1万2千円のアメ

 さんざんすったもんだした「定額給付金」の概要が「1人あたり1万2千円の給付」で固まった。とは言うものの、これが本当に低迷する日本経済を押し上げる起爆剤になると本気で信じているおめでたい人間がどの程度いるのだろう。

 今回の景気対策とやらも、結局のところ10年前の地域振興券がお色直しして出てきただけではないのだろうか。あのときは公明党のご機嫌取りを兼ねており(どちらが主でどちらが従か怪しいところである)、自民党側からも難色を示す意見が相次いだというが、今回は今回で選挙対策の臭いがぷんぷんする。「もうすぐ増税するから、今のうちに使っといてね」という魂胆なのだろうか。首相は近い将来の消費税率アップを明言してるし。

 どうにも煮え切らない感がぬぐえないのは、「国はカネを用意するだけであとの雑事は自治体まかせ」であるからだ。概要がなかなか固まらなかった要因のひとつである所得による給付制限まで地方に投げてしまっては、誰のための制度なのか分かりゃしない。よく「アメとムチ」という言い回しが使われるが、かくも露骨に「はーいアメですよー」とアメが提示される例もそうないのではあるまいか。

 ふと思い立って手元の辞書を引いてみると、飴には「(比喩的に)喜ばせて人をだますもの」という意味もあるそうだ(旺文社国語辞典による)。的確すぎて言葉もない。

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そういうことをどの口が言う

 現職の兵庫県知事の発言としてはあまりにも軽はずみで軽率な発言が飛び出した。asahi.comより。

   

井戸知事は「東京一極集中を打破するための旗を揚げなければならない」と前置きしたうえで、「関東大震災なんかが起これば(首都圏は)相当ダメージを受ける。これはチャンス」と発言。さらに「首都機能を関西が引き受けられる準備をしておかないといけない」などと述べた。

 知事としてどうこうという以前に、人としてどうなんだろう。明らかにこの発言の根底には「関東大震災ウェルカム」という意図が流れている。この調子ではヘタをすると祈祷師すら呼びかねない。問題発言連発の大阪府知事すら「不適切」と評しているあたり、常軌を逸している。

 この発言を受けたもうひとりの問題人物、東京都知事はこんなことを言っている。asahi.comより。

   

 石原知事は「他人の不幸をチャンスにするという表現は、日本人の感性になじまない。政治家は言葉が大事だ。東京の地震を期待されるなら、30年先の話かもしれないから、自分で関西の活力を取り戻す努力をしたらいいんじゃないの」と述べた。

 「政治家は言葉が大事」とはよくもまあ言ったもんである。日常茶飯事のように舌禍事件を繰り返す御仁には言われたくないものだ。石原都知事はこの発言を「バカ正直」と評したが、実態は単にバカなだけである。

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一方その頃…

 世間的には北京オリンピックの開幕でちょっとした躁状態にあるようだが、その一方で実弾で勝負を始めた国がある。それはロシアとグルジア。

タス通信などによると、グルジア軍が7日夜から8日にかけて、同国からの分離独立を求める南オセチヤ自治州の州都ツヒンバリに進攻し、同自治州で平和維持活動を行うロシア軍司令部や兵舎などを空爆、戦車による砲撃も行った。

YOMIURI ONLINE

 オリンピックの開幕に際してはテロが懸念されていたけれど、そんなレベルじゃない国家間のケンカが始まろうとしている。やれ空爆だの戦車が砲撃だのとなると穏やかではない。「なにも開会式当日を狙ったみたいにドンパチ始めなくたって…」とも思うのだが、首相という「影の実力者」がモスクワにいないタイミングを見計らったとも解釈できるわけで、ケンカをふっかけた側の思惑は計り知れない。

 正直なところ、おれ個人は北京オリンピック自体に興味はないのだが、母国が殴り合いのケンカを始めてしまったロシアとグルジアの選手団の心中はいかほどのものなのだろう。「平和の祭典オリンピック」なんて言葉が陳腐で無意味なものに聞こえて仕方がない。

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鬼ごっこもTPOは選びましょう

 学校が夏休みになると、はた迷惑な学生が変な事件をやらかしたりする。それにしたって、起こした事件の程度が幼稚すぎるとニュースを読んでいて頭痛がしてくる。YOMIURI ONLINEより。

 1日午後9時50分ごろ、茨城県高萩市高萩のJR常磐線高萩駅構内で、留置線に停車していた特急の屋根に上がった同県日立市内に住む県立高校2年の男子生徒(16)が架線で感電し、重いやけどを負った。

 友人2人と鬼ごっこをしているうちに駅構内に入ってしまったというのだから始末に負えない。「鬼ごっこ? 高校2年にもなって? それも夜中の10時前に?」いい歳こいて何をしているのだろう。他に遊ぶネタはないのか、茨城県北部の高校生は。鬼ごっこをするにしてもTPOっつうもんがあるだろうに。

 このトラブルで、常磐線は上下線が約50分にわたって運休した。おそらくはやけどした高校生も、彼を追いかけていた友人もたっぷりと油を絞られることになるのだろう。

8月3日追記地方版に詳報が載っていた。

 付近の住民らによると、少年たちは1年ほど前から深夜にバイクで大きな音を立てて現れ、大音量の音楽を鳴らして踊るなどし、住民から苦情が上がっていたという。

 なるほど、珍走団方面の人だったわけか。「少年たちは上半身裸で奇声を上げていた」の記述もあるところからして、おそらくは酒も飲んでいたのだろう。やけどだけなら「自業自得」の一言で済むが、電車が止まったとなるとたっぷりお灸を据えてやる必要があるだろうな。

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「詐欺まがい」ってな、こういうことか?

