ふたたび脳外科の日々と荒療治

 体調の異常を自覚したのは14日のことだった。カウンセリング前にラーメン屋でお昼をずぞぞぞと食していたときのこと。後頭部に凝ったような痛みがおき始めた。「あれ、これは手術直後に出ていた症状なのでは…?」とか思っているうちに時間の経過とともに痛みは強くなり、夜には我慢できないものになった。

 こりゃかなわん、と翌日には脳外科に直行(幸いにも主治医の先生が外来に出ていた)。体を起こしているのがしんどい中、こういうときに限って何時間も待たされたりするのはたまったものではない。それまで170に設定されていたバルブの圧を190に上げてもらって当日は帰ったのだが症状は治まらず、2日後には再度外来を受診した。

 主治医のI先生は「こうなったら最後の手段」と前置きして、バルブの圧設定を最大の200に上げた。「あのー、これで症状が改善しなかったらどうするんでしょう?」と訊いてみると、シャントを抜くことも選択肢のひとつとのこと。

 幸いこれである程度症状は軽くなったので、首が痛いのを我慢しながら21日には新しいデジカメを物色してみたり、22日には「内容がないよー」な映画(当初の予定通りVシネでよかったんじゃないのか?)を見に行ったりしてみた。不思議なことに、これが荒療治として効果があったのか、その後で一眠りしたところ、さらに症状が軽くなった。

 それでも頭痛と耳鳴りが治まらないので、24日に3度目の受診をした。体を起こしていなければ首の痛みは起きないので、シャントのどこかが目詰まりしているということではないとのこと。I先生の診断によれば頭痛は首の筋肉の凝りが原因らしく、服薬と貼り薬で症状を抑えることができるという。

 これで2年ぶりに苦しめられた症状からはようやく解放されたのであった。はぁぁぁ。くそー、なんで今ごろになってあの症状が出てくるんだよぉ。

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そこが知りたい「脳の病気」

 このブログでも何度か触れたが、昨年生まれて初めて体にメスが入った。しかも頭。入院自体が物心ついて初めてのことだったので、脳外科という診療科目の内容に興味を持つことになった。そんなわけで手に取ってみたのが医学博士の天野惠市氏が書いた『そこが知りたい「脳の病気」』である。

 おおよそひとつの症状についてひとつの章が割かれており、中には「それも『脳の病気』の範疇なの?」というものもあるが(頭部外傷や首・背中・腰のけがなど)、テレビへの出演もあるという筆者らしく、かみ砕いた表現で書かれている。ただ、読点を多用しがちなのはかえって読みづらくしているような気もする。それから、病名やら部位の英文表記を逐一付記する必要はあったのか? んなもんよりも図版のひとつも入れてほしかった。専門家でもない人が「第3-第4腰椎間」なんて言われたときに具体的な場所をピンポイントで理解できるとは思えないぞ。

 入手して真っ先に開いてみたのはやはり「水頭症のはなし」である。自分と関係の深い話題に最初に食いついてしまうのは、これ人情だと思う。天野氏の記述によると、おれが施術された脳室腹腔シャント術という手術はこういうものである。

頭の中で吸収しきれなくなった髄液を、細くてやわらかいチューブを皮下に通して、おなかの中に導き、腹腔内で腹膜から吸収させる。腹膜が持つ大きな吸収能力を活用する手術である。頭の中から、いっきに髄液がおなかの中に移行すると、まずいことが起こるので、髄液の流れを、圧にしたがって自動調節する小さなバルブが途中についている。

 手術した箇所が箇所だったし、上記のような手術をしたので本人はほとんど改造手術でも受けたかのような気分にもなったのだが、これに続く「脳外科では頻繁に行われる小手術のひとつである」という一文はちょっとした衝撃だった。「あれだけのことをしても小手術なのか?」と。落ち着いて考えれば、手術に要した時間は実質小一時間だし、検査と術後を合わせても入院期間は半月程度であった。広範囲にわたって頭蓋骨を切開したり、長い期間のリハビリが必要な症状で入院してくる人もいるのだから、脳外科の医者の視点からすれば「小手術」なんだろうなあ。

 ともあれ、脳外科の意外な守備範囲の広さにも気付かされる一冊である。

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退院後の経過報告・その8

 以前「退院後の経過報告・その7」では「次は半年も先ですかあ」とこぼしていた検査の日であった。「3月には予約だ3月には予約だ3月には予約だ」と、さながら射撃訓練中の碇シンジくんのような状態だったせいか、うっかり予約し忘れることもなくしっかり検査を受けてきた。

 約半年ぶりの脳外科であったが、相変わらず待合室はけっこうな人混み。ではここで、ぶるないの検査手順をもう一度見てみよう(ナレーション:政宗一成)。

 保険証と診察券を受付に出して、CT室から声がかかるのを待つ。名前を呼ばれたら(この病院は患者の名前を「さま」付けで呼ぶ。もう慣れたが、それまではなんだかこそばゆい思いをしたものだ)部屋へと入り、眼鏡と上着と荷物をカゴに入れて機械の上に横になる。この検査自体幾度となくやっているので、こちらも慣れたものだ。頭を軽く固定すると、技師は別室へと引っ込んで機械が動き始める。あとは5段階くらいずつカメラが動いて頭の断層写真を撮り、検査自体は終わりである。

 その後主治医の診察になるが、血圧を測ってから診察室からお呼びがかかるまでおよそ1時間。本を読んだり待合室のテレビを眺めたり考え事をしたりしながらひたすら待つ。名前が呼ばれる頃には待合室で順番を待つ人もだいぶ減っている。

