気持ちが堕ちた日

 先週末の6日、明らかに気持ちが堕ちた。当日は新調したメガネを引き取りに出向いたのであるが、駅で電車を待っているときに突然スイッチが切れたかのようにぷつんと堕ちたのであった。電車を待っているときにこうなると、通過する貨物列車をホームから眺めているうちに「ここに飛び込んだら楽になれるかな…」なんて気分になってしまうだけに危険きわまりない。この日はメガネを引き取るなりさっさと帰宅して、夕食もまともに取らぬまま寝てしまった。

 翌7日も堕ちた気分は浮上してはこず、食欲も湧いてこないまま、1日の大半を寝床で過ごした。いわゆる「寝逃げ」というやつだ。

 こうも明確なタイミングで気持ちが落ちこむのも珍しいが、さすがにそのままにしておけないので、週明けの8日に精神科でカウンセリングを受けた際にはそのときの気持ちを洗いざらいぶちまけた(つもり)。それがよかったのか、通院後はいくらか気持ちが楽になった。

 それでも積極的に「死にたい」と思わないまでも、「なにかにしがみついてでも生きていたい」という気持ちになれないのは相変わらずなのであるが。

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歯医者に行く

 なぜか「歯医者」という単語を聞くと思い出すやりとりがある。あれは何回目のウルトラクイズであっただろうか、第2次予選名物のジャンケンで交わされた会話。

福留「ご職業は?」
挑戦者「歯科医をやってます」
福留「ハイシャ(敗者)と言いなさい!」

 お互い承知の上で交わされた会話であろう。この後のジャンケンで、歯科医の人は敗退したと記憶している。

 ……などと、現実逃避でもしなければ行く気になれない歯医者に、何年かぶりに、足取りも重く行ってきた。行かなければならないということは重々分かっていたつもりなのだが、いざ行こうと思うと気が重くなるのも事実である。まあ歯医者に嬉々として通う人もあまりいないだろうが。

 今日は初診ということもあって、歯のX線写真を撮り、おおまかな治療方針が決められた程度であった。正直なところ「どっちみちもう口ん中ボロボロだし、治すだけ無駄なんじゃないの」という気もするのだが、それでも「残っている歯と歯周病の治療を行う」旨を歯医者の先生は語った。終わってみたら、いつの間にか肩に力が入ってしまい、すっかり凝っていた。

 これから本格的に歯医者に通う日々が始まるのかと思うと、本気で気が滅入ってくる。ううう。

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アナタハ神ヲ信ジマスカ?

 「外国人≒キリスト教の宣教師」という思い込みがあった時代には、タイトルにあるフレーズを聞いた人も少なからずいるだろう。そしてよっぽど敬虔な人でもない限りは、このフレーズを半笑いで受けとめていたはずだ。現在のおれが聞いても、おそらく諸手を挙げて「信じる、信じますッ!」とは言わないだろう。それでも「片手くらいは挙げてもいいかなあ、遠慮がちに」と思うようになったのは不思議なものだ。

 こんな気持ちになったのは、自分が精神的にかなりのところまで追い詰められているせいだと自己分析している。

 人間というのは「こりゃ今の自分の手に余るなあ」という状況に陥ると、人知を越えた“なにか”にすがりつきたくなるらしい。それが「唯一絶対の存在」に向けられるか、「八百万(やおよろず)の存在」に向けられるかは、人によって異なるだろうが。

 従姉の旦那さんは、肺癌で従姉が亡くなる直前まで治療の方法がないか加持祈祷の類にまですがったと聞いたし、半年前に自らの命を絶ったおれの弟は「信仰」なんて言葉とはおよそ縁がないと思っていたが、部屋からは『神との対話』やら『神へ帰る』といった本が見つかった。

 こうして「まいった、困った、どうしよう」と言っている人たちを救済するために、宗教というものが生まれたんだろうなあ。……カウンセリングで話しているうちにこんな展開になってしまい、さぞやK先生も驚いたことだろう。話していた本人が一番驚いているんだが。

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そしてふたたび耳鼻科

 2ヶ月ほど引きずっていたのであるが、右耳の具合がどうも悪かった。音が籠もった感じに聞こえ、聞こえ自体もよろしくない。一昨日の朝に洗髪したらなぜか症状が急激に悪くなったので、おそるおそる2年前に受診した耳鼻科を訪ねた。

 個人経営のところであるから、順番が回ってくれば当然前回と同じ先生が診ることになる。患者が何人来ても、診察と治療は1人で行われるので、患者をさばくさまはさながらヒヨコの鑑別のようである。いつも話を聞いてもらっているカウンセリングのK先生が「腕は確かだが評判はあまり良くない」と話していたことになんとなく同意してしまう。

 ちゃっちゃと容態を診た先生は「最近風邪ひいた?」と訊いてきた。そんなことはないですが、と答えると、症状を説明してくれた。「水が溜まってるねー。中耳炎の一種」とのこと。すぐに処置するという。「ちょっとチクッとするよー。すぐ終わるから」とかなんとか言いながら、耳の中になにやら器具を突っ込んでチクッ。そのあとに小型の掃除機のようなもので耳の穴を吸われて終了。ここまで具体的な説明はない。「評判はあまり良くない」ゆえんであろう。

 会計で4290円を請求され、領収証の「手術」の項目に点数の記載があったことから、「いったいどんなことが行われたのだ?」と勘繰ったおれは、帰りの道すがら検索してみた。該当する病気はすぐに見つかった。

滲出性中耳炎(しんしゅつせいちゅうじえん)は中耳に滲出液が貯留した状態であり、中耳炎の1種である。(引用元:ウィキペディア)

 具体的な病名で検索すると、さらに詳しい処置についての記載も見つかった。あの「チクッ」は鼓膜の切開で、掃除機は溜まっていた水を抜く処置であったのだ。患者が知らないうちに処置してしまったのは好判断かもしれない。なまじ知っていたら、それなりに恐怖心を抱いていただろう。なるほど、「腕は確か」だった。