 以前から気になってはいたが、今日の新聞に「詐欺まがいのネット広告」についての記事が出ていた。YOMIURI ONLINEより。

 「素人が1日20万稼ぐ法」「画期的な即金ノウハウ」――。そんなうたい文句の広告がインターネット上で増殖中だ。

 こうした情報商材の年間売り上げは総額200億円と推測されるが、「詐欺まがいの内容」との苦情も急増。多くの販売者が購入者に「あなたのブログに広告を張り付けて。売れたら報酬を払います」と持ちかけているのが特徴で、損をした人が元を取り戻そうと誇大広告をばらまき、別の人がまた損をするという構図になっている。「負の連鎖」の広がりに、「まるでネットのネズミ講」との声も出ている。

 個人的見解としては、「そんなものに引っ掛かる方が悪い」と考える。なんのリスクも負わずに楽して稼げるなら、誰が好きこのんでそんな方法を見ず知らずの他人に教えるものか。

 日頃RSSリーダーに引っ掛かってくる記事も玉石混淆で、実際のところ「石」の比率はかなり高い。もうタイトルからして露骨に怪しいのがずらずらと出てきて頭が痛くなる。

  • 圧倒的な実績と信頼!SEO対策のロングセラー「賢威2.0」。近日発売の「賢威3.0」への無償バージョンアップが可能!
  • 呆れるほどぶっ飛んでしまう 骨を使った直線運動上達法!! ゴルフ上達法革命とは !!

 こんなタイトルの記事が「心と体」のカテゴリーに入っていたら、絶対に怪しい(註:実例である)。ブログのアドレスを見てみると「dcggqt2txdwv」のように、明らかにデタラメにキーボードをタイプして作ったと判るものが入っていたりする。「実績と信頼」とやらが聞いて呆れる。

  • ■ サーフィンが最短で上達する方....
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 こういうのも「書籍・雑誌」のカテゴリーにあった。なぜかタイトルが途中で切れている。サーフィン云々の記事は、別々のブログから同一の文面で投稿された痕跡があった。これも露骨な宣伝目的が見て取れる。クリックする物好きはどのくらいいるのやら。

 ここで例に挙げたものも含めて、この種の記事をぬけぬけと掲載しているブログの管理人は女の名前を名乗っているケースが多いようだ。「愛美」だの「彩香」といった源氏名みたいな名前の管理人にはご注意を。

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「鉄男」って誰のこと?

 記事を読んだときから、順調に物事が運ぶとは到底思えないと感じたお話。YOMIURI ONLINEから。

 国土交通省は7月1日から、鉄道ファン向けの参加型ホームページをインターネット上に新設する。

 鉄道ファンの男女を表す通称「鉄男」「鉄子」からホームページ名をとり、「鉄男・鉄子のみなさんの部屋」とする予定だ。

 こんなものを行政主導でやられてもなあ、というのが第一の疑問。環境問題がぎゃーすか騒がれるご時世であるから、「もうちっと鉄道を見直そう」という気運が高まるのはいいことかもしれない。しかし、「今ちょっとしたブームらしいから便乗しちゃおうぜ」というせこい計算が動いているようにも思えてならないのも、あながちうがった見方ではないだろう。

 それにも増して腑に落ちないのは 鉄道ファンの男女を表す通称「鉄男」「鉄子」 という文言である。そもそも「鉄道趣味は男のもの」みたいな不文律があって「女性の鉄道ファンは珍しい」と思われていたからこそ、漫画『鉄子の旅』のタイトルから「女性の鉄道ファン=鉄子」という呼び名が定着したのではないのか? 鉄道趣味に首を突っ込んで随分経つが、男の鉄道ファンを「鉄男」と呼ぶなんて話は聞いたことがないぞ。そんな情報はどこに流通しているのだ? おれがもぐりなのか?

 記事の続きにあるサイトの内容にも、正直首をかしげざるを得ない。

 内容の一例としては、「日本全国鉄道お宝マップ」として、駅の名物や歴史などを紹介する。このほか駅員など鉄道を支える人々のエピソードや心に残る対応などを掲載する。

 そんなものは個人運営のサイトやブログにいくらでも転がっているではないか。なにも国民の税金で運営するサイトでそんなことをする必要はないだろう。一介の鉄道ファンの意見が直接行政サイドに届くようにする、という点では意義のあることかもしれないが、「こんなサイト作ってどうすんの?」と思われているようではサイトの先行きは明るくない。

 記事自体とは直接の関係はないが、この記事の下に「関連記事・情報」として「【社会】 東急線電車内で女性に触る、28歳の国交省キャリアを逮捕」という記事にリンクが張られていたのがなんともトホホ。ちったあマジメに仕事しろ、国土交通省。

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電気街の殺人

 秋葉原で通り魔殺人事件が発生した。奇しくも2001年の同じ日に、大阪の小学校で児童らが無差別に殺傷されるという凄惨な事件が起きている。いやな偶然である。

 こうした事件の犯人は、判で押したように「(殺すのは)誰でもよかった」と口にする。今回も犯人は取り調べに対してそう答えたという。本当にそうなのだろうか? 事件が立件され、犯人が起訴されれば間違いなく弁護側は被告人の精神鑑定を要求してくるだろう。理由はもちろん「事件当時、被告人は心神喪失(もしくは心神耗弱)状態にあり善悪の判断能力がなかった」と主張するため。だが、仮にそう主張されたとしても裁判所は一蹴すべきである。

 犯人はレンタカーを借り、わざわざ地元から離れた秋葉原まで出向いて凶行に及んでいる。単に「誰でもいいから殺したい」のであれば、比較的近場である三島や沼津、秋葉原まで行かなくとも繁華街なら横浜や銀座でもよかったはずである。理由かはともかく「殺すのは秋葉原で」という明確な意図がそこにはある。そもそもまともな神経の持ち主であれば、「世の中がイヤになった」からといって無差別殺人に走ったりはしない。

 被害に遭われた人たちにお見舞い申し上げるとともに、警察に対しては厳しい取り調べをお願いしたい。

 この事件も他人事だと思っていると、「法律が発効になって間もない裁判員に自分が任命されて審理に当たらされる」可能性もゼロでないことをお忘れなく。

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自殺報道の害悪

 このところ「硫化水素を発生させて自殺」という報道が目に付く。自室なり車なりを内側から目張りして、簡単に手に入るアレとアレ(ここに具体的な品名を記すのはやめておく。調べる気になればいくらでも情報は入手できるのだから)を混ぜれば有毒ガスが発生して、ホトケさんができあがる。

 タチが悪いのは、この方法で自殺した場合、死ぬ気のなかった周囲の人間に二次被害が出る危険性があるということ。企図した人間が気を使ったつもりで「有毒ガス発生中」と張り紙をしてみても、それが気づかれなければなんの意味もない。