 そして半年ぶりのI先生とのご対面。前回の検査時の写真と今回のものを比べたが、脳室の大きさには変化がないそうだ。「体を起こしているとたまに頭痛がするんですけど」と訴えたところ、それは本来の髄液のルートが完全にふさがっていないために、手術で通したルートの分を含めて髄液が余計に流れるためらしい。今回も頓服の鎮痛剤を処方してもらう。次回の検査はまた半年先の10月。「それで異常がなければ次は1年後ということにしましょう」とI先生は言っていた。忘れずにいられるだろうか。

 薬を受け取るために病院にほど近い薬局に行くと、そこには処方箋の自動受付機(処方箋を入れると銀行の窓口のような受付票が出てくる)なるものがあって、大いにおれを驚かせた。この薬局、名前がふざけてるようで(敢えて名は伏せる)意外に技術の先端を行っている。

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箱根駅伝を走ったお仲間

 年末年始のローテンションのせいで書きそびれていたが、幼少期に水頭症の手術を受けた選手が箱根駅伝に出場していた。その選手は日体大の6区を走った石谷慶一郎くん。

 彼の場合は先天性の水頭症であったらしい。おれも同様の症状で都内の病院に入院したことがあるのだが、いつの間にか脳室の大きさが正常になったらしく(幼少期の水頭症では、頭蓋骨がくっついていないために頭そのものが大きくなるという)、手術は行われないまま退院した。両親はこのときのことが頭から離れなかったらしく、その後もおれが「頭が痛い」などと口にすると「検査してもらった方がいいんじゃない?」と切り返したものである。そうして長いこと大過なく暮らしてきたのだが、昨年になってついに手術を受ける羽目になった(経緯に関しては「水頭症」のカテゴリーにまとめたのでここでは触れない)。ニュースサイトなどで報じられているところによると、石谷くんが受けた手術もおれと同じ「脳室腹腔シャント術」であったようだ。

 たしかに水頭症の症状はこの手術でどうにかなる。しかし体内に異物を埋め込んでいる以上、それがいつトラブルを起こすかは分からない。折悪しく石谷くんの身にそのトラブルが降りかかったのは全国高校駅伝の当日だった。彼の不調のためにチームは棄権を余儀なくされ、石谷くんは「自分のせいで…」と自責の念にさいなまれたという。同様の手術をしている人には誰にも起こりうることなのだが。

 そんな無念を、彼は箱根の山くだりでの力走にぶつけたのだった。これが報じられることで、水頭症という病気の世間への認知度も上がるのではないだろうか。それにしても、自分と同じ病気を持った選手が箱根駅伝で走っているというのは妙な仲間意識を持たせてくれる。

 来年も出場するときはちゃんと見るからな、石谷くん。お互いがんばろうぜ。

2008年1月3日追記:今年も石谷くんは6区を走ったが、14位からひとつ順位を上げたにとどまり、走っている姿もほとんど撮してもらえなかった。日体大も総合順位は12位でシード権を失った。残念。

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退院後の経過報告・その7

 今日は毎月最終火曜日の恒例となっていたCT撮影の日であった。以前「その5」「その6」で触れたように、頭の中に出血が見られたために月に一度のペースで経過を診ていたのである。今日撮った写真では問題になっていた出血のあともすっかり消えていたので、主治医のI先生から「月一のフォローアップはもう終わりにしていいと思います」とのお墨付きを頂戴した。元からふらつきなどの症状は出ていなかったので気にしてはいなかったのだが。

 それでも「体内に異物を埋め込んでいる」ことに変わりはないので、これまでほど頻繁にではないにしろ継続して診察を受ける必要はある。次回は来年の4月だそうだ。係のお姉さんに「3月に予約を入れてください」と言われたが、忘れないでいられるだろうか?

 どうやら今度こそ――少なくともこの先半年間は――このタイトルで記事を書くことは打ち止めになりそうだ。ふぅ。

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退院後の経過報告・その6

 前回のCT撮影で「もや」のようなものが写ったために、ステロイド剤を投与して2週間様子を見た。前回の診察時によく聞いていなかった(それって当事者としてどうなんだ?)「もや」のようなものは脳内の出血で、今回の検査では白っぽく写っていた箇所が影のようになっていた。所見によれば出血は収まったらしく、影のように写った部分もそのうち吸収されるとのことで、ひとまず投薬による治療もストップということになった。ただ、まだどのくらいの期間をおいて経過を診る必要があるのかI先生も測りかねているらしく、月末にはまたまたCT撮影という。

 脳内での出血となると、ふらつきや握力の低下などの自覚症状が出るらしいのだが、当のおれにその手の症状が出ていないので先生も当惑気味のようである。なにぶんにも「異常な状態」の方がそうでない期間よりも長いのだから致し方ないのかもしれない。

 ……というわけで、この「経過報告」はまだ終わらせてもらえないようだ。

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退院後の経過報告・その5

 ……あれっ、「その4」で打ち止めのはずじゃなかったか?

 ひと月前にCTを撮って、ひとまずこれで安心、と高をくくっていたのだが、今日ひさしぶりに通院して断層写真を撮ってみたところ、写真に妙な「もや」のようなものが写っていた。先生の話によると、病状が長期にわたったためにこのような症状が現れてきたものらしい。

 主治医のI先生は、治療法を説明するのに「この治療法が効かない人もいます」ということを口にする(可能性の問題として)。治療部位が部位なので、慎重になるのも分かるのだが、医療事故が起きてしまっては取り返しが付かないという心情も理解はできる。

 で、今回のケースの場合、ステロイド剤の投与でどうにかなる場合と、どうにかならずにまたもや外科手術という可能性もあるという。なにせ患者本人に自覚症状がないだけにタチが悪い。正直言って「もう勘弁してくれ」である。そりゃ先生が症状をコントロールしているわけではないので誰も責められないのだが、どこかに責任のやり場を持って行かないと堪らないというのも患者の心情としてはある。

