20世紀最後の「富士」

東京駅にて 2009年春には廃止になるという「富士」に乗ったのは、20世紀が終わるその日であった。

上野駅の「カシオペア」 「21世紀はレールの上で迎えたい」と考えた人がどのくらいいたか知らないが、北へ向かう「カシオペア」のほうはなかなかの盛況であった(指定券はすぐに売り切れたと聞く)。かたや、当時にして凋落の二文字が背後霊のようにのしかかる「富士」は、個室こそほぼ埋まっていたものの、開放式B寝台はガラガラというありさまであった。

車体側面の「COMPARTMENT CAR」のロゴ 乗ったのは1人用B寝台個室(2階)。天井が低く、車体に書かれた「COMPARTMENT CAR」とはずいぶんと離れた印象の乗り心地である。あまりに窮屈だったので、かなりの時間をロビーカーで過ごした。
天井が低く窮屈な個室内
狭い階段

記念乗車券表面 検札にやってきた車掌さんからもらった「懐かしの山陽路号」(2000年12月31日に運転)の記念乗車券。「20世紀→21世紀」の区間表記が泣かせる。裏には当時のJR西日本の看板列車である500系と700系レールスターのイラストが銀河鉄道チックに描かれている。
記念乗車券裏面

ロビーカー内部 当時のロビーカー内部。これでも21世紀到来の瞬間には人が集まったりするんだろうか、などという幻想はあっさり打ち砕かれて、ひとり寂しくビールで乾杯することとなった。

 下関で乗務員交代となる際のアナウンスを聞きながら、「次に乗る機会なんてあるのかなあ」などと考えていたのがありありと思い出される、そんな初冬の一日。

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鉄の地巡礼・Scene4「大宮発祥の地と世田谷文学館」

埼玉新都市交通の車両(鉄道博物館駅にて)  明けて7月17日、朝食後にはやばやとチェックアウトして大宮駅へ引き返す。来るときは徒歩であったが、復路には埼玉新都市交通を利用した。スタイルといいカラーリングといい、どことなくおもちゃのような列車に揺られること3分で、もう大宮である。

 大宮を訪れた以上は、駅から徒歩20分のところにある地名発祥の地を訪れておきたい。というわけで、武蔵一宮氷川神社へ向かう。地名が意味する「大いなる宮居」が指す神社はここである。平日の午前中であるから人通りもまばらな参道を抜けて、さらにまばらな境内へ。ひとけのない拝殿で控えめに柏手を打って、とりあえずの目標は達成。駅へ引き返す。

参道に設置された石碑 二の鳥居 屋根を修繕中の楼門 拝殿

 大宮からは埼京線で一気に新宿まで出る。埼京線には幾度か乗る機会があったが、大宮から赤羽・池袋を経由して新宿に至るルートは初めての乗車。これでようやく路線本来の区間(池袋-赤羽間)にも乗ることができた。

京王線新宿駅ホームにて  新宿からは京王線に乗車。これも今まで乗る機会のなかった路線である。頭端式の地下ホームにはターミナル駅の風格がどことなく漂う。普通列車に揺られること20分弱で芦花公園駅に到着。

 駅から出ると、そこかしこに世田谷文学館のポスターが見られる。前日に攣った脚に幾ばくかの不安を感じながら歩くこと5分ほどで、目的の世田谷文学館に到着。会場内での写真撮影は御法度なので、チケット購入前にカメラを鞄に押し込んだ。

芦花公園駅前にて 世田谷文学館入口

「展覧会きっぷ」  いきなり入館チケットで面食らう。さながら駅のマルス端末で発券したかのようなデザイン。高さもほぼ同じという徹底ぶりには恐れ入る。入館券でなく「展覧会きっぷ」としてあるのもいい。パンフレットの内側には国鉄の乗りつぶしに使用した白地図の縮小コピーが使用されていて、これまたファンを唸らせる。

 展示は『阿房列車』に始まる鉄道紀行文学の歴史から、「中公に宮脇あり」と謳われた編集者時代、『時刻表2万キロ』以降の作家としての顔、また、二児の父としての顔なども紹介する展示がこれでもかと並べられている。『最長片道切符の旅』で切符購入に使用した手書きのメモまで展示されていたのには「こんなものも保存されていたのか!」と感心せずにはいられない。

 展示を見ているうちに時間の経過を忘れた。それでも会期中にもう一度出向いて、目に焼き付けたい気持ちになった。

この項終わり

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鉄の地巡礼・Scene3「大宮大成鉄道村」

 16日の宿は、鉄道博物館の開館に併せてオープンした「大宮大成鉄道村」。もともとはスーパー銭湯だったそうで、「博物館のコンセプトに歩調を揃えて鉄道風にしてみました」という雰囲気がありありと伝わってくる。

 建屋の南側にある入口はそれほど奇をてらった作りではないのだが、北側にはD51を模した建物が建っている。夜にはここに灯りが点って、かなりいかがわしい雰囲気になるようだ(HACHAPPさんのブログに夜の写真あり)。

建物南側 建物北側

 中で下足を靴箱に入れてからチェックイン。宿泊料(朝食付き)を先払いする。以後の支払いはルームキーで集計されてチェックアウト時に精算する仕組みになっている。これはこれで便利なような、かえって使いすぎがコワいような、妙なシステムである。