 連日のようにこんな気の滅入るニュースが流れてくると、さも自殺者が増えているように思えてしまうが、それはおそらく気のせいである。「硫化水素を使わなければ別の手段で自殺に及んだであろう」ということくらいはメディアの側でも察してもらいたい。報道すること自体が自殺方法を声高に喧伝してしまっていることに、マスコミは気づくべきだ。

「自殺の連鎖」を止めるには、家族など周囲の人たち、自殺に使われた商品を製造する企業など総合的な取り組みが必要だ。

 ……などという寝ぼけているかのような記事を書いている場合ではない。この論法を突き詰めると「首つりに使われるからロープは売るな」とか「リストカットに使われるから包丁を売るな」とか「飛び降り自殺に使われるからビルを建てるな」といった無茶苦茶な理屈がまかり通ることになってしまう。

 手元にある『145人の自殺者』という本では、「自殺を食い止める報道方法」として以下のようなものを挙げている。

  • 全身麻痺や脳障害など自殺未遂者の悲劇を強調する。
  • 人間が如何にあっけなく死に、その逆になかなか死ねないということを強調する。
  • いじめ、ストレス=自殺という単純な連想を慎む。
  • プライバシーの問題が絡むが自殺者と精神疾患の関連を明確にさせる。
  • 「また自殺、ふたたび自殺」など自殺を日常化させるフレーズを使わない。

 文章の結びにはこうある。

 極論だが、最も有効な自殺防止策は自殺に関する報道はしないということになる。

 『完全自殺マニュアル』の類の情報を批判する前に、報道に携わる者として「何を報じ、何を報じるべきでないか」を考えるべきではあるまいか。

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Magic play is dancing?

 asahi.comにこんな見出しの記事が載っていた。「「キャッツ・アイ」逮捕 20代の女怪盗3人 大阪」。リードの部分を引用する。

 大阪府高石市の民家に空き巣に入ろうとしたなどとして、高石署は25日、いずれも大阪市西淀川区に住む20代の無職の女3人を住居侵入の疑いで逮捕したと発表した。〔中略〕捜査員らは3人の女怪盗が登場する人気漫画にちなみ、容疑者らを「キャッツ・アイ」と呼んで取り調べにあたっていた。

 しかし記事を読んでみると、この3人は姉妹ではないし、狙った獲物が絵画専門だったわけでもなく、現場にカードを遺していたとか、盗みに入るときにレオタードを着用していたという記述もない。漫画の『キャッツ・アイ』とは「女3人組の窃盗団」という以上の共通項はない。大阪府警高石署の捜査員たちの安直きわまりない発想には猛省を促したい。まあ、通報があったときには誰かがお約束で「キャッツだぁ~!」と叫んでいたかもしれんが。

 「女3人の窃盗団」が「キャッツ・アイ」呼ばわりされるのであれば、「男3人+女1人のドロボー一味」を「ルパンファミリー」と呼ぶのも許されることにならんか? ……それは許されざる一線という気もするぞ。

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イカれた警官のmixi実況中継

 おまわりさんというのは大変な職業だと思うのだが、ごく一部にはそうでもなさそうなヒトもいる。YOMIURI ONLINEより。

 奈良県警の20歳代の男性巡査が、インターネット上で会員同士が情報交換できる「ミクシィ」に、「明日は暴走族の一斉検挙」「国道でひき逃げ事件発生」など捜査情報を頻繁に書き込んで公開していたことがわかった。

 事件発生の一報や捜査着手の予定日、容疑者を逮捕したことなどを勤務中に携帯電話などを使って“実況中継”した書き込みも見られ、県警は「不適切な行動」として巡査を口頭で注意した。巡査は「軽率だった」と反省しているという。

 こいつの処分を「口頭注意」だけで終わらせちゃっていいのか? これは守秘義務違反に当たらないのか? 捜査着手の予定日というのは「職務上知り得た秘密」(地方公務員法第34条第1項)じゃないのか? 守秘義務違反は1年以下の懲役か3万円以下の罰金だぞ。まさか「仕事中にケータイいじって遊んでちゃいけませんよ」とかいう「注意」じゃないだろうな。

 もちろん守秘義務違反は問題だが、この警官の書き込みの内容がどうにも頭の中身を疑いたくなるような代物なのも問題であろう。

 10月2日午前0時22分の書き込みには、「明日ゎ某署の特別捜査本部がとうとう暴走族に対し逮捕令状が出たとのことで一斉検挙に着手するんで応援派遣で朝早く集合 んでボチボチ寝ます」とつづっていた。

 おまえはどこぞの連続放火犯か。こんな書き方で悦に入るのは高校生くらいでやめておいた方が賢明だと思う。

 この警官はmixiの閲覧範囲を正しく把握していなかったせいで痛い目にあった。mixiをめぐるトラブルというと、某アニメのスタッフが暴言を吐きちらしたせいで取締役のクビが飛ぶ事態に発展したのが記憶に新しい。mixi会員の人は「自分の発言がどこまで見られるか」をきちんと知っておいた方がいい。他山の石として。

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摂氏34度の退屈

 こんなタイトルを付けて、ネタの分かる人がどのくらいいるのだろう? …とか思いつつも付けてしまうのであった。

 「ラニーニャ現象が観測された」なんてニュースを聞いた(日本では夏が暑く、冬が寒くなる)と思ったら、今年の夏は常軌を逸した暑さになっている。今日は茨城県内でも猛暑日を観測した箇所が14地点中12地点というから普通じゃない。「なーんもする気が起きん」というレベルならまだしも、熱中症で死者が出た、なんて暑さにもなると笑い事では済まない。

 あづいあづいとボヤいているうちに、今日は岐阜県多治見市と埼玉県熊谷市で40.9度の日本最高気温が観測された。それまでの記録は1933年に山形市で記録された40.8度で、74年ぶりの記録更新だというから余計にげんなりする。この夏の間に記録更新の可能性も十分にありうるだけに、げんなりの度合も半端ではない。

 こんな殺人的な暑さの中、明日からの3日間は有明で「全日本オタクの祭典・夏の大会」が開催される。ビッグサイトは会場の構造上熱が籠もりやすいので、救護室がさながら野戦病院の様相を呈するであろうことは想像に難くない。

 やはり日本の暑さは「おー暑いのー、屁も出んぞ」くらいが適当なのであろう。せめて風があれば体感温度も少しは下がるんだがなあ。

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38年目の狂わせ屋

 山口県光市で起きた母子殺害事件の差し戻し控訴審で、被告人の口から発せられた突拍子もない発言が世間を騒がせている。一審・二審で殺意を認めたはずの被告人は、言うに事欠いてこうのたまった。asahi.comより。