 ひとまずはステロイド剤を1週間投与、来週と再来週の通院時に薬の量を減らして、またもやCTの検査という手筈になっている。あーあ、おれの体ってどうなっちゃってるんだろう。

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退院後の経過報告・その4

 前回の診察から2週間、またまた術後の経過を診るために病院に出向いた。

 今回は診察前にCTの撮影を行った。これは前回バルブの圧を調整したためである。I先生の話によると「前回撮ったCTを見たところ、頭の内部に水が溜まっている箇所があったので圧を上げた」とのこと。その水が溜まっていたという箇所も、今回撮ったCTではなくなっていたそうである。

 その他にも現在の容態について訊かれたが、ひと月ほど前からさんざん悩まされてきた「頭の中で低音がぶんぶん」現象がほとんど収まっていること、歩行時のふらつきがないことなどを話した。体調的には術前とほとんど変わらないと言ってもいいだろう。

 今後も頭部のCT写真を撮るために定期的(次回は1ヶ月後)に通院しなければならないが、体調に異常が起きない限りはバルブ圧調整の必要はないようである。

 ……というわけで、このタイトルで記事を書くのは今回で最後になりそうだ。あとは手術の跡が分からなくなる程度まで髪が伸びてくれれば、ひとまず事態は収束である。やれやれ。体調の異常をおおっぴらにして以降ご心配をおかけした方々に無事を報告して、ひとまず一連の「経過報告」を締めることにしたい。

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退院後の経過報告・その3

 術後1ヶ月経過の様子見と、先日の「つうこんのいちげき」の診断結果を聞くために病院へ行ってきた。

 診察室に通されるなり、目に入ってきたのは先日撮った脳の血管の写真であった。ずらっと並んだ写真を見て、内心で「おいおい、ずいぶんフィルム使ったんじゃねえのか?」と思ったのはナイショである(当然フィルムの使用量は診療費に跳ね返る)。造影立体CT検査の結果は「異常なし」。ふう。

 その後は現状を訊かれる。「頭の中で低い音が断続的にぶんぶんいっている」こと、「なんだかよう分からんが背中のあたりが痛い」ことなどを伝える。そこで、腰のあたりのX線とCTを撮ることとなった。なんの因果で「脳外科で腰のX線写真」を撮らねばならんのか。CTは術後の経過を見るためと思われる。

 腰は一部の間隔が狭まっているために痛みがあるのであろうとのこと。脳室は術後順調に通常の大きさになりつつあるという。というわけで、痛み止めの薬と湿布を処方するということ、毎度おなじみのバルブ圧調整で現在の150から170に上げるとのこと、2週間後にまたまたCTを撮ること、以上が申し渡された。

 いろいろと検査をしなければならないとはいえ、診察室→レントゲン室→CT室→診察室(2度目)→レントゲン室(さっきとは別の部屋)と、あちこちの部屋に行かなければならないのはさすがに面倒ではあった。

 その後の薬代を含めると前回の検査時よりもさらに費用がかかったが、これは予想の範囲内だったのでダメージは小さくて済んだ。次回はまた2週間後である。

 それにしても、「頭の中で低い音が断続的にぶんぶんいっている」のは耳鼻科の守備範囲なのだろうか? バルブ圧調整の後も止まらないんだが。できれば耳鼻科には行きたくないなあ。

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脳外科受診心得

 ふと気が付いたら、水頭症の手術からもう1ヶ月が過ぎる。さすがに手術直後ほどひどい有様ではないものの、手術前と変わらない体調ではないこともまた確かである。術前の検査を含めると約半月ほど入院していたわけだが、自分の体験を通して、脳外科を受診するにあたっての心得などを書き残しておこうと思う。役に立つかどうかは保証しないが、参考までに、ということで。

 まず「どんな症状が現れたら受診すべきか」。もちろん人によって異なってくるが、症例としては次のようなものが挙げられる(病室で同室になった人の症例)。

  • 頭痛と歩行時のふらつき(これはおれの場合)
  • 酔ってもいないのに呂律が回らなくなる(ラ行やパ行に顕著らしい)
  • 片方の握力が極端に落ちたり、足が上がらなくなったりする

 最初に挙げたものは水頭症、あとの二つは脳梗塞の症状である。こんな症状が現れたら、すみやかに脳外科を受診されたい。

 では「どこの病院を受診すべきか」。もちろん通院することを考えれば近いに越したことはない。心当たりがない場合は救急車を呼んでもいいし、重篤でないなら最寄りの消防署に問い合わせて救急告示病院を紹介してもらうのもひとつの手(後者の場合は事前に病院に連絡を入れることを忘れずに)。

 診る場所が場所なので、「診察後に即入院」というケースが往々にしてあることは心得ておいた方がいいだろう。おれもそうだったが、「いきなり入院と言われて驚いた」という声は何度も聞いた。

 行きがけの駄賃というわけではないが、入院に際して「あったらいいもの」も挙げておく。おそらくは入院時に「これは自前で用意してくださいね」というお達しが病院側からあると思うが、その種のリストには載ってこないであろうものをここでは挙げる(小林光恵『気分よく病院へ行こう』を参考にした)。

 ウエットティッシュ。普通のティッシュもあった方がいいが、雑巾の代用品になったりするので重宝する。

 筆記用具。入院中はトイレに行った回数を毎朝訊かれる。「いちいち憶えてなんかいられるか」という人は、ノートに正の字を書いて数えておけば訊かれたときに即答できる(経験談)。また、経過や思ったことなどを日記代わりにメモしておくのもいい。ただし、いくら便利だからと言ってノートパソコンは持ち込まないこと。うっかり盗難にあったりしたら経済的損失もさることながら、個人情報の漏洩も怖い。病院は盗難に関しては責任を取ってくれない。