 部屋は寝台車をイメージしたという作り。個室のイメージらしく、ホテルの部屋としてはいささか窮屈な感じ。部屋ごとの風呂はなく(風呂は大浴場で済ませろということなのだろう)、奥にトイレだけがぽつんとある。窓にはカーテンの代わりにブラインドが付けられていた。ちょっと窓の外を見てみよう(すぐ外には川越線の線路がある)と思ったときなどにはいささか不便である。通常のホテルなら聖書が置かれているところであろうが、ここではJR時刻表が置かれていて妙に納得してしまったり。

シングル室内(通路側) シングル室内(窓側)

 さて、この部屋についておれがしたことはというと、ベッドの上でのたうち回ることであった。鉄道博物館からここにくるまで攣ったふくらはぎをかばうような格好で歩いてきたところ、今度はすねの方が攣ってしまったのである。それも両脚。部屋の壁はけして厚くないので大きな声を出すわけにもいかず、痛みが引くまでただただのたうち回っていた。

 「そろそろ歩いても大丈夫だろう」というところまで回復した頃を見計らって、大浴場へ向かう。……ここにはそれなりに期待もしていたのだが、正直なところ塩素臭がきつく(頭を洗ったら目にしみた)、浴場内にいるのが嗅覚的にもしんどかった。スーパー銭湯というところはどこもこうなのか?

 食事は1階にある「お食事処 展望車」で取る。夕食は各自に注文、朝食は指定時間内に取る方式。カウンター席の真ん中には回転寿司さながらのNゲージのレイアウトが設置されている。食事処のすぐ脇には子どもが遊べるスペースもあり(このへんはホテルというよりも宿泊施設付きの銭湯という色合いが強い)、親子連れが来ると相当にけたたましいことになる。

カウンター席の内側には鉄道模型のレイアウト 線路側の壁面にはSLの写真が飾られている 夕食は温玉たぬきそば(630円)と生ビール(480円) 宿泊料金に含まれている朝食。パン・コーヒー・ジュース・スープはおかわり自由

 両脚の状況が惨憺たるものであったこともあって、夜には施設内のマッサージサービスを受けることにした。時間ごとにコースが設定されており、今回は40分で3600円のコースを選択。担当してくれたおねえさんに「大宮駅から博物館まで歩いてきた」と話したら、やっぱり驚かれた。

この項もう一編つづく

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鬼ごっこもTPOは選びましょう

 学校が夏休みになると、はた迷惑な学生が変な事件をやらかしたりする。それにしたって、起こした事件の程度が幼稚すぎるとニュースを読んでいて頭痛がしてくる。YOMIURI ONLINEより。

 1日午後9時50分ごろ、茨城県高萩市高萩のJR常磐線高萩駅構内で、留置線に停車していた特急の屋根に上がった同県日立市内に住む県立高校2年の男子生徒(16)が架線で感電し、重いやけどを負った。

 友人2人と鬼ごっこをしているうちに駅構内に入ってしまったというのだから始末に負えない。「鬼ごっこ? 高校2年にもなって? それも夜中の10時前に?」いい歳こいて何をしているのだろう。他に遊ぶネタはないのか、茨城県北部の高校生は。鬼ごっこをするにしてもTPOっつうもんがあるだろうに。

 このトラブルで、常磐線は上下線が約50分にわたって運休した。おそらくはやけどした高校生も、彼を追いかけていた友人もたっぷりと油を絞られることになるのだろう。

8月3日追記地方版に詳報が載っていた。

 付近の住民らによると、少年たちは1年ほど前から深夜にバイクで大きな音を立てて現れ、大音量の音楽を鳴らして踊るなどし、住民から苦情が上がっていたという。

 なるほど、珍走団方面の人だったわけか。「少年たちは上半身裸で奇声を上げていた」の記述もあるところからして、おそらくは酒も飲んでいたのだろう。やけどだけなら「自業自得」の一言で済むが、電車が止まったとなるとたっぷりお灸を据えてやる必要があるだろうな。

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鉄の地巡礼・Scene2「鉄道博物館探訪」

 大宮の人には「大宮は鉄道の町」という自覚があるという。1993年2月に大宮駅を取材で訪れた宮脇俊三に、当時の駅長がコメントしている。

「嬉しいのは市民の皆さんに鉄道の町としての愛着があることですね。鉄道まつりをやろうとか、鉄道博物館をつくろうとか、そういう運動が盛りあがっています」(『駅は見ている』P.41)

 なるほど、後段の運動は実を結んだわけか。これを直に聞いた人物の見学が叶わなかったことは残念であるが。

 ……などといった感慨を抱く余裕はなかった。鉄道博物館への入場を前にして、おれはすでに変身直後のアイアンキングのように水を欲していたからである。ぬぐったそばから噴き出してくる汗は一向に止まらず、両脚とも攣る寸前だった。かといってここまで来て引き返しては、大宮まで何をしに来たか分からなくなる。かくて予定を完遂する意図のもと、鉄道博物館駅の改札前からエントランスゾーンへ続くプロムナードへと足を踏み入れた。