 元少年は、夕夏ちゃんが泣きやまないので、「お母さんをあやめた自責の行為」として、ズボンのポケットにあった「剣道の小手のひも」を使って自らの左手を締めたと語り、夕夏ちゃんの首を絞めた認識はなかったとした。亡くなった夕夏ちゃんを押し入れの天袋に入れた理由は「4次元ポケットでドラえもんが何とかしてくれると思った」と話した。

 元少年は一・二審で2人への殺意を認めていた。検察側が反対尋問で、供述が変化している点について聞くと「記憶を精査した」と述べた。

 おいおい、お前は被害者を「殺したい」と思ったことを認めたんだろう? 今になって精神異常を主張する気か? この発言を受けて、冬樹蛉さんがこうコメントしている。

 「ドラえもんが何とかしてくれる」ときたか。いや、こりゃすごいね。まるで「内面の成熟が遅れた」というオチに持ってゆくために、どこかの創造力のない大人どもが無理やりひねり出したかのような陳腐な臭いがする名台詞である。いや、べつに他意はない。おれにはそう聞こえてしかたがないという、個人的な印象だ。

 冬樹さんのこの記事を読んでおれが思い出したのは、星新一のショートショートの一編「わが子のために」(『おのぞみの結末』に所収)であった。いわゆる「地元の名士」である男の元へ弁護士を名乗る人間がやってきて、男の息子が殺人を犯したことを告げる。そして刑務所送りにならないための「作戦」としてこう語る。

「裁判の時、医師の精神鑑定を受けることになるわけです。その時、簡単に見やぶられては、どうしようもありません。化けの皮がはがれないよう、修業というか、精神異常についての知識を身につけるというか、それが必要なのです。これならいいという時をみはからって、自首させようというのが、わたしの作戦なのです」

 この結果がどうなるかはここでは触れない(知りたい人は探して読んでね)が、光市の母子殺害事件で被告人の弁護団連中がしていることは、これと同じなのではないのだろうか。「人権派」を自任する弁護士が「被告人は精神異常である」と言い立てて刑の減軽を狙うのは常套手段と言っていい。事実、光市の事件で被告人に付いている主任弁護人は、1980年に起きた新宿バス放火事件でも弁護を担当し、6人もの人間を殺した犯人(検察の求刑は死刑)を無期懲役にしていた。後年その犯人は獄中で自殺したが。

 以前「そして殺人者は野に放たれる」を取り上げたときにも引き合いに出したが、38年前に放映された『怪奇大作戦』第24話「狂鬼人間」に登場する“脳波変調機”はどうやら実在するらしい。困ったことに、弁護士バッジを付けてセールスに回る「狂わせ屋」まで存在する。まったくイヤなご時世だ。

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文字通り「大人げない」事件

 資本主義経済というやつは需要と供給のバランスの上に成り立っている。このバランスが崩れた場合、特に供給の側が不足すると、こんな笑うに笑えない事件が起きる。「小学6年生からゲーム機脅しとる 30歳男、容疑で逮捕」(asahi.com)。

 小学生から人気ゲーム機の「ニンテンドーDSライト」を脅し取ったとして、埼玉県警行田署は1日、同県行田市桜町1丁目、無職斎藤高幸容疑者(30)を恐喝の疑いで逮捕した。斎藤容疑者は容疑を否認している。

 まったく、いい歳こいてなにをやっているのだ、この犯人は。記事の後段に事件の経緯が載っている。

 調べでは、斎藤容疑者は5月5日午後3時40分ごろ、自宅近くの橋の下で、ゲーム機で遊んでいた同市の小学6年の男児(11)2人に「貸せ。ぶん殴るぞ」などと因縁をつけ、DSライト2台(2万8000円相当)を脅し取った疑い。

 いやはや、いい大人のすることじゃありませんな、これは。ほとんど不良学生のカツアゲである。

 このニュースにある種のデジャヴを覚える人も少なくないのではあるまいか。そう、1988年2月のドラクエIII(ファミコン版)発売に端を発する一連の騒動。発売日が平日だったために学校をサボって店に並んだやつ、購入資金を得るために恐喝に走ったやつ、そしてゲームそのものを他者から強奪したやつ……。当時はそうした事件が相次ぎ、社会問題として取り上げられるに至った。

 ドラクエIII発売当時、今回の事件を起こした犯人は被害者の少年たちと同じ歳。案外被害に遭ったりした口なのだろうか? いずれにしても人のものをかっぱらうのはいけないことなのだが。

 半導体不足のせいでDSのハードはいまだに品薄と聞く。この事件の模倣犯が出ないことを切に願う。

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2千円札はババ抜きのジョーカーと言っても過言ではないのだ!

 今朝の読売新聞1面に載っていて、思わず目を丸くした記事「2千円札、なぜ使われない?…日銀に8割の7億枚眠る」。そういや見ないよねえ、2千円札って。最後に見たのは支払用の袋から牛乳屋のおっちゃんに渡したときで、受け取ったおっちゃんも「珍しいねえ」と驚いていたものだ。

 記事から引用する。

 日本銀行が在庫として保管している2千円札が2006年度末で約7億2405万枚と、00年度の導入以来最高となった。

 これまでに製造された8億8000万枚のうち、06年度末の流通枚数は約1億5595万枚で、残る8割以上が日銀の金庫に眠っている計算だ。

 2千円札は西暦2000年や沖縄サミット開催をきっかけに、00年7月に発行された。当時はハイテク技術を駆使した偽造防止のほか、少額支払いが便利になると期待された。

 日銀がなんだかんだと理屈を付けても、発行当時からして「西暦2000年だから2千円札作っちゃおうぜ」以上の理由で作られたとは思えなかった。例えば紙幣で8千円を支払うときに、感覚的にどれが一番判りやすいか(「1万円札を出して2千円分のおつりをもらう」ってのはナシね)。

  1. 千円札8枚
  2. 2千円札4枚
  3. 5千円札1枚+千円札3枚
  4. 5千円札1枚+2千円札1枚+千円札1枚

 多くの人が3番目のケースを支持するものと思う。2番目は1番目よりはマシであろうが、受け取った側が若干とまどうことが予想される。最悪なのは上で例に挙げなかった「2千円札と千円札をごっちゃにして支払う」ケースだろう。払う側も受け取る側も足し算しなければならないから。さらに、2千円札と千円札は色合いが似ているせいで混同しやすいというのもよろしくない。

 かくして2千円札は「自分の手元に回ってきたら、さっさと他の誰かに押し付けてしまいたい」という、ババ抜きにおけるジョーカーのような存在になってしまった。その押し付け合いの果てに、発行枚数の8割が死蔵される事態になったのである。いっそのこと潔く「2千円札を発行したのは失敗でした」と認めて印刷そのものをストップしてしまった方が賢明ではないのか?