 読み物。やはり漫画よりは活字の方がいい。ヒマを凶器にして人を殺せるなら、入院患者はヒマのせいだけで何人も死んでいるだろう。おれが入院したところではテレビが有料だったので、際限なくテレビを見続けるわけにもいかなかった。「音楽がないと寂しい」という人はMP3プレイヤーを持ち込む手もある(CDやMDと違ってメディアを交換する手間が省ける)。

 薬用リップクリーム。病院内は空調が効いているので、けっこう空気が乾燥している。冬場に唇がかさつく人は用意しておいて損はない。喉も渇きやすいので、制限されていなければ水分が取れるようにしておくことも大事。

 耳栓。個室の場合はともかく、他の人と同室になって、その中にいびきのうるさい人がいたりすると寝不足に悩まされることになる。消灯時間も21時ごろと早いので安眠を確保するための保険として。旅行用のアイマスクもあるといいかもしれない。

 以上、どこまで役立つかは分からないが脳外科入院経験者からのアドバイス。「気分よく病院へ行こう」は、他の診療科目についても有用な情報が書かれているので読んでおくことをお勧めする。

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退院後の経過報告・耳鼻科編

 昨日の記事で触れた耳の異常にどうにも我慢ができず、今日紹介された耳鼻科へ行ってきた。個人経営の小さなところで、診察を担当するのは院長と思しき先生1人だけ。それでも待合室の一角に畳のスペースがあったのは、首が痛くなったときに横になれたのでありがたかった。

 さすがに脳神経外科と違って、患者の年齢層は幅広い。お母さんにだっこされて診察室で殺されそうな悲鳴を上げる子供から、杖に頼って歩くお年寄りまで、文字通りの老若男女が待合室にはいた。

 待たされることおよそ1時間、通された診察室で一通り症状を訊かれたあとで、鼓膜に異常がないかのチェックと再度の聴力検査。以前から左耳で高い周波数の音が聞こえないのは承知していたが、診断の結果によると8000ヘルツの音が左ではほとんど聞こえていないという。また、右耳の通りが悪くなっており、左右のバランスが崩れているために聴覚に異常が出ているのだろうとの所見であった。

 そして先生はおもむろに言った。「ちょっと空気通してみましょうか」

 右の耳に管のような機器が当てられ、右の鼻の穴には細い金属製の管が差し込まれる。鼻に入れられた管はかなり奥まで入ったのでかなりの不快感を伴う。その管の先から空気が強引に送り込まれる。思わず反射的に管を抜く方向に首が動いてしまうが、そこで先生は「逃げない逃げない」と我慢を強要する。こんなことされたら子供は泣くわな。

 なるほどこの直後はよくなったように思ったが、家に帰る頃にはまた左で耳鳴りがしている(これを書いている時点でも耳鳴りはやんでいない)。そう言えば昨日診てもらった脳外科のI先生は「脳の手術を行った直後はどのような症状が出てくるか予測が付かない」ということを話していた。それまで自分で正常だと思っていた状態は実は異常で、現在の状態は客観的には正常だが体は異常と認識している、紛らわしいがそういうことらしい。

 耳鼻科の先生は「おかしいようだったらまた来てください」と言っていたが、鼻に管を差し込まれるアレは正直勘弁してほしい。いずれにせよ、またもうしばらくは様子見である。

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退院後の経過報告・その2

 前回の記事で触れた、起立時の首の痛みにはいささかながら慣れてきたような気がする。しかし、聴覚の方の異常は相変わらずである。時報は「プップップッ、ポーン」と鳴るが、最初の3音がカラオケでキーを下げたように低く聞こえる(最後の『ポーン』は普通に聞こえる)。それ以外の音もおおむね籠もって聞こえるのも相変わらずだ。

 今日の診察でそのあたりも訴えたところ、聴覚の検査をしてみることとなった。まあ出てくる結果ではある程度の見当が付いているのだが。おれは幼少期から、左耳で高音域が聞こえない。検査を受けるたびに「中耳炎をやったことはありますか?」と訊かれるのだが、それがないのが不思議だ。この件については「餅は餅屋」ということで耳鼻科への紹介状を書いてもらうことになった。なんだか病院をたらい回しにされているような気がしないでもない。

 今回の診察で気になる要素がもうひとつ。脳の血管の写真を見たところ、妙な形をした箇所が見つかったという。単に血管が曲がっているだけなのか、あるいは動脈瘤なのか、この写真では分からないとのこと。そこでまたまた検査項目が増えることになった。造影剤を注入して、脳の血管の立体写真を撮る。この検査は今月末に行われる。

 バルブの圧の調整は見送られることになった。あまり上げすぎると水頭症と同じ症状を起こすためだとか。「もうしばらく現在の圧で様子を見ましょう」とのこと。

 なにぶんにも診てもらっている場所が場所なので、治療に当たる側も慎重にならざるを得ないのだろう。……それにしても、紹介してもらった耳鼻科にはいつ行こう?

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退院後の経過報告・その1

 昨日の記事で触れたとおり、上半身を起こした状態が持続できない。昨夜は首が痛いのを我慢しながらテレビを見ていたら、耳にまで異常が起こりだした。音が籠もったように聞こえるようになり、ひどいときには耳鳴りまでする。うわー、おれの体はどうなってしまったんだ?