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自殺報道の害悪

 このところ「硫化水素を発生させて自殺」という報道が目に付く。自室なり車なりを内側から目張りして、簡単に手に入るアレとアレ(ここに具体的な品名を記すのはやめておく。調べる気になればいくらでも情報は入手できるのだから)を混ぜれば有毒ガスが発生して、ホトケさんができあがる。

 タチが悪いのは、この方法で自殺した場合、死ぬ気のなかった周囲の人間に二次被害が出る危険性があるということ。企図した人間が気を使ったつもりで「有毒ガス発生中」と張り紙をしてみても、それが気づかれなければなんの意味もない。

 連日のようにこんな気の滅入るニュースが流れてくると、さも自殺者が増えているように思えてしまうが、それはおそらく気のせいである。「硫化水素を使わなければ別の手段で自殺に及んだであろう」ということくらいはメディアの側でも察してもらいたい。報道すること自体が自殺方法を声高に喧伝してしまっていることに、マスコミは気づくべきだ。

「自殺の連鎖」を止めるには、家族など周囲の人たち、自殺に使われた商品を製造する企業など総合的な取り組みが必要だ。

 ……などという寝ぼけているかのような記事を書いている場合ではない。この論法を突き詰めると「首つりに使われるからロープは売るな」とか「リストカットに使われるから包丁を売るな」とか「飛び降り自殺に使われるからビルを建てるな」といった無茶苦茶な理屈がまかり通ることになってしまう。

 手元にある『145人の自殺者』という本では、「自殺を食い止める報道方法」として以下のようなものを挙げている。

  • 全身麻痺や脳障害など自殺未遂者の悲劇を強調する。
  • 人間が如何にあっけなく死に、その逆になかなか死ねないということを強調する。
  • いじめ、ストレス=自殺という単純な連想を慎む。
  • プライバシーの問題が絡むが自殺者と精神疾患の関連を明確にさせる。
  • 「また自殺、ふたたび自殺」など自殺を日常化させるフレーズを使わない。

 文章の結びにはこうある。

 極論だが、最も有効な自殺防止策は自殺に関する報道はしないということになる。

 『完全自殺マニュアル』の類の情報を批判する前に、報道に携わる者として「何を報じ、何を報じるべきでないか」を考えるべきではあるまいか。

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ふたたび脳外科の日々と荒療治

 体調の異常を自覚したのは14日のことだった。カウンセリング前にラーメン屋でお昼をずぞぞぞと食していたときのこと。後頭部に凝ったような痛みがおき始めた。「あれ、これは手術直後に出ていた症状なのでは…?」とか思っているうちに時間の経過とともに痛みは強くなり、夜には我慢できないものになった。

 こりゃかなわん、と翌日には脳外科に直行(幸いにも主治医の先生が外来に出ていた)。体を起こしているのがしんどい中、こういうときに限って何時間も待たされたりするのはたまったものではない。それまで170に設定されていたバルブの圧を190に上げてもらって当日は帰ったのだが症状は治まらず、2日後には再度外来を受診した。

 主治医のI先生は「こうなったら最後の手段」と前置きして、バルブの圧設定を最大の200に上げた。「あのー、これで症状が改善しなかったらどうするんでしょう?」と訊いてみると、シャントを抜くことも選択肢のひとつとのこと。

 幸いこれである程度症状は軽くなったので、首が痛いのを我慢しながら21日には新しいデジカメを物色してみたり、22日には「内容がないよー」な映画(当初の予定通りVシネでよかったんじゃないのか?)を見に行ったりしてみた。不思議なことに、これが荒療治として効果があったのか、その後で一眠りしたところ、さらに症状が軽くなった。

 それでも頭痛と耳鳴りが治まらないので、24日に3度目の受診をした。体を起こしていなければ首の痛みは起きないので、シャントのどこかが目詰まりしているということではないとのこと。I先生の診断によれば頭痛は首の筋肉の凝りが原因らしく、服薬と貼り薬で症状を抑えることができるという。

 これで2年ぶりに苦しめられた症状からはようやく解放されたのであった。はぁぁぁ。くそー、なんで今ごろになってあの症状が出てくるんだよぉ。

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駆け抜ける嵐

 昔から「1月は行く、2月は逃げる、3月は去る」というが、我が家にとって2008年の1月は特殊な感覚の月となった。8日に弟がいなくなり、16日に遺体で発見されるまでの9日間はとてつもなく長く感じたものだが、それからの約半月は文字通り怒濤の勢いで駆け抜けていった。

 かくのような尋常ならざる事態が降りかかっていたこともあり(四十九日法要が済んでいないので、まだやらなければならないことは残っている)、mixiの方では弔問コメントも頂戴したりしたのであるが、とりあえず普段通りの生活は送れているのでご心配なく。まあmixiの日記やらコメントやらを読める人は「なんだ、元気そうじゃないの」と感じたであろうが。

 世間では「うつ病は心の風邪」というフレーズから、簡単に治るものと認知している人も少なくないだろう。実際にはこうした最悪の事態も招来しうるものであることを知ってほしい。おそらくは自殺者遺族の共通の思いであろう。

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HEAVEN KNOWS

 弟が逝った。本来の順番ならば家族では一番最後に墓に入るはずの弟が、真っ先に逝ってしまった。一足先にmixiの方では報告したのだが、こちらでも簡単に報告しておく。

 8日の朝食を家族と一緒に取ったのを最後に、自分の車で外出した弟はその夜帰ってこなかった。以前にも同じようなことがあったことを踏まえて、その日のうちに警察への捜索願は出したものの、どうやらその晩に弟は我が身を処することにしたらしい。愛車の運転席が永遠の眠りへの寝床となった。

 発見の報が入ったのは昨日16日のことである。車はひとけのない山林の中に停まっており、マフラーから運転席へホースが導かれていた。検視に当たった医師の所見によれば、死因は一酸化炭素中毒とのことである。時節柄遺体が綺麗なままだったのは不幸中の幸いだったかもしれない。