 記事の結びにはこうある。

 日銀は7億枚余りの2千円札を本、支店で保管している。7億2405万枚を積み上げると高さは約72キロ・メートルにも達する。高さ3メートルに積んでまとめても、テニスコート(約261平方メートル)よりひと回り広い空間が必要になる。日銀は「保管場所に困っているわけではないが、なぜこれほどまで使われないのか、正直なところわからない」と途方に暮れている。

 これを読んで「その1割でもオレに分けてくれれば、ぜーんぶ流通させてやるぜ」と、文字通り現金な発想をした輩も少なくないと思う。おれもそんな輩の1人だったから。

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なにやってんだ高野連

 野球部の特待生問題に関する高野連の対応が連日報じられているが、あまりにも場当たり的、悪く言えば行き当たりばったりな対応は、報道を見ていてイライラしてくる。MACさんの記事に寄せたコメントと重複するが、大学では一芸入試が認められているのに、どうして「野球だけダメ」なのか? 高野連はそんな問いに対して万人が納得できる回答を示せないでいる。読売新聞5月3日の記事より。

 しかし、「なぜ野球だけが駄目なのか」という疑問には、過熱した戦前の学生野球の歴史や「高校野球は教育の一環、フェアプレーの精神で行われている」などと、脇村会長はこれまでと同じ説明を繰り返した。

 他のクラブ活動は「教育の一環」ではないと? 野球以外の体育会系クラブの競技は「フェアプレーの精神で行われて」いないと? 西武球団の裏金問題に端を発した一連の騒動が起きるまで、高野連は越境入学などを事実上黙認してきておきながら、どうして事が大きくなってからしゃしゃり出てきて監督者面するのか。いくら現状に即していないとは言え「ルールはルール」、それを守らない側に対して制裁を加えるのは当然の措置だろう。でも、あんたたちは「そういうことはいけませんよ」と指導なり監督する立場にあるんじゃないのか? 騒動の収拾を現場に押しつけた当の脇村高野連会長はぬけぬけとこうコメントした(読売新聞5月11日の記事より)。

 脇村会長の話「憲章違反の学校が多く、現場が混乱したから、緩和措置を決めた。できるだけ理解をいただきたい」

 自分たちで混乱の種をまいておいて、よくもそんなことが言えるもんだ。あんたたちの後手後手の対応が現場を混乱させた要因のひとつなのに。

 ふと思い立って、日本学生野球憲章を読んでみようとしたら、あまりにも難解な前文が書かれていて頭がくらくらしてきた。

 われらの野球は日本の学生野球として学生たることの自覚を基礎とし、学生たることを忘れてはわれらの野球は成り立ち得ない。勤勉と規律とはつねにわれらと共にあり、怠惰と放縦とに対しては不断に警戒されなければならない。元来野球はスポーツとしてそれ自身意昧と価値とを持つであろう。しかし学生野球としてはそれに止まらず試合を通じてフェアの精神を体得する事、幸運にも驕らず非運にも屈せぬ明朗強靭な情意を涵養する事、いかなる艱難をも凌ぎうる強健な身体を鍛練する事、これこそ実にわれらの野球を導く理念でなければならない。この理念を想望してわれらここに憲章を定める。

 これが制定されたのと同じ年に公布された日本国憲法の前文と比べてみると、「なんだこりゃ?」である。よほど語彙の豊富な人でなければ文脈を理解することはできないのではあるまいか。こういうものに縛られているせいで、高校野球には一抹の硬さが感じられるようにも思える。……もうちょっと楽しく野球しようよ。

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だから鉄オタは嫌われる・その2

 鉄道ファンは「SL運行」というイベントに弱い。ましてや人気のあるD51が運転されるとなると、頭にはまっているはずの常識のネジがスポポーンとはじけ飛んでしまうらしい。1日からJR内房線で運行されているD51牽引のイベント列車で撮影を巡るトラブルが相次いでいる。

 2月4日付のYOMIURI ONLINEより(強調箇所は引用者による)。

 今月1、3日に運行されたが、1日に千葉―木更津駅間で3度にわたり緊急停車。3日も、約500人を乗せて内房線富浦―那古船形駅間を走行中に、線路わきから身を乗り出すようにして撮影していたファンがいたために急停車したほか、那古船形―館山駅間で、60歳代の男性が線路上に寝転がってカメラを構えていたことから停車した。警察官が男性を注意した。

 いい歳こいて何バカをやっているのだ、こいつは。「アオリの構図で迫ってくるデゴイチ」を撮りたかったんだろうけど、そんなことをすればお巡りさんは黙っちゃいない。どうやら注意だけで終わったようだが、いっそのこと往来妨害罪の現行犯として手錠を打ってしまってもいいのではあるまいか。

 もちろんこんなバカをやる連中を、一般的な鉄道ファンは冷ややかな目で見る。悪い意味で子供っぽさが抜けきってないんだろうなあ、この種のトラブルメーカーは。鉄道ファンのストレートな怒りはこんな場面で現れるという一例が鉄音アワー64号のポッドキャスティング配信で聞ける(11分33秒あたりから)。

 大事なことはただひとつ。「他人に迷惑をかけるな」。それだけだ。

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幻想に踊る視聴者

 人間、どうしても楽な方に身を任せがちである。それでいて欲は深いので、「楽に痩せたい」とか「労せずにカネを稼ぎたい」などと考える。そうした煩悩に支配された結果、ある者は新しいダイエット法を模索し、またある者はギャンブルに走る。そんなココロのスキマに、さながら喪黒福造のごとく情報番組というやつが入り込んでくる。