 そのへんの疑問も持ちつつ、今日は退院後初めての診察に出かけた。おれは免許を持っていないので(持っていたとしても車など運転できる状態ではないが)親の車で出向いたのだが、普通に座っていることなどできようはずもなく、シートを目一杯倒した状態で、さらに首の下にタオルを突っ込んでいた。待合室でも、しんどくなって横になることがしばしばあった。そういった状況で待たされるのは、正直なところかなり苦痛である。次回以降は出かける時間をもう少し考えよう。

 ようやく診察の順番が回ってきて、I先生に状況を話すと、どうやら髄液の流量を調節するバルブの設定に問題があるらしい。これには個人差があるのでトライアンドエラーの繰り返しになると言う。前回の調整では120から140にしたのだが、そのバルブの圧をまた少し上げて150にしてみるとのこと。以前にも触れたように、この作業自体にはさほど時間はかからない。胸部にあるバルブの位置を確認して、体の上から機器でちょこっと操作してやるだけのことだ。

 前回の調整ではけっこう劇的に体に変化があったが、今回は「ホントにやりました?」と訊きたくなるくらい実感がない。設定変更後は24時間経過を見なければならないが、これを書いている時点では昨日までと体調にはほとんど変化がないように思える。

 次にI先生が外来を受け持つのは週明けの23日になる。この日までに好転が見られなければ、再度設定変更をお願いしに参上しなければならない(問題がなければ次回の診察は2週間後)。「手術しました、はい、おしまい」とならないところがなんとももどかしい。

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首から上だけロボコップ

 水頭症の手術から約2週間が経つ。体の中に新たに機械を埋め込んだものの、ポーズを取って変身する方法に変わったり、1分間だけ通常の100倍の力が出せるようになったり、頭にパーマがかかったり、言葉遣いが荒っぽくなったりなんてこともなく術後の生活を送っている。パーマ以前にまだ坊主頭なんだが。それに変身ってなんだ。

 ただ、どうにも体が慣れていないためかいささか支障が生じてもいる。起きた状態でいると首と頭の境目のあたりが凝ったように痛みだすのである。昨日本屋まで1時間ほど出かけてみたのだが、本探しをしているうちに猛烈に首が痛みだし、しまいには動かせなくなった。横を向こうと思ったら上半身ごと向かなければならない。さながらロボコップだ。帰宅するまでえらい苦痛を味わった。

 シャント手術の後に首が痛むというのはよくあることらしい。ひどいときには首に板が入ったように感じられ、下が向けなくなるという(こうなった場合は感染が疑われる)。目下のところそこまでひどくはなっていないし、仰向けに寝れば間もなく痛みも引くのであまり気にしてはいないが。

 それにしてもこの痛み、薬で抑えられないものだろうか? 明日が退院後初めての診察日なので、そのへん訊いてみようと思う。

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頭がくらくら・術後編

 考えようによっては「改造手術」と呼べなくもない手術を受けたおれは、5月7日の朝をICUのベッドで迎えた。

5月7日(入院3日目、術後1日目)
 力を入れると痛むために、腹に力が入らない。聞くところによると、右の腹の筋肉が切られているので2、3日は痛むとのこと。「自分はかなりの手術をしたのだ」と改めて実感させられる。
 朝食におかゆ(と、その他もろもろ)が出る。時計がないので何時に出たのかすら分からない。食欲がなく、わずかに手を付けた程度。
 前後して尿管に入っていた管を抜いたが、看護師の人が言うように「ちょっと変な感じ」がした。膀胱から直接尿を出していたのではなく、尿が出るところに管を通していたのである。そりゃ変な感じのひとつやふたつするだろう。
 午前中にICUから一般病棟(もといた病室)に戻る。あやうく朝食べたものを戻しそうになるのを必至にこらえる羽目になる。昼食が出たものの食欲皆無。椀のフタも開けずに下げてもらう。
 よせばいいのに、夕食前のお茶を口にしたら再度吐き気。胃薬が処方される。

5月8日(入院4日目、術後2日目)
 午後にバルブ圧の調整。レントゲン室に連れて行かれ、胸の部分に体の外から機械を当ててちょっといじって調整そのものはおしまい。これは磁気を使って行うもので、調整のためにいちいち体を切開しないで済むという利点があるが、反面で強い磁気を帯びたものに近づくと設定が変わってしまう危険性があるから恐ろしい。「リニアモーターカーに乗れないじゃん、おれ……」と妙な悲観をしたことを、この場で正直に白状してしまおう。
 このときの調整で「120から140にしました」とI先生は言うのだが、何のことなのか今もって分からない。
 手術前から左腕に刺しっぱなしになっていた点滴の針がようやくはずれる。「点滴が終わったので、積極的に水分を取るようにしてください」とも。

5月9日(入院5日目、術後3日目)
 右の腹に負担をかけないで寝起きする要領を体得する。人間、必要に迫られるといろいろと思いつくものである。しかし、上半身を起こしていると首の後ろあたりが猛烈に痛くなり、起きていられなくなる。これは食事の時間が一番しんどいかもしれない。

5月10日(入院6日目、術後4日目)
 おそらくは生まれて初めて、病院のベッドの上で誕生日を迎えた。
 回診で回ってきた先生(I先生ではない)に「できるだけ体を起こしているように」と言われる。術後の体に慣れろ、という意味だろう。
 昼食にそばが出る。事前に「今日のお昼は天ぷらそばなんですけど」と聞かされていたので、てっきりエビ天が載っているものを想像してしまったが、実際にはかき揚げだった。「天ぷらは要らないからそばを5割増しにしてくれ」と言おうかとも考えたが、実行は差し控えた。
 消灯前の時間になって猛烈に腹が下る。今まで溜まりに溜まっていたものが一気に出てきたのだろうか?