 生前こころを病んでいた弟は、思っていることを家族に漏らすことをしなかった。週に一度通っていた精神科の主治医だけが愚痴や本音を吐き出せる相手だったらしい。それを思うと、おれ自身の日頃の言動も今回の事態の遠因になっているように思えてならない。今更言ってみたところで死んだ人間が生き返るわけでもないが、こればかりは悔やんでも悔やみきれない。

 故人にとっては不本意だったかもしれないが、弟は今日無言の帰宅をした。葬儀は身内だけで済ますことになっている。バカ話をする相手を永遠に失った空虚な気持ちは、これからおれを苦しめ続けることになるだろう。

 うちで息を引き取った猫たちにあの世で会ったらよろしく伝えてくれや、この大馬鹿野郎め。「こっちじゃオレたちの方が先輩だぞ」と言われても知らんからな。

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「鉄道ってなんですか?」

 3週間ぶりにカウンセリングを受けに行った。このところカウンセリングを受けているのか雑談をしているのか分からん状態の小一時間を過ごしている。そんな話し相手のK先生(女性)が、つい鉄道話についてアツく語ってしまうおれにしばしばこんな質問をぶつけてくる。

 「ぶるないさんにとって鉄道ってなんですか?」

 ここでスパッと答えられればいいのだが、なぜかしばし答えに詰まってしまう。うーむ、おれにとって鉄道趣味ってなんなんだろう? 小学校高学年くらいには時刻表やら鉄道雑誌やらを読むようになっていたので、改まってこんな質問をされると正直困る。これを読んでいるあなた、人一倍アツく語れる話題について「あなたにとって○○ってなんですか?」と問われたときに「こういうものです」と即答できるだろうか?

 差し向かいでの沈黙が苦手なので、うーんうーんと貧困なボキャブラリーの中からひねり出したのは「自分が知らないところへ行く楽しみでしょうかねえ」であった(おれは乗り鉄・撮り鉄系の鉄道好きなので)。

 あー、乗りに行きてえなあ。脈絡もなく。

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そこが知りたい「脳の病気」

 このブログでも何度か触れたが、昨年生まれて初めて体にメスが入った。しかも頭。入院自体が物心ついて初めてのことだったので、脳外科という診療科目の内容に興味を持つことになった。そんなわけで手に取ってみたのが医学博士の天野惠市氏が書いた『そこが知りたい「脳の病気」』である。

 おおよそひとつの症状についてひとつの章が割かれており、中には「それも『脳の病気』の範疇なの?」というものもあるが(頭部外傷や首・背中・腰のけがなど)、テレビへの出演もあるという筆者らしく、かみ砕いた表現で書かれている。ただ、読点を多用しがちなのはかえって読みづらくしているような気もする。それから、病名やら部位の英文表記を逐一付記する必要はあったのか? んなもんよりも図版のひとつも入れてほしかった。専門家でもない人が「第3-第4腰椎間」なんて言われたときに具体的な場所をピンポイントで理解できるとは思えないぞ。

 入手して真っ先に開いてみたのはやはり「水頭症のはなし」である。自分と関係の深い話題に最初に食いついてしまうのは、これ人情だと思う。天野氏の記述によると、おれが施術された脳室腹腔シャント術という手術はこういうものである。

頭の中で吸収しきれなくなった髄液を、細くてやわらかいチューブを皮下に通して、おなかの中に導き、腹腔内で腹膜から吸収させる。腹膜が持つ大きな吸収能力を活用する手術である。頭の中から、いっきに髄液がおなかの中に移行すると、まずいことが起こるので、髄液の流れを、圧にしたがって自動調節する小さなバルブが途中についている。

 手術した箇所が箇所だったし、上記のような手術をしたので本人はほとんど改造手術でも受けたかのような気分にもなったのだが、これに続く「脳外科では頻繁に行われる小手術のひとつである」という一文はちょっとした衝撃だった。「あれだけのことをしても小手術なのか?」と。落ち着いて考えれば、手術に要した時間は実質小一時間だし、検査と術後を合わせても入院期間は半月程度であった。広範囲にわたって頭蓋骨を切開したり、長い期間のリハビリが必要な症状で入院してくる人もいるのだから、脳外科の医者の視点からすれば「小手術」なんだろうなあ。

 ともあれ、脳外科の意外な守備範囲の広さにも気付かされる一冊である。

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陰気な年越し・憂鬱な年明け

 2006年の大晦日から2007年の元日を、なぜかおれは陰々滅々とした気分で過ごした。

 例年ならば「砕け散るまで戦います」と宣言してがっつり食べる年越しそばもほどほどにしか口にせず、カウントダウンの声を聞くこともなく(当然初詣にも行っていない)翌朝ラジオからの「あけましておめでとうございます」を聞いた。元旦もなんだか憂鬱な気分が抜けぬまま朝食の食卓に着いたおれは、大好物の伊達巻にほとんど手を付けずに寝床に戻ってしまった。

 テレビで箱根駅伝の中継を見ても、くどいくらいに「あけましておめでとうございます」を聞かされても正月という実感には浸れず、結果的には正月の三が日をほとんどふて寝状態で過ごした。どうも29日に出かけた身体的疲れが精神的な疲れに転化してしまったようである。おかげでいまだに気分は厭世的だ。

 田中芳樹の「七都市物語」の第4エピソード『ジャスモード会戦』の書き出しが、今の心境を代弁してくれているように思えるので引用する。

 不愉快な年は過去へと去り、あらたに不愉快な年が礼服をまとって登場しようとしていた。

 …そういった次第で、今年は陽気に新年のご挨拶ができないことをご了承いただきたい。

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自殺予告の連鎖

 文部科学省に自殺を予告する手紙が相次いで寄せられている。6日に匿名の自殺予告が届けられて以来、続々と文部科学大臣に「直訴」するケースが連日報じられている。

 しかし、一部の例外を除いて、なぜ彼らは匿名で自殺をほのめかすのだろう。6日に自殺予告を送りつけた生徒の場合、消印以外に身元を突きとめる手段がないから困ったものだ。それでいて文面はこうだ―

