声優の争奪戦になっているであろうことは想像に難くない。

 アニメDVDの市場はすでに過当競争になっており、日経ビジネス オンラインの記事で取材を受けた日本動画協会の事務局長は「DVDの販売を主眼に置き、深夜放送向けに番組を作るケースが増えている。だが、DVDの値下がりが激しく、有名な作品以外はほとんど赤字」と語っている。有力なコンテンツを持たない制作会社は、自分の足を食べるタコと同じということか。おそらくは現在の過当競争の次の段階には、淘汰という過酷な現実がやってくるのだろう。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

周回遅れでルパンを見た

 テレビでの放映から1年以上経ち、来月上旬に今年のTVスペシャル放映を控えて、遅まきながら昨年放映された「ルパン三世・天使の策略 ~夢のカケラは殺しの香り~」(「タイトル中の「策略」には「タクティクス」とルビが振られている)を見た。そういや2004年のTVスペシャルを見たのは、これが放映される前日だったっけ。

 アバンタイトルの時点から「これは風評通りハズレの臭いがプンプンするぞ」とは感じたが、やはり大ハズレであった。

 ルパンの敵として出てくる女だけの反米テロ集団「ブラッディエンジェルス」(このネーミングもなんとかならんかったのか?)の殺し屋連中に若手の声優陣を起用したのがちょっとした話題になったが、これは見事に裏目に出てしまったように思う。ベテラン揃いのレギュラー陣を前にしては、いくら人気があると言っても演技力の差はいかんともしがたい。加えて、ブラッディエンジェルスの声優が若手ばかりなのに、ICPOの新米捜査官を演じるのがベテランでは「この捜査官にはなにかウラがある」と直感した視聴者が多数いたのではなかろうか。さらにその裏をかけばかなりの策士であろうが、そうでないから困ってしまう。配役もいささかミスキャストの感があり、ポイズン・ソフィは「人気があるからって理由だけでキャスティングしただろう?」と突っ込まざるを得ないほど違和感があった。

 後半はそこそこテンポ良く展開するものの、前半は相当にグダグダ、クライマックスであろうパートでも、次元が倉庫の中に小麦粉の袋があることに気付くあたりで粉塵爆発での決着を容易に推測できるお粗末さ。組織のボスは個性を発揮する間もなくルパンに射殺されてしまうので、盛り上がりもなにもありゃしない。

 また、大野雄二作曲によるBGMも過去の作品のアレンジバージョンが多用されており、引き出しの中身が少なくなってきた印象が残る。

 毎年視聴率が稼げるシリーズであるだけに、よほどのことがない限りルパンのTVスペシャルは作られ続けるだろう。しかし、製作サイドの事情はともかく見る側からすると、「年に一度の作品がコレか?」というものが少なくない。DVDとサントラを売ってるバップはちゃんとペイできているのか、他人事ながら不安になる。内容的にも30分物で事足りそうなものを無理矢理引き延ばして映画枠の尺にしたようなものが目立つ。いっそのこと30分物3本のオムニバスにした方が密度の濃いものができるように思うがどうだろう。

 今年のTVスペシャルも、ストーリー紹介を読む限りでは期待できそうにないんだが……。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

万丈、暁に消ゆ

 去る8月6日に声優の鈴置洋孝氏が亡くなったとの報道があった。享年56。多くのファンにとってはガンダムシリーズのブライト・ノアが印象深いであろう。ただ、個人的にはファースト以外の宇宙世紀ガンダムにあまり思い入れがないこともあって、むしろ鈴置氏の演じたキャラクターで好きなのは、ガンダムの前に放映されていた「ダイターン3」の破嵐万丈であった(富野監督も万丈には愛着があったようで、オリジナルの小説シリーズも存在する)。

 万丈には18歳という年齢設定に不相応なダンディズムに溢れていた(ちなみにブライトは一年戦争当時19歳)。おれはその倍以上の年月生きてきたはずなのだが、彼の方がずっと大人に見えて仕方がない。洒落者であり、かつしたたか。そんなキャラクターが画面の中で(活字媒体でも)生きていた影には鈴置氏の声の魅力もあったはずである。

 ゲームの効果もあって、鈴置氏が演じたブライト以外の魅力的なキャラクターに出会った人もいたことだろう。そんな愛着のあるキャラクターを演じた役者が鬼籍に入るというのは寂しいことだ。その役者が夭折したとなればなおのことである。今夜はひさしぶりに万丈に会いに行こうと思っている。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

文庫版「化石の記憶」

 スピルバーグ監督作品の「ジュラシック・パーク」(劇場公開は1993年)公開以降、毎年夏には恐竜もののイベントが定番化している。ただでさえ、子供は恐竜に興味を持つものだ。それより四半世紀前にたがみよしひさがプレイコミック誌に連載したのが「化石の記憶」(「いしのきおく」と読む)である。

 なにぶんにも当時の学説を元に描かれているので、ティラノサウルスが「ゴジラ歩き」をしていたり、恐竜が変温動物扱いされていたりするのだが、本筋はそちらではないので、むしろ「昔の怪獣映画」くらいの感覚で読むのが適当であろう。展開には周到に伏線が張られ、ほとんどの登場人物になんらかの関係性が持たされているのも面白い(「え、この人も関係者?」というレベルに至るまで)。

 おそらくはだいたいの読者が全41話のうちの第13話くらいの範囲でオチを十分予想しうると思うが、それでもなお終盤へ向かう「広げた風呂敷のたたみ方」は絶妙である。このところのたがみ氏は体調を崩しているようで、往年のキレが感じられないのが惜しい。

 文庫版とは関係ないが、全3巻の単行本が刊行されたとき、当時のファンが誰もが感じたことは「この装丁、『AKIRA』のパクリじゃねえか!」であった。B5サイズの単行本で、ページの縁に付けられた色まで同じというのには如何様な意図があったのやら。往時の担当者の見解をお聞きしたいところである(「偶然似ちゃいましたぁ」なんて答えたら張り倒すぞ)。

 まあそれにしても、オチが重要なこの作品を紹介するのに、オチに言及しないで済ませるのも楽じゃない。

| |