5月11日(入院7日目、術後5日目)
 やはり5分も上体を起こしているとしんどい。繰り返し「体を慣らすように」とか「上体は起こしているように」と言われるのだが、言うのと実際にやるのは大違いである。
 午後になって一眠りしようとしたら、シーツ交換でベッドを追い出される。近場で本を読んでいるうちに首の痛みがなくなっていることに気付く。

5月12日(入院8日目、術後6日目)
 朝起きてすぐに血液検査のために採血。この病院の人たちは一様に注射が上手だ。点滴やら何やらであちこちに針を刺されたが、検査入院の時から数えても、注射で痛い思いをしたのは数える程度しかない。
 なんと昼食に刺身が出る。それはいいのだが、いくら栄養的なバランスを考慮した結果であろうとはいえ、刺身と一緒にパックの牛乳を付けるのは無粋だと思う。
 夕方に抜糸。まさかナースセンターの一角をカーテンで仕切ってやるとは思わなかった。頭の傷は当然見えないが、胸や腹の抜糸風景はおっかなくて見られなかった。

5月13日(入院9日目、術後7日目)
 経過が順調であれば退院、の日である。昨日の抜糸前に「特に問題なければ退院許可ということになると思います」と言われていたのであった。
 ところが、その問題が勃発した。おれは退院する気満々で、ナースセンター前にある精算機でテレビカードを清算しにやってきたのだが、その場でI先生と鉢合わせした。「ちょっと傷見せてもらっていいですか?」と言われると、断る理由はこちらにはない。すると……頭に開けた2箇所の傷のうち、1箇所が完全に塞がっていないという。先生は「感染のおそれがあるので、もう2、3日入院してもらって様子を見たいんですが」と言いだした。こっちは荷物もまとめて、すっかり退院モードに入っているというのに。
 押し問答の果てに、無理を言って一時帰宅ということになった。しかし、やはり本調子からはほど遠く、自宅までの車中でもひさしぶりの自宅でも気分が優れず、「すみません、わたくしが悪うございました」と、あっさり病院へUターンした。病院に向かう車の中でもうんうん唸っていたのは言うまでもない。
 夜の血圧測定時に、担当の看護婦さんから「I先生は慎重な人だから」という評を聞く。さもありなん。

5月14日(入院10日目、術後8日目)
 NHKのニュースなどではまず流れない、いわゆる「B級ニュース」が読みたくなって、自宅から古新聞をまとめて持ってきてもらう。幸か不幸か、ブログのネタになりそうなものもいくつか見つかった。
 さすがにこれだけの期間病院にいると書くネタもなくなってくる。

5月15日(入院11日目、術後9日目)
 入院するときに持ち込んだ文庫本の中の1冊、「ターミナル・マン」(マイクル・クライトン著)を何年かぶりに読む。買ったのは10年以上前だが、「そういや脳外科病院が舞台の話だったっけ」という理由で選んだものだ。まさかその脳神経外科の病床で読むことになるとは買った当時には思ってもみなかった。てんかんの発作を脳に電極とコンピュータを埋め込んで制御しようとする話であるが、1972年に発表されたものとは思えない妙なリアリティを感じる。
 退院の可否は明日のI先生の回診の時には分かるそうだ。

5月16日(入院12日目、術後10日目)
 朝方救急車がやってくる音を聞いて「また急患か」と思いつつ、その一方で「緊急手術が入ったりするんだろうな」などとも考える。予想は的中して、I先生はその緊急手術に回ってしまい、回診には現れなかった。やってきた別の先生に「頭にある傷口近くの腫れは引かないんですか?」と訊いたところ、「少しは引くと思うが、チューブを埋め込んでいるので完全に元通りにはならない」との回答。
 午後になって、手術から解放されたI先生に傷口を診てもらう。先日塞がっていなかった箇所も問題なく、今度こそ大手を振って退院できることとなった。
 退院に当たって、「患者カード」なるものを渡された。つまり「こいつに強い磁気を当てる必要があるときには気をつけろ」という証明書のようなものである。心臓のペースメーカーを連想してもらうと分かりやすいかもしれない。折り紙付きの改造人間になったような妙な気分である。とは言うものの、先日の一時帰宅の際にあったような不快感はすでにない。
 夕食時、おれは約2週間ぶりのアルコールを口にした。そば焼酎をロックで。美味であった。

 これで病院通いから解放されたわけではなく、週末には再度診察を受けなければならない。今後も定期的に検査を受けることになるだろう。ともあれ、今はI先生を始め治療に尽力してくれたすべての人たちに感謝したい。

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頭がくらくら・手術編

 各方面に多大なる心配をおかけしつつ、ようやく入院生活から帰ってきた。とどろく叫びを耳にしたわけでもないし、凶悪怪獣たおすためでも正義と平和を守るためでもないが、とにかく帰ってきた(元ネタが分からない人、いたらごめんね)。ともあれ、今回の一大イベント(?)を記録を残すべく、病室にノートを持ち込んで可能な限り経過をメモした。「ピンチは誰かにアピール出来るいいチャンス」ときただにひろしも歌っていたことだし、こういうことは積極的にネタにしないと。

 今回の手術に至る経緯も記事にはしてあるので、経過をご存知ない方、あるいはおさらいをしておきたい方(なんのだ?)は、以下の順にお読み頂きたい。

  1. 頭がくらくら(4月17日)
  2. 頭がくらくら・その後(4月21日)
  3. 頭がくらくら・診断編(4月27日)
  4. 頭がくらくら・入院前夜編(5月4日)

5月5日(入院1日目、手術前日)
「午前10時ごろに受付してください」と言われていたので、かっきり10分前に受付へ。すると話が通っているらしく、2階のナースセンターへ向かうよう指示される。通されたのは、検査入院のときと同じ部屋で、ベッドの位置まで同じだった。
 事前の説明では手術は午前10時からとのこと。食事は夕食までで、水分は消灯時刻(21時)以降摂取禁止とのお達し。
 また、「手術を受けられる方へ」と題された冊子が置いてあり、「明日以降はこれこれこういう手順で事態が進みます」との説明が書かれていた。いわゆるインフォームド・コンセントというやつである。中には「緊張をやわらげる」ために肩に筋肉注射をするとも書いてある。往々にしてこういう一文が余計に人を緊張させるものである。
 正午、端午の節句ということで昼食に柏餅が出る。こういうしゃれっ気はけっこう好きだ。
「前日には風呂に入っておくように」との指示に従って、準備されたところで入浴。この風呂が予想外にぬるく、浸かっているだけで湯冷めしそうであった。実際にはぬるいくらいの湯加減が湯冷めしにくいのだが。
 15時45分、担当のI先生が病室にやってくる。検査入院のあとに症状が軽減したことは伝えたが、先生曰く「目詰まりした中脳水道の通りが自然に良くなることはまずない」とこと。また、手術の時間が変更になり、午後2時からになったと聞かされてうんざりする。何時間空きっ腹に耐えなきゃならないんだよ……。