 大臣あての手紙では、「8日までになにもかわらなかったら、自殺します。場所は学校でします」とし、「11日土曜日に自殺することを証明します」と書いていた。「クラスのみんなへ」と原稿用紙に書かれた手紙の中では、「なぜ僕をいじめるのですか。『キモイ』からですか『クサイ』からですか」「なぜ僕をさけるのですか。なぜ僕のズボンをおろすのですか」などと訴えていた。(YOMIURI ONLINEより)

 自分がきわめて不本意な状況下にあるのなら、そしてそれを改善してもらいたいのなら、どうして自分を特定してもらえるデータを提供しないのだろう。これでは対処する側も困ってしまうではないか。彼は周りにいる大人たちを信用できないのだろうか。それでも自分からSOSを発信できるだけ、彼はまだ助かる見込みがあるだろう。

 いじめを苦にした自殺が報じられると、「自分以外の人たちのことも考えろ」とか「生きていたくても生きられない人たちがいるんだぞ」とか「死ぬ気になればなんでもできるだろう」といった論調で死者を鞭打つ手厳しい意見に行き当たることがある。そうした意見も分からないではないが、自殺を考えるほど追い込まれている人間は、人の迷惑など考える精神的余裕などありはしないことを理解してほしいと思う。

 おれ個人は、苦痛から逃避手段としての自殺を否定しない。今でも頭の片隅に「自殺」の二文字がちらつくことがある。「命あっての物種」だの「生きていればいいことだってある」だのといった決まり文句も、安っぽいコピーにしか聞こえないこともままある。「生まれ方が選べないなら、死に方くらいは自分で選ばせてくれ」とも思うのだ。今のところその気はあまりないが、何らかのはずみでトリガーが引かれる可能性がないとは言えないのが正直なところである。

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退院後の経過報告・その7

 今日は毎月最終火曜日の恒例となっていたCT撮影の日であった。以前「その5」「その6」で触れたように、頭の中に出血が見られたために月に一度のペースで経過を診ていたのである。今日撮った写真では問題になっていた出血のあともすっかり消えていたので、主治医のI先生から「月一のフォローアップはもう終わりにしていいと思います」とのお墨付きを頂戴した。元からふらつきなどの症状は出ていなかったので気にしてはいなかったのだが。

 それでも「体内に異物を埋め込んでいる」ことに変わりはないので、これまでほど頻繁にではないにしろ継続して診察を受ける必要はある。次回は来年の4月だそうだ。係のお姉さんに「3月に予約を入れてください」と言われたが、忘れないでいられるだろうか?

 どうやら今度こそ――少なくともこの先半年間は――このタイトルで記事を書くことは打ち止めになりそうだ。ふぅ。

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なぜか書けない日々

 気が付いたら2週間もブログをほったらかしにしている。今月投稿した記事はこれを含めてもたったの3件。いくらなんでも更新が少なすぎだ。取り上げておきたいはずの事柄も少なからずあったのに、なぜか「PCの前に座って文面を練る」という作業に没頭できないでいる。ブックマークからまめに様子を見に来てくださっている方々には本当に申し訳ないと思う。すんませんです。

 かくのごとき精神的不調に加えて身体的にもなにやら調子がおかしくて、ちょっと歩いただけでも異常なまでに左肩が凝ってしまう。同じ姿勢を続けることを余儀なくされる職業の人たちが肩凝りに悩むならともかく、なんで体を動かした後に肩が凝るのだろう? なにかいい解決策はないものか。

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モラルはどこへ消えた?

 先日「クローズアップ現代」で「日本人のモラルが低下している」という内容の番組を放送していた。図書館の本にペンで書き込みをするやつ、コンビニや道の駅に設置されたゴミ箱に家庭ゴミを捨てるやつ…そんな輩が増えているという。

 過日映画を見に行ったときに「なるほど、日本人のモラルというものはたしかに低下しているらしい」と思わされる出来事に遭遇した。

 映画館は指定席制だったので、カウンターで席を確保してマクドで昼食を取ることにした。入口付近に陣取って食べていると、その近くのテーブルで食事していたスーツ姿のおっさん2人組が後片付けをしないで席を立ってしまった。「おいおっさん、ちゃんとかたしてから出ろよ」と言えなかった自分がどうにも不甲斐ない。まさか「食べ終わったら自分で後始末する」というファストフード店のシステムを理解しないで入ったわけではないだろう。いいトシこいたおっさんがマクドで食事しているというのは絵的に滑稽なものがあるが、そんなことは言い訳にならない。この場を借りて告発する。10日に水戸駅南口のマクドナルドで昼食を取ったおっさんども、食った物は片付けろ。

 その約2時間後、映画の内容に釈然としないものを感じつつ、排泄のためにトイレに寄った。そのトイレの手洗い場でまた信じがたいものを見てしまった。空になったペットボトルの入ったコンビニの袋。見る前にはこんなものはなかった。道の駅のゴミ箱に家庭ゴミを捨てる連中と同レベルのメンタリティしか持ち合わせないやつの仕業であろう。まさか映画館のトイレにゴミを置いていくバカ野郎がいるとは思ってもみなかった。トイレはゴミ捨て場じゃないぞ。ちゃんと然るべき場所に捨てろ。

 いろいろな意味で釈然としない夏の1日であった。

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退院後の経過報告・その6

 前回のCT撮影で「もや」のようなものが写ったために、ステロイド剤を投与して2週間様子を見た。前回の診察時によく聞いていなかった(それって当事者としてどうなんだ?)「もや」のようなものは脳内の出血で、今回の検査では白っぽく写っていた箇所が影のようになっていた。所見によれば出血は収まったらしく、影のように写った部分もそのうち吸収されるとのことで、ひとまず投薬による治療もストップということになった。ただ、まだどのくらいの期間をおいて経過を診る必要があるのかI先生も測りかねているらしく、月末にはまたまたCT撮影という。