 情報が売りである以上、番組がウソをついてはいけない。これは作り手と受け手の暗黙の了解だ。それを「あるある」は土足で踏みにじった。あまつさえ、事前に「今度ウチの番組で納豆を取り上げるからよろしくね」といった主旨の情報が大手流通業者に流れていたという(livedoor ニュースより )から、消費者を馬鹿にしている。

 落ち着いて考えれば、「特定の食材を多めに摂取するだけで、あとは普通に日常生活を送っていれば痩せられる」なんてことは話がうますぎる。それでも「あの番組で言っているのだから」という薄弱な根拠から、一片の疑いも抱かずに納豆の買い占めに走ってしまう視聴者の、なんとまあ哀しいことか。なんとなく昨年夏のハンカチ探しの騒動を連想してしまった。

 それでも食材としての納豆にはなんの落ち度もない。悪いのはすべて、納豆を別な意味で「食い物」にしていた連中である。今回の騒ぎで苦手だった納豆が食べられるようになった人は、むしろソッポを向かないで積極的に食べてもらいたい。小売店も製造業者も大量の在庫を抱え込む羽目になって困っているはず。これを機にどんどん買ってあげれば困る人はぐっと減るだろう。

 番組自体は捏造の発覚で打ち切りに追い込まれたが、「あるある」にこれほどの影響力が残っていたことのほうに、おれはむしろ驚いた。

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最後の昼食はチキンラーメン

 インスタントラーメンの産みの親であり、日清食品の創業者でもある安藤百福氏が5日に亡くなった。享年96。半月ほど前に「所さんの目がテン!」でカップラーメンが取り上げられたのを見たばかりだったので、少なからず驚いた。読売新聞朝刊が1面で訃報を報じていたのにはもっと驚いたが。

 世界最初のインスタントラーメンであるチキンラーメンの発売は1958年、カップラーメンの始祖であるカップヌードルは1971年の発売であるから、おれが物心ついた頃にはすでにカップヌードルがインスタントラーメンの主流になっていた。生前の安藤氏は毎日チキンラーメンを食べていたそうだが、おれ個人がチキンラーメンを食べた回数はカップヌードルのそれと比べると格段に少ない。

 なにかと「体に悪い」とやり玉に挙げられることの多いインスタントラーメンであるが、安藤氏の大往生という実例がその反証たり得るのではないかとも思ってしまう。もっとも安藤氏は週に一度のゴルフも楽しんでいたというから、全面的に擁護できるわけでもないのだが。

 ともあれ、ごちそうさまでした、安藤さん。そしてこれからも「いただきます」。

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2006年の漢字は「命」

 12日に日本漢字能力検定協会が発表する「今年の漢字」は「命」との報道があった。昨年の「愛」よりはすんなり納得できる結果に落ち着いたように思う。

 この結果になった理由について、主催元は4種類を挙げている。

1.親王「悠仁さま」ご誕生
 秋篠宮紀子さまが約40年ぶりに親王「悠仁さま」をご出産。日本中が祝福ムードに包まれました。 ※この意見は2位「悠」の主要な理由にもなっています。

2.自殺の多発
 いじめによる子供の自殺をはじめ、生活苦による高齢者の自殺など自殺のニュースが相次ぐ中、履修問題の責任をとって校長も自殺したことが理由の大半を占めました。

3.痛ましい事故・事件の多発
 飲酒運転による交通事故死、虐待による殺人事件、竜巻など自然災害による突然の死、そして、ペットの大量処分などに心を痛めたという意見も多く見受けられました。

4.命に不安を覚える出来事の多発
 北朝鮮で核実験が行われたことや、医療制度改革による高齢者の医療費負担の増大、臓器移植問題、医師不足など、命に不安を覚える出来事が数多く挙げられています。

 これはおれの勝手な想像だが、5番目の要素として「アニメ・特撮関係者の相次いだ訃報」もありうるのではないか。このブログで今年取り上げた故人でこの要素に該当するケースを挙げると次のようになる(敬称略。日付は取り上げた記事のもの)。

  • 伊福部昭(2月9日)
  • 佐々木守(2月27日)
  • 宮川泰(3月21日)
  • 曽我町子(5月17日)
  • 鈴置洋孝(8月10日)
  • 曽我部和恭(9月20日)
  • 実相寺昭雄、宮内國郎(11月30日)

 この他、青木智仁(6月14日)、宗左近(6月24日)、メイナード・ファーガソン(8月25日)の訃報を取り上げている。あまりの多さに「まったく、今年はなんて年なんだ」と何度口にしたことか。今月に入って、開設以来変えたことのなかったブログの外観を一新したのも今年の訃報続きに辟易したせいである。

 上位20字が「2006年 今年の漢字」に発表されているが、2位以下の漢字も見てみると、さらに2006年という年が見えてくるように思える。5位に「子」、6位に「殺」と並んでいるのがなにやら象徴的だ。親が幼い子供を虐待の果てに殺す事件も多かったし、某直木賞作家が生まれたばかりの子猫を崖から投げ落として殺していることを新聞のコラムで告白してブーイングを浴びたのも今年の出来事のひとつに数えられる。そうした要素を最大公約数的に代表しているのが「命」という字ではなかったか。


 今年は結果に異論を差し挟むつもりはないが、きわめて個人的に今年を象徴する漢字は「頭」。4月中旬から10月の終わりにかけての半年間は水頭症と手術のことばかりネタにしていたような気がする。坊主にされるわ、頭蓋骨に穴を開けられるわ、頭皮はメスで切られるわ、管は通されるわ、とにかく首から上が大騒ぎの半年間であった(詳しくは「水頭症」カテゴリーをお読みいただきたく)。

 そういや手術という大きな出来事を通して、おれも「命」について思いを馳せたっけなあ。

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自殺予告の連鎖

 文部科学省に自殺を予告する手紙が相次いで寄せられている。6日に匿名の自殺予告が届けられて以来、続々と文部科学大臣に「直訴」するケースが連日報じられている。

 しかし、一部の例外を除いて、なぜ彼らは匿名で自殺をほのめかすのだろう。6日に自殺予告を送りつけた生徒の場合、消印以外に身元を突きとめる手段がないから困ったものだ。それでいて文面はこうだ―