5月6日(入院2日目、手術当日)
 空腹感と室内が騒がしいせいで未明に目が覚める。時計を見ると午前3時過ぎ。窓側が明るいので、もう夜が明けたのかと勘違いしたが、実際にはそちら側のベッドでトラブルがあったらしく看護師の人たちの声が聞こえる。その後まんじりともしないうちに本当に夜が明けた。
 顔を洗って髭を剃る(これも指示にあった)。やたらと喉が渇いている。「水がダメならエスタゲンドリンクをくれ」と言いたくもなったが、こんな濃いネタ(知らない人は「クラッシャージョウ 最終兵器アッシュ」をご覧ください)が通用するとも思えなかったので口にはしなかった。
 手術とは無関係の人たちの朝食が済んだころ、手術用の点滴が打たれる。意外に手首に近いところだったのでちょっと驚く。その後手術室の担当者がやってきて、コンディションを訊く。今日はおれの前に3件の手術が入っているとも話してくれた。
 あれだけ飢えと渇きに苦しんでいたのに、昼食時のころにはなんとも感じなくなってきていた。ここいらで、なぜか「SF交響ファンタジー」やら伊福部昭のゴジラやらすぎやまこういちのゴジラやら服部隆之のゴジラやら大島ミチルのゴジラやら聞いてみる。これで妙にリラックスするおれは、きっとどこかおかしい。
 13時30分、手術用の格好に着替え…と言っても実態はストレッチャーの上でオムツだけの格好になったのであるが。ここで昨日おれを過剰に緊張させた肩への筋肉注射。腕がいいのか技術の進歩なのか、拍子抜けするくらい痛くなかった。思わず「あのう、筋肉注射って、これで終わりですか?」とマヌケな質問をしてしまったくらいだ。
 予定時刻が近づいたころ、前の手術が長引いているとの連絡。おれの手術開始は30分程度遅れるらしい。むきだしの背中にストレッチャーのシートが張り付いて居心地が悪い。
 14時25分頃になって、ようやく手術室へ搬送。場数を踏んで慣れているのか、手術スタッフの表情から緊張は読み取れない。手術台によっこらせと移され、ここで鼻から口のあたりを覆う少々小さめのマスクがあてがわれる(このマスク越しに全身麻酔のガスが送られる)。「ゴム臭いな」とか思っているうちに意識途絶。
 名前を呼ばれているのに気付いて目を覚ますと、2時間ほどが経過していた。呼吸を確保するために管を突っ込まれていた喉が痛い。そのままなすすべもなく(意識が回復しても体が思うように動かない)CTと頭部のX線撮影を経て、集中治療室(ICU)へ移送。
 ――このあたりから時間の感覚が怪しくなる――
 ICUで手術終了を待っていた家族と面会。弟に丸坊主になった頭で驚かれる。実際に手術に要した時間は1時間程度で滞りなく終わったそうだ。
 ICUではひっきりなしに血圧を測られ(当初は15分おき、3時間くらい後からは1時間おき)、照明もやたら眩しいのでゆっくり眠ることができなかった。この悪条件に加えて、急患のベッドが隣に運ばれてきてからは余計にうるさくなった。この患者は意識がほとんどないのだが、「どうしてこのおっさんは自分のいびきで目を覚まさないのだ?」と勘繰りたくなるほど物凄いいびきをかいており、さらに面会人が次々とやってくるからたまらない。ICU担当の看護師から氷枕を出してもらい(手術直後ということで熱が出ていた)、枕元にあったタオルを目隠し代わりにして、むりやり眠った。室内に時計がないので、何時なのか、もう日付は変わっているのか、などといったことは一切分からぬまま……。

 かなり長くなってきてしまったので、以降に関しては「術後編」に続く。

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頭がくらくら・入院前夜編

 検査入院から退院して一週間、いよいよ手術のための入院が明日に迫った。……のだが、ここ数日のおれは不思議なくらい落ち着いている。むしろ旅行前日のようなうわついたような気持ちでさえある。もちろん意味もなくはしゃいでいるわけではない。

 いくつかある理由のひとつは、先週の入院以降、くらくらする感じがほとんどないことである。「ひょっとすると、目詰まりしていた中脳水道の通りがよくなって、溜まっていた髄液が抜けたのではないのか?」と思えるくらいだ(親の話では、赤ん坊の時の水頭症もいつの間にかよくなったという)。一応これは入院時にI先生に伝えておく必要があるだろう。もしかしたら手術なしで済むかもしれないわけだし。

 もうひとつの理由は、前回の唐突な入院と違って、事前の準備にたっぷりと時間を取っていることであろう。 古本屋に行って病室で読む予定の本を物色してみたり、MP3プレイヤーに入れる曲をリッピングし直してみたりと、やっていることは旅行前の準備と少しも違わない。

 入院中の記録は可能な限り詳細にしておこうと思っているが、さすがに病室にノートパソコンを持ち込むのは防犯の観点上まずそうなので、メモ帳に逐次記録していくつもりである。前回の入院では、わずか4日間であったにも関わらず退院後に手先が鈍ったような感覚があったので、少しは飲食と読書以外にも手を使おうという魂胆である。