4カ国語の案内板時刻表とダイヤで彩られた通路

 プロムナードへの入口には、日本語・英語・中国語・韓国語の4カ国語で書かれた案内板が設置されている。路面のタイルには東北新幹線の時刻表(パンフには大宮開業時とあったが、上野と東京も入っていたぞ)が描かれ、天井には運行ダイヤがデザインされている。かつて交通博物館に設置されていたD51のカットモデルの前にはちょっとした人だかりができていた。いつの時代もSLはファンのあこがれを集め続けている。

入場ゲート  駅の改札と同様の入場ゲート。入場にはSuicaも使えるが、グリーン車の料金支払いと同様に料金を支払った情報をICカードの方に書き込む必要がある。今だから当たり前だと思うが、おれは入館時にそのままSuicaから差し引かれるものと勘違いして、情報を書き込まないまま入館しようとしてゲートに阻まれ、係の人に「あちらでお支払いを…」と言われてしまった。

ヒストリーゾーン1階

 ゲートを抜けて左に折れると、博物館最大の目玉である広大なヒストリーゾーンが広がる。由緒はあるが個人的になじみのない明治期の車両は瞥見で済ませ、ゾーン1階の中央に君臨するC57が転車台の上に乗ってお出迎え。この転車台は15時から回転イベントを実施する。このイベントでは回転中に4回、汽笛の吹鳴も行う。このイベントは実際に間近で見たが、密閉された空間内でのSLの汽笛は確かにけっこうな音量だった。 

 C57の後ろの位置には455系電車が展示されているが、改造されて両端部がロングシートになっていたのは残念。せっかくの国鉄色なのにもったいない。455系の車内を見ている最中に、ついに不安だった脚が攣った。悶絶しているところを心配してくれた通りすがりのお二方、ありがとうございました。

日本食堂への行列  平日であるにもかかわらず、館内で食事ができるスペースにはかなりの人が列を作っていた。日本食堂のスペースにも予想外の人数が行列を作っている。優等列車に当たり前のように食堂車が連結されていた頃は「食堂車は高くてまずい」と言われていたのに、なくなってしまうとそんなものにも郷愁すら感じてしまうのだから、思い出というやつはおそろしい。

コレクションゾーンのヘッドマーク  2階にあるコレクションゾーンに回ってみる。昔使われていた発券機や駅名標、ヘッドマークなどが展示されたスペースである。ヘッドマークの中には、以前オリエント急行が日本で走ったときのものや、ミステリー列車として運行された999号のものも。

博物館南側の特急形電車 博物館北側のキハ11

 博物館の外で撮ったものも2枚。1枚は南側の位置に留置された特急型電車。これは来場者の休憩施設となる。もう1枚は北側に寂しく留置されたキハ11形。それこそ「ぽつん」と、落ち着く場所がないかのように停まっているさまは、見ているこちらまで寂しげな気分にさせるものがある。

 転車台の回転デモを見届けて、おれは博物館を後にした。なにしろ両脚が攣るという異常事態になっていたので、早いところ宿に落ち着いて体を休めたかったのである。

この項さらにつづく

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鉄の地巡礼・Scene1「鉄道博物館への遠い道」

 7月12日から9月15日まで、世田谷文学館で「没後5年 宮脇俊三と鉄道紀行展」が開催されている。この際だから、まだ行ったことがない鉄道博物館も行ってみよう、というわけで、夏休みを目前に控えた7月16日に出かけてみた。

 まず買った切符はさいたま新都心まで。ここにはかつて大宮操車場があった(1986年廃止)。駅の近くの広場に記念のレリーフがあるというので、ここを最初の目的地に定めた。

さいたま新都心駅改札

さいたまスーパーアリーナ

 駅に降り立ったのはお昼前。平日だというのに、けっこうな人出がある。高い建物が密集しているせいか風が強い。駅の西側には特撮番組のロケ地としてもおなじみのさいたまスーパーアリーナが、自己主張するかのように建っている。

 さて、目的のレリーフはどこにあるのかな、と駅西口の「けやきひろば」を徘徊することしばし、見つからなかったら観光案内所で訊いてみようかと思い始めた頃になって、1階へ降りるエスカレーターの横に飾られているのを発見。設置からまだ1年も経っていないので、銅板特有の貫禄はまだない。ひとまずホッとして、そそくさと駅へと引き返す。

大宮操車場の記念碑

大宮駅西口  大宮に到着。新幹線の駅というのはどうにも没個性的な駅舎になってしまうなあ。鉄道博物館最寄りの駅は、ここから埼玉新都市交通で一区間である。天気もいいことだし、せっかくだから博物館まで歩いてみよう、と思ったのであるが、この発想はのちに幾人かに呆れられることとなる。

「鉄道博物館まで1.4km」の標識 大宮車両センター壁面の展示パネル 静態保存されているD51型蒸気機関車 「つばめ」のヘッドマーク付きのEF58型電気機関車とEF15型電気機関車(どちらも部分展示)

 歩き始めてすぐに「鉄道博物館まで1.4km」の案内標識が見える。ここから博物館の手前までにはJRの車両センターがあり、「レイルウェイガーデンプロムナード」と銘打たれて歩道との間の壁にパネル展示があったり、機関車の静態展示があったりする。

鉄道博物館の敷地内に置かれた183系・189系電車  当日は日差しも強く、歩いているうちに間断なく汗が噴き出してきた。こんなことなら歩くんじゃなかった、と後悔したが後の祭りである。たかだか20分ばかり歩いただけなのに、汗のかきすぎで半ばグロッキー状態で鉄道博物館への入口へとたどり着いたのだった。

この項つづく

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「鉄男」って誰のこと?