 脳内での出血となると、ふらつきや握力の低下などの自覚症状が出るらしいのだが、当のおれにその手の症状が出ていないので先生も当惑気味のようである。なにぶんにも「異常な状態」の方がそうでない期間よりも長いのだから致し方ないのかもしれない。

 ……というわけで、この「経過報告」はまだ終わらせてもらえないようだ。

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迷走思考の日々

 どうも頭がまともに働いていない気がしてしかたがない。「あれもしたい」「これもしたい」ということはそれなりにあるはずなのだが、そのへんの優先順位が付けられないでいる。以前であれば「あ、これはブログのネタになる」と思ったであろう出来事にもかなり鈍感になった気がする。いきおい更新の頻度は落ちるし、ネタの切れ味もどうにも鈍る(以前あったらの話だが)。つい半月前にも同じようなことをヘタレゴトを書いているあたり、どうにも救いようがない。

 今日はカウンセラーのK先生がいる日だったので、気晴らしの雑談を兼ねて出かけてみた。先日の脳外科での検査の話をしてみたところ、「手術の後という特別な心理状態もあるのでは?」との見解も出た。思えば1年前にはこのブログでグダグダと記事を書いていたが、けっこう貪欲なくらいネタ出しができていたように思う。それができていないということは、やはり特殊な状態にあるのかもしれない。

 ま、そのうちなるようになるだろう。ケ・セラ・セラ。

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深夜に目が冴えるとき

 東日本では梅雨明け宣言後も過ごしやすい日が続いていたが、ここ数日は昼夜問わずに暑さがきつい。そんな夜に目が覚めてしまったらどうするか。たまたま午前3時半くらいにつけたラジオから「TRUTH」(F1グランプリのテーマに使われているアレだ)が流れてきてしまったら、眠れるものも眠れなくなってしまう(昨夜の実話)。

 本にでも没頭できればいいのだが、暑苦しいせいでそんなこともできやしない。開き直ってネットにつないだりしたりしてみるのだが、そこで妙にはまりこんでしまったりすると眠るどころではなくなってしまうからタチが悪い。ネットにつなぐのもよりけりである。そんなときにWikipediaの編集など始めてしまうと、これは眠ることを放棄するに他ならない(よい子はマネしないように)。気が付いたら夜が明けていたし。

 おれは寝る前に眠剤を服用しているのだが、それでも変な時間に目が覚めてしまうのは困ってしまう。きつい薬でも処方してもらうのがいいのだろうか? それ以前に体を適度に動かさないとしっかりした睡眠が取れない気がするが。

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退院後の経過報告・その5

 ……あれっ、「その4」で打ち止めのはずじゃなかったか?

 ひと月前にCTを撮って、ひとまずこれで安心、と高をくくっていたのだが、今日ひさしぶりに通院して断層写真を撮ってみたところ、写真に妙な「もや」のようなものが写っていた。先生の話によると、病状が長期にわたったためにこのような症状が現れてきたものらしい。

 主治医のI先生は、治療法を説明するのに「この治療法が効かない人もいます」ということを口にする(可能性の問題として)。治療部位が部位なので、慎重になるのも分かるのだが、医療事故が起きてしまっては取り返しが付かないという心情も理解はできる。

 で、今回のケースの場合、ステロイド剤の投与でどうにかなる場合と、どうにかならずにまたもや外科手術という可能性もあるという。なにせ患者本人に自覚症状がないだけにタチが悪い。正直言って「もう勘弁してくれ」である。そりゃ先生が症状をコントロールしているわけではないので誰も責められないのだが、どこかに責任のやり場を持って行かないと堪らないというのも患者の心情としてはある。

 ひとまずはステロイド剤を1週間投与、来週と再来週の通院時に薬の量を減らして、またもやCTの検査という手筈になっている。あーあ、おれの体ってどうなっちゃってるんだろう。

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不在の日々

 気が付いたら、前回の更新から丸2週間が過ぎる。あちらこちらのブログにコメントを残しているので、アタマの容態が悪くなってまた入院していたとか、ヨーロッパで死神博士と戦っていたわけでもない(おれは何者だ?)ことは一部の方々にはお分かりのことと思う。ここに書くことがないわけではない。ないはずである。

 ではなんで更新が滞っているのか? 一言で片付けるならば「書けなくなったから」である。もっと簡単に表現すると「スランプ」ということになるか。身も蓋もないが、そういうことだ。日々こまめにサイトなりブログなりの更新をしている人でも、「今日はかったりぃなあ、更新すんのやめとこっかなあ」と思うことがあるのではなかろうか。そんな状態がここ2週間ばかりずーっと続いている。これがけっこう困る。頭の中では「あれも書きたい」「これも書いておきたい」という気持ちばかりが先行するのだが、手の方が思うように動いてくれない。そうこうしているうちにネタとしての賞味期限が切れてしまい、「ネタの生ゴミ」と化すのである。

 今回の記事も、なかばリハビリのようなものである。記事としてはほとんど価値のないものであろう。それでも「これはブログなんだから、公序良俗に反しない限りは何を書いたっていいじゃねえか」という、ある種の開き直りもちょっとある。

 まあそういった次第で、まだもがいている最中ではあるが、そのうち以前の状態まで回復するのではないかと思う。……するといいんだけど。

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退院後の経過報告・その4

 前回の診察から2週間、またまた術後の経過を診るために病院に出向いた。

 今回は診察前にCTの撮影を行った。これは前回バルブの圧を調整したためである。I先生の話によると「前回撮ったCTを見たところ、頭の内部に水が溜まっている箇所があったので圧を上げた」とのこと。その水が溜まっていたという箇所も、今回撮ったCTではなくなっていたそうである。

 その他にも現在の容態について訊かれたが、ひと月ほど前からさんざん悩まされてきた「頭の中で低音がぶんぶん」現象がほとんど収まっていること、歩行時のふらつきがないことなどを話した。体調的には術前とほとんど変わらないと言ってもいいだろう。