 ……というわけで、当人は現在のところ至って元気である。予定では入院は明日から一週間ないし10日前後とのことだが、どうなるかは分からない。ともあれ、退院後にはご心配をおかけしている各位にちゃんと報告するので、それまでお待ちをいただきたく。

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頭がくらくら・診断編

 本当はもうちょっと早く書きたかったのだがどうしても書けなかった、脳神経外科の受診報告。まあ「あいつはなにをしていたのだ」と気に病んだ人はそんなにいなかったと思うが、自分のための覚え書きとしても記録に残しておこう。

 24日の月曜日、おれはN先生が書いてくれた紹介状を手に脳神経外科を訪れた。「ちょっと検査して薬出してもらって終わりだろう」と高をくくっていたら、これがとんでもない話になった。CTを撮って平衡状態をチェックしたところ、診断結果は「水頭症の疑いあり」(水頭症というのはどういうものなのだ? という人は日本水頭症協会というところがサイト上で解説しているのでそちらを)。入院して検査する必要があるという。「あの日はまずい」「この日はダメだ」と言っていたら、なんと即日の検査入院が決まった。

「にゅういん!? それもいますぐ??」

 なんと物心ついて初めての入院である(生まれて間もないころにはあった)、検査のためとはいえ。診療科目の性格上、こういう人は結構いるらしく、同部屋になったお二方はどちらも初めての入院だと話しておられた。

 検査は頭と胸のX線撮影から始まった。続いて心電図を取り、耳と腕から採血。ここまでなら普通の健康診断と変わりはないかもしれない。それから部屋に案内されて、腰から脊髄に後の検査のための造影剤を注入(もちろん麻酔を打った上で)。ここからの検査が症状の判定につながり、かつ通院で行うことが困難であるために、おれは入院することになったのである。その検査は「脳槽CT」という。造影剤を入れた状態で、時間をおいて頭のCTを撮るもので、時間によっては夜中になったりもする(実際夜の10時に起こされて撮った)。さらに耳栓をしていないとやってられないくらいやかましいMRIによる検査も行った。

 そうして足かけ3日にわたって行われた検査の結果、診察医のI先生(おれと同い年だ)が下した診断は「中脳水道狭窄症」という水頭症であった。その治療法(「脳室腹腔シャント術」という)がまた話を聞く限りでは無茶苦茶ワイルドで、おれは具体的な手術方法の説明を聞いているときに貧血を起こして退院が1日延びた。

 お間抜けなエピソードはともかく、手術は来月6日と決まった。入院期間は術後の経過にもよるが1週間から10日くらいとのこと(前日の朝に入院)。当座の課題としては当日まで風邪を引かぬこと(実は意外に重要)と、死ぬほど退屈になるであろう入院期間を共に過ごす本を選ぶことであろうか。果たしておれは大過なく「手術編」を書けるのか、それはI先生の技量と少々の運による。

 手術にかかる期間を聞いて真っ先に思ったことは「その間ネットにはつなげないのか」であった。なんてネット依存度の高いやつなのだ、おれは。

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頭がくらくら・その後

 一部にご心配をおかけしている「頭くらくら」状態であるが、いまだに改善されない。今日は2週間おきにやってくる通院日だったので、主治医のN先生に話してみた。N先生曰く、「まずは薬を飲むのをやめてみることだねえ」。おれが飲んでいるのは向精神薬なので、「くらくら」が薬の副作用である可能性はある。ただ、それならば薬を変えた時点で発症するはずであり、処方されてから何ヶ月も経ってから出てくるというのはおかしい。時限爆弾じゃあるまいし。

 ……などといったやりとりがなされた結果、「脳外科とかで診てもらった方がいいんですかねえ?」というおれの発言から、先生が紹介状を書いてくれることとなった。我が家からは少々距離があるが、県下でも有名な脳神経外科が日立市にあり、頭痛持ちのおれは幾度かそこのお世話になったことがある。来週早々に紹介状持参で受診することになるが、ひとまずそこでの診断結果が出るまでは朝晩の食後に服用していた薬をストップすることになる。

 実は致命的な病気の予兆だったりするのだろうか? それならそれでさっさととどめを刺してほしいと思っている。これを書いている現在も、なんかくらくらして不快なんだから。

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頭がくらくら

 ここ数日、おれの三半規管は異常をきたしているようである。軽く目が回ったような状態というか、ほろ酔いになったような状態というか、なにやらバランサーがおかしくなったみたいな感じで頭がくらくらするのだ。今のところ日常生活に重大な支障をきたすほどひどくはないのだが、あまりいい気持ちはしない。

 たまたま今日は神経科でカウンセリングを受ける予定の日だったので、ついでに診察も受けたのだが(主治医の先生ではなかった)、血圧を測られた以外は変わったことをされるでもなく、薬の服用量を減らすよう指示されただけだったので少々拍子抜けした。

 たまたま帰りがけに立ち寄った本屋で「めまいの正体」(著・神崎仁)なる本を見かけたので買ってみた。著者は序文で「めまいのかなりの部分は生活習慣病である」と述べている。自己管理さえできればめまいは予防可能である、ともいう。言われてみれば、かなり滅茶苦茶な日々を送っているので「自己管理は万全ですッ」と胸を張って断言できるような生活態度でないのは確かだ。そのあたりを見越して、今日診てくれた先生は減薬を指示したのかもしれない。

 検索エンジンで「めまい」をキーワードにしてみたら、筆頭に「日本めまい平衡医学会」のサイトがヒットした(見るからに「お手軽にWordで作りました」なサイトであるが)。こうした団体があることからすると、誰にでも起こりうる症状であるだけに意外に奥深い病気なのだろう、と見識を新たにした次第である。これを機会にちょっとお勉強してみようと思う。

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