 記事を読んだときから、順調に物事が運ぶとは到底思えないと感じたお話。YOMIURI ONLINEから。

 国土交通省は7月1日から、鉄道ファン向けの参加型ホームページをインターネット上に新設する。

 鉄道ファンの男女を表す通称「鉄男」「鉄子」からホームページ名をとり、「鉄男・鉄子のみなさんの部屋」とする予定だ。

 こんなものを行政主導でやられてもなあ、というのが第一の疑問。環境問題がぎゃーすか騒がれるご時世であるから、「もうちっと鉄道を見直そう」という気運が高まるのはいいことかもしれない。しかし、「今ちょっとしたブームらしいから便乗しちゃおうぜ」というせこい計算が動いているようにも思えてならないのも、あながちうがった見方ではないだろう。

 それにも増して腑に落ちないのは 鉄道ファンの男女を表す通称「鉄男」「鉄子」 という文言である。そもそも「鉄道趣味は男のもの」みたいな不文律があって「女性の鉄道ファンは珍しい」と思われていたからこそ、漫画『鉄子の旅』のタイトルから「女性の鉄道ファン=鉄子」という呼び名が定着したのではないのか? 鉄道趣味に首を突っ込んで随分経つが、男の鉄道ファンを「鉄男」と呼ぶなんて話は聞いたことがないぞ。そんな情報はどこに流通しているのだ? おれがもぐりなのか?

 記事の続きにあるサイトの内容にも、正直首をかしげざるを得ない。

 内容の一例としては、「日本全国鉄道お宝マップ」として、駅の名物や歴史などを紹介する。このほか駅員など鉄道を支える人々のエピソードや心に残る対応などを掲載する。

 そんなものは個人運営のサイトやブログにいくらでも転がっているではないか。なにも国民の税金で運営するサイトでそんなことをする必要はないだろう。一介の鉄道ファンの意見が直接行政サイドに届くようにする、という点では意義のあることかもしれないが、「こんなサイト作ってどうすんの?」と思われているようではサイトの先行きは明るくない。

 記事自体とは直接の関係はないが、この記事の下に「関連記事・情報」として「【社会】 東急線電車内で女性に触る、28歳の国交省キャリアを逮捕」という記事にリンクが張られていたのがなんともトホホ。ちったあマジメに仕事しろ、国土交通省。

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この路線どこ?

 耳鼻科通いのために電車に乗ったら、ドアの上にある路線図に見慣れない名前が。「ひたちなかシーサイドレールウェイ」

「ひたちなかシーサイドレールウェイ」?
携帯電話にて撮影

 もちろん、その路線が「ひたちなか海浜鉄道」を意味していることは地元民として承知している。しかし初めて常磐線を利用している人がこの図を見たらどう思うだろう? 勝田に近づいたとき、車内アナウンスでこの名前が使われることはない。「ひたちなか海浜鉄道湊線はお乗り換えです」と放送では流れるはずである(うろ覚え)。どうして放送と掲示が一致しないなどという紛らわしいことになったのだろう?

 それにしても、「路線名をそのままカタカナにしたらカッコいいんじゃね?」みたいな安直な発想には頭を抱えてしまう。走っている列車はこんなのだぞ。

勝田駅にて撮影 阿字ヶ浦駅にて撮影
2008年3月27日撮影

 いくら路線名を横文字名前にしてみても、走るものまで変わるわけじゃないことに早いところ気づけや。

 ちなみに「ひたちなかシーサイドレールウェイ」をキーワードにGoogleで検索してみると、ヒットしたのは25件だけだった(「ひたちなか海浜鉄道」では約197000件)。

7月7日追記:今日電車に乗ったところ、さすがにクレームが付いたのか、上からシールが貼られていた。写真に撮ってみたが「シーサイドレールウェイ」という字が見えるだろうか?

「ひたちなか海浜鉄道」。

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常総線 騰波ノ江駅

 騰波ノ江という、一度見ただけではまず「とばのえ」とは読めない名前の駅を初めて認識したのは、昨年11月に初めて乗るつくばエクスプレスを目当てに出かけたときのことだった。このときは天候が悪かったのと、気持ちがほとんどつくばエクスプレスの方に向いていたために「常総線は前座みたいなもん」などというファンに聞かれたら2、3発ははたかれそうなことを考えていた。半ば上の空で秋葉原で落ち合う約束をしている友人たちとの連絡に夢中になっていたところに、「由緒ある田舎の駅でござい」と言わんばかりの味のある駅舎が目に飛び込んできて驚いたのであった。

雨の騰波ノ江駅
2007年11月10日撮影

 その騰波ノ江駅の駅舎が6月末を持って解体され改築されるというニュースを聞いて、「見られなくなる前に行ってこなければ」と強く思うようになった。で、今回の出馬と相成った次第である。