 今後も頭部のCT写真を撮るために定期的(次回は1ヶ月後)に通院しなければならないが、体調に異常が起きない限りはバルブ圧調整の必要はないようである。

 ……というわけで、このタイトルで記事を書くのは今回で最後になりそうだ。あとは手術の跡が分からなくなる程度まで髪が伸びてくれれば、ひとまず事態は収束である。やれやれ。体調の異常をおおっぴらにして以降ご心配をおかけした方々に無事を報告して、ひとまず一連の「経過報告」を締めることにしたい。

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退院後の経過報告・その3

 術後1ヶ月経過の様子見と、先日の「つうこんのいちげき」の診断結果を聞くために病院へ行ってきた。

 診察室に通されるなり、目に入ってきたのは先日撮った脳の血管の写真であった。ずらっと並んだ写真を見て、内心で「おいおい、ずいぶんフィルム使ったんじゃねえのか?」と思ったのはナイショである(当然フィルムの使用量は診療費に跳ね返る)。造影立体CT検査の結果は「異常なし」。ふう。

 その後は現状を訊かれる。「頭の中で低い音が断続的にぶんぶんいっている」こと、「なんだかよう分からんが背中のあたりが痛い」ことなどを伝える。そこで、腰のあたりのX線とCTを撮ることとなった。なんの因果で「脳外科で腰のX線写真」を撮らねばならんのか。CTは術後の経過を見るためと思われる。

 腰は一部の間隔が狭まっているために痛みがあるのであろうとのこと。脳室は術後順調に通常の大きさになりつつあるという。というわけで、痛み止めの薬と湿布を処方するということ、毎度おなじみのバルブ圧調整で現在の150から170に上げるとのこと、2週間後にまたまたCTを撮ること、以上が申し渡された。

 いろいろと検査をしなければならないとはいえ、診察室→レントゲン室→CT室→診察室(2度目)→レントゲン室(さっきとは別の部屋)と、あちこちの部屋に行かなければならないのはさすがに面倒ではあった。

 その後の薬代を含めると前回の検査時よりもさらに費用がかかったが、これは予想の範囲内だったのでダメージは小さくて済んだ。次回はまた2週間後である。

 それにしても、「頭の中で低い音が断続的にぶんぶんいっている」のは耳鼻科の守備範囲なのだろうか? バルブ圧調整の後も止まらないんだが。できれば耳鼻科には行きたくないなあ。

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脳外科受診心得

 ふと気が付いたら、水頭症の手術からもう1ヶ月が過ぎる。さすがに手術直後ほどひどい有様ではないものの、手術前と変わらない体調ではないこともまた確かである。術前の検査を含めると約半月ほど入院していたわけだが、自分の体験を通して、脳外科を受診するにあたっての心得などを書き残しておこうと思う。役に立つかどうかは保証しないが、参考までに、ということで。

 まず「どんな症状が現れたら受診すべきか」。もちろん人によって異なってくるが、症例としては次のようなものが挙げられる(病室で同室になった人の症例)。

  • 頭痛と歩行時のふらつき(これはおれの場合)
  • 酔ってもいないのに呂律が回らなくなる(ラ行やパ行に顕著らしい)
  • 片方の握力が極端に落ちたり、足が上がらなくなったりする

 最初に挙げたものは水頭症、あとの二つは脳梗塞の症状である。こんな症状が現れたら、すみやかに脳外科を受診されたい。

 では「どこの病院を受診すべきか」。もちろん通院することを考えれば近いに越したことはない。心当たりがない場合は救急車を呼んでもいいし、重篤でないなら最寄りの消防署に問い合わせて救急告示病院を紹介してもらうのもひとつの手(後者の場合は事前に病院に連絡を入れることを忘れずに)。

 診る場所が場所なので、「診察後に即入院」というケースが往々にしてあることは心得ておいた方がいいだろう。おれもそうだったが、「いきなり入院と言われて驚いた」という声は何度も聞いた。

 行きがけの駄賃というわけではないが、入院に際して「あったらいいもの」も挙げておく。おそらくは入院時に「これは自前で用意してくださいね」というお達しが病院側からあると思うが、その種のリストには載ってこないであろうものをここでは挙げる(小林光恵『気分よく病院へ行こう』を参考にした)。

 ウエットティッシュ。普通のティッシュもあった方がいいが、雑巾の代用品になったりするので重宝する。

 筆記用具。入院中はトイレに行った回数を毎朝訊かれる。「いちいち憶えてなんかいられるか」という人は、ノートに正の字を書いて数えておけば訊かれたときに即答できる(経験談)。また、経過や思ったことなどを日記代わりにメモしておくのもいい。ただし、いくら便利だからと言ってノートパソコンは持ち込まないこと。うっかり盗難にあったりしたら経済的損失もさることながら、個人情報の漏洩も怖い。病院は盗難に関しては責任を取ってくれない。

 読み物。やはり漫画よりは活字の方がいい。ヒマを凶器にして人を殺せるなら、入院患者はヒマのせいだけで何人も死んでいるだろう。おれが入院したところではテレビが有料だったので、際限なくテレビを見続けるわけにもいかなかった。「音楽がないと寂しい」という人はMP3プレイヤーを持ち込む手もある(CDやMDと違ってメディアを交換する手間が省ける)。

 薬用リップクリーム。病院内は空調が効いているので、けっこう空気が乾燥している。冬場に唇がかさつく人は用意しておいて損はない。喉も渇きやすいので、制限されていなければ水分が取れるようにしておくことも大事。

 耳栓。個室の場合はともかく、他の人と同室になって、その中にいびきのうるさい人がいたりすると寝不足に悩まされることになる。消灯時間も21時ごろと早いので安眠を確保するための保険として。旅行用のアイマスクもあるといいかもしれない。

 以上、どこまで役立つかは分からないが脳外科入院経験者からのアドバイス。「気分よく病院へ行こう」は、他の診療科目についても有用な情報が書かれているので読んでおくことをお勧めする。

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つうこんのいちげき!