 大臣あての手紙では、「8日までになにもかわらなかったら、自殺します。場所は学校でします」とし、「11日土曜日に自殺することを証明します」と書いていた。「クラスのみんなへ」と原稿用紙に書かれた手紙の中では、「なぜ僕をいじめるのですか。『キモイ』からですか『クサイ』からですか」「なぜ僕をさけるのですか。なぜ僕のズボンをおろすのですか」などと訴えていた。(YOMIURI ONLINEより)

 自分がきわめて不本意な状況下にあるのなら、そしてそれを改善してもらいたいのなら、どうして自分を特定してもらえるデータを提供しないのだろう。これでは対処する側も困ってしまうではないか。彼は周りにいる大人たちを信用できないのだろうか。それでも自分からSOSを発信できるだけ、彼はまだ助かる見込みがあるだろう。

 いじめを苦にした自殺が報じられると、「自分以外の人たちのことも考えろ」とか「生きていたくても生きられない人たちがいるんだぞ」とか「死ぬ気になればなんでもできるだろう」といった論調で死者を鞭打つ手厳しい意見に行き当たることがある。そうした意見も分からないではないが、自殺を考えるほど追い込まれている人間は、人の迷惑など考える精神的余裕などありはしないことを理解してほしいと思う。

 おれ個人は、苦痛から逃避手段としての自殺を否定しない。今でも頭の片隅に「自殺」の二文字がちらつくことがある。「命あっての物種」だの「生きていればいいことだってある」だのといった決まり文句も、安っぽいコピーにしか聞こえないこともままある。「生まれ方が選べないなら、死に方くらいは自分で選ばせてくれ」とも思うのだ。今のところその気はあまりないが、何らかのはずみでトリガーが引かれる可能性がないとは言えないのが正直なところである。

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飲酒運転、どうすりゃなくなる?

 8月に福岡市職員が起こした飲酒運転に起因する交通死亡事故以来、マスコミは連日のように飲酒運転取り締まりのニュースを伝えている。罰則強化を求める声も多いようだが、本当にそれで飲酒運転による死亡事故が減るかどうかは正直なところ疑問に思う。

 公共交通機関による足が十分にある都市部ならともかく、日頃の足として車を使う地方では酒気帯び運転は半ば黙認されている格好になっている。酒を出す店に当然のように駐車場があり、職場の飲み会などでは多くの出席者が車で参集する。店側でも運転するしないなど確認せずに注文通りに酒を持ってくる。そしてほどよく酔っぱらった連中がハンドルを握って、帰途に就くなり二次会に向かうなりするのである。つまるところ、運転者の側に「バレなきゃいい」とか「そんなに飲んでないし」と、罪の意識が欠落しているのだ。

 警察側もドライバーだけでなく、酒を出す店に対する指導と取り締まる必要が生じてくるが、これにしても限度がある。毎晩交通課の警官を総動員させて飲酒運転の検問をやるわけにはいかないのだから。こうなると、もはや人間の良心に期待はできないのではないだろうか。

 ……などと思っていたら、nikkeibp.jpに「ボルボ、飲んでいるとエンジンがかからない飲酒運転防止システムを開発」のニュースを見かけた。記事によると、

シートベルトに酒気検知器が備え付けてあり、運転する前に、これに息を吹き込んでアルコール濃度を測定する。検知器の値がマイナスを示し、かつシートベルトが締まってないとエンジンが始動せず、酔っていては運転できないようにする。

 すべての車にこのシステムを導入するレベルまで徹底的に対策しないと、飲酒運転というやつは撲滅できないのかもしれない。

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ナイフと刑法

 つい最近自らが作画を担当した漫画が実写映画化され、秋の改編期からはアニメも放映される漫画家が銃刀法(正確には「銃砲刀剣類所持等取締法」。これを書くに当たって検索して初めて知った)違反で逮捕された。YOMIURI ONLINEの記事から抜粋する。

6日未明、東京都練馬区大泉町の外環道大泉ジャンクション近くの都道で乗用車を運転中、片方のライトが切れていたため、パトロール中の同署員が職務質問したところ、助手席のコンソールボックスの中から、ケースに入っていない長さ8・6センチメートルのアーミーナイフが見つかり、現行犯逮捕された。銃刀法では正当な理由なく刃渡り6センチを超える刃物を携帯することを禁じている。

 読売では「長さ」としか表記していないが、朝日では「刃渡り8.6センチ」と表記している。一般に「アーミーナイフ」というと、ビクトリノックス社などが生産している、いわゆる「十徳ナイフ」と同義のように考えられる(実際にGoogleで「アーミーナイフ」を検索すると、この種のナイフに関して記述されたWikipediaの記事が真っ先にヒットした)が、本当にこれなのだろうか?

 であれば「ケースに入って」いること自体おかしいし、手元にある同じような型のナイフのラージブレード(2種類ある刃のうち大きい方)を測ってみたら約7センチしかなかった。問題のナイフはアーミーナイフにしてはちょっと長くないか? 映像で見ていないので断言できないが、「本当は別種のナイフなのに、記者の取材不足のせいでアーミーナイフと呼んでいる」ということはないのだろうか?

 銃刀法で規制の対象になる刃物類は「刀剣類」、「模造刀剣類」、「刃物」の3種類。これらがどう違い、どういう規制がなされているかはこちらのページに詳しいので参照されたし。法律では「刃渡り」とは刀剣類に対して使われる言葉であり、ナイフなどの刃物の場合は「刃体の長さ」という。折りたたみ式でなく、刃体の長さが6センチを超える刃物を携帯すると銃刀法に抵触する(折りたたみ式であれば8センチ以下は対象外)。

 では6センチ以下なら携帯しても大丈夫なのかとなると、今度は軽犯罪法に抵触する可能性がある。この場合「正当な理由」なく刃物を携帯することはサイズの如何を問わずに引っかかる。職務質問してきたおまわりさんを納得させられる理由がないなら持ち歩かないのが賢明のようだ。なにかと便利なんだがなあ。

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冥王星、仲間はずれになる

 結局そうなっちゃったか、という感のある国際天文学学会の結論。「冥王星は惑星と見なさない」。asahi.comは「冥王星は1930年の発見から76年で惑星の地位を失い、世界中の教科書が書き換えられることになる」と表現しているが、そう考えると今生きている人の大半(日本人の場合)は太陽系の惑星を「水金地火木土天海冥」で覚えているわけだから、これはこれで歴史的なことなのではなかろうか。