下館駅にて  アプローチは水戸線の下館駅から。6番線に停まっているド派手なラッピング列車に乗り込んで出発。下館から3駅目が今回の目的地である騰波ノ江である。わずか3駅ではあるが、下館からの営業キロが10.1キロとわずかに10キロを越えるため料金は430円と結構なお値段となっている(9キロ超10キロ以下なら400円)。

下館方面行きホームの駅名票  下館から13分ほどで騰波ノ江に到着。2面2線の、列車の行き違いができるホーム。乗ってきた取手行きと、反対側に入線した下館行きを見送ったところで下館行きのホームにある駅名票を1枚。

名所案内  木造の駅舎の壁面に打ち付けられた「名所案内」。附近一帶の「梨名産地」が名所になるかは微妙なところである。

関東の名駅百選の認定書  誇らしげに飾られた「関東の名駅百選」の認定書とプレート。今はなき鹿島鉄道の鉾田駅もその中のひとつであった。

スポンサー名入り駅名案内板  酒造メーカー(とおぼしき)の名前の入った駅名案内板。この手の案内板も現在の関東鉄道ではこの駅を残すのみという。改築と共に消える運命か。

駅舎全景
 外に出て駅舎の全景を1枚。こんな晴天よりは黄昏時よりも遅い時間の方が絵になりそうな駅舎。駐輪場に停めてある自転車は下妻や下館の学校に通う高校生たちが乗ってきているのだろう。電話ボックスも設置されてはいるが、携帯電話が普及した今のご時世に利用者はどれほどいるのやら。
 自動販売機の左側に見える引き戸は風呂場のある離れへつながっている模様。

別棟のトイレ  駅舎に似せて造られたと思われる別棟のトイレ。最近造られたらしく、さすがに水洗式だった。

待合室の過去の遺物  待合室も撮ってみる。これまた今となっては過去の遺物以外の何物でもない伝言板と、かつてここに駅員が常駐していた名残である「お忘れもの」の掲示板。

「腰掛け」が語る歴史  上の写真の反対側。壁に添って作り付けられた腰掛けが83年の歴史を語る。時刻表を掲出するために付けられた真新しい枠がどうしても浮いて見える。

駅ノート  関鉄レールファンCLUBが設置した駅ノート。表紙の裏側には、会の会長さんが騰波ノ江駅の歴史と思い入れをびっしりと寄稿していた。置かれて日が浅いこともあって書き込みの量はまばら。今後の存続を願いつつ、おれも一筆入れさせてもらった。駅ノートというものに書き込んだのは初めてのことだった。

ホーム側から見た駅舎
 去り際に下館方面行きのホームからもう1枚。新しい駅舎がこの風合いを残してくれることを願わずにはいられない。できればこの駅舎がなくなる前にもう一度訪れたい、そんな気持ちにさせてくれる駅であった。

6月6日追記:解体前の最後の週末にはイベントも開催されるそうだ。多くの人に別れを惜しんでもらうのもいいが、ひっそりとした光景の方がこの駅には似合っているように思うのはよそ者の勝手な思い込みであろうか。

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「最長片道切符の旅」取材ノート

 鉄道紀行文学の大家である故・宮脇俊三が30年前にデビュー第2作『最長片道切符の旅』を書くに当たって書き留めた、いわば「ネタ帳」をおおっぴらにした本である。故人の意図しないところでこうした出版物を出してしまっていいものかは賛否が分かれるところであろう。

 それでもその「ネタ帳」の時点で、文体がしっかりと「宮脇俊三の文章」になっているのはさすがとしか言いようがない。このメモを元に、実際に出版された形になるまで肉を付け、あるいは削っていったと考えるとき、その労苦は並大抵のものではなかったであろうことは容易に察しが付く。

 この本を、出版と同時に単行本として復刊された『最長片道切符の旅』の副読本と位置づける読者は多いだろう。こう書いているおれ自身もそうであるから。ただ、帯に付された「甦る伝説の旅の臨場感!」というコピーはなんとかならなかったのだろうか。「するとなんですか、『最長片道切符の旅』自体には臨場感が欠けているとでも?」などといういちゃもんのひとつも付けたくなる。

 もっと許せないのは、明治学院大学教授の原武史(敬称略)の付けた脚注である。「ここは分かりにくいだろうな」という箇所に解説を加えるだけならともかく、脚注にかこつけて一人称でものを語っている箇所があちこちにあり、読んでいてイライラさせられた。

一九八七年八月に私が訪れたとき、すでに北見トンネルはあった。北見の市街地を抜けるためにつくられたようだ。東京や大阪ならともかく、北海道で山もないのにトンネルがあるのを皮肉ってこう書いたに違いない。(P.27)

「あなたには聞いていません」(声:コウ・ウラキ)

おそらく、別保-上尾幌間を指すのだろう。小さな峠を越えるのだが、私が乗ったときも見事なエゾマツやトドマツの大木を車窓から何本も発見できた。(P.30)

「あなたには聞いていません」

いまなら海外旅行に行くような女性2人づれが、このころは北海道をよく旅行していた。私が慶応高校に通っていたとき、先輩から女性をナンパしたいなら北海道のユースホステルで2人づれをねらえ、学校名を明かせば必ず引っ掛かると言われたのを思い出す(実践はしなかったが)。(P.35)