 先日の「退院後の経過報告・その2」で触れた造影立体CT検査を受けに行ってきた。指示通りに朝食を抜いて、水と駅の自販機で買ったお茶だけを腹に入れて電車に乗り込んだ。時間にあまり余裕がなかったので、最寄り駅からは1台だけ客待ちをしていたタクシーで病院へ向かう。さすがに1300円と値は張ったが、指定時間に遅れるよりはマシと割り切ることにする。

 検査入院以来すっかりおなじみになった感のあるCT室へ入って、検査台に横になる。ここで造影剤を点滴で注入するのだが、液が濃いために太めの針を刺すとのこと。この病院では何度もあちこちに針を刺されてきたが、みなさん手際が鮮やかだったので「今回も大丈夫だろう」と高をくくっていたのだが、さすがにちょっと痛かった。

 検査台に横になると、額のあたりと上顎のあたりをテープで固定される。事前の案内書には「検査中は検査担当者とマイクを通してお話ができるようになっていますので、安心してください」と書かれていたが、顎を押さえられた状態でどうやって話せというのだろう。おれは腹話術師じゃないぞ。

 そうこうしているうちに造影剤が注入される。「注入の際、熱感が伴います」と案内書にはあったが、たしかにわずかな時間ながら首の付け根から股のあたりまで内側から火照るような感覚があった。

 検査自体は用意から撮影完了まで10分程度と短かったが、その後点滴が落ちきるまで外来の「処置室」という部屋で横になる。むしろこの時間の方が長く、検査の倍以上の時間を要した。なんにもすることがないので、頭の中で「SF交響ファンタジー第1番」を鳴らしていたが、これは誰にも分からなかったはずである(おれ以外に分かった人がいたとしたら猛烈に恥ずかしいが)。

 点滴終了後、検査の結果が出るのは1週間ほど後であること、検査に使用したフィルムの使用料はその時に別途請求するとの説明があった(判断するために何枚のフィルムを使用するか事前には分からないため)。

 そうしてやっとお会計。名前を呼ばれて窓口に出向くと、事務担当のおねえさんは言った。「7890円になります」

 まさに痛恨の一撃。そんなにかかるとは思ってもいなかったので、頭の中には「ガーン!」と太い描き文字が現れた。表情には出なかったと思うが。落ち着いて領収証を見てみると、確かに「画像診断」の項目に2631点とある(厚生労働省が定める「医療診療報酬点数表」の冒頭に「療養に要する費用の額は、1点の単価を10円とし、(中略)算定するものとする」との記載がある。保険適用のため本人負担分はこの3割)。あやうく「すいません、今日持ち合わせがないんですけど…」という恥ずかしいことを口走るところであった。あぶないあぶない。

 さすがに痛恨の一撃を食らったあとでは帰りにタクシーなど使う気になどなれず、ひさしぶりにバスに乗った。駅までの運賃は220円。なんだか往路のタクシー代があほらしくなった。

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退院後の経過報告・耳鼻科編

 昨日の記事で触れた耳の異常にどうにも我慢ができず、今日紹介された耳鼻科へ行ってきた。個人経営の小さなところで、診察を担当するのは院長と思しき先生1人だけ。それでも待合室の一角に畳のスペースがあったのは、首が痛くなったときに横になれたのでありがたかった。

 さすがに脳神経外科と違って、患者の年齢層は幅広い。お母さんにだっこされて診察室で殺されそうな悲鳴を上げる子供から、杖に頼って歩くお年寄りまで、文字通りの老若男女が待合室にはいた。

 待たされることおよそ1時間、通された診察室で一通り症状を訊かれたあとで、鼓膜に異常がないかのチェックと再度の聴力検査。以前から左耳で高い周波数の音が聞こえないのは承知していたが、診断の結果によると8000ヘルツの音が左ではほとんど聞こえていないという。また、右耳の通りが悪くなっており、左右のバランスが崩れているために聴覚に異常が出ているのだろうとの所見であった。

 そして先生はおもむろに言った。「ちょっと空気通してみましょうか」

 右の耳に管のような機器が当てられ、右の鼻の穴には細い金属製の管が差し込まれる。鼻に入れられた管はかなり奥まで入ったのでかなりの不快感を伴う。その管の先から空気が強引に送り込まれる。思わず反射的に管を抜く方向に首が動いてしまうが、そこで先生は「逃げない逃げない」と我慢を強要する。こんなことされたら子供は泣くわな。

 なるほどこの直後はよくなったように思ったが、家に帰る頃にはまた左で耳鳴りがしている(これを書いている時点でも耳鳴りはやんでいない)。そう言えば昨日診てもらった脳外科のI先生は「脳の手術を行った直後はどのような症状が出てくるか予測が付かない」ということを話していた。それまで自分で正常だと思っていた状態は実は異常で、現在の状態は客観的には正常だが体は異常と認識している、紛らわしいがそういうことらしい。

 耳鼻科の先生は「おかしいようだったらまた来てください」と言っていたが、鼻に管を差し込まれるアレは正直勘弁してほしい。いずれにせよ、またもうしばらくは様子見である。

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退院後の経過報告・その2

 前回の記事で触れた、起立時の首の痛みにはいささかながら慣れてきたような気がする。しかし、聴覚の方の異常は相変わらずである。時報は「プップップッ、ポーン」と鳴るが、最初の3音がカラオケでキーを下げたように低く聞こえる(最後の『ポーン』は普通に聞こえる)。それ以外の音もおおむね籠もって聞こえるのも相変わらずだ。

 今日の診察でそのあたりも訴えたところ、聴覚の検査をしてみることとなった。まあ出てくる結果ではある程度の見当が付いているのだが。おれは幼少期から、左耳で高音域が聞こえない。検査を受けるたびに「中耳炎をやったことはありますか?」と訊かれるのだが、それがないのが不思議だ。この件については「餅は餅屋」ということで耳鼻科への紹介状を書いてもらうことになった。なんだか病院をたらい回しにされているような気がしないでもない。

 今回の診察で気になる要素がもうひとつ。脳の血管の写真を見たところ、妙な形をした箇所が見つかったという。単に血管が曲がっているだけなのか、あるいは動脈瘤なのか、この写真では分からないとのこと。そこでまたまた検査項目が増えることになった。造影剤を注入して、脳の血管の立体写真を撮る。この検査は今月末に行われる。

 バルブの圧の調整は見送られることになった。あまり上げすぎると水頭症と同じ症状を起こすためだとか。「もうしばらく現在の圧で様子を見ましょう」とのこと。

 なにぶんにも診てもらっている場所が場所なので、治療に当たる側も慎重にならざるを得ないのだろう。……それにしても、紹介してもらった耳鼻科にはいつ行こう?