 今回決議された惑星の定義を、やはりasahi.comから引用すると、

 可決された「決議案5A」で太陽系の惑星を、「太陽の周りを回り、十分重いため球状で、軌道近くに他の天体(衛星を除く)がない天体」と定義。注で惑星は「水金地火木土天海」の8個とした。冥王星を念頭に「太陽の周りを回り、十分重いため球状だが、軌道近くに他の天体が残っている、衛星でない天体」を「矮(わい)惑星」と定義するが、惑星には含めない。

 ……この定義もなにやら曖昧のような気がするんだが。また何十年か後になって「もう一回見直さない?」なんてことになりかねないのではないか。さしあたって困るのは占星術業界と松本零士くらいであろうが。

 しかし、いざ「冥王星は惑星ではありません」と言われてしまうと、「ガミラスの前線基地は?」とか、「シャドウが墓守している氷の墓場は?」とか、どうでもいいようなことを考えてしまうのは古いアニメファンの業と言うべきか。「冥王星」という言葉からイメージするものは、どうしてもこのあたりに落着してしまうんだよなあ。

8月25日追記:記述や図版の修正に追われる教科書業界も困っているそうだ。逆にプラネタリウムは「天文学への興味を持つ人が増える」とにんまりしているという。

8月26日追記:冥王星は「アメリカ人が発見した唯一の惑星」だったことを受けて、当事国の反応をasahi.comが報じている。

 ワシントン・ポスト紙は25日付朝刊の1面トップ級の扱いで「惑星・冥王星は死んだ」「ある人々にとっては合理性が感傷に勝利した結果だが、他の人々に大きな失望をもたらした」と書いた。

 ……まあなんというか、思わず笑っちゃうくらいアメリカ人的な反応だなあ。

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直木賞作家の「子猫殺し」

 今回は敢えて当事者についての敬称を省かせていただく。

 おれが直木賞作家の坂東眞砂子が日本経済新聞夕刊に書いた「子猫殺し」の件を知ったのは、人気ブログである「きっこのブログ」(8月21日分)であった。同日付の記事に坂東の書いたエッセイの全文が引用掲載されているので、気分が悪くなってもいい覚悟がある人、このごろ血圧が下がり気味なので立腹して血圧を上げたい人などは読んでみるといい。

 坂東自身、そのエッセイで「こんなことを書いたら、どんなに糾弾されるか分かっている」と書き出しているので、遠慮なく糾弾させていただく。あんたみたいな飼い主に飼われている猫たちがかわいそうだ。あんたは自分の都合で生まれてきたいのちを奪っているんだぞ。それを自己正当化するために駄文を連ねるんじゃない。あんたは自分が崖から投げ落とした猫が絶命する瞬間を一度でも見たことがあるのか?

 やはり坂東を糾弾したきっこさんは、8月23日の記事で飼っていた猫を病気で亡くしたときの体験を書いている。おれも昨年の12月に、目の前で猫が息を引き取る瞬間を目の当たりにしたことを書いた

 この世に生を受けた以上は猫だって生きていたいはずである。それでも母胎感染によって、生まれたときから猫エイズなり猫白血病なりのウイルスを背負ってきてしまい、長く生きられないことを運命づけられてしまう不幸な猫もいる。そんな猫を出さないために、雄猫の去勢手術や雌猫の避妊手術は飼い主の義務であるとおれは考える。そしてその生を全うするまで飼うのも飼い主の義務だと思う。しかし坂東の見解はずいぶんと異なり、こう書いて問題のエッセイを結んでいる。

 人は他の生き物に対して、避妊手術を行う権利などない。生まれた子を殺す権利もない。それでも、愛玩のために生き物を飼いたいならば、飼い主としては、自分のより納得できる道を選択するしかない。
 私は自分の育ててきた猫の「生」の充実を選び、社会に対する責任として子殺しを選択した。もちろん、それに伴う殺しの痛み、悲しみも引き受けてのことである。

 本当に「殺しの痛み、悲しみも引き受けて」いるというのであれば、かくも厚顔無恥な文章を全国紙に発表できるわけがないと思うが。

 今回の騒ぎを取り上げたZAKZAKに坂東のコメントが載っている。

 坂東さんは日経を通じて「タヒチ島に住んで8年。人も動物も含めた意味で『生』、ひいては『死』を深く考えるようになった。『子猫殺し』はその線上にある。動物にとって生きるとはなにか、という姿勢から、私の考えを表明した。人間の生、豊穣性にも通じることであり、生きる意味が不明になりつつある現代社会にとって、大きな問題だと考えているからだ」とコメントしている。

 ……あんたの書いたエッセイの方がよっぽど意味不明だ。

 坂東が住んでいるタヒチはフランス領であり、フランスの法律では子犬や子猫を殺す行為は最高2年の拘禁刑になるという。一度刑務所にぶちこんで、死んだ子猫たちに対して詫びさせた方がいいのではなかろうか。

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暇人たちのハンカチ探し

 夏の高校野球で優勝投手となった早稲田実業の斎藤投手は、普通ならアンダーシャツの袖で拭う顔の汗を、タオル地のハンカチで丁寧に拭くことで実績以上に話題になった。誰が名付けたのか「ハンカチ王子」などという気色の悪いニックネームまでいつの間にか付いていた。本人はこう呼ばれることをどう思っているのだろう。

 そんな斎藤投手の功績にあやかろうというのか、同じものを持ちたがる人が少なからずいるらしい。nikkansports.comより。

 佑ちゃんの「青いハンカチ」を探せ-。早実斎藤佑樹投手が使ったタオル風ハンカチが話題を集めているが、全国のデパートなどには「どこのブランドか教えて」と問い合わせが相次いでいる。デパート側もメーカーなどに聞いているが、いまだに斎藤のハンカチは特定されていない。テレビ局のワイドショーもチームを結成して探している。デパートでは、似た模様の青いハンカチをまとめ買いする人も現れているとか。

 これが「芸能」扱いの記事というあたりにどうしようもない救いのなさが垣間見える(記事の書き出しが『佑ちゃんの「青いハンカチ」』という段階で正直げんなりだ)。どこのブランドのものか知ってどうしようというのだろう。本人が汗を拭いたものならそれこそいい験担ぎになるだろうが、いくら同じものを手に入れたところで、所詮は何枚生産されているかすら分からないただのハンカチの1枚に過