「あなたには聞いていません」

 ……この調子で頼んでもいない自己主張を展開するのだから始末に負えない。どこの世界に名札をつけて舞台に上がる黒子がいるというのか(「欽どこ」か!)。こんな黒子が暴走する前に舞台袖で押さえつけとけよ、編集者。ただでさえ脚注が多すぎる本は読みづらくなる。その脚注で解説者が自分の昔話などを始めるのだからたまったものではない。文庫化するときにはこうした箇所を一切合切削ることを強く要望する。

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春が来る、汽車が逝く

 春のJRダイヤ改正というと、どうしても鉄道会社側の「ここが便利になります!」と、鉄道ファン側の「あの列車が消えてしまう…」という二つの心情がせめぎ合う。2008年のダイヤ改正とて例外ではない。なかば年中行事と化した時刻表の4月号を買ってきても、“ダイヤ改正のあらまし”には「この列車を増発します」とか「どこそこ線に新駅が開業します」といった話題は載っていても、「この列車は廃止します」という話題は載っていない(列車の減便は載っているが)。

 そうしてダイヤ改正が行われるたびに鉄道ファンの間で話題に上るのは夜行列車の去就問題である。ご時世からして、「減ることはあっても増えることはまずあるまい」と理屈では分かっているつもりでも、心情としてなじみのある列車が時刻表から消えるのは寂しいものだ。今回の改正では東京-大阪間の寝台急行「銀河」と、京都-熊本・長崎間の寝台特急「なは・あかつき」(ファンはまとめて『なはつき』と呼んだりする)が消える。

 雑誌などで廃止が報じられると駆け込み需要と共に発生してしまうのが、一部のバカ者が起こす窃盗事件。これまた今年も例外なく起こってしまっている。3月6日のasahi.comより。

 午前7時18分、大阪駅着。その後、銀河は新大阪駅近くにある車両基地で疲れを癒やす。検修(けんしゅう)担当の徳田一彦さん(44)は「古くて手がかかる車両。早く消えて欲しいと思ったこともあります。でも……」と寂しげにほほえむ。
〔中略〕
 昨年12月に廃止が発表されてから、車両の側面にある「行き先字幕」や、車内の「車両番号標」「号車番号標」が相次いで盗まれた。心ない行為に憤りつつ、徳田さんたちは紙製の代用品を作ってしのいでいる。
 「でもね、最後だけは正規の部品をかき集めて本来の姿に戻してやろうと思うんです。それが銀河へのはなむけですわ」

 銀河の場合はヘッドマークがないので、こうした細々としたパーツ類が盗難の憂き目に遭い、車両の整備を担当する人を嘆かせることになる。いやだいやだとこっちまで嘆いているうちに、なはつきも難に遭ってしまった。3月11日のYOMIURI ONLINEより。

 「なは・あかつき」は14日に発車する列車を最後に廃止となる予定。盗難届を受けた福岡県警門司署は、マニアが盗んだ可能性もあるとみて捜査している。
〔中略〕
 8日朝、熊本市の熊本駅に到着後、同市の車両センターで後部の1枚がないのに整備会社社員が気付いた。
 機関車は7日午後11時ごろから北九州市門司区の門司機関区に止められ、8日午前4時半過ぎに門司駅を出発していた。JR九州は、門司機関区周辺で盗まれたと見ている。

 判で押したかのように「マニアが盗んだ可能性」と記事に書かれるのはやっぱり心外だなあ。記者の頭の中には“マニア=犯罪者予備軍”という焼き印が押されているんだろうな。

 来春のダイヤ改正では「富士・はやぶさ」も廃止になり、東京発のブルートレインが消えるという。またこんな騒ぎが起きないよう、鉄道会社側でも自衛策を採る必要があるのではなかろうか? ファン一人一人のモラルが問われるのも当然のことではあるが。

追記二方面さんのブログに車両番号標の盗難に遭ったあかつき車内の写真が載っていた。こうした不心得者、もとい、鉄道ファンの仮面をかぶった盗っ人の所業はまったくもって目に余るものがある。

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ときわ路パスで秋の乗り鉄・Scene0「宴の支度」

 ふと気が付いたら、春先に利用した「ときわ路パス」がまたまた発売になっていた。前回は鹿島臨海鉄道から廃止になった鉾田駅を経由して、千葉県北部のJR線へと乗り継ぐルートで乗り鉄してみた。この模様は4回に分けてこのブログで取り上げた。

 こんなルート設定をしたのは、ひとえに「今見に行かないと、いつ鉾田駅が取り壊されるか分からない」という恐怖心があったせいである。頭の中にはもうひとつ、別方向へのルートがあった。今回は前回不採用になったルートに行ってみよう、というわけで発売を待っていたのである。

 もちろん立案から実行までに時間がかかったのにはそれなりに理由がある。それはルートを紹介すればある程度のご理解をいただけると思う。

 まず水戸線の下館駅へ向かう。ここから未乗路線である関東鉄道常総線でひとまず守谷へ出る。そこからこれまた未乗であるつくばエクスプレスで終点のつくばへ、さらに折り返して始発駅の秋葉原へ。再び来た路を引き返して、守谷から常総線の残りの区間を乗り潰して取手へ。あとは常磐線をひたすら自宅の最寄り駅まで戻ってくる。以上。