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退院後の経過報告・その1

 昨日の記事で触れたとおり、上半身を起こした状態が持続できない。昨夜は首が痛いのを我慢しながらテレビを見ていたら、耳にまで異常が起こりだした。音が籠もったように聞こえるようになり、ひどいときには耳鳴りまでする。うわー、おれの体はどうなってしまったんだ?

 そのへんの疑問も持ちつつ、今日は退院後初めての診察に出かけた。おれは免許を持っていないので(持っていたとしても車など運転できる状態ではないが)親の車で出向いたのだが、普通に座っていることなどできようはずもなく、シートを目一杯倒した状態で、さらに首の下にタオルを突っ込んでいた。待合室でも、しんどくなって横になることがしばしばあった。そういった状況で待たされるのは、正直なところかなり苦痛である。次回以降は出かける時間をもう少し考えよう。

 ようやく診察の順番が回ってきて、I先生に状況を話すと、どうやら髄液の流量を調節するバルブの設定に問題があるらしい。これには個人差があるのでトライアンドエラーの繰り返しになると言う。前回の調整では120から140にしたのだが、そのバルブの圧をまた少し上げて150にしてみるとのこと。以前にも触れたように、この作業自体にはさほど時間はかからない。胸部にあるバルブの位置を確認して、体の上から機器でちょこっと操作してやるだけのことだ。

 前回の調整ではけっこう劇的に体に変化があったが、今回は「ホントにやりました?」と訊きたくなるくらい実感がない。設定変更後は24時間経過を見なければならないが、これを書いている時点では昨日までと体調にはほとんど変化がないように思える。

 次にI先生が外来を受け持つのは週明けの23日になる。この日までに好転が見られなければ、再度設定変更をお願いしに参上しなければならない(問題がなければ次回の診察は2週間後)。「手術しました、はい、おしまい」とならないところがなんとももどかしい。

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首から上だけロボコップ

 水頭症の手術から約2週間が経つ。体の中に新たに機械を埋め込んだものの、ポーズを取って変身する方法に変わったり、1分間だけ通常の100倍の力が出せるようになったり、頭にパーマがかかったり、言葉遣いが荒っぽくなったりなんてこともなく術後の生活を送っている。パーマ以前にまだ坊主頭なんだが。それに変身ってなんだ。

 ただ、どうにも体が慣れていないためかいささか支障が生じてもいる。起きた状態でいると首と頭の境目のあたりが凝ったように痛みだすのである。昨日本屋まで1時間ほど出かけてみたのだが、本探しをしているうちに猛烈に首が痛みだし、しまいには動かせなくなった。横を向こうと思ったら上半身ごと向かなければならない。さながらロボコップだ。帰宅するまでえらい苦痛を味わった。

 シャント手術の後に首が痛むというのはよくあることらしい。ひどいときには首に板が入ったように感じられ、下が向けなくなるという(こうなった場合は感染が疑われる)。目下のところそこまでひどくはなっていないし、仰向けに寝れば間もなく痛みも引くのであまり気にしてはいないが。

 それにしてもこの痛み、薬で抑えられないものだろうか? 明日が退院後初めての診察日なので、そのへん訊いてみようと思う。

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頭がくらくら・術後編

 考えようによっては「改造手術」と呼べなくもない手術を受けたおれは、5月7日の朝をICUのベッドで迎えた。

5月7日(入院3日目、術後1日目)
 力を入れると痛むために、腹に力が入らない。聞くところによると、右の腹の筋肉が切られているので2、3日は痛むとのこと。「自分はかなりの手術をしたのだ」と改めて実感させられる。
 朝食におかゆ(と、その他もろもろ)が出る。時計がないので何時に出たのかすら分からない。食欲がなく、わずかに手を付けた程度。
 前後して尿管に入っていた管を抜いたが、看護師の人が言うように「ちょっと変な感じ」がした。膀胱から直接尿を出していたのではなく、尿が出るところに管を通していたのである。そりゃ変な感じのひとつやふたつするだろう。
 午前中にICUから一般病棟(もといた病室)に戻る。あやうく朝食べたものを戻しそうになるのを必至にこらえる羽目になる。昼食が出たものの食欲皆無。椀のフタも開けずに下げてもらう。
 よせばいいのに、夕食前のお茶を口にしたら再度吐き気。胃薬が処方される。

5月8日(入院4日目、術後2日目)
 午後にバルブ圧の調整。レントゲン室に連れて行かれ、胸の部分に体の外から機械を当ててちょっといじって調整そのものはおしまい。これは磁気を使って行うもので、調整のためにいちいち体を切開しないで済むという利点があるが、反面で強い磁気を帯びたものに近づくと設定が変わってしまう危険性があるから恐ろしい。「リニアモーターカーに乗れないじゃん、おれ……」と妙な悲観をしたことを、この場で正直に白状してしまおう。
 このときの調整で「120から140にしました」とI先生は言うのだが、何のことなのか今もって分からない。
 手術前から左腕に刺しっぱなしになっていた点滴の針がようやくはずれる。「点滴が終わったので、積極的に水分を取るようにしてください」とも。

5月9日(入院5日目、術後3日目)
 右の腹に負担をかけないで寝起きする要領を体得する。人間、必要に迫られるといろいろと思いつくものである。しかし、上半身を起こしていると首の後ろあたりが猛烈に痛くな