 問題は間に挟まっている「秋葉原」である。せっかくここまで行くのに、なんにもしないで戻ってくるのは物足りない。……てなわけで「カラオケとかカラオケとか、あとカラオケとか、誰か付き合ってくんない?」と声をかけてみたところ、首尾よく手を挙げてくれる友人たちがいてくれたので、久闊を叙することにした。かくして「電車に乗りまくって、ついでに気心の知れた面々とカラオケにも行っちゃおう」という、一石二鳥を狙うプランが出来上がった。

 ツケはしっかりと日程に跳ね返った。明日は自宅を朝6時に出発する予定である。日帰りの乗り鉄でこれほど早い時間の列車に乗ったことは今までない。しかも天気は終日雨との予報。これは「茨城県内を乗り歩いてもらう切符で、JRの商売敵であるつくばエクスプレスに乗りに行こうなんて魂胆はけしからん」という天罰かなにかであろうか。

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「鉄道ってなんですか?」

 3週間ぶりにカウンセリングを受けに行った。このところカウンセリングを受けているのか雑談をしているのか分からん状態の小一時間を過ごしている。そんな話し相手のK先生(女性)が、つい鉄道話についてアツく語ってしまうおれにしばしばこんな質問をぶつけてくる。

 「ぶるないさんにとって鉄道ってなんですか?」

 ここでスパッと答えられればいいのだが、なぜかしばし答えに詰まってしまう。うーむ、おれにとって鉄道趣味ってなんなんだろう? 小学校高学年くらいには時刻表やら鉄道雑誌やらを読むようになっていたので、改まってこんな質問をされると正直困る。これを読んでいるあなた、人一倍アツく語れる話題について「あなたにとって○○ってなんですか?」と問われたときに「こういうものです」と即答できるだろうか?

 差し向かいでの沈黙が苦手なので、うーんうーんと貧困なボキャブラリーの中からひねり出したのは「自分が知らないところへ行く楽しみでしょうかねえ」であった(おれは乗り鉄・撮り鉄系の鉄道好きなので)。

 あー、乗りに行きてえなあ。脈絡もなく。

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水郡線に乗りに行く

 現在水郡線で運用されているキハ110系気動車がもうすぐ他線区へ転出されるということで、今月26日まで記念ヘッドマークを付けた列車が水戸-郡山間を1日2往復するとの記事を新聞で読んだ。「これは撮りに行かねば。ついでにキハE130系にも乗ってこよう」ということで、初めて「水郡線に乗る」ためだけに出かけることにした。

 ヘッドマーク掲出列車の運行予定はJR東日本水戸支社のサイトで確認。最初はヘッドマーク付きの列車で水戸を発つことを考えたが、発想を転換して、郡山方面に先回りして上菅谷で水戸に向かうヘッドマーク付きをつかまえることにした。上菅谷では時間を持て余してしまうことを見越して、支線の方にも足をのばす。

 12時15分水戸発の常陸大宮行きで出発。さっそくキハE131形に行き当たった。

キハE131形

乗降口の段差  ホームのそば屋で昼食を済ますつもりだったのだが予想外にお客が多く、昼食を後回しにして席を確保することにする。ここでいきなり新型車両の洗礼を受けた。乗車口に中途半端な段差があって、つまずきそうになったのであった。

キハ110系の段差  床面はキハ110系よりも45ミリ下げてあるそうだが、もうちょっと下げられなかったものか。

防犯カメラ?  座る場所を見つけたところでふと天井を見てみると、防犯カメラと思しきものが設置されていた(写真は少々ブレてしまった)。最近は列車内もなにかと物騒だし。

 初期加速はディーゼル車とは思えないほどのスピード感。エンジン音の代わりにモーター音が聞こえてきてもおかしくないような不思議な感覚であった。駅間が短いのであまりスピードを味わえないのが惜しい(もっとも、水郡線内では時速85キロに制限されているが)。

 上菅谷で乗り換えて、常陸太田には12時47分着。ここに来るのは日立電鉄線が廃止になる直前に乗りに来て以来である。

旧常北太田駅  かつての常北太田駅へ行ってみる。現在は日立電鉄交通サービスの事務所として使用されているらしい。待合室はバスのそれとして使われているようで、椅子も自販機も現存していた。

昔ここにホームと線路がありました  改札口跡からホームがあったあたりを臨む。当然のことながらホームも線路も完全に撤去され、更地となっている。

 13時11分発の上菅谷行きで引き返す。駅の近辺にはコンビニの類がなく、空きっ腹を抱えたままである。

 ここで本日のメインイベント、13時30分に上菅谷に着くヘッドマーク付きキハ110系に乗り込む(写真の量だけではキハE130系の方がメインのようであるが…)。運行本数の関係か、平日の昼間にしてはかなりの乗車率であった。

ヘッドマーク掲出のキハ110系(上菅谷にて)

 水戸着13時49分。ヘッドマークに気を払うお客さんがいないのが寂しいが、今週末はそれなりににぎわうのであろう。常磐線ホームでこの列車の入線を待っていたのはmattohさん

ヘッドマーク掲出のキハ110系(水戸にて)

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やっぱり需要がないのかなあ

 地元のラジオ局で「常磐線普通列車のグリーン車をよろしくお願いしまーす」という趣旨のCMが流れている。以前乗ったときもガラガラだったが、グリーン車に乗っているのはアテンダントと大量の空気という状況は変わっていないようだ。JR東日本の「これはヤバいぞ」という思惑が、先述のCMに現れているのだろう。

 駅にはこんなキャンペーンポスターも掲示されている。

グリーン車キャンペーンのポスター
2007年7月9日東海駅にて撮影

 こんなキャンペーンを打つこと自体、乗車率が振るわないことのなによりの状況証拠だろう。肝心のグリーン車がほとんど来ない駅にポスターを出して効果があるかは疑問であるが。やっぱり需要がないのかねえ……。

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時効管理課、茨城へ

 週末のお楽しみだった「帰ってきた時効警察」も最終回を迎えた。「あれはドラマではなくコントではないのか」という批判もあるだろうが、おれは今回のシリーズも楽しませてもらった。

 その最終回、レギュラー陣が「あーッ!」と言うシーンが多かったように思うが、リアルタイムで見ていたおれがもっとも「あーッ!」となったのは時効管理課の面々が列車で移動するシーンであった。ドラマに鉄道が出てくると「これ、どこの路線だ?」と気にするのはテツな人の習性だと思うが、さすがに見慣れた車輌が画面に映れば、あまりあちこち乗り歩かない人間でもピンと来る。「あーッ! 茨交湊線だーッ!」。

 遅れてきた三日月と霧山が落ち合ったのは、画面に映っていた時刻表から那珂湊駅と判明した(思わず時刻表と付き合わせて確認したおれも相当に物好きである)。昨年公開の映画「フラガール」でもロケが行われた駅である。日頃乗らない路線なので、十文字が乗り遅れた駅がどこかまでは分からなかったが、沿線住民の人は一発で分かったんだろうなあ。

 その気になれば第3シリーズも作れそうなので、製作の気運が高まったら作ってほしいと思う。無理にとは言わないから。

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ときわ路パスで乗り鉄・Scene4「E531系グリーン車」

 我孫子駅のホームでSuicaにグリーン券情報を入力。休日の事前料金ということで、水戸までの乗車分でも750円。ただし自由席なので、事前に買ったからと言っても座れる保証はない。「これで混んでたらイヤだなあ」と思いつつ、上野に向かう上り列車を見てみると、グリーン車はかなり空いている。それでも下りも同様とは限らないのだが。期待半分不安半分で待っていると、15両編成(前4両は途中の土浦で切り離し)の列車が入線してきた。

「うわー、乗ってる乗って……あら?」

2階席の状態  グリーン車の2階に上がってみると、上野から乗ってきたと思しきお姉さんが1人座っているだけで他には誰も乗っていない。ひとまず座る位置を確保して、頭の上のセンサーにSuicaをタッチ。左の写真の通り、着席を示す緑のランプが点灯しているのは2席だけ(手前で緑が点灯しているのがおれが座った席)。

車内販売のメニュー  曲がりなりにもグリーン車ということで、この列車にもグリーンアテンダントの車内サービスというやつがある。メニューは特急の車内販売に比べると貧相な気がするが、そこは普通列車だからしかたないか。しばらくするとアテンダントさんがやってきたのでビール(アサヒとキリンの2種類がある模様)を注文。注文のついでに「あのう…いつもこんな感じなんですか?」と訊いてみると、この時間帯ではだいたいガラガラとのこと。通勤時でも満席になることはほとんどなく、楽したいお客はフレッシュひたちを使ってしまうとか。そりゃあ半端な料金でスピードが変わらないんだったら、特急料金払って早く移動したいよなあ。普通車で立っている乗客からすれば「グリーン車なんかいらないから、乗れる車輌を増やしてくれ」と言いたくもなるだろう。

1階席通路の段差  土浦で前4両を切り離し、上野から乗務してきたグリーンアテンダントも交代。先に乗っていたお客さんも降りてしまい、気が付いたら1両貸し切り状態になっていた。このまま乗っているのもアレなので、石岡に着いたのを機に1階席に降りてみる。写真では分かりにくいが中央の通路部分は一段低くなっていて、おれは席に着こうとして蹴つまずいた。

1階席の読書灯  さすがに階下はどうしても構造上暗くなってしまうためか、2階席にない読書灯がついている。

1階席から見るとホームの高さはこのあたり  1階席がどのくらいの高さにあるのか、羽鳥駅で停車したところで撮ってみた。駅によって若干の違いはあるが、窓枠の下の縁あたりがホームの高さになるようだ。窓がこの位置では、ホームに立っている女性はあまりいい気持ちはしないのではあるまいか。

 乗り比べてみると、当然のことながら2階席の方が車窓からの眺めはいい。通常の車輌より視点が高くなるから当たり前だが。逆に1階席は地面に近いだけにスピード感がある。列車がすれ違うだけでも結構なスリルが味わえ